本報告書は、ニプロ株式会社(以下、ニプロ)の環境イニシアチブおよびパフォーマンスについて、特に「気候変動」、「資源循環」、「生物多様性」の3つの重点分野に関して包括的な分析を提供することを目的とする。本分析は、同社の環境スコア算定に必要な詳細情報を収集し、学術的なレビューに耐えうるレベルの内容を目指すものである。スコープには、ニプロの具体的な環境活動、関連するリスクと機会、医療機器・医薬品業界の文脈、競合他社とのベンチマーキング、および将来に向けた提言が含まれる。なお、本報告書は日本語で記述され、表形式を用いず、全てのデータや比較を本文中の記述または箇条書きによって示す形式とする。
本報告書の作成にあたっては、ニプロが開示している公式情報(サステナビリティ報告書、ウェブサイト等)、競合企業のデータ、ESG評価機関の情報、関連する業界レポートおよび記事を分析した。可能な限り定量的なデータを取り入れ、客観的な評価を行うことを重視した。
ニプロは、医療機器、医薬品、ファーマパッケージング(ガラス製品等)を主要事業とする日本の総合医療メーカーである 。特に透析関連製品においては高い市場シェアを持つ。同社は日本国内のみならず、タイ、ドイツ、米国など世界各地に生産・販売拠点を有し、グローバルに事業を展開している 。
ニプロは、サステナビリティ推進体制を構築しており、取締役会が少なくとも四半期に一度、サステナビリティに関する戦略、KPI設定、進捗管理などを審議し、その内容は各委員会を通じて事業部門にフィードバックされる仕組みとなっている 。グループ全体として環境方針を定め、各事業所での環境経営を推進している 。具体的な取り組みとして、ニプロファーマ大館工場では環境マネジメントシステムの国際規格であるISO14001認証を取得している 。
取締役会による定期的なレビューは、経営層のコミットメントを示すものであるが、ISO14001認証が大館工場に限定されている点や、グループ全体での統一的な認証取得に関する情報が限定的である点は、グループ全体での環境マネジメントの浸透度や均一性にばらつきがある可能性を示唆している。グローバルに事業を展開する企業として、各拠点における環境パフォーマンスの一貫性を確保し、その取り組みを透明性高く報告していくことが今後の課題となり得るだろう。
ニプログループは、気候変動対策として野心的な目標を設定している。Scope1(直接排出)およびScope2(間接排出:エネルギー起源)における温室効果ガス(GHG)排出量を2045年までにネットゼロにすることをコミットしている 。 中間目標としては、2030年までにScope1およびScope2排出量を2021年比で37.8%削減することを目指している 。Scope3(サプライチェーン排出量)については、2035年までに2025年比で25%削減する目標を掲げている 。 なお、グループ会社であるニプロファーマパッケージングドイツでは、これより早期の目標として、2025年までにCO2排出量を2015年比で30%削減する目標を設定し、2020年頃までに19%の削減を達成していた 。
最新の報告によると、2022年度(2023年3月期)のニプログループ全体のGHG排出量(Scope1・2)は約53万4千トン-CO2であった 。これは基準年である2021年度から増加しており、新規設備の稼働や生産量の増加が影響していると説明されている 。排出量削減努力にもかかわらず総排出量が増加している事実は、事業成長と環境負荷削減の両立という、多くの製造業が直面する課題を浮き彫りにしている。 個別の拠点レベルでは、具体的な削減効果が報告されている。
近藤工場(100%再生可能エネルギー電力導入):2022年度実績で4,540 t-CO2削減 。これは以前の報告(2022年3月期実績で4,068 t-CO2削減)から更新された数値である 。
大館工場(バイオマスボイラー導入):2022年度実績で4,839 t-CO2削減(LNG換算)。これも以前の報告(2022年3月期実績で8,324 t-CO2削減、LNG換算)から更新されている 。
全星薬品工業 和泉工場(100%再生可能エネルギー電力導入):2022年度実績で3,293 t-CO2削減 。
非化石証書の活用:2022年度に30,380 t-CO2のGHG排出量を削減 。
ニプロは、再生可能エネルギーの導入と省エネルギー活動を推進している。
太陽光発電: ニプロタイランドでは2018年から太陽光発電システム(パネル設置面積 約26,300平方メートル、推定年間発電量 約480万kWh)を導入し、医療機器製造に必要な電力の一部を賄っている。これにより年間約2,730トンのCO2削減効果が見込まれている 。ベルギーのiMEPキャンパスやドイツのミュンナーシュタット工場でも太陽光パネルの設置が進められている 。
