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帝人株式会社の環境イニシアチブおよびパフォーマンスに関する包括的分析:気候変動、資源循環、生物多様性を中心に

更新日:2025年4月19日
帝人3401
業種:製造業(3333)

序論 (Introduction)

  • 帝人株式会社の事業概要とサステナビリティへのコミットメント概観 (Overview of Teijin Limited's business and commitment to sustainability)

    帝人株式会社(以下、帝人)は、1918年に日本初の人造絹糸(レーヨン)メーカーとして創業以来、社会の変化とニーズに応じた事業変革を重ね、グローバルに多角的な事業を展開する化学企業グループである 1。現在の主要事業領域は、高機能素材(アラミド繊維、炭素繊維、複合成形材料、フィルム・シート、繊維製品等)を中心とするマテリアル事業、医薬品や在宅医療機器等を手掛けるヘルスケア事業、そして機能食品等のその他事業から構成される 1

    帝人グループは、企業理念に基づき、すべてのステークホルダーのクォリティ・オブ・ライフ向上を目指し、その行動規範「TEIJIN」において「Environment, Safety & Health (ESH)」を掲げ、事業活動における地球環境、安全、健康の最優先を宣言している 4。このコミットメントは、長期ビジョン「未来の社会を支える会社」にも反映されており、近年ではこれをさらに具体化し、「地球環境を守る会社」および「より支えを必要とする患者、家族、地域社会の課題を解決する会社」としての価値提供を目指している 2。特に、環境貢献に資する自動車・航空機、エネルギー領域や、希少疾患・難病領域に注力する方針を示している 2

    サステナビリティに関する情報は、統合報告書、サステナビリティウェブサイト、非財務データ集などを通じて積極的に開示されている 5。これらの情報開示チャネルは、帝人の環境戦略とパフォーマンスを理解する上で重要な基盤となる。

  • 本報告書の目的と構成 (Purpose and structure of this report)

    本報告書は、帝人の環境イニシアチブ、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの重点分野における取り組みとパフォーマンスを網羅的かつ詳細に分析することを目的とする。これにより、同社の環境スコア算出に必要な基礎情報を提供するとともに、学術的な観点からの評価を行う。

    報告書の構成は以下の通りである。まず、帝人グループ全体の環境戦略と重要課題(マテリアリティ)特定プロセス、推進体制を概説する。次に、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の各分野における具体的な目標、取り組み、実績データを詳述する。続いて、これらの環境要因に関連する潜在的なリスクと事業機会を分析する。さらに、同業他社の先進事例を紹介し、主要競合企業との比較分析を行う。また、外部評価機関による環境スコアのベンチマーキング結果を示す。最後に、帝人が現在直面している課題を評価し、今後のパフォーマンス向上に向けた推奨事項を提示し、結論として総合評価と持続可能な成長への展望を述べる。

帝人グループの環境戦略と重要課題 (Teijin Group's Environmental Strategy and Materiality)

  • 長期ビジョンと環境関連の重要課題(マテリアリティ)特定プロセス (Long-term vision and materiality identification process for environmental issues)

    帝人グループの長期ビジョン「未来の社会を支える会社」は、「地球環境を守る会社」という具体的な方向性を示しており、特に自動車・航空機、エネルギーといった環境貢献に資する事業領域への注力を明確にしている 2。このビジョンの実現に向け、帝人グループは世界的な社会課題とSDGs(持続可能な開発目標)を踏まえ、優先的に取り組むべき5つの重要課題(マテリアリティ)を特定した 2。本報告書で中心的に扱う「気候変動の緩和と適応」および「サーキュラーエコノミーの実現」は、これらのマテリアリティの中核をなすものである 2

    これらのマテリアリティは、体系的なプロセスを経て特定されている。具体的には、以下の5つのステップで進められた 9

    1. 課題把握・整理: SDGsをはじめとする社会の広範な課題トレンドを把握・整理する。

    2. 重要度判定: 事業への影響度(正負両側面)と発生確率に基づき、帝人グループにとっての重要度を判定する。

    3. 重要課題抽出: 上記分析に基づき、帝人グループおよびステークホルダーにとって特に重要度が高い課題を抽出する。

    4. 外部有識者との対話: 特定プロセスと抽出課題について、外部有識者との対話を実施する。

    5. 重要課題の特定: 経営会議での審議・確認を経て、帝人グループのマテリアリティとして最終決定する。 この構造化されたプロセスは、特定されたマテリアリティが戦略的に重要であり、ステークホルダーの関心事を反映していることの信頼性を高めている。

  • サステナビリティ推進体制とガバナンス (Sustainability promotion structure and governance)

    帝人グループでは、サステナビリティ関連活動の責任者として最高人事責任者(CHRO)兼最高サステナビリティ責任者(CSO)を任命している 10。CSOは取締役会の指示・監督のもと、事業と統合されたサステナビリティ戦略を推進する役割を担う 10。サステナビリティに関する基本方針やマテリアリティは取締役会の決議事項であり、これらに基づく取り組みの実行状況はCEOまたはCSOから取締役会へ適宜報告され、議論される体制となっている 10

    さらに、サステナビリティ関連リスクは、全社的リスクマネジメント(TRM)システムにおいてグループの重要リスクとして位置づけられ、管理されている 10。この体制は、サステナビリティ課題が経営の中核で認識され、管理されていることを示唆している。各重要課題に対しては主管部門・組織が定められ、中長期および単年度の計画策定(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Action)のPDCAサイクルを回し、継続的な改善を図っている 10。CHROによる年次のレビューも実施され、各事業グループやグループ会社の対応状況を確認している 10

    気候変動に関しては、帝人は2019年3月に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言への支持を表明し、TCFDのフレームワークに沿った情報開示を進めている 11。TCFD提言では、ガバナンス体制、特に気候関連リスク・機会に対する取締役会の監視体制の開示が推奨されている 15。帝人のサステナビリティ推進体制は、このTCFDの要求するガバナンス構造に対応するものと考えられる。

