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東ソー株式会社の環境イニシアチブとパフォーマンスに関する包括的分析

更新日:2025年4月20日
業種:製造業(3333)

1. はじめに

東ソー株式会社(以下、東ソー)は、クロル・アルカリ事業や石油化学事業といったコモディティ分野と、機能商品事業(スペシャリティ分野)の二軸経営を推進する日本の大手総合化学メーカーである 。同社は「化学の革新を通して、社会に貢献する」という企業理念を掲げ、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを進めている 。特に化学産業は、エネルギー多消費産業であり、環境負荷が大きい産業の一つとして認識されており、気候変動、資源循環、生物多様性保全といった環境・社会・ガバナンス(ESG)要因への対応が、企業の持続的成長と企業価値向上にとって不可欠となっている 。  

本レポートは、東ソーの環境分野における取り組みとパフォーマンスを、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの重点分野について包括的に分析し、同社の環境スコア算定に必要な詳細情報を収集・整理することを目的とする。具体的には、各分野における具体的なイニシアチブ、潜在的なリスクと機会、業界のベストプラクティスとの比較、現状の課題と推奨事項、競合他社との比較分析、そして環境スコアのベンチマーキングを行う。これにより、東ソーの環境パフォーマンスに関する学術レベルの詳細な評価を提供する。

2. 東ソー株式会社の環境への取り組み

東ソーは、サステナビリティを経営の重要課題と位置づけ、環境保全活動を強化している 。同社の統合報告書やCSRレポートでは、気候変動対策、資源循環、生物多様性保全に関する方針や具体的な取り組みが示されている 。  

2.1. 気候変動

東ソーは、気候変動問題を地球規模の最重要課題の一つと認識し、2050年カーボンニュートラル(CN)達成を目標に掲げている 。その中間目標として、2030年度までにScope1およびScope2の温室効果ガス(GHG)排出量を2018年度比で30%削減することを目指している 。この目標達成に向け、2030年度までに約1,200億円の脱炭素関連投資を計画している 。  

戦略と具体的取り組み:

  • 燃料転換: GHG排出量の約8割を占める南陽事業所および四日市事業所の自家発電設備の燃料転換が最重要課題である 。南陽事業所では、石炭焚きボイラー1基をバイオマス専焼ボイラーに更新する計画(2026年4月稼働目標)が進行中であり、他のボイラーでのバイオマス混焼率向上も検討している 。設備投資額は約400億円、GHG削減計画量は約50万トンを見込んでいる 。また、バイオマス燃料(ブラックペレット)のサプライチェーン構築や、南陽事業所での自社製造も検討している 。四日市事業所では、副生ガスを利用したガスタービン発電設備の導入を検討している 。  

  • CO2回収・再利用 (CCUS): 南陽事業所において、燃焼排ガス中のCO2を回収し、イソシアネート製品の原料として再利用するプラントが2024年秋に本格稼働予定である 。パイロットプラントでのデータ収集・評価を経て、約2年で商業運転に移行する 。また、アミン吸収液や分離膜を用いたCO2分離回収技術の研究開発も進めている 。  

  • 省エネルギー: 製造プロセスの効率化や省エネルギー設備の導入を継続的に推進している 。  

  • 内部炭素価格 (ICP): 設備投資におけるGHG排出量への影響を評価するため、内部炭素価格(6,000円/トン-CO2)を導入している 。  

  • 研究開発: 環境・エネルギー分野の研究開発に注力し、CO2を原料とするポリウレタン原料製造、多層プラスチックフィルムのケミカルリサイクル、水電解触媒開発などを推進している 。  

  • TCFD提言に基づく情報開示: 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に賛同し、気候変動関連のリスクと機会に関する情報開示を行っている 。  

パフォーマンス:

  • 2023年度のGHG排出量(Scope1+2)実績は780万トンであった 。  

  • 子会社であるTosoh Bioscience(英国拠点)の2022年の排出量は、Scope1が約24,891 kg CO2e、Scope2が約677 kg CO2e、Scope3が約89,341 kg CO2e(うち出張は約3,532 kg CO2e)と報告されている 。ただし、これはグループ全体ではなく、特定の子会社のデータである点に注意が必要である。  