100%再生可能エネルギー電力: 近藤工場および全星薬品工業和泉工場では、使用電力を100%再生可能エネルギー由来に切り替えている 。
バイオマスエネルギー: 大館工場では、官民一体の取り組みとして、未利用の間伐材チップを燃料とするバイオマスボイラーを導入し、化石燃料の使用を削減している 。
省エネルギー: オフィスにおける冷暖房温度設定(冷房28℃、暖房20℃)の徹底、エコドライブの推進、環境配慮型車両の導入、省エネ水銀灯への交換、省エネパトロールの実施、高効率機器への更新(例:ドイツでのThermoheadプロジェクト)などを実施している 。
これらの具体的な再生可能エネルギープロジェクトは、ニプロが気候変動対策に行動を起こしていることを示している。しかしながら、グループ全体の再生可能エネルギー導入率や、個別の事例や証書購入を超えて、全てのグローバル拠点にこれらの取り組みを拡大するための明確な戦略については、提供された情報からは読み取れない。排出量削減努力にもかかわらず総排出量が増加している現状は、成長と排出量のデカップリング(分離)が依然として課題であることを示唆しており、ネットゼロ目標達成のためには、より積極的かつグループ全体を網羅する再生可能エネルギー戦略と、さらなる省エネルギー対策の強化が必要と考えられる。
また、Scope3の削減目標(2035年までに2025年比25%削減)は、Scope1・2の目標や、一部競合他社の目標(例:武田薬品は2030年までに2019年比20%削減 、米Target社は2030年までに2017年比32.5%削減 )と比較して、やや意欲度が低いように見受けられる。加えて、基準年が将来(2025年)に設定されているため、現時点での進捗評価が困難である。Scope3排出量はバリューチェーン全体に及ぶため、その削減は極めて重要であり 、より早期の基準年(例:Scope1・2と同じ2021年)を設定し、より野心的な近中期目標を掲げ、サプライヤーとの連携を強化することが望まれる。
ニプログループは、Scope1およびScope2のGHG排出量データについて、一般財団法人日本品質保証機構(JQA)による第三者検証を受けており、データの信頼性向上に努めている 。
ニプロは、製造プロセスから生じる産業廃棄物の削減に取り組んでいる 。
熱回収: 産業廃棄物を焼却する際に発生する熱エネルギーを回収し、発電や温水供給に再利用している 。
ペーパーレス化: 社内文書の電子化や会議資料の廃止を推進し、紙類の廃棄物削減に努めている 。
分別・リサイクル: ゴミの分別を徹底し、リサイクルを推進している 。子会社のニプロアグリテック(松山工場)では、燃やすしかないゴミの焼却量を前年並みに抑え、紙類を緩衝材として再利用するなどの目標を設定・実施している 。ニプロファーマパッケージングドイツでは、リサイクル率91.7%を達成し、2017年以降廃棄物量を12.5%削減したと報告している 。
排出量データ: 大館工場における特別管理産業廃棄物(感染性廃棄物)の排出実績データが一部公開されている(例:2021年度実績 131t)。また、産業廃棄物処理計画も提出されている 。ただし、グループ全体の総廃棄物量やリサイクル率に関する集計データは限定的である。
水資源の有効活用と保全にも取り組んでいる。
水再利用: 製造工程で使用した水の一部を回収し、再利用している 。
汚染防止: 化学物質や油の漏洩に備え、防液堤の設置や、漏洩時の場外拡散を防ぐための排水路遮断機能を設けている 。
雨水利用: ニプロアグリテックでは、雨水貯蔵タンクを設置し、植栽への散水に利用している 。
水使用量削減: ニプロファーマパッケージングドイツでは、2015年比で注射用水(WFI)の消費量を32%削減し、さらなる削減のため逆浸透(RO)技術の導入を計画している 。ニプロファーマパッケージングフランスでは、冷却水処理において、化学薬品を使用せず、紫外線(UV)と現場で生成した過酸化水素を用いるシステムを導入し、環境負荷と安全性を向上させている 。
水使用量データ: グループ全体の総取水量、消費量、リサイクル量に関する集計データや削減目標に関する情報は、提供された資料からは確認できなかった。
包装材料に関する法規制遵守に努めるとともに 、環境負荷の少ない材料を使用した機械設計(ニプロアグリテック)にも取り組んでいる 。医療・医薬品業界では、リサイクル可能な単一素材(モノマテリアル)の使用、バイオプラスチック(例:木材由来のバイオPETボトル )への転換、PVC(ポリ塩化ビニル)やDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)を含まない素材への移行(例:B. Braun )、包装材使用量の削減などが進んでいる 。ニプロのファーマパッケージング事業においても、これらの動向に対応した取り組みが期待される。