    サステナビリティ課題、特に環境リスクがTRMシステムに統合され、CSOが取締役会に報告する体制は、構造的なコミットメントの強さを示している。しかし、その実効性は、CSOが持つ実質的な影響力や、TRMプロセスにおける環境リスク評価の厳密性に依存する。形式的な体制だけでなく、実際の意思決定プロセスにおいて環境要因がどの程度重視されているかが、真のコミットメントレベルを測る上で重要となる。

    また、TCFDへの賛同 11 は重要な一歩であるが、開示の質と量が問われる段階にある。日本企業全体で見ると、TCFD提言に沿った開示は進展しているものの、特に「シナリオに基づく戦略のレジリエンス」に関する開示は十分でない傾向が指摘されている 15。帝人のTCFD開示が、この一般的な傾向に留まるのか、あるいはより先進的な内容となっているのかを評価することが、同社の気候変動対応の成熟度を判断する上で不可欠である。

気候変動への取り組み (Climate Change Initiatives)

  • 具体的な目標とロードマップ(Scope1, 2, 3排出量、再エネ導入、CO2削減貢献量) (Specific targets and roadmap: Scope 1, 2, 3 emissions, renewable energy adoption, avoided CO2 emissions)

    帝人グループは、「気候変動の緩和と適応」を重要課題と位置づけ、具体的な数値目標とロードマップを策定して取り組みを進めている 8。主要な目標は以下の通りである。

    • 自社グループGHG排出量 (Scope 1 + Scope 2): 2030年度までに2018年度比で30%削減し、2050年度までに実質ゼロ(ネット・ゼロ)を達成する 2。この目標は、パリ協定の目標と整合する科学的根拠に基づく目標としてSBTi(Science Based Targets initiative)の「2℃を十分に下回る(well-below 2℃)」水準の承認を受けている 17

    • サプライチェーンGHG排出量 (Scope 3): カテゴリー1(購入した製品・サービス、ただし商社ビジネスを除く)を対象とし、2030年度までに2018年度比で15%削減する 2。これはスコープ3排出量全体の3分の2以上を占める範囲を対象としている 2

    • CO2削減貢献量: 軽量化・効率化技術等を活用し、製品使用段階等でのCO2排出削減に貢献する。2030年度までの早い段階に、このCO2削減貢献量を、グループ全体およびサプライチェーン川上におけるCO2総排出量(Scope1+2 + Scope3上流)以上にすることを目指す 2

    • 再生可能エネルギー利用: 2050年度までに事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギー由来とすることを目指す 11

    これらの目標達成に向けたロードマップは、電源の再生可能エネルギーへの転換、熱源のクリーンエネルギー化、省エネルギーの推進、プロセスイノベーション、インターナルカーボンプライシング(ICP)制度の活用、そして帝人グループの強みである軽量化・高効率化技術を活かしたソリューション提供を柱としている 2

  • 主要な取り組みと技術革新(再エネ転換、省エネ、ICP、軽量化ソリューション、LCA) (Key initiatives and technological innovations: RE transition, energy saving, ICP, lightweighting solutions, LCA)

    帝人グループは、気候変動目標達成のために多岐にわたる具体的な取り組みと技術革新を進めている。

    • 再生可能エネルギーへの転換: グループ全体での再エネ導入を進めており、特に欧州では順調に進捗し、中国でも計画を前倒しで進展させている 13。帝人アラミド社のオランダ拠点(製造・研究・オフィス)では、使用電力の100%を風力由来の再生可能エネルギーで賄っている 19。また、Teijin Automotive Technologies社の米国本社および先端技術センターでも100%再生可能エネルギー電力を利用している 21。タイの拠点では脱石炭化工事が完了し、日本の拠点においても2025年度末の完了を目指しており、2026年度からその効果が本格的に発現する見込みである 13

    • 省エネルギー: エネルギー効率の改善も重要な柱である。帝人(株)松山事業所北工場では、既存の自家発電設備(化石燃料ベース)を都市ガスを燃料とするガスコージェネレーションシステムへ転換することを2022年10月に決定した 13。この転換により、年間約20万トンのCO2削減が見込まれ、これは2030年度目標達成に必要な削減量の約30%に相当する 13。このシステムも2025年度末に完了し、2026年度からの効果発現が期待されている 13。また、エネルギー多消費型である炭素繊維製造プロセスにおいては、廃熱を回収し他の生産設備の空調に再利用するシステムを導入するなど、エネルギー効率向上に努めている 22。これらの取り組みは、ISO 50001(エネルギーマネジメントシステム)に基づく管理下で進められている 22

    • インターナルカーボンプライシング (ICP) 制度: 帝人グループは、CO2排出削減に資する設備投資を後押しするため、2020年度にICP制度を導入し、2021年度の設備投資から適用を開始した 11。2023年4月には、グループ全体のCO2削減目標の引き上げや外部環境の変化を踏まえ、制度を見直し、社内炭素価格を従来の50ユーロ/t-CO2から100ユーロ/t-CO2へと大幅に引き上げた 13。さらに、適用範囲を拡大し、設備投資を伴わないCO2排出量削減に関する意思決定(例:調達先変更による再エネ転換)や、Scope3排出量削減に繋がる原材料の切り替え(リサイクル材やバイオマス由来原料への転換)に関する設備投資にも適用することとした 13。これは、より広範な脱炭素化努力を経済的に後押しする意思の表れである。

    • 軽量化・効率化ソリューション: 帝人グループのコア技術である高機能素材は、顧客製品のCO2排出削減に大きく貢献する。炭素繊維「Tenax™」2やアラミド繊維「Twaron®」「Technora®」19、Teijin Automotive Technologies社が提供する複合成形材料 2 などは、自動車や航空機の機体軽量化を実現し、燃費向上や電気自動車(EV)の航続距離延長に寄与する 2。これらのソリューション提供は、帝人の「CO2削減貢献量」を増大させる主要なドライバーである。

