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山九株式会社の環境戦略およびパフォーマンスに関する包括的分析:気候変動、資源循環、生物多様性への対応

更新日:2025年5月13日
山九9065
業種:運輸・情報通信業(5555)

序論

1.1. 本報告の目的と構成

本報告は、山九株式会社(以下、山九)の環境戦略およびその実績について、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの重点分野における包括的な分析を行うことを目的とする。企業の環境パフォーマンス評価に必要な詳細情報を収集し、学術的な水準での報告書を作成することを目指す。この目的を達成するため、本報告ではまず山九の具体的な環境活動と目標、実績を詳述する。次に、環境要因に関連する潜在的なリスクと事業機会を分析し、物流業界およびプラントエンジニアリング業界における先進的な環境慣行との比較を行う。さらに、山九が直面する現在の課題を評価し、今後の取り組みについて具体的な提言を行う。最終的に、これらの分析を通じて、山九の環境への取り組みの全体像を明らかにし、その持続可能性への貢献度を評価するための一助としたい。本報告の構成は、山九の個別施策の検討から始まり、業界比較、そして戦略的提言へと展開することで、読者が同社の環境パフォーマンスを多角的に理解できるよう配慮している。企業の環境スコア算定においては、開示情報、経営慣行、そして実際のパフォーマンスが重視されるため、本報告の構成もこれらの評価軸に沿った情報提供を意識している。

1.2. 山九株式会社の事業概要とサステナビリティへのコミットメント

山九は、物流事業とプラントエンジニアリング事業を中核とする日本の企業である 1。その事業活動は国内に留まらず、アジア、ヨーロッパ、北米へと広がるグローバルなネットワークを有している 2。2024年度の売上高は約5,220億円に達し、その事業規模の大きさが示されている 2。同社は、「社会の持続可能な発展への貢献」を経営理念の根幹に据え、「環境に配慮した事業活動」を統合的に推進することを明言している 2。このコミットメントは、企業のミッションステートメントや経営目標にも反映されており、例えば「地球に生きる者の責任として、社会の持続的発展に貢献します」といった文言に見られる 3

山九の事業ポートフォリオは、物流とプラントエンジニアリングという、環境負荷の観点から特性の異なる二つの領域にまたがっている。物流部門は、輸送や倉庫管理を通じて直接的に温室効果ガス排出や資源消費に関わる一方、プラントエンジニアリング部門は顧客企業の産業施設の環境フットプリントに影響を与える。この二重性は、同社の環境戦略において独自の複雑な課題と機会を生み出している。例えば、環境負荷の低い物流ソリューションの提供 4 と、持続可能なプラント設計の推進は、それぞれ異なるアプローチと専門知識を必要とする。

同社は、日本の産業化を支えるという創業時のビジョンから始まり 4、その後グローバルに事業を拡大してきた歴史を持つ。この発展の過程は、サステナビリティに対する理解と取り組みの進化を伴ってきたと考えられる。初期の産業支援という国内中心の役割から、国際的な環境基準や社会からの期待に応えるグローバル企業へと変貌を遂げる中で、従来の事業慣行を見直し、現代的なサステナビリティの原則をいかに統合してきたかが注目される。特に、環境規制の異なる地域への事業展開は、一貫した環境方針の適用という点で更なる配慮を要するであろう。

第1部 山九株式会社の環境への取り組みと実績

1章 気候変動への対応

1.1. 温室効果ガス排出削減目標と実績

山九は、気候変動対策を経営の重要課題と位置づけ、温室効果ガス排出削減に向けた具体的な目標を設定している。長期的なビジョンとして、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにすることを目指している 5。この長期目標達成のための中間目標として、2030年度までに2020年度比でCO2排出量を42%削減する方針を掲げている 5。さらに短期的な目標としては、2026年度までに18%の削減(単体および国内関係会社、スコープ1および2)を目指している 5。過去には2025年までに40%削減という目標も存在したが 2、現在はより長期的な視点に基づいた目標設定へと移行している様子がうかがえる。

実績としては、2022年までにCO2排出量を20%削減したと報告されており 2、2024年3月31日時点では、スコープ1および2(単体および国内関係会社)において13.4%の削減を達成している 5。これらの目標の対象範囲は、主にスコープ1(事業者自らによる温室効果ガスの直接排出)およびスコープ2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)であり、国内の連結子会社や関係会社を含んでいる 5

山九の排出削減目標は、地球温暖化対策の国際的な枠組みや日本政府の方針とも整合性を図ろうとする姿勢を示すものである。2050年実質ゼロという目標は、パリ協定の目標達成に向けた国際的な潮流に沿ったものと言える。目標設定の変遷、例えば過去の2025年目標から現在の2030年目標へのシフトは、規制環境の変化、技術開発の進展、あるいは自社の排出量ベースラインの精緻化などを反映した適応的な戦略の結果である可能性が考えられる。2024年3月時点で13.4%の削減を達成し、2026年度の18%削減目標に向けて進捗が見られるものの、2030年度の42%削減というより野心的な目標を達成するためには、今後さらなる取り組みの加速が求められる。特に、比較的達成しやすい初期の削減策が実施された後、より大幅な削減を実現するためには、革新的な技術導入や事業構造の変革が必要となる可能性がある。また、目標の対象範囲について、2026年度目標が単体および国内関係会社を対象としているのに対し、2050年目標は山九本体および国内連結子会社を対象とする 6 など、範囲の定義に若干の差異が見られる点は、評価の一貫性を保つ上で留意が必要である。