ニプロは、廃棄物熱回収やペーパーレス化など、多岐にわたる資源循環活動を報告している。しかし、グループ全体の総廃棄物発生量、リサイクル率、総取水量、水のリサイクル率といった包括的な定量データや、それらに対する明確な削減目標が、一部の拠点(ドイツ工場 、ニプロアグリテック )を除き、提供された情報からは不足している。競合他社の中には、水管理計画の策定(例:Baxter )や定量的な削減実績(例:Fresenius )を開示している企業もあり、比較評価や進捗の可視化のためには、連結ベースでのデータ開示の充実が望まれる。
ニプロは、生物多様性の喪失が地球環境および自社の事業活動に影響を及ぼすリスクであると認識している 。ニプログループ環境方針においても、生物多様性の保全を推進項目の一つとして掲げている 。
生物多様性保全活動として、以下の取り組みが報告されている。
地域連携: 滋賀県湖南地域において、他の地元企業と共に「湖南企業いきもの応援団」に参加し、狼川の水質および生物調査を実施している。これは地域コミュニティの活性化にも貢献している 。
清掃活動: 事業所周辺の地域清掃活動に参加している 。
環境負荷低減: オゾン層破壊係数および地球温暖化係数の小さい代替フロンへの転換を進めている 。
その他: ニプロアグリテックでは、環境保全型農業の支援、社有林の管理、国蝶オオムラサキの生育環境保全に取り組んでいる 。ニプロファーマパッケージングフランスの化学薬品を使用しない冷却水処理システムも、地域の生物多様性への貢献が期待される 。
提供された情報の中では、ニプロのサプライチェーンにおける生物多様性への配慮(例:原材料調達方針など)に関する具体的な記述は見当たらない。これは、サプライチェーン全体での影響評価が重視される近年のESGの潮流(例:旭化成のLCA視点 、Scope3排出量への注目 )と比較すると、取り組みの範囲が限定的である可能性を示唆している。
ニプロの生物多様性に関する取り組みは、現時点では主に工場周辺での地域貢献活動や法規制遵守(代替フロン導入)に焦点が当てられているように見受けられる。グループ全体としての包括的な戦略、バリューチェーン全体(特にサプライチェーン)での影響評価、定量的な目標設定、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のような国際的フレームワークへの整合性(例:オムロン 、住友商事 が言及)といった点は、提供された情報からは確認できない。生物多様性保全の重要性が高まる中、より戦略的かつ広範なアプローチの導入と、その情報開示が今後の課題となる可能性がある。
ニプロの事業活動は、以下のような環境関連リスクに晒されている。
規制リスク: 世界的に環境規制が強化される傾向にある。炭素価格制度の導入、排出基準の厳格化、廃棄物規制(例:日韓のプラスチック廃棄物削減目標 、EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD))などが挙げられる。これらの規制を遵守できない場合、罰金、事業運営の支障、レピュテーションの毀損につながる可能性がある。また、特定の化学物質(PFAS、REACH規制対象物質など)に関する規制強化は、医療機器や包装材に使用される材料に影響を与える可能性がある 。
市場リスク: 消費者や医療機関が、よりサステナブルな製品やサプライヤーを志向する傾向が強まっている 。特に環境意識の高い欧州市場などでは、ESGパフォーマンスが低いと市場シェアを失う可能性がある 。環境性能に優れた競合他社や、環境配慮型製品が競争優位性を持つ可能性がある 。投資家からのESGパフォーマンス改善や情報開示に対する圧力も高まっている 。
物理的リスク: 気候変動に伴う異常気象(台風、洪水など)の頻発化・激甚化は、自社工場の操業、サプライチェーン(原材料や半導体などの部品供給 )、物流に混乱をもたらす可能性がある 。水不足は、透析関連製品の製造など、水を多く使用する生産プロセスに影響を与える可能性がある 。気候変動による疾病構造の変化が、特定の医療製品への需要に影響を与える可能性も指摘されている 。
評判リスク: 環境汚染や不適切な廃棄物処理などの環境インシデント、あるいは競合他社と比較して低いESG評価は、企業の評判を損なう可能性がある 。環境への貢献に関する主張が、十分なデータや行動によって裏付けられない場合、グリーンウォッシングとの批判を受けるリスクもある。
サプライチェーンリスク: 環境パフォーマンスの低いサプライヤーへの依存は、Scope3排出量の管理を困難にし、自社の評判にも影響を与えかねない 。サプライヤーが気候変動の影響や資源不足により操業停止に陥るリスクもある 。医療機器業界特有のリスクとして、サプライヤーが製造物責任(PL)訴訟リスクを懸念し、半導体などの重要部品の供給をためらうケースも報告されている 。