  • Transition Pathway Initiative (TPI) の評価では、短期(2027年)、中期(2035年)、長期(2050年)のいずれの目標整合性についても「開示なし、または不適切」と評価されており、定量的な排出削減目標に関する情報開示が不十分である可能性が示唆されている 。これは、東ソーが内部で目標を設定し投資を進めている一方で、外部評価機関が要求する形式や詳細レベルでの情報開示が不足していることを示している可能性がある。特に、TPIのような投資家が重視する評価機関からの指摘は、企業の気候変動戦略に対する外部からの信頼性に影響を与えうる。  

2.2. 資源循環

東ソーは、資源の有効活用と廃棄物の削減を目指し、3R(リデュース、リユース、リサイクル)を推進している 。特に、製造プロセスで発生する副産物や廃棄物を新たな化合物や原料に転換する取り組みは、同社の創業理念にも通じるものである 。  

戦略と具体的取り組み:

  • 廃棄物削減目標: 2025年度までに産業廃棄物排出量を2000年度比で75%削減し、リサイクル率90%以上を維持することを目標としている 。  

  • 廃棄物の有効利用: 社内外で発生する廃棄物をセメント製造の原料として利用している 。建設廃棄物やRPF(廃棄物固形燃料)の有効利用にも努めている 。  

  • ケミカルリサイクル: 石油化学製品のケミカルリサイクル技術を研究開発中である 。ゼオライト触媒技術を活用したC4留分の芳香族化(BTX製造)を進め、ケミカルリサイクル分野への展開を目指している 。ポリエチレン(PE)ベースのケミカルリサイクルで得られる廃プラスチック油の混合利用も検討している 。  

  • リサイクルに適した製品開発: リサイクルに適した機能性製品の開発を強化し、鉱業との連携によるリサイクルチェーン構築を目指している 。  

  • 水資源管理: 水資源の保全にも努めているが、具体的な取り組みの詳細は限定的である 。  

パフォーマンスと外部評価:

  • 東ソーは廃棄物削減やリサイクル率向上に向けた目標設定と取り組みを進めていると報告している 。  

  • しかし、外部評価機関からは厳しい評価を受けている。ChemScore 2022では、評価対象54社中46位(グレードD-)と低迷し、特に透明性の欠如と循環性に関する取り組みの不足が指摘されている 。ChemScoreは、東ソーの化学品生産の93%が欧米以外で行われているため情報が不明であるとしつつも、製品ポートフォリオに4つの有害物質を確認したと報告している。また、循環型製品・プロセス・戦略が特定できず、有害廃棄物の削減やリサイクル原料の使用増加も見られないため、循環性スコアはゼロ点であった 。  

  • Nature Benchmark 2022においても、資源利用と循環性の項目で証拠が見つからず、戦略策定と目標設定の機会があると指摘されている 。  

  • これらの外部評価と、東ソーが報告する取り組み内容との間には著しい乖離が見られる。これは、東ソーの取り組みが外部評価機関の基準を満たしていない、あるいは情報開示が不十分で外部から認識されていない可能性を示唆している。特にChemScoreやNature Benchmarkのような専門評価機関からの厳しい指摘は、資源循環戦略の実効性や透明性に大きな課題があることを示している。

2.3. 生物多様性

東ソーは、事業活動や地域社会への貢献を通じて生物多様性を保護し、社会の持続可能性を育むことを目指している 。環境保全は、事業所や研究所が立地する地域社会との共存・調和に不可欠であると考えている 。  

戦略と具体的取り組み:

  • 方針とガイドライン: 2020年度より環境・安全・健康に関する基本方針の行動指針に生物多様性保全活動を盛り込んでいる 。2023年12月には改定された経団連自然保護協議会の「生物多様性宣言・行動指針」に賛同し、環境と経済が両立する持続可能な社会への貢献意欲を示している 。  

