GX RESEARCH

DIC株式会社の環境イニシアチブおよびパフォーマンスに関する包括的分析報告書

更新日:2025年4月20日
業種:製造業(3333)

序論

  • DIC株式会社の概要

    DIC株式会社(以下、DIC)は、1908年の創業以来、印刷インキ、有機顔料、合成樹脂を基盤事業とし、社会の変化に対応しながら事業領域を拡大してきた日本の大手ファインケミカルメーカーである 。DICグループは、米国のSun Chemical Corporationを含む185社の子会社で構成され、60を超える国と地域でグローバルに事業を展開している 。包装材料、ディスプレイ材料、デジタル機器や自動車に使用される高機能材料などを提供し、連結売上高は1兆円を超え、グループ全体の従業員数は22,000名以上に達する 。現在の事業ポートフォリオは、「パッケージング&グラフィック」「カラー&ディスプレイ」「ファンクショナルプロダクツ」「新事業統括本部」の4つのセグメントから構成されている 。DICグループは、「The DIC Way」として体系化された経営理念に基づき、企業価値の向上と持続的な成長を目指している 。  

  • 本報告書の目的と構成

    本報告書は、DICの環境パフォーマンスを包括的に分析・評価することを目的とする。特に、現代社会における重要課題である「気候変動」、「資源循環」、「生物多様性」の3分野に焦点を当て、DICグループの具体的な取り組み、関連するリスクと機会、業界内での比較、現状の課題と将来に向けた提言を詳述する。この分析を通じて、DICの環境スコア算出に必要となる詳細かつ定量的な情報を提供することを目指す。 分析にあたっては、DICが開示している統合報告書「DICレポート」、ESGデータブック 、公式ウェブサイト 、プレスリリース 等の公式情報、および競合他社の公開情報、第三者評価機関(CDP、EcoVadis、Sustainalytics等)のデータを主要な情報源とする。報告書の構成は、序論に続き、第1部でDICの各分野における具体的な取り組みと実績、第2部で環境要因に関するリスクと機会、第3部で業界の先進事例と比較分析、第4部で現状の課題と提言を述べ、最後に結論として分析結果を総括する。  

  • 分析の背景と重要性

    化学産業は、現代社会に不可欠な素材を提供する一方で、その生産プロセスや製品ライフサイクルにおいて環境負荷が大きい産業の一つである 。同時に、革新的な技術や製品を通じて、環境問題の解決や持続可能な社会の実現に貢献することも期待されている 。特に、気候変動の緩和と適応、資源循環型経済への移行、生物多様性の損失阻止は、地球規模での喫緊の課題であり、これらに対する企業の取り組みは、その持続可能性と企業価値を左右する重要な要素となっている。 DICにおいても、これらの課題認識に基づき、長期経営計画「DIC Vision 2030」 の中でサステナビリティ戦略を明確に位置づけ、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の推進を強化している 。サステナビリティ委員会を設置し、社長執行役員が委員長を務める体制の下、グループ全体での取り組みを推進している 。本分析は、DICの環境パフォーマンスの現状を客観的に評価し、今後の戦略策定やステークホルダーとのコミュニケーションに資する基礎情報を提供することを意図するものである。  

第1部:DIC株式会社の環境イニシアチブとパフォーマンス

  • 1.1 気候変動への対応

    DICグループは、気候変動を事業継続に関わる重要な経営課題と認識し、その影響緩和と持続可能な社会の実現に向けた多様な施策を展開している 。  

    • GHG排出削減目標とSBTi認定 DICグループは、気候変動対策における長期的な目標として、2050年度までにScope 1(自社での燃料使用等による直接排出)およびScope 2(購入した電力・熱等の使用に伴う間接排出)のCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル達成を掲げている 。この目標達成に向けた中間目標として、2030年度までにScope 1および2のCO2排出量を2013年度比で50%削減する目標を設定している。この目標は、科学的根拠に基づく目標設定を推進する国際的なイニシアチブであるSBTi(Science Based Targets initiative)から認定を受けており、パリ協定の目標達成に貢献する水準であることが認められている 。なお、過去には2020年度までに2013年度比で7.0%削減という目標を設定していたが 、目標レベルは大幅に引き上げられた。 さらに、サプライチェーン全体での排出量(Scope 3)に関しても目標を設定している。特に排出量への寄与が大きいカテゴリー1(購入した製品・サービス)およびカテゴリー12(販売した製品の廃棄)を対象に、2030年度までに13.5%削減することを目指している。加えて、カテゴリー1においては、主要サプライヤーに対するエンゲージメント(働きかけ)率を2030年度までに80%に高める目標も掲げている 。  

    • GHG排出実績 2023年度におけるDICグループ全体のScope 1および2のCO2排出量は、合計で534,889トンであった 。これは、前年度(2022年度)の720,444トンから大幅な削減(185,555トン減)であり、基準年である2013年度の排出量921,386トンと比較すると41.9%の削減に相当する 。2030年度の50%削減目標達成に向けて、現時点では順調に進捗しているように見える。 地域別に見ると、2023年度の排出量は、日本が136,412トン、中華圏が71,998トン、アジア太平洋地域が83,583トン、Sun Chemicalグループ(主に欧米)が241,182トン、その他地域が1,715トンとなっている 。Scope別では、Scope 1排出量が278,059トン、Scope 2排出量が256,830トンであった 。 生産高原単位(生産量1トン当たりのCO2排出量)で見ると、2023年度はグローバル全体で233.0 kg-CO2/トンであった 。日本国内に限定すると、134.7 kg-CO2/トンとなっている 。 Scope 3排出量については、2023年度の算定値が報告されており、総計は約677万トンに上る。その内訳を見ると、カテゴリー1(購入した製品・サービス)が約466万トン、カテゴリー12(販売した製品の廃棄)が約127万トンと、この2つのカテゴリーでScope 3排出量全体の約87%を占めており、サプライチェーンの上流(原材料調達段階)と下流(製品使用後の廃棄段階)における排出量が極めて大きいことがわかる 。  

    • 排出量削減要因分析 2023年度に見られたScope 1および2排出量の大幅な削減(前年比185,555トン減)は、複数の要因によってもたらされた 。最大の要因は生産量の変動であり、特にSun Chemicalグループにおける生産減が78,764トンの削減に寄与した。アジア太平洋地域での生産減(-13,548トン)や国内での生産減(-2,914トン)も合わせると、生産量減少による削減効果は約9.5万トンに上る。一方で、DICグループ自身の削減努力も大きく貢献している。日本国内においては、473件に上る省エネルギー施策の実施が62,533トンの削減に繋がった。また、購入電力の排出係数低減効果も6,373トンの削減に寄与した。海外においては、インドネシアの拠点での石炭焚きボイラーからLNG焚きボイラーへの燃料転換が22,695トンの削減を実現したほか、インドでの再生可能エネルギー電力購入契約(PPA)締結(-1,407トン)、アジア太平洋地域でのグリーン電力へのシフト(-2,021トン)、同地域や中華圏での省エネ施策実施(-1,872トン、-2,708トン)などが削減に貢献している 。 この分析から、DICのCO2排出量が経済状況や市場動向に伴う生産量の変動に大きく影響される側面があることが示唆される。2023年度の大幅な削減は評価できるものの、その約半分が生産量減少によるものである点を考慮すると、将来的に景気が回復し生産量が基準年レベルに戻った場合、目標達成に向けたハードルが上がる可能性がある。したがって、排出量削減の持続可能性を高めるためには、生産量の変動に左右されにくい省エネルギー施策や再生可能エネルギー導入といった構造的な対策を、今後さらに強化・深化させていくことが重要となる。  