医療機器業界は、特に透析治療(水・エネルギー多消費 )や使い捨て製品 、包装材 に関連する資源集約性や廃棄物発生、そして気候変動や部品不足の影響を受けやすい複雑なサプライチェーン といった、特有の環境リスクを抱えている。CSRDやプラスチック廃棄物規制 のような規制の動向は、重要な移行リスク要因である。
環境要因はリスクだけでなく、ニプロにとって以下のような事業機会ももたらす。
コスト削減: 省エネルギー対策、廃棄物削減、水使用量の削減は、光熱費や廃棄物処理費、水使用料の削減につながり、操業コストの低減に寄与する 。物流プロセスの最適化も、燃料消費とコストの削減に貢献する 。
新規市場開拓: 環境配慮型医療機器や包装材への需要が高まっている(例:PVC/DEHPフリー製品 、リサイクル可能・生分解性包装材 )。エネルギー効率や水効率の高い透析装置 など、環境負荷の低い製品を開発・販売する機会がある。物理的なインフラへの依存度が低い可能性のあるデジタルヘルスソリューション(DHS)の拡大も機会となり得る 。
ブランドイメージ・評判向上: 優れたESGパフォーマンスは、投資家、顧客、そして優秀な人材を惹きつける要因となる 。良好なESG評価 は企業イメージを向上させる。EcoVadisメダル(ニプロヨーロッパ/プネ工場でブロンズ獲得 )なども活用できる。
イノベーション促進: サステナブルな素材、製品設計(例:ガラス使用量を削減するプレフィルドシリンジ )、サーキュラーエコノミーモデル(再製造、リサイクルプログラム )における技術革新を推進する機会がある。災害医療向け製品など、気候変動適応に貢献するヘルスケアソリューションの開発も考えられる 。
ステークホルダー関係強化: 投資家、規制当局、従業員、地域社会といったステークホルダーからの環境責任に対する期待に応えることで、良好な関係を構築・維持できる 。サプライヤーと協力してサステナビリティを推進することも、関係強化につながる 。
規制や市場からの圧力が高まる中、環境性能を高めた製品(省資源、サステナブル素材、リサイクル性向上など)の開発・販売には大きな機会が存在する。ニプロが既に取り組んでいる再生可能エネルギー導入や拠点レベルでの効率化は基盤となるが、これらの取り組みを拡大し、製品自体のサステナビリティ革新を進めることが、これらの機会を捉える鍵となるだろう。特に、同社が強みを持つ透析関連機器やファーマパッケージングの分野は、環境性能向上のインパクトが大きい領域である。
医療機器・医薬品業界における環境に関する先進的な取り組み(ベストプラクティス)としては、以下のようなものが挙げられる。
気候変動対策:
目標設定: Scope1・2だけでなく、特にScope3排出量を含む、科学的根拠に基づく野心的な削減目標(SBT)を設定し、2040年から2050年頃のネットゼロ達成を目指す 。
再生可能エネルギー: 証書購入だけに頼らず、太陽光・風力発電のPPA(電力購入契約)や自家発電への直接投資により、高い再生可能エネルギー利用率を達成する 。
情報開示: TCFD提言に沿った気候関連財務情報を包括的に開示する 。
サプライチェーン: サプライヤーと連携し、バリューチェーン全体の排出量削減を推進する 。
先進事例: Medtronic(52%排出強度削減、42%再エネ利用、FY45ネットゼロ目標 )、武田薬品(2040年ネットゼロ目標、サプライヤーエンゲージメント )、Baxter(2040年カーボンニュートラル目標 )、Fresenius Medical Care(2040年Scope1&2ネットゼロ目標 )。
資源循環:
サーキュラーエコノミー: 耐久性、再利用、再製造、リサイクルを考慮した製品設計など、サーキュラーエコノミー原則を導入する 。
サステナブルパッケージング: モノマテリアル、バイオプラスチック、紙ベース素材、リユースシステムなど、持続可能な包装ソリューションを開発・採用する 。
廃棄物・リサイクル: 定量的な廃棄物削減目標と高いリサイクル率目標を設定し、達成を目指す(例:NPGドイツの91.7% )。主要製造拠点で埋立廃棄物ゼロ(Landfill Free)を達成する(例:B. Braun )。
水資源管理: 特に水ストレス地域において、水リスク評価、効率改善、水のリサイクル・再利用(例:RO排水の再利用)を含む包括的な水管理プログラム(ウォータースチュワードシップ)を実施する 。