1.2. 具体的な気候変動緩和策

山九は、CO2排出削減目標の達成に向けて、多岐にわたる具体的な緩和策を推進している。これらの施策は、省エネルギーの推進、エネルギー創出、電化の促進、再生可能エネルギーの利用拡大という4つの主要な柱に基づいている。

省エネルギー分野では、事業所におけるLED照明の導入促進や、輸送業務におけるエコドライブの徹底といった地道な取り組みを継続している 5。これらはエネルギー消費量の削減に直接的に貢献する。

エネルギー創出の側面では、太陽光発電設備の導入を積極的に進めており、自社投資による設置だけでなく、PPA(電力販売契約)モデルも活用している 5。また、新設倉庫においてはZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)認証の取得を推進し、建物自体のエネルギー効率向上にも注力している 5

電化の推進は、特に運輸部門における排出量削減の鍵となる。山九は、ZEV(ゼロ・エミッション車)の導入を進めるとともに、FCV(燃料電池自動車)の大規模実証実験にも参画し、次世代自動車技術の活用可能性を模索している 5

再生可能エネルギーの利用拡大に向けては、電力購入契約において再生可能エネルギー由来の電力プランへの切り替えを進めるほか、バイオディーゼル燃料の導入も検討・推進している 5。これらの取り組みを支える投資として、再生可能エネルギー分野に3,000万ドル(約30億円)を投じる計画や 2、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて1,000億円規模の戦略的投資を行う方針が示されている 8

物流事業においては、輸送ルートの最適化や燃費効率の高い車両の導入といったグリーン物流の実践 4、さらには環境配慮型物流システムの開発・構築 9 にも取り組んでいる。これらのシステムには、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAI(人工知能)を活用した物流ソリューションが含まれ、輸送効率の向上を通じた排出量削減が期待される 2

山九の気候変動緩和策は、エネルギー効率の改善から燃料転換、再生可能エネルギー導入、さらにはデジタル技術の活用までを網羅する包括的なアプローチであると言える。この多面的な戦略は、事業活動の様々な側面からの排出削減を目指すものであり、その有効性は各施策の実施規模と速度に大きく左右される。例えば、ZEVの導入台数や再生可能エネルギーによる電力調達比率などの具体的な進捗状況が、目標達成の鍵を握る。1,000億円という大規模な投資計画 8 は、これらの多様な取り組みにどのように配分され、具体的な成果に結びつくのかが注目される。特に、DXやAIといった先進技術を物流最適化に活用する試み 2 は、物理的な資産の変更だけでなく、事業運営の高度化を通じた排出削減を目指すものであり、その成熟度と効果の検証が重要となる。

1.3. TCFD提言への対応とシナリオ分析

山九は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に賛同し、これに基づく情報開示と戦略策定を進めている 6。気候変動に関連するリスクと機会の評価・管理体制として、社長が委員長を務めるサステナビリティ委員会および環境委員会が中心的な役割を担い、取締役会への報告体制も整備されている 5

TCFD提言への対応の中核となるのがシナリオ分析である。山九は、2030年までを対象期間とし、世界の平均気温上昇が1.5℃に抑制されるシナリオ(環境保全シナリオ)と、4.0℃に達するシナリオ(現行継続・対策不十分シナリオ)の二つを用いて、気候変動が自社の事業活動および財務状況に与える影響を評価している 5。この分析を通じて、それぞれのシナリオにおけるリスクと機会を特定し、対応策を検討している。

TCFDへの対応は、企業が気候変動問題を単なる環境課題としてだけでなく、経営戦略上の重要事項として捉え、財務的な影響を含めて透明性高く開示する国際的な潮流に沿ったものである。1.5℃シナリオと4.0℃シナリオという複数の将来像を想定することで、より強靭な経営戦略の構築を目指していると言える。山九の統合報告書では、これらのシナリオ分析に基づき、炭素価格の上昇によるコスト増、グリーン戦略の遅延による市場評価への影響、顧客の脱炭素化シフトに伴う既存売上の減少といった移行リスクや、自然災害の激甚化による操業への影響といった物理リスクが認識されている 8。一方で、炭素削減設備や非石油系原料プラントに関連する建設・メンテナンス需要の増加、アンモニア・水素サプライチェーンへの参画、再生可能エネルギープロジェクトの拡大といった事業機会も見出されている 8

しかしながら、これらのリスクと機会が具体的にどの程度の財務的インパクトをもたらすのかという定量的な評価については、公開情報からは必ずしも十分に読み取れない側面もある 8。TCFD提言の趣旨に鑑みれば、シナリオ分析の結果を具体的な事業戦略や設備投資計画にどのように反映させ、財務的な影響をどの程度見込んでいるのかを、より詳細に開示していくことが期待される。経営トップが関与するサステナビリティ委員会が気候変動問題を審議し、取締役会に報告する体制 6 は、経営レベルでの高い関与を示すものであり、これが実効性のある対策の推進と説明責任の向上に繋がることが重要である。

2章 資源循環の推進

2.1. 資源利用効率化と廃棄物削減の取り組み

山九は、資源の有効活用と持続可能なリサイクルを推進し、循環型社会の実現に貢献することを目指している。その具体的な取り組みとして、2025年までに持続可能な素材の使用率を50%に高めるという目標を掲げている 2。また、事業活動全般における廃棄物削減プロセスを導入し、環境負荷の低減に努めている 2