    • ライフサイクルアセスメント (LCA) とサステナブル素材: 製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷を定量的に評価・可視化するため、LCAの取り組みを強化している 13。2023年度にはLCA推進専門分科会を立ち上げ、グループ全体でのLCA実施体制を整備した 13。炭素繊維事業では、バイオマス由来または循環型原料を使用した製品に対してISCC PLUS認証を取得しており 23、持続可能な原料調達を進めている。さらに、大幅にカーボンフットプリントを削減した新世代炭素繊維「Tenax Next™」を開発し、市場投入を開始した 22。これは、持続可能な高性能素材への市場要求に応える具体的な動きである。

  • 実績データ分析(排出量、再エネ率、CO2削減貢献量の推移と評価) (Performance data analysis: Trends and evaluation of emissions, RE rate, avoided CO2)

    帝人グループの気候変動に関する主要なKPIの実績は以下の通りである。

    • Scope 1+2 排出量: 2023年度の実績は127万t-CO2であり、基準年である2018年度の148万t-CO2と比較して14%の削減を達成した 6。これは着実な進捗を示す一方で、2030年度の30%削減目標達成には、残りの期間でさらなる削減ペースの加速が必要であることを示唆している。特に、松山事業所のガスコージェネレーション導入 13 や国内拠点の脱石炭化 13 といった大型削減策の効果が2026年度以降に集中している計画であり、これらのプロジェクトの計画通りの実行が目標達成の鍵を握る。計画が遅延した場合、目標達成が困難になるリスクが存在する。

    • Scope 3 排出量 (カテゴリー1): 2023年度の実績は284万t-CO2であり、基準年である2018年度の289万t-CO2から約2%の削減に留まっている 6。2030年度の15%削減目標達成には、現状のペースでは程遠い。Scope 3排出量の大部分(約3分の2)を占めるこのカテゴリー 2 における削減がグループ全体の排出量削減目標達成に不可欠であることから、ICP制度の適用範囲拡大 13 やサプライヤーとの連携強化、バイオマス・リサイクル原料への転換(例:Tenax Next™ 22、バイオマスPC 26)といった対策の抜本的な加速が急務である。

    • CO2総排出量 (Scope 1+2+3): 2023年度は525万t-CO2となり、2021年度(507万t-CO2)、2022年度(503万t-CO2)と比較して増加している 6。これは、Scope 3の算定対象品目が増加した影響も含まれる 27 との説明があるものの、グループ全体の排出量削減に向けた課題を示している。

    • CO2削減貢献量: 2023年度は333万t-CO2となり、前年度(317万t-CO2)比で5%増加した 6。これは炭素繊維などの環境貢献製品の販売増が寄与した結果である 17。しかし、同年度のCO2総排出量(525万t-CO2)と比較すると、依然として貢献量が総排出量を下回っている。2030年度までの早い段階で「貢献量 > 総排出量」を達成するという目標 2 に向けては、貢献量の一層の拡大と同時に、Scope 1, 2, 3排出量自体の削減努力が不可欠である。LCA推進 13 を通じた貢献量の算定精度の向上と、貢献ポテンシャルの高い製品開発・拡販戦略が重要となる。

    • 再生可能エネルギー導入率 (グループ全体): 2023年度の実績は5.4%であり 6、2050年の100%目標達成に向けては、まだ初期段階にあると言える。欧州や一部米国拠点での先行事例 19 はあるものの、グループ全体、特に日本国内での導入加速が大きな課題である。

    • 製品別実績: Teijin Aramid社の主力製品であるTwaron®のカーボンフットプリントは、2014年比で28%改善しており 19、製品レベルでの環境負荷低減が進んでいることを示している。

  • TCFD提言に基づく情報開示とシナリオ分析 (Information disclosure based on TCFD recommendations and scenario analysis)

    帝人はTCFD提言への賛同(2019年3月)に基づき、気候変動に関する情報開示を推進している 11。サステナビリティ報告における参考ガイドラインとしてもTCFD最終報告書を明記している 14

    • シナリオ分析: 気候変動の影響を大きく受ける可能性のある事業・業界を特定の上、IEA(国際エネルギー機関)のWEO(世界エネルギー見通し)等を参考に、1.5℃シナリオおよび4℃シナリオに基づいた影響度分析を実施している 17。分析の結果、いずれのシナリオにおいても、業界動向の変化が帝人グループの事業における需要に与える影響は軽微であるか、あるいはプラス・マイナス両面の影響が相殺されるものと評価している 28。ただし、業界動向は注視し、適切な投資判断や資源配分を検討するとしている 28

    • リスク管理: 気候変動リスクは主要な経営リスクと位置づけ、TRM体制下で管理されている 28

      • 移行リスク: 低炭素経済への移行に伴うリスク(政策・規制変更、技術変化、市場変化、評判等)に対しては、GHG排出量ネット・ゼロ達成に向けたロードマップを策定し、その達成を後押しするためにICP制度を導入・強化している 11

      • 物理リスク: 気温上昇や異常気象の激甚化に伴うリスク(急性:台風・洪水等、慢性:海面上昇、水ストレス等)に対しては、水害リスク等の評価を行い、必要な対策を実施するとともに、事業継続計画(BCP)を随時見直している 17

    • 財務的影響: シナリオ分析に基づく具体的な財務的影響(機会・リスクの金額評価)に関する開示は、現状では限定的である 28。ICPとして比較的高水準な100ユーロ/t-CO2という価格を設定 13 していることは注目されるが、この価格設定の根拠や、シナリオ分析における炭素価格想定との関連性、そしてこのICPが実際の投資判断や事業戦略にどの程度具体的な影響を与えているかについての透明性は、さらなる向上が期待される。

    シナリオ分析の結果として需要への影響を「軽微」または「相殺」と評価している点 28 は、将来の規制強化(例:カーボンプライシングの本格導入、製品含有炭素量規制等)や市場の変化(例:顧客からの低炭素製品への要求の高まり)の潜在的なインパクトを考慮すると、やや楽観的な評価である可能性も否定できない。これらの変化がもたらしうる財務的影響(コスト増加、市場シェア変動、新たな収益機会等)について、より踏み込んだ定量的な評価と開示が求められる可能性がある。ICP価格の高さ 13 は先進的であるが、その運用実態と効果に関する情報開示を充実させることで、投資判断への影響度や戦略への組み込み度合いに対するステークホルダーの理解を深めることができるだろう。