先進事例: Fresenius Medical Care(Green & Leanイニシアチブによる水・廃棄物削減 )、Baxter(戦略的な水・廃棄物管理計画、サーキュラーエコノミーパイロット )、B. Braun(PVC/DEHPフリー化、埋立廃棄物ゼロ拠点 )、旭化成(プラスチックリサイクル注力 )、各種医薬品包装の革新(モノマテリアル、バイオPET、返却スキーム例:Novo NordiskのReturPen )。透析特有:濃縮酸の中央供給システム、廃棄物圧縮機、RO水再利用、低流量透析液 。
生物多様性:
戦略・方針: 昆明・モントリオール生物多様性枠組やTNFDなどの国際的な枠組みに整合した、正式な生物多様性方針・戦略を策定する 。
影響評価: バリューチェーン全体での自然資本への依存度と影響を評価する。
ミティゲーション・ヒエラルキー: 生物多様性の価値が高い地域での事業活動を回避し、その他の地域では影響を回避・最小化・回復・オフセットする「ミティゲーション・ヒエラルキー」を適用する 。
行動: 自然再生エネルギーなどの自然に基づく解決策や生態系回復プロジェクトを推進する 。原材料の持続可能な調達方針を策定・実施する。
先進事例: オムロン(TNFD参照、ミティゲーション・ヒエラルキー明記の改訂方針 )、住友商事(マテリアリティに自然資本を追加 )、旭化成(びわ湖ネットワーク参加 )、日本製粉(「ニップン四季の森」プロジェクト )。
業界をリードする企業は、単なる法規制遵守を超え、野心的な目標(SBT、ネットゼロ)を掲げた統合的な戦略、再生可能エネルギーやサーキュラーエコノミーへの積極的な投資、透明性の高い情報開示(TCFD、GRI、SASB)、そしてバリューチェーン全体を巻き込んだ主体的な取り組み(Scope3、サプライヤー協働)へと移行している。生物多様性も、戦略的な対応が求められる新たな重要課題として浮上している。
ニプロの環境への取り組みにおける現状の課題は、以下の通り評価される。
データ透明性と網羅性: グループ全体の主要な環境指標(総廃棄物量、リサイクル率、総取水量・消費量、Scope3排出量内訳など)に関する、連結ベースでの定量データが公に入手可能な範囲で不足している(本報告書 第2章の分析より)。これは、正確なベンチマーキングや進捗追跡を困難にする。ニプロメディカルヨーロッパ自身も報告メカニズムの強化が必要であると認識している 。
Scope3排出量管理: Scope3削減目標がScope1・2目標と比較して意欲度が低い可能性があり、基準年も将来に設定されているため、バリューチェーンにおける排出削減への取り組みやデータ収集に課題がある可能性が示唆される(本報告書 第2章の分析より)。サプライチェーン(購入した製品・サービス、輸送)の脱炭素化は業界全体の大きな課題でもある 。
生物多様性戦略: 地域レベルの活動や基本的な方針表明を超えた、グループ全体としての明確で包括的な生物多様性戦略が欠如しているように見受けられる。TNFDのようなフレームワークとの整合性も現時点では不明である(本報告書 第2章の分析より)。
ESGスコアパフォーマンス: ニプロのESGスコア(S&P Global: 29, Sustainalytics: 21.1 Medium Risk, EcoVadis: Bronze)は、本調査で特定された主要な競合他社(例:Olympus S&P 66, Takeda S&P 62, Baxter S&P 51; Fresenius Sustainalytics 12.1 Low Risk)と比較して、総じて低い水準にある 。特にS&P Globalのスコアでは、ガバナンス・経済側面が業界平均を下回っている 。SustainalyticsはESGリスク管理を「平均的」と評価している 。S&P Globalのスコアが、企業からの積極的な情報提供(CSA回答)ではなく、公開情報とモデリングに基づいている点も、スコアに影響している可能性がある 。
サステナビリティの統合: 製品の設計(エコデザイン)、研究開発、調達プロセスといった事業活動の根幹に、サステナビリティの視点をグループ全体でより深く組み込む必要がある 。
成長と環境負荷の両立: 生産設備の新設や増産を進めながら、絶対的な排出量や資源使用量を削減していくという課題に直面している 。
上記の課題を踏まえ、ニプロが環境パフォーマンスを向上させ、持続可能な成長を実現するために、以下の戦略的行動を推奨する。
データ収集・報告体制の強化: エネルギー、GHG排出量(Scope1, 2および詳細なScope3カテゴリ別)、水(取水、消費、排水、リサイクル)、廃棄物(種類別発生量、リサイクル量、処分量)に関するグループ全体のデータを収集・集計するための堅牢なシステムを導入する。これらのデータを、GRIやSASBスタンダードに整合した形で、年次のサステナビリティ報告書等を通じて透明性高く開示する。GHGデータと同様に、水・廃棄物データについても第三者検証の取得を検討する。