特筆すべきは、物流という自社の強みを活かした専門的なリサイクル事業への参画である。2003年からは「資源の有効な利用の促進に関する法律」に基づき、日本郵便株式会社の「エコゆうパック」を利用した家庭系使用済みパソコンの回収・リサイクル物流システムを運営している 12。このシステムでは、消費者からの連絡を受けたメーカーに代わり、エコゆうパック伝票の発行から、全国の再資源化工場への中継・保管・輸送までを一貫して担い、回収されたパソコンからはレアメタルや貴金属、プラスチックなどがリサイクルされている 12。さらに、使用済み太陽光パネルの回収・再利用・リサイクル事業も展開しており、排出事業者からの依頼に基づき、回収したパネルを再利用可能なものとリサイクルが必要なものに選別し、清掃・メンテナンス後、外部機関による検査を経て梱包・出荷までを行っている 12。このプロセスでは、メンテナンスや検査結果などの情報を太陽光パネルに付されたバーコードに紐付けることで、作業工程の可視化とトレーサビリティの確保も実現している 12

これらの専門的なリサイクル物流は、山九が持つ物流ネットワークとノウハウを循環型経済の構築に活かす好例と言える。特に、使用済みパソコンのリサイクル事業は2003年から継続しており 12、長期にわたる取り組みから得られた知見や実績が蓄積されていると考えられる。

その他、社内業務における資源効率化として、会議資料の電子化をはじめとするペーパーレス化を推進し、顧客へ提供するソリューションにおいてもペーパーレス提案を進めている 9。また、建設プロジェクトにおいては、グリーンビルディング資材の利用も優先事項としている 4

これらの取り組みは、資源循環型社会への移行に向けた山九の意志を示すものであるが、その効果を客観的に評価するためには、より具体的な定量データの開示が望まれる。「持続可能な素材の使用率50%」という目標 2 は野心的であるが、「持続可能な素材」の定義や、多様な事業活動全体での進捗状況の追跡方法については、さらなる明確化が必要であろう。専門的なリサイクル事業の規模や収益性、そしてそれが山九全体の資源循環にどの程度貢献しているのかも、今後の注目点となる。

2.2. 定量的な成果と課題

山九の資源循環に関する取り組みについて、その定量的な成果、例えば具体的な廃棄物削減量、リサイクル率、あるいは水使用量といったデータは、現時点での公開情報からは限定的である。同社の統合報告書においても、これらの詳細な数値データは必ずしも網羅的に記載されておらず 8、これは同社の資源循環パフォーマンスを包括的に評価する上での一つの制約となっている。

気候変動対策におけるCO2排出量の詳細な報告と比較すると、資源循環分野における定量的な情報開示は相対的に少ない印象を受ける。このことは、山九が循環型経済への移行に向けて進捗状況を追跡し、効果的な改善策を講じる上での課題となり得る。また、ステークホルダーが同社の資源効率性や循環型ビジネスモデルへの貢献度を客観的に把握するためにも、より透明性の高いデータ開示が求められる。

例えば、廃棄物の総排出量、種類別のリサイクル率、最終処分量、あるいは水源別の総取水量、水ストレス地域における取水量といった具体的な指標が定期的に開示されることで、同社の資源管理の成熟度や環境負荷低減への実質的な貢献がより明確になる。このようなデータが不足している現状は、同社が資源循環に関する目標設定やマネジメントシステムにおいて、気候変動対策ほどには進んでいない可能性を示唆しているとも考えられる。この点は、今後の同社のサステナビリティ戦略における重要な改善領域となるであろう。

3章 生物多様性の保全

3.1. 森林保全活動と生態系への配慮

山九は、生物多様性の保全に関しても、特に森林資源の保護と循環利用を中心とした取り組みを長年にわたり継続している。その代表的な活動として、1973年から北海道勇払郡むかわ町に社有林を保有し、森林管理を行っていることが挙げられる 8。現在は苫小牧広域森林組合に加入し、植林、間伐、主伐といった計画的な森林施業を実施しており、これらの活動はSGEC(緑の循環認証会議)による森林認証の取得にも繋がっている 8。山九は、このような森林の保護・循環利用が、CO2を多く吸収する健全な森林を育成し、結果としてカーボンニュートラルにも貢献すると認識している 12

具体的な活動としては、2024年5月には従業員が植樹活動に参加するなど、社員の環境意識向上と実践的な関与も促している 12。また、専門家による社有林の動植物生態調査も実施しており、その結果、キジバトやフクジュソウといった希少性の高い種の生息が確認され、これらの森林が生物多様性の維持に貢献していることが示唆されている 12

森林保全活動以外にも、地域社会における環境啓発活動への参加も見られる。例えば、九州朝日放送が主催する「KBC水と緑のキャンペーン」への協賛を通じて、地域の自然環境保全意識の向上に寄与している 9

山九の北海道における半世紀にわたる森林管理は、具体的かつ継続的な生物多様性保全への貢献として評価できる。SGEC認証の取得は、その森林管理が持続可能な基準に則っていることを客観的に示すものである。しかしながら、山九はグローバルに事業を展開し、特にプラント建設事業は土地利用を通じて生物多様性に大きな影響を与える可能性があるため、北海道の社有林管理に留まらず、国内外の全事業拠点における生物多様性への配慮や影響緩和策を包括的に示す戦略が求められる。森林保全活動をカーボンニュートラル達成の手段の一つとして位置付けることは有効であるが、生物多様性保全は炭素吸収源としての価値を超えた、生態系サービスや種の保護といった本源的な重要性を持つ。実施されている生態調査 12 は、地域レベルでの生物多様性の状況把握に繋がる重要な一歩であり、このような取り組みを他の事業地域へも展開することが望まれる。