  • 東ソーの森づくり: 山口県および山口県森林組合連合会との協定に基づき「東ソーの森づくり基金」を設立。林地残材の効率的な利用促進と再造林支援を目的とし、残材から製造された燃料チップを南陽事業所の自家発電で利用し、その対価の一部を基金として再造林活動に拠出する 。  

  • 地域貢献活動: 自然の再生を促進する地域密着型の環境保全活動に取り組んでいる 。  

  • 従業員教育: 社内教育などを通じて、生物多様性保全の重要性に対する従業員の理解を深めている 。  

パフォーマンスと外部評価:

  • 東ソーは地域貢献や方針策定といった取り組みを進めている 。  

  • しかし、Nature Benchmark 2022では、生物多様性分野でスコア0.0、ランキング722位(全816社中)という極めて低い評価を受けている 。同ベンチマークは、ガバナンス・戦略、生態系・生物多様性、社会的包摂・地域社会影響の全分野で関連する情報開示がなく、特に生態系・生物多様性分野では影響評価の実施、重要な種や地域の特定、生態系転換回避や再生への努力に関する証拠が見つからないと指摘している 。  

  • 資源循環分野と同様に、東ソーが報告する「森づくり基金」のような具体的な活動と、Nature Benchmarkのような専門機関による評価との間に大きな隔たりが存在する。これは、東ソーの生物多様性への取り組みが、地域レベルの活動に留まっており、バリューチェーン全体での影響評価や、グローバル生物多様性枠組(GBF)のような国際基準に沿った戦略的統合、具体的な目標設定、透明性のある情報開示といった、外部評価機関が求める基本的な要件を満たしていないことを強く示唆している 。影響評価に関する情報開示の欠如は、特に致命的な欠点として指摘されている 。  

3. 潜在的リスクと機会

東ソーの事業活動は、気候変動や資源制約、生物多様性の損失といった環境要因から様々なリスクと機会に晒されている。同社はTCFD提言に基づき、これらのリスクと機会の特定と評価を進めている 。  

3.1. 気候関連リスク分析(移行リスク・物理的リスク)

移行リスク:

  • 政策・法規制リスク: 炭素税や排出量取引制度などのカーボンプライシング導入による操業コストの増加が最大の移行リスクの一つである。東ソー自身の試算によれば、GHG排出量が2023年度レベルで推移した場合、炭素税負担額は2030年度に約1,600億円、2050年度には約2,800億円に達する可能性がある 。これは同社の年間売上高(2024年度は約1兆円) に対して極めて大きな財務インパクトであり、対策の緊急性を示唆している。また、化学物質に関する規制強化(ChemScoreの文脈 )も潜在的なリスクとなる。  

  • 技術リスク: 低炭素技術への移行に伴うコスト増加も重大なリスクである。自家発電設備の燃料転換には、2030年までに累積で約900億~1,200億円の設備投資が必要と試算され、燃料コストも2030年までに約20%増加する見込みである 。脱炭素化の遅れは、既存設備の座礁資産化リスクも伴う。  

  • 市場リスク: 低炭素製品への消費者の嗜好変化、ガソリン車関連部材の需要減少、バイオマス原料の需要増に伴う調達コスト上昇などが想定される 。  

  • 評判リスク: 環境対策の遅れや透明性の欠如は、企業評価の低下につながる。Nature BenchmarkやChemScoreによる厳しい評価 は、既に評判リスクが顕在化している可能性を示している。  

物理的リスク:

  • 急性リスク: 台風や洪水などの異常気象の激甚化による、生産拠点(南陽、四日市)への被害が想定される。洪水・高潮による資産毀損額は、4℃シナリオ下で2030年に最大約50億円、2050年に最大約90億円と試算されている。強風による最大毀損額は2030年、2050年ともに約30億円と試算されている 。また、サプライチェーン(海外生産拠点、顧客、原料サプライヤー)の寸断による生産停止リスクも存在する。主要顧客の海外拠点が浸水した場合、数100億円規模の売上減少リスクがあると評価されている 。物流への影響も懸念される 。  

  • 慢性リスク: 平均気温の上昇による、工場定期修理時の熱中症リスク増大(作業効率低下、停止期間延長)や、冷却設備能力不足による生産能力低下といった操業コスト増加リスクがある 。主要拠点における水ストレスリスクは低いと評価されている 。  