Scope3戦略の強化: Scope3削減目標の意欲度を再評価し、基準年をScope1・2と整合させる(例:2021年)ことを検討する。影響の大きいカテゴリ(購入した製品・サービス、輸送など)に焦点を当てた、明確な削減ロードマップを策定する。サプライヤーエンゲージメントプログラムを導入し、一次データの収集とサプライヤーの脱炭素化を促進する(CDPサプライチェーンプログラムの活用も有効)。
包括的な生物多様性戦略の策定: 地域活動にとどまらない、グループ全体の生物多様性戦略を策定する。バリューチェーン全体での影響と依存度に関する評価を実施する。測定可能な目標を設定し、リスク・機会分析と情報開示のためにTNFDなどのフレームワークとの整合性を検討する。拠点管理や調達プロセスに生物多様性への配慮を組み込む。
ESGパフォーマンス向上とエンゲージメント強化: S&P Global Corporate Sustainability Assessment(CSA)に積極的に参加し、直接的なエンゲージメントと詳細な情報開示を通じてスコア向上を目指す(現状、非参加がスコアに影響している可能性がある )。評価機関から指摘された弱み(特にガバナンス側面 )に対処する。EcoVadis評価(ブロンズ )を活用しつつ、より上位の評価を目指す。
エコデザイン原則の統合: 製品開発プロセスに、ライフサイクル思考とエコデザイン原則を体系的に組み込む。資源効率、サステナブル/リサイクル可能素材の使用(特に包装材)、そして製品寿命終了時の処理(リサイクル性/分解性)を優先する。環境負荷の低い透析技術や医薬品包装に関するイノベーションを追求する。
再生可能エネルギー導入の拡大: 主要なグローバル製造拠点において、証書への依存度を低減し、直接的な再生可能エネルギー調達(PPA、自家発電など)を増やすためのグループ戦略を策定・実行する。
サーキュラーエコノミーの推進: 廃棄物削減とリサイクルプログラムを拡大し、より高いリサイクル率を目指すとともに、製品回収や再製造といったサーキュラーモデルの適用可能性を探る。水使用量の最適化を継続し、さらなる水リサイクルの機会を追求する。
ニプロの事業セグメント(医療機器、透析、ファーマパッケージング、医薬品)と提供された情報を基に、主要な競合企業を以下のように特定した。
医療機器/一般: テルモ 、オリンパス 、Medtronic 、Baxter International 、B. Braun 、日機装 、旭化成メディカル 、JMS 、シスメックス 、日本光電工業 。
透析関連: Fresenius Medical Care 、DaVita 、Baxter、B. Braun、日機装、旭化成メディカル。
医薬品/ファーマパッケージング: 武田薬品工業 、エーザイ 、中外製薬 、協和キリン 、West Pharmaceutical Services 、Gerresheimer 、Schott AG 。
特定された主要競合企業の環境への取り組みとパフォーマンスについて、入手可能な情報を基に比較分析を行う。
テルモ: 統合報告書を発行 。S&P Global ESGスコアは41(中位上位)で、環境スコア(53)はニプロ(36)より高いが、ガバナンススコア(39)はニプロ(26)より高いものの、ニプロ自体が業界平均を下回っている点に注意が必要。CSAには積極的に参加している 。具体的な目標や取り組みの詳細は報告書本体 を参照する必要がある。
オリンパス: サステナビリティレポートおよびESGデータ集を毎年発行 。S&P Global ESGスコアは66と非常に高く、業界リーダーのレベル。環境(72)、社会(70)、ガバナンス(58)の全側面で高評価。CSAに積極的に参加 。Sustainalyticsスコアは24.85(Medium Risk)。気候変動、資源循環、生物多様性に関して包括的なプログラムを有している可能性が高い(詳細は報告書 を要確認)。
Fresenius Medical Care: 年次報告書とサステナビリティ報告書を統合して発行 。透析事業のサステナビリティに注力。目標:Scope1・2ネットゼロ(2040年)、50%削減(2030年、2020年比)。実績:2024年時点でScope1・2を25%削減(2020年比)、Green & Leanイニシアチブにより水・廃棄物を大幅削減 。ESG評価も高く、Sustainalytics 12.1(Low Risk)、MSCI A、S&P DJSI 63点、CDP C(気候・水)。