3.2. 定量的な成果と課題

山九の生物多様性保全に関する取り組みについて、その定量的な成果を示すデータは、公開情報からは限定的である。例えば、SGEC認証を取得している森林の具体的な管理面積、年間の植林本数、あるいは保全活動によって影響を受けた種の個体数変化など、具体的な数値目標や実績に関する詳細な報告は、同社の統合報告書などからは十分に確認できない 8

生物多様性への影響や貢献度を定量的に評価することは本質的に困難な側面があるものの、先進的な企業はTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った情報開示や、保護・再生した生息地の面積といった指標を用いて、より定量的な情報提供に努める傾向にある。山九に関するS&PグローバルのESG評価において、生物多様性の項目は「業界にとっては重要だが、企業のビジネスケースにとっては重要ではない」としてスコアが表示されていない点は注目に値する 14。この評価が、山九自身が生物多様性を重要課題と認識していないことを意味するのか、あるいはS&Pグローバルが現在の開示情報や事業内容から判断した結果なのかは慎重な解釈が必要であるが、いずれにしても同社の生物多様性に関する取り組みの外部評価に影響を与えている可能性は否定できない。

この分野における定量的な情報開示の不足は、資源循環分野と同様の課題を示唆している。生物多様性保全へのコミットメントをより具体的に示し、ステークホルダーからの信頼を高めるためには、活動の成果を可能な範囲で数値化し、透明性をもって報告していくことが今後の課題となるであろう。

第2部 環境要因に関するリスク・機会と業界動向

4章 山九株式会社の環境リスクと事業機会

4.1. 気候関連リスク分析

山九は、TCFD提言に基づき、気候変動が事業に及ぼす移行リスクと物理リスクの両側面を認識し、分析を行っている 5。移行リスクとしては、主に炭素税導入などのカーボンプライシング強化に伴うコスト増、環境対応の遅れによる市場評価の低下や収益機会の損失といった評判リスク、そして顧客企業における脱炭素化へのシフトに伴う既存事業の需要減少などが特定されている 5。これらのリスクは、特に同社の物流事業における燃料コストの増加や、プラントエンジニアリング事業における低炭素技術への対応の必要性といった形で具体化する可能性がある。

物理リスクについては、異常気象の頻発化・激甚化による自然災害の増加が、輸送ルートの寸断や建設現場の作業遅延など、事業継続に直接的な影響を及ぼす可能性が認識されている。これは、TCFDフレームワークで一般的に指摘されるリスクであり、広範な事業拠点を有する山九にとっても無視できない要素である。

山九がこれらのリスクを特定していることは、気候変動に対する意識の高さを示すものである。しかしながら、これらのリスクが具体的にどの程度の財務的影響をもたらしうるのか、その定量的な評価については、現状の公開情報からは必ずしも明確ではない 8。投資家やその他のステークホルダーにとって、リスクの潜在的な財務規模を理解することは極めて重要であり、一般的なリスク認識に留まらず、可能な範囲での定量化(例えば、感応度分析や影響範囲の推定など)が、TCFDに沿った情報開示の質をさらに高める上で期待される。

物流とプラントエンジニアリングという二つの主要事業を持つ山九にとって、これらのリスクは相互に関連し影響し合う可能性がある。例えば、プラントエンジニアリング部門の顧客が低炭素型プラントへの投資を加速させる場合、山九がその需要に迅速かつ的確に応えられなければ事業機会を逸失する移行リスクとなるが、逆に先進的なソリューションを提供できれば大きな成長機会となる。同様に、物流部門においても、顧客からのサプライチェーン全体での排出量削減要求は、対応できなければリスクとなるが、グリーン物流サービスを強化することで新たな価値提供の機会ともなり得る。

4.2. 環境配慮型事業機会の特定

山九は、環境問題への対応をリスクとしてだけでなく、新たな事業機会を創出する原動力としても捉えている。特に気候変動対策に関連して、同社はいくつかの有望な事業機会を特定している。これらには、省エネルギーや排出量削減に貢献する新しい製造技術への対応、代替エネルギーインフラへの需要増大、廃棄物リサイクルサービスの拡大、そして再生可能エネルギー発電プロジェクトへの参画などが含まれる 5

代替エネルギーインフラの分野では、特に水素およびアンモニアのサプライチェーン構築への参画に意欲を示しており、これは同社のプラントエンジニアリング事業の知見を活かせる領域である 5。また、顧客企業のサプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成に貢献することも、戦略的な機会として位置づけられている 5。これは、物流サービスとプラントソリューションの両面からアプローチ可能な、山九ならではの強みを活かせる分野と言える。さらに、炭素削減設備の建設・メンテナンス需要の増加も、プラントエンジニアリング部門にとっての追い風となると見込んでいる 8

これらの事業機会は、山九がエネルギー転換期において積極的に役割を果たそうとする姿勢を示すものである。特に水素やアンモニア、再生可能エネルギーといった分野は、同社のプラント建設・エンジニアリング能力と親和性が高い。これらの新規事業の成功は、必要な専門技術の開発・獲得能力、市場の成長速度への適応力、そして競争環境の激化に左右されるであろう。また、「廃棄物リサイクル」分野での機会認識 5 は、既存のパソコンや太陽光パネルのリサイクル事業と直結しており、これらの活動を拡大・発展させる潜在性を示唆している。循環型経済政策の進展に伴い、産業規模でのリサイクルソリューションへの需要が高まれば、これがニッチなサービスから主要な事業の一つへと成長する可能性も秘めている。