全体的ESGリスク:

  • Sustainalyticsは東ソーのESGリスクを「Medium」(スコア25.5)と評価し、化学業界590社中135位に位置付けている 。S&P GlobalのESGスコアは44であり、こちらも業界内で中程度の評価を示唆している 。  

  • 一方で、Nature BenchmarkやChemScoreといった専門評価機関は極めて低い評価を与えており 、深刻なリスクを示唆している。  

  • 東ソー自身のTCFD分析が、気候変動による潜在的な財務リスク(年間数千億円規模)を定量的に示している点は重要である 。この内部認識と、計画されている対策(2030年度までに1,200億円投資) の規模との間には、潜在的なギャップが存在する可能性がある。例えば、試算されている年間炭素税負担額が、計画されている年平均投資額を大幅に上回る可能性がある。このリスク認識と対策規模の間の不整合が、一部の外部評価機関からの厳しい評価 や、長期的な企業価値への懸念につながっている可能性がある。  

3.2. 環境関連の事業機会

気候変動や資源循環への対応は、新たな事業機会も創出する。東ソーはTCFD分析などを通じて、以下の機会を認識している 。  

  • 循環経済関連: 複合プラスチックのマテリアルリサイクルやケミカルリサイクル技術。

  • 気候変動緩和関連:

    • CCUS技術:アミン吸収液やゼオライト分離膜を用いたCO2分離回収材料の販売増。

    • CO2利用製品:CO2を原料とするウレタン製品の販売増。

    • 電解技術:省エネ型電解槽の共同開発、省エネ電極技術の水電解への応用、副生水素の高付加価値化。

  • 市場シフト関連:

    • EV・半導体:EV部品や半導体関連製品に使用される基礎化学品の需要増。

    • 省エネ建築:断熱性に優れた建材や太陽電池用材料の需要増。

  • 気候変動適応関連: 防災・減災のためのインフラ補強材の需要増。

  • 健康関連: 感染症拡大に伴う診断装置・試薬、塩素系消毒剤の需要増(気候変動による感染症リスク増との関連)。

これらの事業機会の多くは、東ソーが強化を図るスペシャリティ(機能商品)事業分野と親和性が高い 。例えば、電池材料、診断薬、ジルコニア製品などは同社のスペシャリティ事業に含まれる 。ESG要因を背景とした市場ニーズの高まりは、利益率の高いスペシャリティ事業の成長を加速させる可能性がある。これは、炭素集約度の高いコモディティ事業のリスクを相殺し、財務目標とサステナビリティ目標の両立に貢献する戦略的な道筋となり得る。  

4. 業界のベストプラクティス

化学業界では、環境課題への対応が急速に進んでおり、先進的な企業は野心的な目標設定と具体的な取り組みを推進している。

4.1. 化学業界における先進的環境への取り組み事例

  • 気候変動:

    • 野心的なGHG削減目標: パリ協定の1.5℃目標に整合する科学的根拠に基づく目標(SBT)を設定する企業が増加している。例えば、住友化学はSBTi認定の「2℃を十分に下回る(well-below 2°C)」目標(2030年度50%削減)を掲げ 、三菱マテリアルは国の目標より5年早いカーボンニュートラル達成を目指している 。  

    • 再生可能エネルギーへの転換: バイオマス混焼に留まらず、太陽光・風力発電の直接導入や電力購入契約(PPA)による調達を積極的に進めている(例:出光興産の再エネ重視 )。  

    • グリーン/ブルー水素: 原料や燃料としてのグリーン/ブルー水素の導入・活用に向けた技術開発や実証が進んでいる(例:信越化学の計画 、業界全体のトレンド )。  

    • 電化: ナフサクラッカーのような高温プロセス電化の検討も始まっている 。  

    • 先進的CCUS: パイロット段階を超え、大規模なCCUSプラントの導入や、産業クラスターへの参加が進んでいる。

  • 資源循環:

    • 循環性指標の導入: 単純なリサイクル率だけでなく、循環材料使用率、製品寿命、リサイクル材含有率などを追跡する明確な指標を導入している 。  

    • 循環性を考慮した設計 (Design for Circularity): 製品の分解、再利用、リサイクルを容易にする設計を積極的に採用している 。  

    • ケミカルリサイクルの商業化: ケミカルリサイクル技術を商業化し、原料となる廃プラスチックの安定調達網を構築している(例:三菱ケミカルとENEOSの提携 )。  

    • ウォーター・スチュワードシップ: 流域レベルでの水リスク評価に基づき、包括的な水管理計画を策定し、状況に応じた水目標(Context-Based Water Targets)を設定している(例:住友化学の取り組み 、オルガノの注力 )。  

  • 生物多様性:

    • ネイチャーポジティブ戦略: グローバル生物多様性枠組(GBF)に整合し、自然への正味プラスの影響(ネイチャーポジティブ)を目指す戦略を採用している 。  

    • バリューチェーン評価: 自社拠点だけでなく、バリューチェーン全体における生物多様性への影響と依存性を評価している。

    • 森林破壊・生態系転換ゼロ方針: サプライチェーンにおける森林破壊や生態系転換を禁止する厳格な方針を導入している。

    • 自然資本を活用した解決策 (Nature-Based Solutions): 気候変動の緩和・適応や生物多様性向上のために、自然資本を活用した解決策に投資している。

    • TNFD報告: 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のような報告フレームワークを採用している(例:豊田通商の初期開示 )。  

4.2. 東ソーとの比較考察

東ソーの取り組みをこれらのベストプラクティスと比較すると、いくつかのギャップが見られる。

  • 気候変動: 東ソーの目標(2030年度30%削減)は、1.5℃目標整合を目指す先進企業と比較すると、やや野心的でない可能性がある 。バイオマスと将来のCCUSへの依存は一般的だが、リーダー企業は他の再生可能エネルギー(太陽光・風力)、水素、電化への移行をより速いペースで進めている 。TCFDに基づく情報開示は評価できる点である。  

  • 資源循環: 東ソーの取り組みは、伝統的な廃棄物削減・リサイクルと、ケミカルリサイクルの研究開発が中心に見える 。リーダー企業は、ケミカルリサイクルの商業化、循環性を考慮した設計、循環性指標の透明な報告において、より進展を示している 。外部評価機関からの厳しい評価 は、この分野での遅れを強く示唆している。  

  • 生物多様性: 東ソーの現在の取り組み(地域の基金設立、方針への賛同) は、バリューチェーン評価、GBF整合、TNFD報告といったベストプラクティスとは大きな隔たりがある 。Nature Benchmarkによるゼロスコア は、このギャップを明確に示している。  

これらの比較から、東ソーは気候変動対策、特に燃料転換やCCUSの研究開発には注力しているものの 、そのアプローチは業界リーダーと比較して、包括性や野心性の点でやや見劣りする可能性がある。特に、基本的なリサイクルを超えた循環経済原則の統合や、バリューチェーン全体を見据えた積極的な生物多様性戦略の構築においては、遅れが目立つ。これは、東ソーの環境戦略が、サイトレベルでの操業効率改善やコンプライアンス対応に偏重しており、バリューチェーン全体を視野に入れた、より包括的で変革的なネイチャーポジティブへの移行という視点が不足している可能性を示唆している。  

5. 現状の課題と推奨事項

東ソーは環境課題への対応を進めているものの、外部評価や業界のベストプラクティスとの比較から、いくつかの重要な課題が浮き彫りになっている。

5.1. 東ソーが直面する環境課題の評価

  • 透明性と情報開示: 内部報告と外部評価(特にNature BenchmarkやChemScore)との間に存在する著しい不一致は、透明性とコミュニケーションにおける大きな課題を示している 。CDPのような標準的なプラットフォームを通じた報告の欠如や、特定の開示要件を満たしていないことが、正確な外部評価を妨げている。  