資源循環の実現に向けた取り組み (Initiatives Towards Achieving Resource Circulation)

  • 具体的な目標(埋立廃棄物、水使用量)と進捗状況 (Specific targets (landfill waste, water usage) and progress)

    帝人グループは、「サーキュラーエコノミーの実現」を重要課題の一つとし、以下のKPIを設定している 8

    • 埋立廃棄物量: 2030年度までに、埋立廃棄物量の売上高原単位を2018年度比で20%改善する 2

    • 淡水取水量: 2030年度までに、淡水取水量の売上高原単位を2018年度比で30%改善する 2

    これらの目標に対する進捗状況は以下の通りである。

    • 埋立廃棄物量: 2023年度の実績は20.6千トン、売上高原単位は2.00 t/億円であった 6。これは、基準年である2018年度の売上高原単位(修正後基準値に基づく算出、具体的な2018年度原単位数値は非開示だが、2023年度が9%増であることから逆算可能)と比較して9%増加しており、目標(20%改善)とは逆行する結果となっている 29。一部拠点で過去データの二重計上が判明し、2018年度から2022年度の数値及び2030年度目標の原単位値が修正された点に留意が必要である 29

    • 淡水取水量: 2023年度の実績は66.1百万トン、売上高原単位は6.40 千t/億円であった 6。基準年である2018年度の売上高原単位も6.40 千t/億円 28 であり、実績は横ばいとなっている。2030年度の30%改善目標達成に向けては、大幅な進捗が必要な状況である。

  • 主要な取り組みと技術(リサイクル技術、高耐久素材、廃棄物削減策、サーキュラービジネスモデル) (Key initiatives and technologies: Recycling tech, durable materials, waste reduction measures, circular business models)

    帝人グループは、資源循環の実現に向けて、多様な技術開発と取り組みを進めている。

    • リサイクル技術:

      • アラミド繊維: 20年以上にわたり、使用済み製品を機械的にリサイクルし「Twaron®」パルプとして再利用する実績を持つ 29。近年は、繊維から繊維へとリサイクルする物理的リサイクル技術(フィジカルリサイクル)の開発を進め、2023年4月にはリサイクル原料を使用した「Twaron®」長繊維の工業規模での試作生産に成功、2024年4月にも再度生産を実施した 29。さらに長期的視点では、化学的リサイクル(ケミカルリサイクル)技術の開発にも取り組んでいる 8。これらの取り組みにより、リサイクル原料を含むパラ系アラミド「Twaron®」長繊維はタイヤ業界の国際的な賞を受賞した 29。2023年にはアラミド廃棄物の回収量が前年比24%増加しており 20、循環ループ構築への取り組みが具体化している。

      • 炭素繊維: 新ブランド「Tenax Next™」では、石油由来ではない持続可能な資源(循環原料)を使用し、カーボンフットプリントを大幅に削減することを目指している 22。また、バイオマス由来および循環型原料を使用した「Tenax™」およびその原料であるPAN(ポリアクリロニトリル)について、ISCC PLUS認証を取得し、持続可能な製品の供給体制を整えている 23。さらに、富士通と共同で、自転車フレーム製造等で使用されるリサイクル炭素繊維の環境価値をブロックチェーン技術等で証明・可視化するプラットフォーム構築プロジェクトを進めている 23

      • ポリエステル繊維: 帝人フロンティアが、廃棄衣料からのポリエステル繊維リサイクルを阻害するポリウレタン弾性繊維を除去する新技術を開発した 23。また、ケミカルリサイクル技術のライセンシングも行っている 8

      • ポリカーボネート樹脂: 三井化学が製造するバイオマス由来のビスフェノールA(BPA)を原料として使用し、バイオマスPC(ポリカーボネート)樹脂を製造・販売する取り組みを開始している 23。これは約20年前からリサイクル素材提供に取り組んできた帝人の経験の延長線上にある 26

      • その他: 使用済み漁網をマテリアルリサイクルする「RE:ism」事業 8 や、帝人コードレがWRサプライ社と共同で進める人工皮革製造用剥離紙の国内初リサイクルプロジェクト 25 など、多岐にわたるリサイクル活動を展開している。

    • 高耐久・高品質素材: タイヤ補強材(アラミド繊維等)やコンベヤーベルトなど、製品自体の耐久性を高め長寿命化を図ることで、交換頻度を減らし、廃棄物発生量の抑制に貢献している 8

    • 廃棄物削減策: グループ内で特に廃棄物発生量が多いとされるTeijin Automotive Technologies社(TAT、旧CSP社 2)において、各工場の歩留まり改善によるプラスチックごみの削減など、精力的な廃棄物削減活動に取り組んでいる 29

    • サーキュラービジネスモデル: 製品を販売するだけでなく、サービスとして提供するモデルも導入している。例えば、ヘルスケア事業における在宅医療機器のレンタルビジネスは、製品の効率的な利用と回収・再利用を促進するサーキュラーエコノミー型ビジネスモデルの一例である 8

  • 実績データ分析(埋立廃棄物量、水使用量、リサイクル関連活動の評価) (Performance data analysis: Evaluation of landfill waste, water usage, recycling-related activities)

    資源循環に関するKPIの達成状況と取り組みの評価は以下の通りである。

    • 埋立廃棄物量売上高原単位: 2030年度目標(2018年度比20%改善)に対し、2023年度実績は9%増と、目標達成に向けて大きな課題を抱えている 6。特に廃棄物量が多いとされるTATでの対策 29 に注力しているとの説明はあるが、グループ全体として結果が出ていない状況である。過去データの修正 29 があったことも踏まえると、データ管理体制と削減策の実効性の両面での見直しが必要かもしれない。

    • 淡水取水量売上高原単位: 2030年度目標(2018年度比30%改善)に対し、2023年度実績は2018年度レベルから横ばいであり 6、目標達成への道筋は依然として不明確である。報告書上、具体的な水使用量削減策に関する記述が乏しく、どのような施策で目標達成を目指すのか、より詳細な情報開示が望まれる。