5章 物流・プラントエンジニアリング業界における環境先進事例

5.1. 物流業界のベストプラクティス

日本の物流業界では、環境負荷低減に向けた多様な先進的取り組みが進められている。その一つとして、国土交通省などが推進する「カーボンニュートラルポート」構想が挙げられる。これは、港湾ターミナルにおける荷役機械の電動化や脱炭素化、さらには水素やアンモニアといった次世代エネルギーの受け入れ・供給拠点の整備を目指すものである 15。このようなインフラ整備と並行して、個々の企業レベルでは、デジタル技術を活用した輸送効率の最適化や業務プロセスの改善が進められている 15。AIやIoTを駆使した配車計画、リアルタイムな運行管理、倉庫内作業の自動化などは、エネルギー消費量とCO2排出量の削減に貢献する。

車両の電動化も重要な柱であり、EVトラックやFCV(燃料電池トラック)の導入、港湾施設内での電動荷役機械の普及が進められている 15。また、エコドライブの励行やアイドリングストップの徹底といった運用面での改善も継続的に行われている 16。輸送モードの転換、いわゆるモーダルシフトもCO2排出量削減に有効な手段として認識されており、長距離大量輸送を中心にトラックから鉄道や船舶への移行が推奨されている 16

代替燃料の利用も活発化しており、特に持続可能な航空燃料(SAF)やバイオディーゼル燃料、HVO(水素化植物油)などの導入事例が増えている。例えば、近鉄エクスプレス(KWE)は航空会社とのSAFプログラムへの参加を拡大し、顧客のスコープ3排出量削減に貢献するサービスを提供している 17。NXグループ(日本通運)も、環境対応車の大規模導入やモーダルシフトの推進、再生可能エネルギー由来電力の利用など、包括的な気候変動対策を実施している 18

資源循環の観点では、花王株式会社が原材料調達から廃棄に至る製品ライフサイクル全体での環境負荷低減に取り組んでおり、持続可能な調達ガイドラインの策定などを行っている 19。NXグループも3R(リデュース、リユース、リサイクル)を徹底し、廃棄物管理システムの運用や再利用可能な梱包材の使用を推進している 18。生物多様性保全に関しては、物流企業による地域社会と連携した植林活動やビオトープ保全の事例も見られる 17

これらの事例は、日本の物流業界が気候変動対策、資源循環、生物多様性保全という広範な環境課題に対し、技術開発、インフラ整備、運用改善、そしてサプライチェーン全体での連携を通じて多角的にアプローチしていることを示している。山九自身の省エネ、再エネ導入、ZEV推進といった戦略は、こうした業界全体の潮流と軌を一にするものであるが、その実施規模や進捗速度、そしてサプライチェーンパートナーとの連携深化が今後の競争力を左右するであろう。

5.2. プラントエンジニアリング業界のベストプラクティス

日本のプラントエンジニアリング業界は、自社の事業活動における環境負荷低減に留まらず、顧客産業や社会全体の脱炭素化・持続可能性向上に貢献するソリューションプロバイダーとしての役割がますます重要になっている。政府が掲げる「グリーングロース戦略」 21 は、この分野における技術革新と持続可能性目標の達成を後押しするものである。

具体的な先進事例としては、まず再生可能エネルギー関連プラントの設計・建設が挙げられる。大規模太陽光発電所、地熱発電所、洋上風力発電所などのプロジェクトが国内外で推進されており、これらは国のエネルギーミックス転換に不可欠である 21。また、持続可能な水管理システムの構築も重要なテーマであり、高度な浄水技術、排水処理技術、洪水対策技術などが開発・導入されている 21

特に注目されるのは、水素・アンモニアといった次世代エネルギーキャリアや、CCUS(CO2回収・有効利用・貯留)に関連する技術開発とプラント建設である 21。日揮ホールディングス(以下、日揮)はSAF(持続可能な航空燃料)製造プラントの建設や廃プラスチックの油化技術開発 22、千代田化工建設(以下、千代田化工)は独自のCO2回収技術や水素関連技術 24、東洋エンジニアリング(以下、東洋エンジ)は省エネルギー型蒸留システムやグリーンアンモニア製造技術の開発 25 にそれぞれ注力している。これらの技術は、製鉄、化学、電力といった排出量の多い産業の脱炭素化に貢献することが期待される。

資源循環の観点では、先進的なリサイクル技術やバイオマス由来原料を活用した化学品製造プロセスの開発が進められている。例えば、サンアロマー社(レゾナックグループ)はCO2排出量削減や省エネルギー対策に加え、プラスチックリサイクル技術の開発に取り組んでいる 26。パナソニックは、間伐材などから製造されるセルロースファイバーを高濃度で樹脂に混合する技術を開発し、リユースカップなどの製品に応用している 28。日揮も、顧客企業が排出したCO2を定量的に示す「削減貢献量」という指標を導入し、自社技術の環境価値を可視化する試みを行っている 29

これらの事例は、日本のプラントエンジニアリング業界が、エネルギー転換とサーキュラーエコノミーの実現に向けて、高度な技術開発力とプロジェクト遂行能力を駆使していることを示している。山九のプラントエンジニアリング部門が、これらの先進企業と伍して競争し、新たな事業機会を獲得するためには、特定分野における技術的優位性の確立と、社会全体の環境課題解決に貢献するソリューション提供能力の向上が不可欠となる。

6章 競合他社の環境への取り組みと環境スコア分析

6.1. 主要競合企業の特定と環境戦略比較

山九の事業は物流とプラントエンジニアリングの二つの柱から成り立っており、それぞれの分野で主要な競合企業が存在する。物流分野においては、三菱倉庫株式会社(以下、三菱倉庫)1、NXグループ(日本通運)18、そして近鉄エクスプレス(KWE)17 などが挙げられる。プラントエンジニアリング分野では、日揮ホールディングス(日揮)22、千代田化工建設(千代田化工)24、東洋エンジニアリング(東洋エンジ)23 などが主要な競合相手となる。