    • 再生可能エネルギー導入・利用 DICグループは、カーボンニュートラル達成に向けた重要な柱として、再生可能エネルギーの導入と利用拡大を積極的に推進している。これは、GHG排出量削減に直接貢献するだけでなく、サステナブル製品(環境負荷低減に貢献する製品)の売上高比率を2030年度までに60%に引き上げるという目標 の達成にも寄与する取り組みである。 2023年度には、再生可能エネルギーの利用によって、グローバル全体で107,620トンのCO2排出量を削減した 。これは、再生可能エネルギーを利用しなかった場合の想定排出量(実績排出量+削減貢献量)の16.7%に相当する規模である。削減量の内訳を見ると、バイオマス燃料の燃焼による熱利用が36,192トン、太陽光・風力・小水力・バイオマスによる自家発電が6,874トン、購入したグリーン電力(CO2フリー電力)が64,554トンとなっている 。 特に日本国内での取り組みが顕著である。2022年11月に東京の本社ビル(DICビル、第2DICビル)でCO2フリー電力への完全切り替えを実施したのに続き、2023年4月以降、残る国内の生産拠点や研究所など合計33拠点においてもCO2フリー電力への切り替えを完了した 。これにより、2023年度の国内Scope 2排出量は大幅に削減され、電力切り替えによる削減効果は約10万トン(前年比34.5%減)に達したと報告されている 。さらに、国内最大の生産拠点の一つである鹿島工場では、2023年に新たなバイオマスボイラーが稼働を開始した。同工場では既に導入済みの太陽光発電や風力発電と合わせ、このバイオマスボイラーにより年間約36,000トンのCO2排出量削減を見込んでいる 。 海外拠点においても、再生可能エネルギー導入が進められている。インドネシアのPT. DIC Graphicsカラワン工場では、石炭焚きボイラーを廃止し、より低炭素なLNG焚きボイラーに転換するとともに、パーム椰子殻(PKS)を燃料の一部とするバイオマスボイラーも活用している 。インドではPPAを締結し、再生可能エネルギー由来の電力を購入している 。 国内全拠点でのCO2フリー電力への移行は、Scope 2排出量削減に劇的な効果をもたらす一方で、国内の電力系統全体のグリーン化の進展度合いや、再エネ電力の価格変動リスクへの依存度を高める側面も持つ。これに対し、鹿島工場のバイオマスボイラー導入やインドネシアでの燃料転換といった施策は、自社による主体的な設備投資を通じて排出量を削減するものであり、外部環境への依存リスクを低減する効果がある。DICはこれら二つのアプローチ、すなわち外部からのグリーン電力調達と自社設備による低炭素・再エネ化を組み合わせることで、コスト効率と削減の確実性のバランスを取りながら、カーボンニュートラルに向けた取り組みを進めていると考えられる。  

    • 省エネルギー施策 DICグループは、エネルギー消費量の削減に向けて、継続的に省エネルギー施策を実施している。日本国内の生産拠点では、2017年度に586件 、2023年度には473件の省エネ・CO2削減施策が実施され、これにより2023年度には62,533トンのCO2削減効果が得られた 。具体的な施策としては、LED照明など高効率照明への更新、インバーター導入によるポンプ・ブロワーの省エネ制御、高効率コンプレッサーの導入と圧力損失低減、高効率チラーの採用、ボイラー燃料削減のための廃熱回収強化、原料加温プロセスにおける適正な時間・温度管理などが挙げられる 。 エネルギー消費原単位(生産量当たりのエネルギー消費量)については、近年、エネルギー多消費型であるファインケミカル製品の生産比率が上昇し、相対的にエネルギー効率の良い製品の生産比率が低下する傾向にある 。このような製品構成の変化は原単位を押し上げる要因となるが、DICグループは前述のような地道な省エネ活動の積み重ねにより、エネルギー効率の維持・改善に努めている。2023年度のグローバル全体でのエネルギー消費原単位は5.577 GJ/トンであった 。今後も、省エネ設備の導入推進、生産プロセスの改善、設備稼働率の向上などを通じて、エネルギー消費量の削減に取り組む方針である 。  

    • Scope 3 排出削減への取り組み DICグループのGHG排出量全体を見ると、Scope 3排出量が圧倒的な割合を占めている。算定されたScope 3排出量(約677万トン)は、Scope 1+2排出量(約53万トン)の10倍以上の規模である 。特に、カテゴリー1(購入した製品・サービス)とカテゴリー12(販売した製品の廃棄)が突出して大きく、この2つでScope 3全体の約9割近くを占めている状況は、DICの排出削減努力が自社の事業活動範囲内(Scope 1, 2)に留まらず、サプライチェーン全体へと拡大されなければ、気候変動への真の貢献が難しいことを示している 。 この認識に基づき、DICはScope 3削減目標(カテゴリー1, 12等で13.5%削減)を設定し、特に影響の大きいカテゴリー1に対してはサプライヤーエンゲージメント率80%達成という具体的な目標を掲げている 。これは、原材料調達から製品廃棄に至るライフサイクル全体での環境負荷低減を目指す上で、サプライヤーとの連携強化と、リサイクルしやすい製品設計やバイオマス・リサイクル原料の利用拡大といった資源循環戦略との連携が不可欠であることを示唆している。後述する持続可能な調達 やサーキュラーエコノミーへの取り組み は、このScope 3削減戦略と密接に関連していると考えられる。  

  • 1.2 資源循環の推進

    DICグループは、持続可能な社会の実現に向けて、資源の有効活用と廃棄物の削減を重要な経営課題と捉え、「サーキュラーエコノミーへの対応」をサステナビリティ戦略の柱の一つに掲げている 。  

    • 基本方針と枠組み グループ独自のフレームワークとして「5R」(Reuse:再利用、Reduce:発生抑制、Renew:再生可能資源への代替、Recycle:再資源化、Redesign:製品設計の見直し)を定め、これを全ての事業活動と製品開発に組み込むことで、廃棄物削減とカーボンフットプリント削減を両輪で推進している 。レスポンシブル・ケア活動の一環としても、産業廃棄物の削減やリサイクル率向上、水資源管理に取り組んでいる 。  

    • 廃棄物管理 DICグループは、廃棄物の発生抑制(Reduce)と再資源化(Recycle)を推進し、最終処分量の削減に努めている。 2023年度のグローバル全体での総廃棄物排出量は108,604トンであり、そのうち生産施設から排出されたのは92,611トンであった。有害廃棄物の排出量は48,960トンであった 。 日本国内においては、廃棄物管理は高いレベルで実施されている。2023年度の総廃棄物排出量は39,790トン(生産施設からは30,238トン)であり、資源リサイクル率は90.2%と非常に高い水準を維持している。最終的に埋め立て処分された廃棄物は167トンに留まっている 。国内では、社外処理廃棄物量を2020年度比で削減する目標を設定しており、2030年度には50%削減を目指している(2023年データブック参照 )。 一方、海外拠点における廃棄物管理には課題が見られる。2023年度の総廃棄物排出量は68,815トン(生産施設からは62,373トン)と国内よりも多く、資源リサイクル率は71.6%と国内に比べて低い水準にある。特に最終埋立処分量は11,518トンに達しており、国内と比較して著しく多い 。 この国内外でのパフォーマンスの差は、DICがグローバル企業として資源循環を推進する上での重要な課題を示している。特に、近年買収した事業(例:BASF社の顔料事業 )を含むSun Chemicalグループ など、海外拠点の活動がグループ全体の環境負荷に与える影響は大きい。グローバル目標の達成に向けては、国内で確立された高度な廃棄物管理手法やリサイクル技術を海外拠点へ展開し、グループ全体での標準化を進めることが不可欠である。買収事業の統合プロセスにおける環境管理体制の整備も重要な要素となるだろう。  