    • リサイクル活動: アラミド繊維 20 や炭素繊維 22 におけるリサイクル技術の開発と実用化に向けた動きは活発であり、帝人の技術的強みを示すものである。ポリエステル繊維のリサイクル技術 23 やバイオマス原料の活用 23 も進展している。これらの先進的なリサイクル技術やサステナブル素材への転換を、いかに迅速にスケールアップさせ、製品ポートフォリオ全体に実装し、グループ全体の廃棄物削減や資源効率向上に結びつけるかが、今後の資源循環目標達成の鍵となる。

    現状の分析からは、埋立廃棄物量と水使用量の原単位目標達成が大幅に遅れていることが明らかである 6。特に埋立廃棄物量は目標と逆行している 29。これは、TATのような特定の高排出事業所への対策が十分な効果を発揮していない可能性 29、あるいはグループ全体として製造プロセスにおける資源効率改善策が不足している可能性を示唆している。リサイクル技術の開発 20 は積極的に進められているものの、それが現時点ではグループ全体の廃棄物量や水使用量の削減というマクロな指標改善には十分に繋がっていない構造が見受けられる。目標達成のためには、開発された技術の早期実装と普及に加え、製造プロセス全体の効率化、設計段階からの廃棄物発生抑制(Design for Environment)、そしてリサイクル困難な廃棄物の発生そのものを抑制するような抜本的な対策が必要となるだろう。

    一方で、アラミド繊維や炭素繊維といった高機能素材のリサイクル技術開発は、帝人にとって重要な技術的優位性であり、同時に大きな市場機会でもある 8。特に、将来的にはケミカルリサイクル技術 8 の確立が期待される。これらの先進技術のライセンシング 8 や、リサイクル材を利用した製品(例:Tenax Next™ 22, リサイクルTwaron® 20)の市場展開を加速させることは、環境規制への対応だけでなく、環境意識の高い顧客ニーズに応え、新たな収益源を創出することにも繋がる。環境貢献と事業成長の両立を目指す上で、これらのリサイクル関連技術・事業の推進は極めて重要である。

生物多様性保全への貢献 (Contribution to Biodiversity Conservation)

  • 基本方針とリスク認識(生物多様性リスクマップの概要) (Basic policy and risk recognition: Overview of biodiversity risk map)

    帝人グループは、その理念体系のバリュー(価値観)の一つとして「地球とあらゆる生命に寄り添い、守ります」を掲げており、生物多様性保全を企業活動の根幹に関わるものと認識している 35。製品のライフサイクル全体、すなわち原料調達から生産、製品使用、廃棄に至る全てのプロセスにおいて生物多様性に配慮し、環境負荷の低減を図ることを方針としている 35

    自然への依存度と影響に関する分析も行っており、特にマテリアル事業および繊維・製品事業においては、地下水や地表水への依存度が高いことを確認している 36。また、これらの事業活動が生物多様性に与える影響要素を可視化した「事業活動による生物多様性喪失リスクマップ」を作成し、自然資本や生物多様性への影響を認識した上で保全活動を展開している 35。ただし、このリスクマップの具体的な内容や、どのようなリスク要因(例:土地利用変化、気候変動、汚染、資源の直接利用、外来種)をどの程度評価しているかについては、公開情報からは確認できない。

    近年、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の提言が公表され、企業に対して自然関連のリスクと機会に関する情報開示を求める動きが国際的に加速している 37。化学・素材業界においても、TNFDへの対応や賛同を表明する企業が出始めており 38、サプライチェーン全体での生物多様性への影響評価(特に原料調達段階での森林破壊や土地利用変化のリスク 41)が重要視されている。帝人の公開情報からは、現時点でのTNFDへの具体的な言及や対応状況は確認できない。

  • 具体的な保全活動(グリーン調達、汚染防止、生息地保全、社会貢献活動) (Specific conservation activities: Green procurement, pollution prevention, habitat conservation, social contribution activities)

    帝人グループは、生物多様性保全に関連する様々な活動を実施している。

    • 環境負荷低減: 生物多様性保全の基盤として、CO2排出量、埋立廃棄物量、有害化学物質排出量、水使用量の削減に取り組んでいる。これらは気候変動、資源循環、汚染防止に関するKPIと連動しており、間接的に生物多様性への負の影響を低減することを目指している 35

    • グリーン調達: サプライチェーンにおける環境負荷低減のため、商品やサービスの購入・調達時には、環境への負荷ができるだけ少ないものを選択し、環境保全に積極的に取り組む取引先からの調達を推奨している 35。帝人グループの「CSR調達ガイドライン」では、取引先に対して環境保全への取り組みを要請項目の一つとして挙げており、これには気候変動対策、化学物質管理、廃棄物削減、水利用管理、グリーン購入・調達の推進などが含まれる [35 (via link)]。

    • 汚染防止: 環境汚染が生物多様性に与える影響を考慮し、対策を講じている。例として、2020年にインド洋モーリシャス島沖で発生した貨物船座礁による重油流出事故に際し、高性能油吸着材「オルソーブ」500kgを現地での環境回復活動支援のために寄贈した 33

    • 生息地保全・向上: 事業拠点周辺や関連地域での直接的な保全活動も行っている。

      • Teijin Aramid社のオランダ拠点では、社員有志により、地域の昆虫や蝶の生息環境を向上させるための「昆虫ホテル」が設置された 33。これは地域の自然素材を活用し、生物多様性への配慮を促す活動となっている。

      • バングラデシュのチッタゴン大学キャンパス内では、「テイジンの森」プロジェクトを実施している 35。これは、劣化した河畔林跡地に、バングラデシュの絶滅危惧種を含む70種類の在来植物を宮脇方式(潜在自然植生に基づいた密植・混植)で植林する取り組みである。大学の学生が苗木の育成から植林地の管理、堆肥調達(近隣の難民キャンプの廃棄物を利用した循環型解決策も含む)までを学びながら、多様性豊かでレジリエントな森づくりを実践している 36。この森は、炭素吸収源としての機能、在来種の保全、野生生物の生息地創出といった多面的な価値を持ち、バングラデシュにおける自主的な植林による炭素取引のパイロット事例、およびNbS(Nature-based Solutions:自然に基づく解決策)としても認識されている 36