これらの競合企業は、各社独自の環境戦略を掲げ、具体的な目標設定と取り組みを進めている。例えば、気候変動対策において、KWEは2030年度までにスコープ1および2の排出量を2022年度比で35%削減、2050年カーボンニュートラルを目標としている 17。NXグループは、2030年度までにグループ全体のCO2排出量(スコープ1・2)を2013年度比で50%削減するという野心的な目標を設定している 18。これらの目標は、山九の2030年度42%削減(2020年度比)目標と比較して、基準年や削減率の定義は異なるものの、総じて高い水準を目指していることがわかる。具体的な施策としては、KWEのSAF利用拡大やNXグループのEVトラック導入推進などが注目される 17

資源循環に関しては、NXグループが廃棄物管理システム「ECO-TOWMAS」の運用やマニフェスト管理の徹底、再利用可能な梱包資材の活用など、詳細な取り組みを開示している 18。生物多様性保全の面では、KWEがインドネシアやタイでマングローブ植林活動を実施している事例が報告されている 17

プラントエンジニアリング分野の競合他社は、特に次世代エネルギーやCCUSといったフロンティア領域での技術開発と事業化に注力している。日揮はSAF製造プラントや廃プラスチックリサイクル技術 22、千代田化工はCO2分離回収技術や水素関連技術 24、東洋エンジは省エネ型化学プロセスやグリーンアンモニア製造技術 25 など、各社が強みとする分野で先進的な取り組みを展開している。これらの分野は、山九も事業機会として認識している領域であり、技術開発力やプロジェクト実績において厳しい競争に晒されることが予想される。

競合他社の報告書を参照すると、NXグループやKWEなどは、資源循環や生物多様性に関する具体的な活動内容や一部定量データを、山九よりも詳細に開示している傾向が見受けられる 17。このような情報開示の深度の違いは、ESG評価機関による評価やステークホルダーの認識に影響を与える可能性がある。山九も同様の活動を行っている可能性はあるが、公開情報が限定的であるため、外部からの評価や比較が困難になっている側面がある。

6.2. 競合企業の環境スコアベンチマーキング

山九および主要競合企業の環境関連ESGスコアを比較すると、各評価機関の手法や重点項目の違いから、多面的な評価状況が浮かび上がる。

山九は、サステイナリティクス社によるESGリスクレーティングにおいて、26.1(ミディアムリスク)と評価されており、運輸業界グループ368社中245位に位置付けられている 1。これに対し、物流分野の競合である三菱倉庫は、同じくサステイナリティクス社から23.2(ミディアムリスク)の評価を受け、同業界グループ内で189位と、山九より上位にランクされている 1。S&Pグローバル社のESGスコアでは、山九は29/100点であり、環境側面(Environmental dimension)のスコアは34/100点であった。この環境側面のスコアは業界平均と同水準であるが、業界最高値は89点であり、改善の余地が大きいことを示唆している 14。一方で、MSCI社によるESG格付けにおいては、山九は「AA」という高い評価を獲得しており、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数の構成銘柄にも選定されている 45。これは、MSCI社の評価基準においては、山九のESGへの取り組みが同業他社比較で優れていることを示している。また、格付投資情報センター(R&I)からも「A」格付けを取得している 8

プラントエンジニアリング分野の競合である千代田化工は、サステイナリティクス社によるESGリスクレーティングが37.3(ハイリスク)となっている 40。日揮は、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)の気候変動質問書において「B」評価を 37、MSCI社のESG格付けでは「A」評価をそれぞれ獲得している 37。物流分野のKWEもCDPにおいて「B」評価を得ていると報告されている 17。山九については、CDPスコアの公表は確認されなかった。これは、CDPを通じて情報開示を行っている一部競合他社とは対照的である。

これらのスコアを総合的に見ると、山九のESG評価は評価機関によって差異があることがわかる。S&Pグローバル社のスコアが相対的に低い一方で、MSCI社の「AA」評価は特筆すべき強みである。S&Pグローバル社の評価レポートでは、山九のスコアが公開情報とモデリングに基づくものであり、積極的なCSA(Corporate Sustainability Assessment)への参加に基づいたものではない可能性が示唆されており 14、これがスコアに影響している一因かもしれない。また、同レポートでは、「要求される公開情報」に基づく実際のスコアが17点(最大62点)、「追加的な公開情報」に基づくスコアが12点(最大38点)であり、開示レベルの向上がスコア改善に繋がる可能性が示されている 14

CDPへの不参加は、特定の投資家層に対する透明性の点で不利に働く可能性がある。CDPは気候変動、水セキュリティ、森林に関する詳細な環境情報を収集・評価する主要なプラットフォームであり、多くの機関投資家がそのデータを投資判断に活用しているためである。

第3部 課題評価と戦略的提言

7章 山九株式会社が直面する現在の課題

7.1. 環境パフォーマンスにおける定量的データ開示の課題

山九が環境分野で直面する主要な課題の一つは、資源循環および生物多様性に関するパフォーマンスの定量的なデータ開示が限定的である点である。同社の統合報告書やウェブサイトからは、廃棄物の総発生量、種類別リサイクル率、総取水量(水源別、水ストレス地域別など)、あるいは生物多様性保全活動による具体的な定量的成果(例:保全・再生された生息地の面積、対象種の個体数変化など)といった詳細な数値データが十分に提供されていない状況が散見される 8