    • 水資源管理 DICグループは、事業活動に不可欠な水資源の持続可能な利用を目指し、リスク評価に基づいた管理と効率的な利用を推進している 。 2023年度のグローバル全体での総取水量は47,215千m³であった。主な水源は表層水(河川水など)が23,597千m³、水道・工業用水が15,401千m³、地下水が8,030千m³となっている 。地域別では、国内の取水量が25,450千m³、海外が21,765千m³であった。同年度の総排水量は43,369千m³である 。 水リスクへの対応として、WRI(世界資源研究所)の評価ツール「Aqueduct」などを活用し、世界各地の生産拠点における水ストレス(渇水リスクや水質汚染リスクなど)を評価している 。その結果に基づき、特にリスクが高いと判断された16拠点を特定し、2021年度から2024年度にかけて対策を実施する計画を進めている。対策実施率の目標は、2023年度末までに75%、2024年度末までに100%達成と設定されており、2023年度末時点での実績は目標通り75%に達した 。2025年度以降は、リスク評価基準を見直し、中程度のリスクを持つサイトへも対策範囲を拡大する予定である 。具体的な対策内容としては、取水源の多様化、節水技術の導入、水リサイクルの推進などが考えられる。 現時点では、グループ全体としての具体的な水使用量削減目標は公表されていないが、水リスク管理計画の着実な実行を通じて、水使用効率の向上と環境負荷の低減を図っていく方針である 。  

    • サーキュラーエコノミーへの貢献 DICグループは、化学メーカーとしての技術力を活かし、サーキュラーエコノミーの実現に貢献する具体的なプロジェクトを推進している。 特筆すべきは、使用済みポリスチレン製食品トレーのリサイクルに関する取り組みである 。食品トレーメーカーである株式会社エフピコ(FPCO)との協働により、従来はリサイクルが困難で用途も限定されていた着色済みや汚れが付着したポリスチレン製トレーを、再び食品トレーとして再生利用する「トレーtoトレー」のクローズドループリサイクルシステムの構築を目指している。この鍵となるのが、DICが独自に開発した溶解分離プロセス(脱墨ケミカルプロセス)である。この技術により、不純物や着色剤を除去し、高品質な再生ポリスチレンを得ることが可能になるという。2023年には、環境先進都市を目指す三重県四日市市と包括連携協定を締結し、市民から回収された使用済みトレーを用いた実証試験を開始した 。さらに、この技術を用いて製造された脱墨再生プラスチックの商品化にも成功している 。 このポリスチレンリサイクル技術は、技術的な難易度が高いとされる着色・汚染プラスチックのリサイクルを実現する可能性を秘めており、DICの技術開発力を示す象徴的な事例と言える。この取り組みは、世界的に喫緊の課題となっているプラスチック廃棄物問題への対応であり、同時に、今後強化が予想されるプラスチック関連規制(規制リスク)を、新たな事業機会へと転換しようとする戦略的な動きと捉えることができる。この技術が確立され、社会実装が進めば、高品質な再生プラスチック原料という新たな市場を創出し、そこでDICがリーダーシップを発揮する可能性がある。将来的には、ポリスチレン以外の難リサイクル性プラスチックへの技術応用や、技術ライセンス供与、リサイクル原料販売といった新たなビジネスモデルの構築にも繋がる可能性を秘めている。 この他にも、軟包装材由来の廃プラスチックを湿式粉砕によってリサイクルするプロセスを確立し、脱墨モノマー等と共に市場投入している 。また、製品開発においては、リサイクルしやすい設計(Design for Circularity)や、植物由来・再生可能原料の使用を重視し、サステナブルパッケージング用材料、色彩科学、スマートリビング分野での環境性能向上に貢献する材料開発を推進している 。  

  • 1.3 生物多様性の保全

    DICグループは、事業活動が依存し、また影響を与える自然環境、特に生物多様性の重要性を認識し、その保全に向けた取り組みを開始・強化している。

    • 方針と体制 2023年11月15日、「DICグループ生物多様性方針」を新たに策定し、施行した 。この方針は、グループの事業活動が環境に与える影響を最小限に抑えるとともに、生物多様性の保全と保護に積極的に貢献することを目的としている。方針には、関連法規の遵守、生物多様性への影響評価の実施と活用、事業活動における地域生態系への配慮、持続可能な原材料調達、汚染防止、研究・技術革新による貢献、従業員への教育・訓練、報告と透明性の確保、継続的な改善という10項目が盛り込まれている 。この方針策定は、DICグループが生物多様性保全へのコミットメントをより明確にしたことを示すものである。 従来から、化学企業としての責任ある行動規範であるレスポンシブル・ケア の枠組みの中で、環境・安全・健康(ESH)活動の一環として生物多様性への配慮も含まれてきたが 、専用方針の策定により、取り組みの方向性がより具体化されたと言える。  

    • 影響評価とリスク認識 新方針に基づき、事業活動が生物多様性に与える影響を評価し、その結果を負の影響の緩和策に活用することが定められている 。具体的にどのような評価手法(例:LCA、生態系サービス評価、TNFDフレームワークのLEAPアプローチなど)を用いるか、また評価結果の詳細は現時点では十分に開示されていないが、土地利用や自然資本を持続可能な方法で利用する努力を行うとしている 。サプライヤー評価においても、生物多様性への影響を考慮に入れる方針であり、EcoVadisなどのプラットフォーム活用が想定される 。  

    • 具体的な保全活動 DICグループは、方針策定以前からいくつかの生物多様性保全活動に取り組んできた。 代表的な例が、九州の阿蘇周辺にのみ自生する絶滅危惧種の淡水性藍藻類「スイゼンジノリ」の保全活動である 。グループ会社であるグリーンサイエンスマテリアルズ(GSM)が、世界で初めてスイゼンジノリの屋内大量培養技術を開発し、種の保存に貢献している 。さらに、培養したスイゼンジノリから抽出されるユニークな高分子多糖類「サクラン®」を化粧品原料などとして製品化し、サクラン®を配合した自社化粧品ブランド「fillwith(フィルウィズ)」も展開している 。培養技術の開発だけでなく、生息地の保全にも力を入れており、2023年には豪雨被害を受けた福岡県朝倉市の黄金川とその周辺地域において、地域団体と協力して環境美化活動(清掃活動)を実施した 。 また、企業連携による取り組みも進めている。2022年4月には、「一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)」に加盟した 。JBIBは、生物多様性保全にコミットする日本企業が集まるプラットフォームであり、DICは外部専門家や他業種企業との勉強会などを通じて知見を深め、より野心的な保全活動の推進を目指している 。 このほか、持続可能な調達 、汚染防止 、環境配慮型製品の開発 など、事業活動全体を通じて生物多様性への配慮を進めるとしている。 現状を見ると、DICの生物多様性への取り組みは、2023年の方針策定やJBIBへの参加によって近年強化されている段階にある。スイゼンジノリ保全活動は具体的で独自性があり評価できるが、気候変動対策や資源循環の取り組みと比較すると、グループ全体の事業活動が生物多様性に与える影響の包括的な評価、サプライチェーン全体を巻き込んだ取り組みの具体化、そして定量的な目標設定と実績開示という点では、まだ発展途上にあると言える。今後、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)などの国際的な枠組みも視野に入れながら、情報開示の拡充と取り組みの深化が期待される。  

第2部:環境要因に関するリスクと機会

DICグループの事業活動は、地球環境との相互作用の中で、様々なリスクに晒されると同時に、新たなビジネス機会を創出する可能性も秘めている。ここでは、気候変動、資源循環、生物多様性に関連する潜在的なリスクと機会を分析する。

  • 2.1 潜在的リスク分析

    • 規制リスク:

      • 気候関連規制: 世界的な脱炭素化の流れの中で、カーボンプライシング(炭素税や排出量取引制度)が各国・地域で導入・強化される傾向にある 。エネルギー多消費型の生産プロセスを持つ化学産業にとって、これは生産コストの増加に直結するリスクである。特に、DICの国内主要拠点の一つである鹿島工場はエネルギー消費量が大きいとされており 、炭素価格の上昇は収益性を圧迫する可能性がある。また、省エネルギー基準や再生可能エネルギー導入義務の強化なども、追加的な設備投資や対策コストを発生させる可能性がある。  