    • 社会貢献活動: 環境教育や地域清掃活動を通じても生物多様性保全への意識向上に貢献している。

      • 小学生向けの環境教育プログラム「みどりの小道」環境日記プロジェクトへの協賛 33

      • 国内外の様々な拠点における地域清掃活動の実施 33

  • 関連KPIと実績評価(定量的データの限界と定性的評価) (Related KPIs and performance evaluation: Limitations of quantitative data and qualitative assessment)

    帝人グループの生物多様性に関する取り組みについて、現時点では生物多様性そのものを直接測定する固有のKPIは設定されていないようである。CO2排出量、埋立廃棄物量、有害化学物質排出量、水使用量といった既存の環境KPIが、間接的に生物多様性への影響を示す指標として位置づけられている 35

    「テイジンの森」プロジェクト 35 や昆虫ホテルの設置 33 など、個別の活動事例は具体的に報告されているものの、これらの活動が生物多様性の保全や向上にどの程度貢献したかを定量的に評価したデータ(例:植生回復率、特定種の個体数変化、炭素吸収量など)は開示されていない。したがって、生物多様性に関する実績評価は、主に定性的な活動内容の報告に留まっているのが現状である。

    帝人の生物多様性に関する取り組みは、「テイジンの森」のような注目すべき活動事例 35 を含んでいるものの、気候変動や資源循環分野と比較すると、体系的な戦略、定量的な目標設定、およびKPIによる進捗管理という点では具体性に欠ける印象を受ける。生物多様性喪失リスクマップ 35 は作成されているが、その内容が非開示であるため、特に化学企業にとって重要となるサプライチェーン全体(特に原料調達段階)における生物多様性リスク(例:森林破壊、土地利用変化、水ストレス、化学物質汚染など 42)がどの程度深く評価され、対策が講じられているかは外部からは判断が難しい。TNFDへの対応を含め、生物多様性戦略のさらなる具体化と透明性の向上が今後の課題と言えるだろう。

    一方で、「テイジンの森」プロジェクト 35 は、植林による炭素吸収(気候変動緩和)、在来種の保全(生物多様性)、学生への環境教育機会提供(社会貢献)といった複数の価値を同時に創出する可能性を秘めた、統合的なアプローチの好例である。NbSとして認識されている点 36 も先進的であり、評価できる。今後、このプロジェクトの成果(例:推定炭素吸収量、植生被覆率の変化、確認された生物種数など)を可能な範囲で定量的に測定・報告し、その知見を他の地域や事業での展開可能性検討に活かすことができれば、帝人グループの環境戦略全体の価値をさらに高めることに繋がるだろう。

環境関連のリスクと機会 (Environment-Related Risks and Opportunities)

  • 気候変動、資源循環、生物多様性に関する潜在的リスク分析(規制、市場、評判等) (Analysis of potential risks related to climate change, resource circulation, biodiversity: Regulatory, market, reputational, etc.)

    帝人グループは、事業活動に関連する環境要因から生じる様々なリスクを認識し、管理体制を構築している。

    • 気候変動リスク:

      • 移行リスク: 低炭素社会への移行に伴うリスクとして、自社グループおよびサプライチェーンにおけるCO2排出量増大による環境負荷 8、炭素税導入や排出量規制強化といった政策動向 17 が挙げられる。これに対しては、排出削減ロードマップの策定やICP制度の導入 11 で対応を図っている。

      • 物理リスク: 気候変動に伴う異常気象の激甚化・頻発化によるリスクとして、本社や事業所が風水害等により被災し、事業活動に影響が出る可能性 8、および気温上昇や海面上昇による長期的な影響 17 を認識している。水リスク評価に基づく対策の実施やBCPの見直し 17 を行っている。

    • 資源循環リスク:

      • 規制リスク: サーキュラーエコノミー実現に向けた各種環境規制(例:リサイクル材使用義務化、廃棄物処理規制強化)が強化されることによる事業活動への影響 8

      • 資源リスク: 事業に必要な天然資源(化石燃料、鉱物資源、水資源等)の枯渇 8

      • 環境負荷リスク: 製品の製造時および廃棄時における環境破壊や環境負荷(例:プラスチック廃棄物問題)8

    • 生物多様性リスク:

      • 汚染リスク: 事業活動(特に製造プロセス)に伴う有害化学物質等の排出による生態系の破壊や環境汚染 9

      • サプライチェーンリスク: 原材料調達段階における生物多様性への負の影響(例:農地拡大のための森林伐採、水資源の過剰利用、単一栽培による生態系単純化など)。これは化学業界共通のリスクとして指摘されている 42。帝人のリスクマップでどの程度評価されているかは不明。

    • 評判リスク: 上記のような環境リスクへの対応が不十分であった場合、投資家、顧客、地域社会等のステークホルダーからの信頼を失い、企業価値を損なうリスク(間接的リスク)。一方で、Teijin Aramid社がEcoVadis社のサステナビリティ評価で8回連続のゴールドメダルを獲得していること 44 などは、ポジティブな評判形成に寄与している。

  • 環境要因に関連する事業機会の特定と評価 (Identification and evaluation of business opportunities related to environmental factors)

    帝人グループは、環境課題をリスクとしてだけでなく、新たな事業機会としても捉え、自社の技術や製品を通じて社会課題解決に貢献することを目指している。

    • 気候変動関連機会:

      • 緩和貢献: 帝人のコア技術である軽量・高強度素材(炭素繊維、アラミド繊維、複合成形材料)は、自動車や航空機の軽量化を通じて燃費向上やEVの航続距離延長に貢献し、輸送分野の脱炭素化を支援する大きな機会となる 8。また、風力発電用係留ロープやEV用バッテリーセパレータなど、再生可能エネルギーや電動化関連市場向けの製品・ソリューション提供も成長機会である 8

      • 適応貢献: 異常気象や自然災害の増加に対応するため、高機能素材を用いたインフラ補強材や、防災・減災に貢献する製品・サービス(例:冷却・冷感素材、遮熱関連製品、地震時の天井落下リスクを軽減する超軽量天井材「かるてん®」45)の需要拡大が期待される 8