これは、気候変動分野におけるCO2排出量の比較的詳細な開示とは対照的である。例えば、物流業界の競合であるNXグループは、廃棄物の種類別排出量やリサイクル率、水使用量などの環境データを網羅的に開示しており 18、KWEも詳細な環境パフォーマンスデータを報告している 17。このような競合他社の開示状況と比較すると、山九の情報開示の深度には改善の余地があると言える。

この定量データの不足は、いくつかの側面で課題を生じさせる。第一に、山九自身が環境パフォーマンスの進捗を客観的に追跡し、改善策の効果を検証することを困難にする。第二に、投資家や顧客、地域社会といったステークホルダーが、同社の環境への取り組みの実効性を評価し、他社と比較することを難しくする。第三に、ESG評価機関による評価において、データ不足が不利に働き、スコアの低迷や評価機関による推定値への依存を招く可能性がある。実際に、S&Pグローバル社のESGスコア評価では、開示レベルがスコアに影響していることが示唆されている 14

したがって、資源循環や生物多様性といった重要分野における定量的な目標設定、実績測定、そして透明性の高い情報開示体制の構築は、山九が持続可能性経営を深化させる上で喫緊の課題であると言える。

7.2. 環境目標達成に向けた戦略的課題

山九が設定した環境目標、特に2030年度のCO2排出量42%削減(2020年度比)という野心的な目標を達成するためには、いくつかの戦略的課題を克服する必要がある。2024年3月時点での進捗は13.4%であり 5、目標達成には今後、削減ペースを大幅に加速させる必要がある。これは、比較的容易な削減策が実施された後、より構造的な変革や大規模な投資を伴う対策が求められることを意味する。

物流業界およびプラントエンジニアリング業界双方において、環境技術は急速に進展しており、ベストプラクティスも絶えず更新されている。SAF(持続可能な航空燃料)やグリーン水素・アンモニアの本格的な実用化、CCUS技術の商用展開、高度なデジタルツイン技術を駆使したサプライチェーン最適化など、新たな技術や手法が次々と登場している。山九がこれらの最新動向に迅速に対応し、競争力を維持・強化していくためには、継続的な技術開発投資と、必要に応じて外部の知見や技術を導入する柔軟性が不可欠である。2050年カーボンニュートラル達成に向けた1,000億円の戦略投資 8 を、これらの技術革新にいかに効果的に配分するかが問われる。

また、外部のESG評価機関からの評価を向上させることも戦略的な課題である。前述の通り、山九のESGスコアは評価機関によってばらつきがあり、特にS&Pグローバル社のスコアは改善の余地が大きい 14。これは、情報開示のあり方だけでなく、特定の環境課題への取り組みの深さや実効性が、一部の評価機関の基準では十分に評価されていない可能性を示唆している。

さらに、山九の事業ポートフォリオは物流とプラントエンジニアリングという異なる特性を持つ分野にまたがっており、それぞれの分野で最適な環境戦略を策定し、投資を配分していく必要がある。物流部門における車両の電動化や輸送効率の向上と、プラントエンジニアリング部門における次世代エネルギープラント建設技術の確立では、求められる技術、投資規模、リスク特性が異なる。これらのバランスを取りながら、グループ全体として最大の環境的・経済的価値を創出する戦略が求められる。この過程では、人的資本の開発、特に新たな環境技術やサステナビリティ経営に対応できる人材の育成も、重要な課題となるであろう 2

8章 山九株式会社への提言

8.1. 環境情報開示の強化と透明性向上

山九が環境パフォーマンスを向上させ、ステークホルダーからの信頼を一層高めるためには、環境情報の開示強化と透明性の向上が不可欠である。具体的には、まず資源循環に関する定量データの収集・報告体制を抜本的に強化することを提言する。これには、事業活動から生じる廃棄物の総発生量(種類別)、主要な資源のリサイクル率、最終処分量、そして総取水量(水源別、水ストレス地域における詳細データを含む)などが含まれるべきである。これらのデータは、経年変化を追跡可能とし、目標に対する進捗を明確に示す形で開示されることが望ましい。

生物多様性に関しても同様に、定量的な情報開示の拡充が求められる。例えば、自社が所有または賃借する土地のうち生物多様性価値の高いエリアの面積、新規プロジェクト実施前後の環境影響評価(特に生物多様性への影響)の結果、そして具体的な保全活動(例:植林面積、保護対象種の個体数変化など)の定量的成果を開示することが考えられる。

これらの環境データについては、CO2排出量だけでなく、より広範な項目において第三者検証を取得することを推奨する。第三者による客観的な検証は、データの信頼性を高め、ステークホルダーに対する説明責任を果たす上で極めて有効である。

さらに、CDP(気候変動、水セキュリティ、フォレスト)への参加を強く推奨する。CDPは、企業の環境情報開示における国際的な標準プラットフォームであり、多くの機関投資家がその情報を活用している。CDPへの回答を通じて、山九は自社の環境戦略とパフォーマンスを体系的に整理し、国際的な基準に照らして評価を受ける機会を得ることができる。これは、S&Pグローバル社などのESG評価機関からの評価改善にも繋がりうる重要なステップである 14。これらの取り組みを通じて、山九は環境経営の透明性を飛躍的に高め、より多くのステークホルダーとの建設的な対話を促進することができるであろう。