      • 化学物質規制: 人や環境への有害性が指摘される化学物質に対する規制は、世界的に強化される傾向にある。例えば、欧米を中心に規制強化が進むPFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)のような特定の物質群が規制対象となった場合、関連製品の製造・販売が制限されたり、代替物質の開発・導入に多額のコストが必要となったりするリスクがある 。  

      • 資源循環関連規制: プラスチック廃棄物問題への対応として、各国で使い捨てプラスチックの使用禁止、リサイクル材の使用義務化、拡大生産者責任(EPR)の強化といった規制が導入されつつある 。これらの規制に対応するためには、製品設計の見直し、リサイクル技術への投資、サプライチェーンにおけるトレーサビリティ確保などが必要となり、コスト増加や管理体制の複雑化を招く可能性がある。  

      • 生物多様性関連規制: 生物多様性の損失に対する危機感の高まりから、今後は事業活動が自然資本や生態系サービスに与える影響に関する情報開示(例:TNFD提言に基づく開示 )が求められたり、特定の地域での開発や土地利用が制限されたりする可能性がある。また、遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)に関する規制遵守も重要となる 。  

    • 市場リスク:

      • 顧客ニーズの変化: 環境意識の高まりから、企業顧客や最終消費者において、低炭素製品、バイオマス・リサイクル原料を使用した製品、環境負荷の少ない製品への需要が増加している 。こうした市場の要求に迅速かつ的確に対応できない場合、競合他社に市場シェアを奪われ、競争力が低下するリスクがある。  

      • 投資家からの評価: ESG投資の拡大に伴い、企業の環境パフォーマンスは投資判断における重要な要素となっている。CDP、EcoVadis、MSCI、Sustainalyticsといった第三者評価機関による評価が低い場合、投資家からの評価が低下し、資金調達コストの上昇や株価への悪影響を招く可能性がある 。  

      • 技術競争: 競合他社が、より革新的な環境技術(例:高性能なケミカルリサイクル技術、低コストなバイオ原料製造技術)やサステナブル製品を開発した場合、DICの既存製品や技術が陳腐化し、市場での優位性を失うリスクがある。

      • 原材料調達: 主力製品の多くが化石燃料由来の原料に依存しているため、原油価格の変動は収益性に直接的な影響を与える 。一方で、環境対応のためにバイオマス原料やリサイクル原料への転換を進める場合、これらの代替原料の品質安定性、供給量の確保、価格競争力が課題となるリスクがある。  

    • 物理的リスク:

      • 気候変動の影響: 地球温暖化の進行に伴い、洪水、干ばつ、熱波、台風といった異常気象の激甚化・頻発化が予測されている 。これにより、国内外の生産拠点や物流網が物理的な被害を受けたり、操業停止に追い込まれたりするリスクが高まる。  

      • 水リスク: 特に水ストレスが高い地域に立地する生産拠点においては、渇水による取水制限や水質の悪化が生産活動に深刻な影響を与えるリスクがある 。  

    • 評判リスク(レピュテーションリスク):

      • 環境事故: 生産拠点における化学物質の漏洩、大気・水質汚染、爆発・火災といった事故は、人々の健康や地域環境に被害を与えるだけでなく、企業の社会的信用を著しく失墜させ、ブランドイメージを大きく毀損するリスクがある 。  

      • 目標未達・グリーンウォッシング: 設定した環境目標を達成できなかったり、環境配慮の実態以上に良く見せかける「グリーンウォッシング」と見なされたりした場合、投資家、顧客、NGO、社会全体からの信頼を失うリスクがある。

      • サプライチェーン問題: 自社の管理が直接及ばないサプライチェーン上流(原材料調達段階)において、違法伐採、生態系破壊、人権侵害といった問題が発覚した場合、たとえ自社が直接関与していなくても、サプライヤー管理責任を問われ、ブランド価値が低下するリスクがある 。  

  • 2.2 ビジネス機会の特定

    環境要因はリスクだけでなく、DICグループにとって新たな成長と価値創造の機会も提供する。

    • 環境配慮型製品・ソリューションによる市場創造:

      • 低炭素・省エネ貢献製品: 自動車の軽量化に貢献するPPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂 や、印刷工程でのエネルギー消費削減に繋がるUV硬化型インキ、環境負荷の少ない水性インキ・バイオマスインキ など、顧客の環境負荷低減に貢献する製品群は、市場での需要拡大が期待される。  

      • サステナブル原料利用製品: バイオマスプラスチックを使用した梨地フィルム「DIFAREN® A7440Bio」 や、リサイクル原料を活用した製品など、再生可能資源や循環資源をベースとした製品は、環境意識の高い顧客からの支持を集め、市場シェア拡大の機会となる。  

      • サーキュラーエコノミー関連技術・製品: DICが開発を進めるポリスチレンのケミカルリサイクル技術 は、実用化されれば、高品質な再生原料の供給という新たな市場を開拓する可能性がある。また、製品の易リサイクル性を高める設計や、リサイクルプロセスを助ける添加剤なども、サーキュラーエコノミーへの移行を支援するソリューションとして価値を持つ 。  

      • 環境ソリューション事業: 水処理膜技術や排ガス処理技術、土壌浄化技術など、DICグループが持つ技術の中には、環境問題の直接的な解決に貢献できるものもある。これらの技術を活かしたソリューション事業の展開も機会となり得る 。  

    • 資源効率改善によるコスト削減と競争力強化:

      • エネルギー効率向上: 省エネルギー施策の継続的な実施 や、再生可能エネルギーへの転換 は、エネルギーコストの削減に繋がり、価格競争力を高める。  

      • 廃棄物削減・有効活用: 廃棄物の発生抑制とリサイクル率の向上 は、廃棄物処理コストを削減する。また、副産物や廃棄物を有価物として販売・利用できれば、新たな収益源にもなり得る。  

      • 水使用効率向上: 水使用量の削減や工場内での水の再利用・循環利用 は、水コスト(取水費用、排水処理費用)の削減に貢献する。  

    • ブランド価値向上とステークホルダーエンゲージメント:

      • 企業評価の向上: 環境問題への積極的な取り組み姿勢と、その成果に関する透明性の高い情報開示 は、企業の社会的評価を高め、ブランドイメージ向上に繋がる。  

      • ESG投資の呼び込み: 高いESG評価は、ESG投資を重視する機関投資家からの資金調達を有利にし、企業価値向上に貢献する 。  

      • 人材獲得・維持: 環境や社会課題への貢献を重視する優秀な人材にとって、サステナビリティへの取り組みは魅力的な要素となり、人材の獲得と定着に繋がる。

      • バリューチェーン連携強化: サプライヤーとの協働による持続可能な調達 や、顧客との連携による環境配慮型製品の開発は、バリューチェーン全体での価値創造と強固なパートナーシップ構築の機会となる。  

    DICが推進するポリスチレンのケミカルリサイクル事業 は、規制リスクを機会に転換する好例と言える。世界的にプラスチック廃棄物問題が深刻化し、規制強化が進む中で、この技術は従来リサイクルが難しかった着色済みトレーなどを高品質な原料に戻すことを可能にする。これは単なる規制遵守を超えた動きであり、規制によって需要が高まる可能性のある高品質再生材市場という新たなフロンティアを開拓しようとする試みである。この技術が商業的に成功すれば、DICは競合他社に先駆けて市場優位性を確立し、規制強化をむしろ追い風として成長する機会を掴むことができるだろう。 また、DICのグローバルな事業展開 は、地域ごとに異なる環境規制や市場ニーズへの対応という複雑性(リスク)をもたらす一方で、多様な市場から学びを得る機会も提供する。例えば、環境規制が先行する欧州で活動するSun Chemical は、サーキュラーエコノミー関連技術(例:C2C認証インキ )やサプライヤーのサステナビリティ評価(EcoVadis活用 )において先進的な知見を蓄積している可能性がある。これらの知見をグループ全体で共有し、日本や他のアジア地域に展開したり、逆に日本発の技術(例:ポリスチレンリサイクル)を海外展開したりすることで、グループ全体の環境パフォーマンス向上とイノベーション促進(機会)に繋げることができる。そのためには、各地域本社(Sun Chemical, DIC Asia Pacific, DIC China)と本社ESG部門との間の連携強化 が、グローバルなベストプラクティス構築の鍵となるだろう。  