  • 資源循環と生物多様性におけるパフォーマンスギャップ: 目標や取り組みを表明しているにも関わらず、資源循環と生物多様性の分野におけるパフォーマンスは、外部評価に基づくと弱いと判断される 。これは、よりインパクトのある行動と、それらを中核的な事業戦略へ統合する必要性を示唆している。  

  • 脱炭素化のペースと範囲: 多額の投資を行っているものの 、排出量の規模 や業界リーダーの野心性を考慮すると、脱炭素化のペースが十分でない可能性がある。バイオマスと将来のCCUSへの過度の依存は、原料の持続可能性や技術の実現可能性・コストに関するリスクを伴う。Scope3排出量管理についても、より詳細な戦略が必要である(Tosoh BioscienceのデータではScope3が支配的であり 、グループ全体のScope3に関する明確な情報が不足している)。  

  • コモディティ事業とスペシャリティ事業のバランス: エネルギー多消費型のコモディティ事業の脱炭素化を進めながら、スペシャリティ事業を成長させることは、中核的な戦略的課題である 。  

5.2. 今後の重点分野と行動提案

これらの課題に対処し、環境パフォーマンスを向上させるために、以下の重点分野と行動を推奨する。

  • 透明性と報告の強化:

    • CDP(気候変動、水、可能であれば森林)のような標準化された情報開示プラットフォームへ積極的に参加する。

    • 報告における粒度と範囲の明確性を向上させる(例:グループ全体 vs. 子会社、Scope3排出量の詳細)。

    • 生物多様性報告のためにTNFDフレームワークを採用する。

    • 研究開発イニシアチブが、測定可能な資源循環や生物多様性の成果にどのようにつながるかを明確に伝達する 。  

  • 資源循環戦略の強化:

    • 研究開発段階から、ケミカルリサイクルのパイロット実証や商業化へ移行する。

    • 製品開発において「循環性を考慮した設計」原則を導入する。

    • リサイクル材含有率や循環材料使用に関する定量的な目標を設定する。

    • 原料調達やクローズドループシステム構築のためのパートナーシップを模索する。

    • ChemScoreの指摘 に対応し、より安全で循環性の高い代替製品を認知されたプラットフォームを通じて市場に提供することを検討する。  

  • 強固な生物多様性戦略の策定:

    • Nature Benchmarkが推奨するように 、包括的なバリューチェーン影響・依存性評価を実施する。  

    • GBFに整合した、期限付きで科学的根拠に基づく目標を設定する。

    • 調達方針やサプライヤーエンゲージメントに生物多様性の考慮事項を統合する。

    • 地域的な取り組みを超えて、自然資本を活用した解決策(NbS)や生息地再生に投資する。

  • 脱炭素化の加速:

    • 1.5℃目標に整合した、より野心的なGHG削減目標の設定を評価する。

    • バイオマス以外の再生可能エネルギー源(例:太陽光・風力発電のPPA)を多様化する。

    • グリーン/ブルー水素の導入や電化の可能性を積極的に探求する。

    • サプライヤーや顧客と連携し、詳細なScope3排出削減戦略を策定する 。  

  • 戦略的統合: 環境イニシアチブ(特に資源循環と生物多様性)が、単なるコンプライアンスやCSR活動 として扱われるのではなく、中核的な事業戦略、研究開発の優先順位 、設備投資判断に深く統合されるようにする。  

6. 競合他社分析と比較

東ソーの環境パフォーマンスを評価する上で、主要な競合他社の戦略、実績、および外部評価との比較は不可欠である。

6.1. 主要競合企業の環境戦略と実績

以下に、主要な化学メーカーの環境戦略と実績の概要を示す。

  • 三菱ケミカルグループ (MCG):

    • 目標: 2030年度までにGHG排出量35%削減(2019年度比)、2050年カーボンニュートラル達成 。  

    • 取り組み: バイオマス混焼、LCA活用、人工光合成研究開発、植物由来・生分解性プラスチックBioPBS™、ENEOSとのケミカルリサイクルプラント建設、PMMAリサイクル 。  

    • 実績 (2023年度): Scope1+2排出量 588万トンCO2e、Scope3排出量 1,437万トンCO2e、最終埋立率 4.0% 。  

    • 外部評価: CDP気候変動・水セキュリティともにA-評価、DJSI World/Asia Pacific選定など、高い評価を得ている 。  

  • 住友化学:

    • 目標: 2030年度までにGHG排出量50%削減(2013年度比)、2050年カーボンニュートラル達成、SBTi「well-below 2°C」認定 。  

    • 取り組み: 「Sumika Sustainable Solutions」を通じた貢献、包括的なサステナビリティ報告体制 。  

    • 外部評価: CDP気候変動・水セキュリティで複数年にわたりAリストに選定されるなど、極めて高い評価実績を持つ 。  

  • 信越化学工業:

    • 目標: 2050年カーボンニュートラル達成、2025年度までにGHG排出原単位55%削減(1990年度比) 。  

    • 取り組み: 再生可能エネルギー導入、水素利用、CCUS検討、PVC・レアアースリサイクル、高い水リサイクル率維持 。  

    • 実績 (2022年度): Scope1+2排出量 661万トンCO2e、水リサイクル率 92.6%、最終埋立率 約1% 。  

    • 外部評価: 評価機関により評価が分かれる傾向(S&P Global 47 , CDP A- , Sustainalytics Medium Risk , MSCI BBB )。  

  • カネカ:

    • 目標: エネルギー・CO2排出原単位を年平均1%以上削減 。  

    • 取り組み: ISO14001認証、廃棄物削減、VOC排出削減努力、「ウェルネス経営」との連携 。  

    • 実績 (2022年度): エネルギー原単位指数 90.5、CO2原単位指数 85.0、最終埋立率 0.37% 。  

    • 外部評価: S&P Global 40 。  

6.2. 環境スコアのベンチマーキングと比較分析

東ソーの各種ESG評価機関によるスコアを競合他社と比較分析する。

  • Sustainalytics: 東ソーのESGリスクレーティングは25.5(Medium)で、化学業界590社中135位である 。これは、同業のSahara International Petrochemical(25.7、141位)と同程度であるが、業界リーダーのSasa Polyester Sanayi(15.4、Low、5位)には大きく劣る。一方で、ECOPRO(38.2、High、489位)よりは良好な評価である 。信越化学は26.3(Medium)と東ソーに近い評価である 。この評価軸では、東ソーは業界の中位グループに位置する。  

  • S&P Global: 東ソーのESGスコアは44である 。これは信越化学(47) やカネカ(40) と比較的近いスコアであり、3社ともS&P Globalによるデータ利用可能性は「High」と評価されている。環境側面のスコアを見ると、東ソー(50)は信越化学(53)を下回るが、カネカ(43)を上回っている 。  

  • CDP: 東ソーはCDPに参加していないと見られる。これに対し、競合他社は高いスコアを獲得している(MCG:A-/A- 、住友化学:A/A 、信越化学:A- )。CDPへの不参加は、投資家が重視する情報開示プラットフォームにおける透明性の欠如を示唆し、ベンチマーク比較において明確な不利をもたらしている。  

  • MSCI: 東ソーに関するMSCI ESGレーティングは提供された情報からは直接確認できなかった(/はSustainalytics/S&P/Refinitivを参照、はSustainalytics)。競合他社では、MCGと住友化学がMSCI 日本株ESGセレクト・リーダーズ指数などに選定されている 。信越化学はMSCI ESGレーティングBBBとされているが、指数への選定状況は限定的である 。  

  • Nature Benchmark: 東ソーはスコア0.0、ランキング750位/816社と極めて低い評価である 。主要な競合他社と比較しても、著しく劣る可能性が高い(競合スコアは情報なし)。  

  • ChemScore: 東ソーはグレードD-、ランキング46位/54社と、こちらも非常に低い評価である 。  

  • Refinitiv (KnowESG経由): 東ソーはスコア27.1、ランキング163位/609社とされている 。  

  • DitchCarbon (Tosoh Bioscience): スコア34で、同業他社の78%より高いとされている 。ただし、これは特定の子会社に関するスコアであり、評価尺度や範囲が異なる点に留意が必要である。  