Baxter International: GRI、SASB、TCFDに準拠した年次企業責任報告書を発行 。目標:直接操業のカーボンニュートラル(2040年)、Scope1・2を25%削減(2030年、2020年比)。実績:2023年時点でScope1・2を4.6%削減(2020年比)、再エネ利用率33%、2023年に150件の省エネプロジェクト実施。戦略的な水・廃棄物管理計画を推進 。S&P Global ESGスコアは51(高位)で、環境(64)、ガバナンス(53)が強い 。Sustainalyticsスコアは24.2(Medium Risk)だが、重大なコントロバーシー(論争事項)レベルが指摘されている 。CSAに積極的に参加 。
Medtronic: インパクトレポートを発行 。目標:FY45ネットゼロ(SBTi整合)、FY25までに再エネ50% 。実績:GHG排出強度52%削減(FY20比)、再エネ利用率42%、廃棄物19%削減、水使用強度28%削減(FY20比)。Sustainalyticsスコアは18.7(Low Risk)で、リスク管理能力が高いと評価 。
武田薬品工業: 統合報告書、ESGデータブック、TCFD報告書を発行 。目標:Scope1・2ネットゼロ(2040年)、40%削減(2025年、2015年比)、Scope3を20%削減(2030年、2019年比)、再エネ100%目標 。Planet(地球)をサステナビリティの柱の一つに掲げる 。S&P Global ESGスコアは62(高位)で、特に社会(70)側面が強い。CSAに積極的に参加 。信用格付けはBBB+/A-2(S&P/JCR)。
旭化成(メディカル): 親会社がサステナビリティ報告を実施 。廃棄物削減(プラスチック)、LCA、生物多様性(びわ湖ネットワーク)に注力 。親会社のESG評価は高く、MSCI AAA、CDP B(気候・水)、Sustainalytics 20.2(Medium Risk、管理能力はStrong)。ヘルスケアマテリアル事業部がEcoVadis Gold評価を獲得 。
日機装: TCFD報告書を発行 。産業、精密、航空宇宙、メディカルと多角的な事業を展開。Sustainalyticsスコアは28.5(Medium Risk)で、リスク管理能力はAverage(平均的)と評価 。S&P Global ESGスコアは公開されていないか、評価対象外の可能性 。品質管理に関する問題が指摘された過去がある 。
B. Braun: サステナビリティを重視し、環境負荷削減に取り組む 。目標:Scope1・2 CO2e排出量を50%削減(2030年、2021年比)。実績:2020年以降、グローバルでCO2e排出量を9.6%削減、2022年に米国で5,500トンの廃棄物をリサイクル、2020年以降、グローバルで取水量を9.6%削減 。取り組み:PVC/DEHPフリー包装、主要製造拠点の埋立廃棄物ゼロ、サプライヤー向けESG基準 。提供された情報からは主要なESG評価機関によるスコアは見当たらない 。
入手可能なデータに基づくと、特にFresenius Medical Care、Baxter、Medtronic、武田薬品、オリンパスといったグローバルな競合企業は、ニプロと比較して、より包括的な情報開示、より野心的な目標設定(特にScope3や再生可能エネルギー)、そして高いESGスコアを示す傾向がある。透析関連の競合(Fresenius、Baxter)は水・エネルギー効率改善に注力しており、ファーマパッケージング関連企業はサステナブル素材に関するイノベーションを加速させている。
企業のESGパフォーマンスは、S&P Global、Sustainalytics、EcoVadis、MSCI、CDPといった複数の評価機関によって評価されている。これらの機関はそれぞれ独自の方法論を持つ(例:S&P GlobalのCSA、SustainalyticsのESGリスクレーティング、EcoVadisのサステナビリティ評価)。また、JCR(日本格付研究所)やR&I(格付投資情報センター)などの信用格付機関も、ESG要素を考慮したり、特定のESG関連格付けや意見を提供したりしている 。
以下に、ニプロと主要競合企業のESGスコアを比較する(入手可能な情報に基づく)。
ニプロ:
S&P Global ESG Score: 29/100 (データ利用可能性: Medium)。内訳は環境: 36、社会: 30、ガバナンス・経済: 26。公開情報/モデリングに基づくスコアであり、CSAへの積極的な参加はない。ガバナンス・経済側面は業界平均を下回る 。
Sustainalytics ESG Risk Rating: 21.1 (Medium Risk)。リスクエクスポージャーはLow、リスク管理能力はAverage。ヘルスケア業界グループ内で167位/583社 。
EcoVadis: ブロンズメダル(ニプロメディカルヨーロッパ、ニプロプネ工場)。プネ工場は評価企業中上位35%に位置づけられる。改善の出発点であり、特に報告面の強化が必要と認識されている 。
CDP 気候変動: B評価(2022/23年度)。