第3部:業界のベストプラクティスと競合分析

DICの環境パフォーマンスを評価し、今後の戦略を検討する上で、化学業界全体の先進的な取り組み(ベストプラクティス)を理解し、主要な競合他社との比較を行うことが重要である。

  • 3.1 化学業界における環境先進事例

    世界の化学業界では、サステナビリティへの要請の高まりを受け、環境負荷低減と持続可能な事業モデル構築に向けた多様な取り組みが進められている。

    • 気候変動対策:

      • 野心的なGHG削減目標とScope 3への注力: 多くの大手化学企業が、SBTiの認定を受けたGHG排出削減目標(特に1.5℃目標)を設定し、カーボンニュートラル達成時期を宣言している。近年は、自社排出(Scope 1, 2)だけでなく、サプライチェーン全体での排出(Scope 3)削減の重要性が認識され、野心的なScope 3削減目標を設定し、サプライヤーとの協働プログラムを強化する動きが活発化している。例えば、競合であるLanxessはSBTi認定のScope 3削減目標(2030年までに25%削減)を掲げ、「Net Zero Value Chainプログラム」を通じてサプライヤーエンゲージメントを推進している 。ClariantもScope 3目標を従来からほぼ倍増させている 。  

      • 再生可能エネルギーへの大規模投資: 化学産業はエネルギー多消費型であるため、再生可能エネルギーへの転換は脱炭素化の鍵となる。大手企業は、再生可能エネルギー発電事業者との長期電力購入契約(PPA)の締結や、自社敷地内への太陽光発電設備の設置、バイオマス発電の導入などを積極的に進めている。欧州のBASFによる洋上風力発電への大型投資などはその代表例である。

      • CCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)技術: 排出削減が技術的に困難なプロセス(例:特定の化学反応プロセス)から排出されるCO2を回収し、化学品原料として利用したり、地下に貯留したりするCCUS技術の開発・実証プロジェクトへの投資も進められている。

    • 資源循環:

      • ケミカルリサイクルの商業化: 廃プラスチックを化学的に分解し、モノマー(単量体)や基礎化学品に戻すケミカルリサイクルは、マテリアルリサイクルが困難な混合プラスチックや汚染されたプラスチックを再び高品質な原料として活用できる技術として期待されている 。BASFの「ChemCycling」プロジェクトや、Eastman Chemical社のポリエステルケミカルリサイクルプラント建設など、商業化に向けた大規模な投資や企業間連携(アライアンス形成)が活発化している。  

      • バイオベース原料への転換: 化石燃料由来の原料を、植物油、廃食油、農業・林業廃棄物といったバイオマス由来の再生可能な原料に転換する動きが加速している。製品中のバイオマス含有量を証明するマスバランス方式の採用と、それに対応した国際認証(例:ISCC PLUS認証)の取得が広がっている 。競合他社では、Lanxessがバイオマス・循環原料を使用した製品群「Scopeblue®」を展開し 、Flint Groupはバイオ再生可能原料を使用した水性インキ「TerraCode」を提供 、Clariantは米ぬか蝋を原料とする「Licocare™ RBW Vita」を開発している 。  

      • 循環性を考慮した製品設計(Design for Circularity): 製品の企画・設計段階から、耐久性の向上、修理の容易さ、使用後の分解・分別・リサイクルのしやすさを考慮に入れるアプローチが重要視されている 。これにより、製品のライフサイクル全体での資源効率を高め、廃棄物発生を抑制することを目指す。Flint Groupの易リサイクル性向上プライマー・ワニス「Evolution」などが該当する 。  

      • 水資源管理の高度化: 水リスク評価に基づき、特に水ストレスの高い地域に立地する事業所において、具体的な取水削減目標を設定し、高度な節水技術や排水再利用技術を導入する動きが進んでいる。Lanxessは水リスクサイトでの絶対取水量削減目標を達成し 、Clariantも水ストレス地域サイトにおける高度な水管理実施率の目標を設定している 。  

    • 生物多様性:

      • Nature Positiveへの移行: 近年、生物多様性の損失を食い止め、さらに回復軌道に乗せることを目指す「Nature Positive」という考え方が国際的に広がりを見せており、これにコミットする企業が増えている。

      • サプライチェーンにおけるリスク管理: 特に、パーム油、大豆、木材、鉱物資源といった生物多様性への影響が大きいとされる原材料の調達において、森林破壊や生態系破壊のリスクを評価し、持続可能な調達基準(例:RSPO認証パーム油 )を導入・遵守する取り組みが強化されている。  

      • 生息地保全・回復活動: 工場敷地内や周辺地域において、ビオトープ(生物生息空間)を創設・管理したり、植林活動を行ったり、地域の在来種を保護したり、外来種の駆除を行ったりする活動が多くの企業で実施されている。BASF 、ExxonMobil 、第一三共 、東レ 、クミアイ化学工業 など、国内外で多様な事例が見られる。  

      • 自然関連財務情報開示(TNFD)への対応: TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が2023年に最終提言を公表したことを受け、企業が自然資本や生態系サービスにどのように依存し、影響を与えているか、またそれに関連するリスクと機会を評価し、開示する準備を進める動きが出始めている 。  

  • 3.2 主要競合企業の特定と比較分析

    DICの環境パフォーマンスを相対的に評価するため、事業内容(印刷インキ、顔料、ポリマー等)やグローバルな市場展開において競合関係にあると考えられる以下の4社を選定し、比較分析を行う。

    • 選定競合企業:

      • 東洋インキSCホールディングス株式会社 (artience): 日本を拠点とし、印刷インキ、顔料、ポリマー、粘接着剤などをグローバルに展開。DICとは国内市場および海外市場の複数分野で直接競合する 。2024年に社名をartienceに変更。  

      • Flint Group: ルクセンブルクに本社を置く、世界有数の印刷インキ・コーティングメーカー。特にパッケージング分野での製品ラインナップが豊富で、グローバル市場でDIC(Sun Chemical含む)と競合する 。  

      • Lanxess AG: ドイツに本社を置く、大手特殊化学品メーカー。高機能ポリマー、特殊添加剤、中間体などを製造。DICとは一部事業領域で重なる。ESG評価が非常に高く、サステナビリティ先進企業として知られる 。  

      • Clariant AG: スイスに本社を置く、特殊化学品メーカー。触媒、吸着剤、添加剤、ケアケミカルなどを展開。過去には顔料事業も手掛けており(DICが一部買収 )、添加剤分野などで関連性がある。サステナビリティを経営の中核に据えている 。 (その他、BASF、Dow、Evonikなども広義の競合となり得るが 、本分析では上記4社に焦点を当てる)  

    • 競合企業の環境戦略・目標・実績比較:

      • 気候変動:

        • DIC: 2030年目標: Scope 1+2を2013年比50%削減、Scope 3(Cat.1, 12等)を13.5%削減。2050年カーボンニュートラル(Scope 1+2)。SBTi認定済み 。2023年実績: Scope 1+2を2013年比41.9%削減。  

        • Toyo Ink (artience): 2030年目標: Scope 1+2を国内35%削減(2020年比)、海外35%削減(BAU比)。2050年カーボンニュートラル 。SBTi認定状況は不明。  

        • Flint Group: 2030年目標: Scope 1+2+3を2019年比46.2%削減。2050年ネットゼロ(Scope 1+2)。SBTi 1.5℃整合認定済み 。2023年実績: Scope 1+2を前年比23%削減 。  