    • 資源循環関連機会:

      • 製品長寿命化・3R促進: 高性能タイヤ補強材やコンベヤーベルトなど、耐久性の高い素材を提供することで製品の長寿命化に貢献し、資源消費量の削減に繋がる 8。Reduce, Reuse, Recycle (3R) を促進する製品・サービス全般が機会となる。

      • リサイクル技術・ソリューション: 帝人が開発を進めるポリエステル、アラミド、炭素繊維等のリサイクル技術は、サーキュラーエコノミー構築に不可欠であり、技術提供(ライセンシング 8)やリサイクル材を用いた製品販売を通じて新たな価値を創出する機会となる 8

      • サステナブル原料: バイオマス由来原料を使用した素材(例:バイオマスPC 26、ISCC PLUS認証Tenax™ 23)やリサイクル原料の使用は、環境規制対応と市場ニーズの両面から事業機会となる。

      • 規制対応技術: 循環経済への移行に伴い高度化する環境規制(例:製品の易解体性、リサイクル材含有率、ケミカルリサイクル)に対応するための分離技術やケミカルリサイクル技術の開発・提供 8

    • 生物多様性関連機会:

      • 環境浄化技術: 水処理膜やフィルター技術、環境エンジニアリングなど、クリーン技術を用いて地球環境汚染の防止・浄化に貢献する事業 9

    帝人の事業機会は、マテリアルサイエンスにおける同社の強みを活かし、環境課題解決に貢献する製品や技術(軽量化素材、高耐久素材、リサイクル技術、バイオマス由来素材など)に集中していることがわかる 8。この戦略は、帝人のコアコンピタンスと市場のサステナビリティへの要求が合致する領域をターゲットとしており、合理的である。しかしながら、リスクとして認識されている規制強化 8 や資源枯渇 8 にグループ全体として対応するためには、これらの「環境貢献製品」の開発・拡販に加えて、既存製品を含む製品ポートフォリオ全体でのサステナビリティパフォーマンス向上(例:既存製品のカーボンフットプリント削減、リサイクル性向上)と、サーキュラーエコノミー型のビジネスモデル(例:製品のサービス化、使用済み製品の回収・再生スキームの構築・拡大 8)への転換を、より一層加速させることが重要となる。機会を最大化し、リスクを最小化するためには、特定の貢献製品だけでなく、事業活動全体の変革が求められる。

業界における先進事例と競合分析 (Industry Best Practices and Competitor Analysis)

  • 同業他社(東レ、三菱ケミカルグループ、旭化成等)の先進的な環境への取り組み事例紹介 (Introduction of leading environmental initiatives by industry peers: Toray, Mitsubishi Chemical Group, Asahi Kasei, etc.)

    帝人が属する化学・素材業界では、多くの企業がサステナビリティ、特に環境課題への取り組みを強化している。主要な競合企業や業界全体の先進事例を概観することは、帝人の取り組みを相対的に評価する上で有益である。

    • 東レ株式会社 (Toray Industries, Inc.):

      • 気候変動: Scope1+2排出量の削減目標として、2030年度に売上収益原単位で2013年度比50%以上削減、日本国内排出量で同40%以上削減を掲げている 46。Scope3排出量目標は設定検討中。再生可能エネルギー導入にも積極的で、滋賀事業場や中国・ハンガリー工場での太陽光発電導入、本社・支店での実質再エネ100%化などを進めている 46。LCA(ライフサイクルアセスメント)を推進し、TCFD提言に基づく情報開示も行っており、TCFDレポートを発行している 46

      • 資源循環: 廃棄物リサイクル率86%以上維持を目標とし、2023年度実績は87.0%であった 46。水使用量については、売上収益原単位で2025年度に2013年度比40%削減を目指しており、2023年度実績は35.3%削減と順調に進捗している 46。また、同社の強みである水処理膜技術による社会全体の水処理への貢献量もKPIとして設定している 46

      • 生物多様性: 2010年に「生物多様性基本方針」を制定 46。TNFD提言への賛同を表明し、TNFD Early Adopterとして登録、TNFDフォーラムにも参画している 46。社内に「NP(ネイチャーポジティブ)部会」を設置し、LEAPアプローチに基づくリスク・機会評価を進めるなど、体系的な取り組みを進めている点が注目される 46

    • 三菱ケミカルグループ株式会社 (Mitsubishi Chemical Group Corporation - MCG):

      • 気候変動: Scope1+2排出量を2030年度に2019年度比29%削減、Scope3排出量を同30%削減、さらに2050年カーボンニュートラルを目標としている 48。再生可能エネルギー導入率も2030年度に30%を目指す 49。TCFD提言に基づく報告も行っている 48。バイオマス原料からのエンジニアリングプラスチック製造など、具体的な製品開発も進めている 50

      • 資源循環: 廃棄物発生量を2030年度に2019年度比30%削減、リサイクル率を同50%に向上させる目標を掲げる 49。水使用量は2019年度レベル維持を目標としている 49。炭素繊維リサイクルに関する新設備の導入事例もある 51

      • 生物多様性: 生物多様性の保全を重要課題(マテリアリティ)の一つとして認識し、事業活動における影響評価や持続可能な原料調達を推進している 48

    • 旭化成株式会社 (Asahi Kasei Corporation):

      • 気候変動: 2050年カーボンニュートラルを目指し、中間目標として2030年度にScope1+2排出量を2013年度比で30%以上削減することを掲げている 52。再生可能エネルギー導入にも注力し、特に住宅事業を手掛ける旭化成ホームズはRE100を達成した 54。また、グリーン水素製造に繋がる大型アルカリ水電解システムの実証 55 や、製品ごとのカーボンフットプリント(CFP)を算出・提供する基盤をNTTデータと共同開発するなど 56、技術面での取り組みが特徴的である。

      • 資源循環: 環境効率指標JEPIXを用いて環境負荷を統合的に評価・管理している 57。3R(Reduce, Reuse, Recycle)の推進を基本方針としている 53