東ソーの環境スコアは、評価機関によって大きく異なる様相を呈しており、一貫した評価が困難である。SustainalyticsやS&P Globalのような主要な金融ESG評価機関は、同社を業界の中位グループに位置付けている 。これは、基本的なガバナンス体制や一部の気候関連情報開示などが評価されている可能性を示唆する。しかしながら、生物多様性(Nature Benchmark)や化学物質管理・資源循環(ChemScore)といった特定の環境課題に焦点を当てた専門評価機関からは、極めて低い評価を受けている 。さらに、競合他社の多くが高い評価を得ているCDPへの不参加は、投資家が重視する情報開示プラットフォームにおける透明性の欠如を示唆しており、ベンチマーク比較において明確な不利をもたらしている 。この評価の乖離は、同社が広範なESG枠組みで捉えられる側面(基本的なガバナンス、一部の気候報告)では一定の管理レベルにあるものの、生物多様性、資源循環、化学物質管理といった、より専門的で深い環境パフォーマンスと透明性において、業界の期待水準に達していない可能性を示唆している。この複雑な評価プロファイルは、単純なベンチマーキングを困難にし、環境スコアリングにおいて多角的な解釈を必要とする。  

7. 結論

本分析を通じて、東ソー株式会社の環境イニシアチブとパフォーマンスに関して、以下の点が明らかになった。

分析結果の要約:

東ソーは、2050年カーボンニュートラル達成に向けた目標設定や、TCFD提言に基づく情報開示、脱炭素化への大規模投資計画(2030年度までに1,200億円)など、気候変動対策において具体的な進捗を示している 。特に、自家発電設備の燃料転換やCCUS技術開発に注力している点は評価できる 。しかしながら、資源循環と生物多様性の分野においては、社内での取り組み表明にも関わらず、専門的な外部評価機関からは極めて低い評価を受けており、実質的なパフォーマンスや情報開示に大きな課題があることが示唆された 。また、CDPへの不参加など、全体的な透明性にも改善の余地がある。  

全体的な環境パフォーマンス評価:

東ソーの環境パフォーマンスは、一面的に評価することが難しい。気候変動に関する計画策定やTCFD報告といった側面では進展が見られるものの、資源循環や生物多様性といった分野では、業界のベストプラクティスや外部評価基準との間に大きなギャップが存在する。特に、専門評価機関からの厳しい指摘は、これらの分野における戦略の深さと実効性、そして情報開示の質に根本的な課題があることを示唆している。主流のESG評価機関による中位評価 は、これらの深刻な弱点を十分に反映していない可能性があり、注意が必要である。全体として、東ソーは一部で前進しているものの、業界リーダーの水準やステークホルダーからの期待に応えるためには、特に透明性、資源循環、生物多様性の分野で大幅な改善が必要である。  

環境スコアへの影響:

これらの分析結果は、東ソーの環境スコア算定に複雑な影響を与える。気候変動目標の設定、TCFD開示、脱炭素投資計画などはポジティブな要因となる。一方で、透明性の欠如(特にCDP不参加)、資源循環・生物多様性に関する外部からの極めて低い評価、Scope3排出量管理の不明確さなどは、スコアを大幅に引き下げる要因となる。最終的なスコアは、各評価項目の重み付けや、内部情報と外部評価のどちらを重視するかといった評価方法論に大きく依存するだろう。

将来展望:

東ソーの今後の環境パフォーマンス向上は、今回特定された課題、特に内部努力と外部評価とのギャップを埋めることができるかにかかっている。具体的には、透明性を高め、標準化されたプラットフォームでの情報開示を強化すること、資源循環と生物多様性に関する戦略を抜本的に見直し、実効性のあるアクションプランを策定・実行することが急務である。スペシャリティ事業における環境関連の事業機会を的確に捉え、成長につなげることも重要となる 。これらの課題、特に透明性、資源循環、生物多様性に関する批判に真摯に対応できなければ、評判リスクや、長期的には財務リスクにも繋がりかねない。逆に、これらの課題に積極的に取り組み、変革を推進できれば、持続的な企業価値向上への道筋を確かなものにできるだろう。  

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