        • Lanxess: 2030年目標: Scope 1+2を2021年比42%削減、Scope 3を25%削減。2040年クライメートニュートラル(Scope 1+2)、2050年ネットゼロ(Scope 3)。SBTi 1.5℃整合認定済み 。2023年実績: Scope 1+2を2004年比73%削減 。  

        • Clariant: 2030年目標: Scope 1+2を2019年比46.9%削減、Scope 3を27.5%削減 。SBTi認定済み。2024年実績: Scope 1+2を2019年比35%削減 。  

        • 比較考察: 目標削減率を見ると、DICの50%削減(Scope 1+2)は高い水準にあるが、基準年が2013年とやや古い。Flint Group、Lanxess、Clariantはより新しい基準年(2019年または2021年)に対して40%を超える削減目標を掲げており、特にLanxessとFlint GroupはSBTiの1.5℃整合認定を受けている。Scope 3目標に関しても、Lanxess(25%削減)とClariant(27.5%削減)はDIC(13.5%削減)よりも野心的な目標を設定している。実績面では、Lanxessの創業以来(2004年比)の削減率が際立っている。

      • 資源循環:

        • DIC: 5R推進。ポリスチレンケミカルリサイクル実証 。国内リサイクル率90.2% 。水リスク管理目標あり 。  

        • Toyo Ink (artience): 国内廃棄物削減目標(2030年 50%減 vs 2020年)。プラスチックリサイクル関連連携(CLOMA, CEFLEX, R Plus Japan)。水リスク評価実施 。  

        • Flint Group: 2030年目標: 埋立廃棄物ゼロ、水使用量5%削減(2022年比)。循環型製品(TerraCode, ZenCode, Evolution等)。  

        • Lanxess: 循環型経済推進(BDIイニシアチブ参加)。Scopeblue®製品(バイオ・循環原料)。水リスクサイトでの絶対取水量削減目標達成(-31% vs 2019年)。廃棄物回収率18.2%(2023年)。  

        • Clariant: 循環性向上、廃棄物・汚染削減を優先事項に 。非有害廃棄物削減目標達成(-84% vs 2019年)。水ストレス地域での高度水管理率目標あり(2030年 100%)。  

        • 比較考察: 各社とも資源循環、特にプラスチック問題への対応(リサイクル技術、バイオ原料)に関心が高い。Flint Groupの「埋立廃棄物ゼロ」目標、Lanxessの水リスクサイトでの具体的な削減実績、Clariantの非有害廃棄物大幅削減実績は注目に値する。DICのポリスチレンリサイクル技術は、その独自性において特徴的である。一方、Lanxessの報告されている廃棄物回収率(18.2%)は、DIC国内(90.2%)と比較すると低いように見えるが、算出範囲や定義の違いに留意が必要である。

      • 生物多様性:

        • DIC: 2023年 方針策定。JBIB参加。スイゼンジノリ保全プロジェクト 。  

        • Toyo Ink (artience): 2009年 方針策定。リスク評価実施。自社林での生態系保全活動。30by30 Alliance参加 。  

        • Flint Group: 持続可能な原料調達、廃棄物・化学物質管理を通じた間接的貢献が中心 。具体的な保全プロジェクトに関する情報は限定的。  

        • Lanxess: 気候変動対策や水資源管理を通じた生物多様性への貢献を強調。持続可能な調達を重視 。具体的な保全プロジェクトに関する情報は限定的。  

        • Clariant: 持続可能なバイオエコノミー推進。パーム油に関するNDPE方針。RSPO/ASD参加。責任ある鉱物調達 。  

        • 比較考察: 生物多様性に関しては、各社とも取り組みの方向性は示しているものの、気候変動や資源循環ほど具体的な目標設定や定量的な実績開示が進んでいない傾向が見られる。Toyo Ink (artience) は比較的早期から方針を策定し、自社林での活動を行っている。DICは方針策定が最近だが、スイゼンジノリ保全というユニークな活動がある。Clariantはサプライチェーン、特にパーム油に関する取り組みが明確である。化学業界全体として、生物多様性への直接的な貢献や影響評価、情報開示は今後の重要課題と言える。

  • 3.3 環境スコアのベンチマーキング

    第三者評価機関によるESGスコアは、企業のサステナビリティパフォーマンスを客観的に比較する上で重要な指標となる。以下に、主要な評価機関におけるDICと競合他社のスコアを示す(入手可能な最新情報に基づく)。

    • 評価機関とスコア:

      • CDP (旧 Carbon Disclosure Project): 気候変動、水セキュリティ、フォレストに関する情報開示と取り組みを評価。スコアはA(リーダーシップ)からD-(開示)までの段階評価。

        • DIC: 気候変動 B (2023年), 水セキュリティ B (2023年) 。2022年度も両分野でB評価であった 。  

        • Toyo Ink (artience): 最新スコア不明。関連会社のSakata INXは2024年2月時点で気候変動B、水セキュリティBと報じられている 。  

        • Flint Group: 気候変動 B (2023年), 水セキュリティ B (2023年) 。  

        • Lanxess: 気候変動 A (2023年), 水セキュリティ A- (2023年) 。気候変動ではAリストの常連であり、リーダーシップレベルと評価されている。  

        • Clariant: 気候変動 A- (2024年報告、前年のBから改善) 。水セキュリティの最新スコアは不明。  

        • CDP比較: Lanxess (A/A-) とClariant (A-) がリーダーシップレベルで先行。DICとFlint GroupはB評価で同レベルであり、管理レベル(Management Level)に位置づけられる。

      • EcoVadis: サプライチェーンにおける企業のサステナビリティ(環境、労働・人権、倫理、持続可能な調達)を評価。スコアに応じてプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズのメダルを授与。

        • DIC: グループ全体の評価は公開情報からは不明。ただし、「持続可能な資材調達」分野では70点(ゴールドメダル相当)と報告されている 。サプライヤー評価ツールとして活用を開始しており 、タイの子会社Siam Chemical Industryは2019年にシルバーメダルを獲得している 。  

        • Toyo Ink (artience): 2024年の全体スコアは53点 。これはEcoVadisの評価基準ではブロンズまたはシルバーメダルに相当する可能性がある(評価年や基準により変動)。  

        • Flint Group: 2023年にシルバーメダルを獲得 。  

        • Lanxess: 2024年にスコア80点を獲得し、ゴールドメダル(評価企業全体の上位5%)を達成 。  

        • Clariant: EcoVadisによる評価を受けていることは確認できるが、具体的なスコアやメダルレベルは不明 。  

        • EcoVadis比較: Lanxessがゴールド評価で明確にリードしている。Flint Groupはシルバー。DICは全体評価が不明ながら、調達分野での強みとタイでの実績が示唆される。Toyo Ink (artience) のスコアは相対的に低い水準にある。

      • MSCI ESG Ratings: 企業のESGリスク管理能力を評価。AAA(リーダー)からCCC(ラガード)までの7段階評価。

        • DIC: グループ全体のレーティングは不明。ただし、MSCI Japan ESG Select Leaders Indexの構成銘柄には選定されている 。  

        • Toyo Ink (artience): 不明。

        • Flint Group: 不明。

        • Lanxess: AA評価(リーダーレベルに次ぐ高評価)を2021年から継続して獲得 。  

        • Clariant: 評価を受けていることは確認できるが、レーティングは不明 。  

        • MSCI比較: LanxessがAAと高評価を得ており、業界内で優れたESGリスク管理能力を持つと評価されている。

      • Sustainalytics ESG Risk Rating: 企業のESGリスクへのエクスポージャー(晒され度)と管理能力を評価。スコアが低いほどリスクが低いとされる(0-10: Negligible, 10-20: Low, 20-30: Medium, 30-40: High, 40+: Severe)。