8.2. 先進的環境技術の導入と事業機会の追求

山九が持続的な成長を遂げ、環境課題への対応を事業機会へと転換するためには、先進的な環境技術の戦略的な導入と積極的な事業展開が鍵となる。物流事業においては、ZEV(ゼロ・エミッション車)およびFCV(燃料電池車)の導入を加速させ、車両フリートの脱炭素化を計画的に推進すべきである。同時に、SAF(持続可能な航空燃料)やバイオディーゼル燃料、HVO(水素化植物油)といった代替燃料の利用を拡大し、サプライヤーや顧客との連携を通じてその調達と利用を促進することが望ましい。また、AI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)といった先進技術を最大限に活用し、輸送ルートの最適化、エネルギー消費の効率化、倉庫業務の自動化などを一層推進することで、運用面からの環境負荷低減を追求すべきである。

プラントエンジニアリング事業においては、同社が既に機会として認識しているグリーン水素・アンモニア関連設備の建設、CCUS(CO2回収・有効利用・貯留)技術の実装、そして先進的なリサイクルプラントの設計・建設といった分野で、専門知識と技術力を深化させ、具体的なプロジェクト受注に繋げていく必要がある 5。これらは、国内外のエネルギー転換およびサーキュラーエコノミーへの移行を支える基幹技術であり、大きな市場成長が期待される。競合他社もこれらの分野に注力していることから 22、山九は自社の強みを活かせる領域を見極め、研究開発投資(2024年に技術研究開発へ5,000万ドルの予算配分が言及されている 2)や戦略的提携、場合によってはM&Aなども視野に入れ、技術的優位性を確立することが重要である。

これらの技術導入と事業展開は、単に環境規制への対応という受動的なものではなく、新たな価値創造と競争力強化に繋がる能動的な戦略として位置づけられるべきである。山九が持つ既存のエンジニアリング能力と広範な物流ネットワークは、これらの新技術を社会実装する上で大きなアドバンテージとなり得る。

8.3. 環境スコア向上とステークホルダーエンゲージメント

山九が外部からの環境評価を高め、持続可能性を重視する投資家や顧客からの信頼を確固たるものにするためには、ESG評価機関との積極的な対話と、ステークホルダーに対する戦略的な情報発信が不可欠である。現在、山九のESGスコアは評価機関によって差異が見られるが 1、これは改善の機会を示唆している。

まず、主要なESG評価機関(S&Pグローバル、MSCI、サステイナリティクス、CDPなど)に対し、自社の環境戦略、取り組み、実績を積極的に開示し、評価手法や改善点について理解を深めるためのエンゲージメントを強化すべきである。特に、S&Pグローバル社の評価において指摘されている開示レベルの課題 14 など、具体的な弱点については優先的に対応策を講じることが望ましい。

目標設定においては、可能な範囲で科学的根拠に基づく目標(SBTi:Science Based Targets initiative)の認定取得を目指すなど、より野心的かつ信頼性の高い目標を設定することを検討すべきである。これは、企業の気候変動対策への本気度を示す上で国際的に認知された指標となる。

情報開示においては、TCFD提言に沿った開示をさらに深化させ、気候関連リスクと機会が事業戦略や財務計画に与える具体的な影響について、可能な限り定量的な情報を含めて説明することが重要である。これにより、投資家は山九の気候変動への対応力と将来性をより的確に評価できるようになる。MSCI社による「AA」評価のような高い評価は積極的に広報し、企業価値向上に繋げる一方で、他の評価機関からの指摘事項については真摯に受け止め、改善努力を継続的に行う姿勢を示すことが求められる。このような透明性の高いコミュニケーションを通じて、山九はステークホルダーとの信頼関係を強化し、持続可能な企業としての評価を不動のものとすることができるであろう。

結論

本報告では、山九株式会社の環境への取り組みについて、気候変動、資源循環、生物多様性の3つの主要分野を中心に包括的な分析を行った。山九は、2050年カーボンニュートラルという長期目標を掲げ、省エネルギー、再生可能エネルギー導入、次世代モビリティへの移行など多岐にわたる気候変動緩和策を推進している。また、TCFD提言に沿ったリスク・機会分析も実施しており、経営戦略への統合を図ろうとしている。資源循環においては、パソコンや太陽光パネルのリサイクル物流といった特色ある取り組みが見られる。生物多様性保全に関しては、北海道における長期的な森林管理活動が特筆される。

一方で、いくつかの課題も明らかになった。最も顕著なのは、資源循環および生物多様性の分野における定量的なパフォーマンスデータの開示が限定的である点である。これは、同社の取り組みの進捗状況や実効性を客観的に評価する上で制約となっており、競合他社と比較した場合の透明性の点でも改善の余地がある。また、2030年のCO2排出削減目標達成には、現状からの大幅な取り組み加速が必要であり、急速に進展する環境技術への対応と、それを支える戦略的投資の実行が求められる。ESG評価については、評価機関によって差異が見られ、特に情報開示のあり方が一部のスコアに影響している可能性が示唆された。

これらの分析を踏まえ、山九に対しては、環境情報開示の質と量の向上、特に資源循環と生物多様性に関する定量データの拡充と第三者検証の取得、CDPへの積極的な参加を提言する。また、物流およびプラントエンジニアリングの両事業分野において、SAF、グリーン水素・アンモニア、CCUSといった先進的環境技術の導入・開発を加速し、これを新たな事業機会として追求すること、そしてESG評価機関とのエンゲージメント強化や科学的根拠に基づく目標設定を通じて、外部評価の向上とステークホルダーからの信頼醸成を図ることを推奨する。

山九は、その事業特性上、社会の持続可能性への貢献ポテンシャルが大きい企業である。本報告で示した課題を克服し、提言された戦略を実行に移すことで、同社は環境リーダーシップを発揮し、企業価値のさらなる向上を実現できるものと期待される。

引用文献

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