JCR/R&I: 信用格付け(JCR: A-/J-1、R&I: 特定社債に対しBBB+/A-)を提供。R&Iはソーシャルファイナンス・フレームワークに対するセカンドオピニオンを提供 。JCRには「ESGクレジットアウトルック」カテゴリがあるが、具体的なスコアは示されていない 。
競合他社(記述的比較):
S&P Global: ニプロのスコア29に対し、テルモ(41)、Baxter(51)、オリンパス(66)、武田薬品(62)は大幅に高いスコアを獲得している。これらの競合企業はCSAに積極的に参加しており、全般的に高いESGパフォーマンスを示している 。
Sustainalytics: ニプロの21.1(Medium Risk)に対し、Fresenius(12.1, Low Risk)、Medtronic(18.7, Low Risk)、Boston Scientific(18.6, Low Risk)はより低いリスク評価を得ている。旭化成(20.2, Medium Risk)、Stryker(21.1, Medium Risk)、Becton Dickinson(23.7, Medium Risk)、Baxter(24.2, Medium Risk)、オリンパス(24.85, Medium Risk)、日機装(28.5, Medium Risk)と比較すると、ニプロは中位(Medium Risk)に位置するが、Low Risk評価の主要企業には後れを取っている 。
MSCI: 旭化成が最高評価のAAA、FreseniusがA評価を獲得している 。ニプロのMSCI評価は提供情報からは不明。
CDP: 旭化成(気候・水:B)、Fresenius(気候・水:C)。ニプロも気候変動でB評価を得ている 。
EcoVadis: 旭化成ヘルスケアマテリアル事業部がGold評価(上位5%)、Freseniusが54点(Silver相当か)。ニプロのBronze評価 と比較される。
複数の評価機関(S&P Global, Sustainalytics, EcoVadis)にわたり、ニプロは多くの主要グローバル競合他社と比較して中位またはそれ以下のスコアに留まっている。S&P Global CSAへの不参加が、当該スコアに影響を与えている可能性も考えられる。これらのスコアは、ESGパフォーマンスと情報開示の両面において、業界のリーダーレベルに到達するためには、さらなる改善の余地が大きいことを示唆している。
本分析の結果、ニプロは気候変動対策として2045年までのScope1・2ネットゼロ目標を掲げ、再生可能エネルギー導入プロジェクト(タイ、近藤工場、大館工場など)や拠点レベルでのISO14001認証取得といった具体的な取り組みを進めていることが確認された。資源循環においても、廃棄物熱回収やペーパーレス化、水再利用などの活動が見られる。生物多様性に関しても、地域レベルでの保全活動への参加が報告されている。
一方で、課題も明らかになった。グループ全体の廃棄物総量やリサイクル率、水使用量に関する包括的な定量データの開示が不足している。Scope3排出量削減目標は、Scope1・2目標や競合他社の目標と比較して、意欲度や基準年の設定において改善の余地がある。生物多様性に関しても、地域活動を超えたグループ全体の戦略的なアプローチが不明確である。これらの点は、S&P Global、Sustainalytics、EcoVadisなどのESG評価機関によるスコアが、多くの主要競合他社と比較して低い水準にあることにも反映されている可能性がある。環境規制の強化、市場の期待変化、気候変動による物理的リスクは、ニプロにとって潜在的な脅威となる一方、環境配慮型製品の開発やコスト削減、ブランドイメージ向上といった事業機会も存在する。
ニプロは、環境保全の重要性を認識し、目標設定や個別の改善活動を通じてコミットメントを示している。しかし、業界のベストプラクティスや主要競合他社の取り組みと比較すると、特に情報開示の網羅性・透明性、Scope3排出量管理、生物多様性戦略の具体性、そして結果としてのESGスコアにおいて、改善の必要性が認められる。ステークホルダーからの期待に応え、業界内でのリーダーシップを発揮するためには、取り組みの加速と情報開示の強化が不可欠である。
環境サステナビリティへの継続的な注力は、ニプロが長期的な企業価値を創造し、競争力を維持・強化し、そしてグローバルな健康と環境目標に貢献していく上で極めて重要である。本報告書で提示された推奨事項を実行に移すことは、リスクを軽減し、機会を捉え、より持続可能な企業へと進化するための重要なステップとなるだろう。特に、データ透明性の向上、サプライチェーンを含むバリューチェーン全体での排出削減、そして製品ライフサイクル全体を通じた環境配慮の統合は、今後の成長戦略において中核的な要素となるべきである。