        • DIC: 30.9(High Risk)。  

        • Toyo Ink (artience): 31.8(High Risk)。  

        • Flint Group: 不明。

        • Lanxess: Medium Risk(具体的なスコアは不明だが、リスクレベルが一段低い)。  

        • Clariant: 評価を受けていることは確認できるが、スコアは不明 。  

        • Sustainalytics比較: LanxessがMedium Riskと評価され、リスク管理面で優位にある。DICとToyo Ink (artience) はHigh Riskに分類されており、改善の余地があると見られる。

      • その他の主要インデックス・評価:

        • DIC: Dow Jones Sustainability Indices (DJSI) Asia Pacific Indexに10年連続選定 、FTSE4Good Index Seriesに選定 、S&P Global社のThe Sustainability Yearbookに6年連続掲載 、SOMPOサステナビリティ・インデックスに9年連続選定 など、国内およびアジア太平洋地域を対象とした主要なESGインデックスには多く選定されている。  

        • Toyo Ink (artience): S&P Global Carbon StandardsにおいてDecile 1(上位10%)と評価されているが、Carbon Disclosure Statusは'Not Disclosed'(非開示)となっている 。  

        • Lanxess: DJSI World Indexにおいて化学セクターでBest-in-Class(首位)を獲得 。ISS ESG評価で「Prime」ステータス(業界リーダーレベル)を獲得 。  

        • Clariant: ISS ESG評価を受けており 、FTSE Russellのインデックスにも選定されている 。  

        • その他評価比較: DICは国内・アジア太平洋地域での評価は安定しているが、LanxessはグローバルなDJSI Worldでトップクラスの評価を得ており、その差は大きい。

    • DICの相対的ポジション: 上記のベンチマーキング結果を総合すると、DICの環境・ESGパフォーマンスは、国内やアジア太平洋地域においては主要なインデックスに選定されるなど一定の評価を得ているものの、グローバルな競合他社、特にLanxessやClariantと比較した場合、いくつかの主要な評価軸(CDP、Sustainalytics ESG Risk Rating、グローバルDJSI等)において改善の余地があることが示唆される。CDP評価は業界平均レベル(B評価)に留まり、リーダーシップレベル(A/A-)には達していない。Sustainalyticsのリスク評価も「High」であり、リスク管理能力の更なる向上が求められる。EcoVadis評価は全体像が不明瞭だが、サプライヤーエンゲージメントを強化し、グループ全体でのパフォーマンスを開示していくことが期待される。 グローバル市場での競争力強化や、国際的なESG投資家からの評価向上を目指す上では、これらの評価ギャップを認識し、戦略的に取り組むことが重要となる。特に、気候変動対策におけるリーダーシップの発揮(CDP Aレベル獲得など)や、サプライチェーン全体を巻き込んだサステナビリティ推進(EcoVadisでの高評価獲得など)は、今後の注力分野となり得る。

    • 目標設定と開示に関する考察: 競合他社の多くが、SBTiの1.5℃整合目標や、より野心的なScope 3削減目標を設定・開示している点が注目される 。DICもSBTi認定目標を有しているが 、その目標が1.5℃目標に整合しているか、またScope 3目標(13.5%削減)の野心度が競合と比較して十分か、といった点に関する情報開示が、競合ほど明確ではない可能性がある。国際的な潮流として、企業にはより高いレベルの目標設定と、その科学的根拠の開示が求められている。DICが気候変動リーダーシップを発揮するためには、目標レベルの再評価や、目標の背景にある前提条件(1.5℃整合性など)に関する情報開示を強化することが、今後の課題となる可能性がある。  

第4部:現状の課題と今後の推奨事項

これまでの分析に基づき、DICが環境分野で直面している主要な課題を整理し、持続可能な成長に向けた今後の重点分野と具体的な行動提案を行う。

  • 4.1 DICが直面する主要な環境課題

    • 気候変動目標達成の持続性と加速: 2023年度のCO2排出量大幅削減は評価できるものの、その要因分析から、生産量の変動が排出量に与える影響が大きいことが明らかになった(1.1節参照)。今後の経済状況の変化によっては、目標達成ペースが鈍化するリスクがある。目標達成をより確実なものとし、さらに加速させるためには、生産量変動の影響を受けにくい構造的な削減策(省エネ、再エネ、プロセス改善)を一層強化する必要がある。

    • Scope 3 排出削減の具体化と目標の野心度: Scope 3排出量がGHG排出量全体の大部分を占めるにもかかわらず、その削減目標(13.5%減)は競合他社(Lanxess 25%減、Clariant 27.5%減)と比較して低い水準に留まっている可能性がある(1.1節、3.2節参照)。また、排出量の大部分を占めるカテゴリー1(購入した製品・サービス)とカテゴリー12(販売した製品の廃棄)の削減に向けた具体的なロードマップや、サプライヤーエンゲージメント(目標80%)の進捗状況に関する情報開示が十分とは言えない。

    • グローバルな資源循環推進の標準化: 国内拠点では高い廃棄物リサイクル率を達成している一方で、海外拠点、特にSun Chemicalグループを含む拠点ではリサイクル率が低く、最終処分量も多いという課題がある(1.2節参照)。グループ全体として資源循環を推進するためには、海外拠点における廃棄物管理レベルの向上と、グローバルで統一された基準に基づく管理体制の構築が急務である。

    • 生物多様性への取り組みの深化と定量化: 2023年に生物多様性方針が策定されたものの、気候変動や資源循環と比較して、事業活動全体を通じたリスク・機会の評価、具体的な保全目標(KPI)の設定、サプライチェーンにおける取り組みの具体化、そして定量的な実績開示がまだ十分ではない(1.3節参照)。スイゼンジノリ保全のような個別プロジェクトに留まらず、より包括的なアプローチが求められる。

    • グローバルESG評価におけるポジション向上: 国内・アジア太平洋地域では一定の評価を得ているものの、CDP、SustainalyticsなどのグローバルなESG評価においては、主要な競合他社、特にLanxessやClariantに後れを取っている側面がある(3.3節参照)。これは、国際的な投資家や顧客からの評価、ひいてはグローバル市場での競争力に影響を与える可能性がある。

    • 情報開示の高度化と国際標準への対応: GRIスタンダードに準拠した報告を行っているが 、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言への完全な準拠状況や、今後重要性が増すと考えられる自然関連財務情報開示(TNFD)など、新たな国際的な開示基準への対応状況に関する情報開示を強化する必要がある。競合他社はTCFDやSASBへの対応を明示している例が多い 。  

  • 4.2 今後の重点分野と行動提案

    上記の課題を踏まえ、DICが今後注力すべき分野と具体的な行動提案を以下に示す。

    • 気候変動対策の強化:

      • 構造的削減策の加速: 生産量変動の影響を緩和するため、省エネルギー投資(最新鋭の高効率設備への更新、生産プロセスの抜本的見直し)を計画的に実行し、効果を定量的に把握・開示する。再生可能エネルギーについては、CO2フリー電力の購入に加え、自社拠点での太陽光発電導入(PPA活用含む)やバイオマス利用の更なる拡大を検討・推進する。

      • Scope 3 削減戦略の具体化と目標見直し: カテゴリー1(調達)と12(廃棄)に焦点を当てた具体的な削減ロードマップを策定・公表する。主要サプライヤーとの協働プログラム(GHG排出量算定支援、削減目標共有、共同での技術開発等)を立ち上げ、エンゲージメント目標(80%)の達成を目指す。製品LCA(ライフサイクルアセスメント)に基づき、設計段階での環境負荷低減(易リサイクル性向上、低炭素原料使用)を推進する。現在設定されているScope 3削減目標(13.5%減)について、SBTiの1.5℃整合性や競合他社の目標水準を踏まえ、より野心的なレベルへの引き上げを検討する。

      • TCFD提言に基づく開示拡充: 気候変動が事業に与えるリスクと機会について、複数の気候シナリオを用いた分析結果を含め、より詳細かつ定量的な情報を開示する。ガバナンス体制、戦略、リスク管理、指標と目標に関する開示を網羅的に行う。

    • 資源循環のグローバル展開:

      • 海外拠点における廃棄物管理レベル向上: 海外拠点(特にSun Chemicalグループ)における廃棄物発生量、リサイクル率、最終処分量に関する具体的な削減目標を設定し、その達成に向けた計画を策定・実行する。日本国内での成功事例やベストプラクティスを横展開し、必要に応じて技術支援や投資を行う。グループ全体での廃棄物データ収集・管理システムを標準化・強化する。

      • 水リスク管理の高度化と目標設定: 水リスク評価に基づき特定された高リスク・中リスクサイトでの対策を着実に実行する。水使用効率改善のため、最新の節水技術や排水リサイクル技術の導入可能性を評価・検討する。特に水ストレス地域に立地する拠点については、具体的な取水量削減目標を設定し、その進捗を開示することを検討する。

      • サーキュラーエコノミー事業の加速: 開発中のポリスチレンリサイクル技術の早期商業化を目指し、実証から量産への移行を加速させる。同時に、他の難リサイクル性プラスチックへの技術応用可能性を探求する。バイオマス原料やリサイクル原料を使用した製品ラインナップを戦略的に拡充し、マーケティング活動を通じてその環境価値を訴求することで、市場での競争優位性を確立する。

    • 生物多様性保全の本格化:

      • 包括的な影響評価と情報開示: バリューチェーン全体、特に影響が大きいと考えられる原材料調達段階(顔料原料となる鉱物資源、樹脂原料となる植物由来原料等)における生物多様性への依存度と影響、関連するリスクと機会について、TNFDのLEAPアプローチなどを参考に詳細な評価を実施し、その結果を開示する。

      • 定量目標の設定とKPI管理: 生物多様性保全への貢献度を測るための具体的なKPI(例:主要原料における持続可能な調達認証比率、事業所周辺での生態系回復面積、生物多様性配慮型製品の売上比率など)と、達成を目指す定量的な目標を設定し、年次で進捗状況を報告する体制を構築する。

      • 保全活動の戦略的拡大: スイゼンジノリ保全活動に加え、国内外の事業所立地地域における生態系の特性を踏まえた保全活動(例:植林、河川浄化、希少種保護)を計画的に展開する。サプライヤーに対しても、生物多様性に配慮した土地利用や資源管理を働きかける(例:調達方針への明記、サプライヤー評価項目への追加)。

    • 情報開示とエンゲージメントの強化:

      • 統合報告書の戦略的活用: 「DICレポート」において、ESGパフォーマンス(特に環境分野での目標達成状況や課題)と財務パフォーマンスとの連関性、サステナビリティへの取り組みが中長期的な企業価値向上にどのように貢献するのか、という「価値創造ストーリー」をより明確かつ説得力をもって記述する 。  

      • ESG評価機関との建設的対話: CDP、EcoVadis、Sustainalytics、MSCIといった主要なESG評価機関とのコミュニケーションを強化し、評価基準や方法論への理解を深めるとともに、評価結果から得られるフィードバックを自社の取り組み改善に積極的に活用する。評価向上に向けた具体的なアクションプランを策定し、実行する。

      • マルチステークホルダー・エンゲージメント: 投資家、顧客、サプライヤー、従業員、地域社会、NGOなど、多様なステークホルダーとの対話の機会を増やし、各ステークホルダーからの期待や要請を把握し、経営戦略やサステナビリティ活動に適切に反映させるプロセスを強化する 。  

    DICがグローバルなESG評価において競合他社に追いつき、さらにはリーダーシップを発揮するためには、単に個別の環境目標を達成するだけでなく、よりホリスティックなアプローチが求められる。すなわち、サステナビリティを経営戦略の中核に据え、環境パフォーマンス(特に気候変動目標の野心度、Scope 3削減へのコミットメント、生物多様性への配慮)、社会側面(サプライチェーンにおける人権デューデリジェンスの徹底 など)、ガバナンス側面(サステナビリティ目標と役員報酬の連動性の強化 など)を統合的に向上させる必要がある。そして、これらの取り組みがDICの長期的な企業価値創造 にどのように貢献するのかを、統合報告書をはじめとするコミュニケーションツールを通じて、具体的かつ説得力のあるストーリーとして社内外に発信していくことが、今後の成功の鍵となるだろう。  

結論

  • 分析結果の総括

    本報告書では、DIC株式会社の環境イニシアチブとパフォーマンスについて、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3分野を中心に包括的な分析を行った。分析の結果、DICはこれらの分野において具体的な目標を設定し、多様な取り組みを推進していることが確認された。 気候変動対策においては、SBTi認定を受けた2030年目標(Scope 1+2、50%削減)および2050年カーボンニュートラル目標を掲げ、国内全拠点でのCO2フリー電力導入や鹿島工場でのバイオマスボイラー稼働など、再生可能エネルギー導入と省エネルギー施策を着実に進めている。2023年度には基準年比で41.9%の削減を達成しており、目標達成に向けた進捗が見られる。 資源循環に関しては、国内拠点において90%を超える高いリサイクル率を維持し、最終処分量も極めて少ないレベルに抑制している。また、独自技術を用いたポリスチレンのケミカルリサイクル実証に着手するなど、サーキュラーエコノミーへの貢献に向けた先進的な取り組みも見られる。 生物多様性については、2023年にグループ方針を策定し、絶滅危惧種スイゼンジノリの保全活動や企業連携イニシアチブへの参加など、具体的な活動を開始・強化している。

  • 総合評価

    DICは、特に国内事業において、気候変動対策や資源循環に関して着実な成果を上げており、化学メーカーとしての環境責任を果たそうとする姿勢は評価できる。ポリスチレンリサイクル技術のような独自の強みも有している。 しかしながら、グローバルな視点で見ると、いくつかの課題も浮き彫りになった。第一に、気候変動目標の達成において生産量変動の影響が大きい点、Scope 3排出削減目標の野心度、海外拠点における資源循環パフォーマンスの向上が課題として挙げられる。第二に、生物多様性への取り組みは緒に就いたばかりであり、事業全体での影響評価や定量目標の設定、サプライチェーンへの展開といった点で深化が求められる。第三に、CDPやSustainalyticsといった主要なグローバルESG評価において、LanxessやClariantといった先進的な競合他社と比較して改善の余地がある。

  • 持続可能な成長に向けた提言と今後の展望

    DICが今後、持続可能な成長を確実なものとし、化学業界におけるサステナビリティリーダーとしての地位を確立するためには、以下の点が重要となる。

    1. 目標の野心度向上と構造的削減策の加速: 気候変動目標(特にScope 3)の野心度を高め(1.5℃整合性の明確化を含む)、生産量変動に左右されにくい省エネ・再エネ投資を国内外で加速する。

    2. 資源循環のグローバル展開と深化: 海外拠点での廃棄物管理レベルを国内水準に引き上げ、グループ全体での資源効率を最大化する。ケミカルリサイクル技術の商業化を推進し、サーキュラーエコノミー分野での事業機会を追求する。

    3. 生物多様性保全の主流化: 事業活動全体における生物多様性への依存と影響を評価し、定量的な保全目標を設定・開示する。サプライチェーン管理に生物多様性配慮を組み込む。

    4. 統合的なサステナビリティ経営と情報開示: サステナビリティ課題への取り組みを経営戦略の中核に据え、環境・社会・ガバナンス(ESG)の各側面を統合的に向上させる。その進捗と成果、そして企業価値への貢献を、統合報告書などを通じて透明性高く、かつ説得力をもってステークホルダーに伝達する。

    これらの課題に戦略的に取り組み、強みである技術開発力を活かすことで、DICは環境パフォーマンスと企業価値を一層向上させ、"Color & Comfort" というブランドスローガンが示す、彩り豊かで快適な持続可能社会の実現に貢献することが期待される。  

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