      • 生物多様性: 「自然との調和」を環境方針に含めている 53。具体的な活動として、他社と連携した「生物多様性びわこネットワーク」の取り組みが評価され、NPO法人日本自然保護協会から大賞を受賞している 59

    • その他の先進事例:

      • ケミカルリサイクル・バイオマス: 三井化学、三菱ガス化学、花王、住友化学、出光興産など、多くの化学企業が廃プラスチックのケミカルリサイクル技術開発や、植物由来のバイオマス原料を活用した製品開発に注力している 50

      • 資源循環プラットフォーム: 帝人も参画しているが、富士通との共同プロジェクトのように、リサイクル素材のトレーサビリティや環境価値をブロックチェーン等で管理・証明するプラットフォーム構築の動きも見られる 32

      • 生物多様性保全活動: 製鉄業界(JFE、日本製鉄)による鉄鋼スラグを活用した藻場再生 61、飲料メーカー(サントリー)による水源涵養林活動 61、ダスキンによる外来種侵入防止マット提供 61、電子部品メーカー(ルネサス)による工場周辺での植林や清掃活動 62、自動車部品メーカー(豊田合成)によるビオトープ造成やPCB廃棄物処理 63、日用品メーカー(花王)による環境配慮設計や農薬使用量削減貢献 65 など、多様な業界で具体的な保全活動が展開されている。

      • TNFD対応: 日産化学 38 や積水化学 39 など、化学・素材業界においてもTNFDフレームワークに基づき、事業拠点やサプライチェーンにおける自然関連リスク(水リスク、生態系への影響等)を評価し、開示する動きが進んでいる。

  • 主要競合企業の環境パフォーマンスと戦略比較分析 (Comparative analysis of environmental performance and strategies of key competitors)

    帝人と主要競合企業(東レ、MCG、旭化成)の環境戦略とパフォーマンスを比較すると、以下の点が指摘できる。

    • 目標設定の野心度:

      • 気候変動: Scope1+2排出削減目標について、帝人(30%削減 vs 2018年)は、旭化成(30%以上削減 vs 2013年)やMCG(29%削減 vs 2019年)と同程度の水準であるが、基準年が異なるため単純比較は難しい。東レは原単位での目標(50%以上削減 vs 2013年)であり、絶対量目標ではないものの、削減率としては野心的である。Scope3目標に関しては、帝人(15%削減 Cat1のみ)は、より広範なScope3全体を対象に30%削減を目指すMCGと比較すると、対象範囲・削減率ともにやや低い水準にある可能性がある。

      • 資源循環: 帝人は埋立廃棄物と水使用量の原単位削減目標を設定しているが、東レは水使用量原単位でより野心的な目標(40%削減 vs 2013年)を掲げ、廃棄物に関してはリサイクル率(86%以上維持)を目標としている。MCGは廃棄物削減量(30%削減 vs 2019年)とリサイクル率(50%)の両方を目標としている。旭化成はJEPIXという独自指標での管理が中心である。目標設定の体系や指標が異なるため一概には言えないが、帝人の資源循環目標、特に水使用量に関する目標の野心度は、東レと比較するとやや低い可能性がある。

      • 生物多様性: 東レはTNFD Early Adopterとして具体的な行動を起こしており、この分野では他社をリードしている可能性がある。帝人、MCG、旭化成も方針レベルでは言及しているが、定量目標の設定やTNFDへの具体的なコミットメントという点では、東レほどの明確さは見られない。

    • 実績と進捗:

      • 気候変動: 帝人のScope1+2削減進捗(14%削減)は着実だが、目標達成には加速が必要である。他社の同期間(2018年度比)の実績データがないと比較は困難だが、特筆すべき進捗とは言えない可能性がある。

      • 資源循環: 帝人が埋立廃棄物・水使用量の原単位目標達成に苦戦しているのに対し、東レは水使用量原単位削減で目標達成に向け順調に進捗している 46。この差は、取り組みの実効性や優先順位の違いを示唆している可能性がある。

    • 戦略と強み: 各社とも、素材メーカーとして軽量化素材、バイオマス・リサイクル原料活用、再生可能エネルギー導入、LCA/CFP算定といった共通の戦略的方向性を持っている。その中で、帝人はアラミド繊維・炭素繊維のリサイクル技術において独自の強みを持つ。東レは水処理膜技術による社会貢献を強く打ち出している 46。MCGはグループ全体のポートフォリオマネジメントを通じたGX(グリーン・トランスフォーメーション)推進を戦略の中心に据えている 48。旭化成は、水電解システムなどの水素関連技術 55 や、住宅事業における先進的な再エネ導入(RE100達成)54 に特色がある。

    • 情報開示と外部評価: TCFDに基づく開示は各社進めているが、その詳細度やシナリオ分析の深さには差がある可能性がある。TNFDへの対応は東レが先行している。外部評価(後述)も、各社の取り組みの状況を反映していると考えられる。

    以上の比較から、帝人の気候変動目標(Scope1+2)は業界標準レベルと言えるが、Scope3目標の野心度や資源循環分野での目標達成状況には課題が見られる。生物多様性やTNFDへの対応も、東レなど先行企業と比較すると今後の強化が期待される分野である。帝人の強みである特定素材(アラミド、炭素繊維)のリサイクル技術開発とその事業化を一層加速させるとともに、遅れが見られる分野でのキャッチアップを図ることが、競争優位性を維持・強化する上で重要となるだろう。

競合他社の環境スコアとベンチマーキング (Competitor Environmental Scores and Benchmarking)

  • 主要競合企業の環境評価スコア(CDP, MSCI, Sustainalytics等)の概要と比較 (Overview and comparison of environmental assessment scores (CDP, MSCI, Sustainalytics, etc.) for key competitors)

    主要なESG(環境・社会・ガバナンス)評価機関による帝人および主要競合企業(東レ、三菱ケミカルグループ、旭化成)の環境関連評価スコアは、以下の通りである。(注:評価時点や評価対象範囲が異なる場合があるため、あくまで参考情報として比較する。)

    • CDP (Climate Change, Water Security): CDPは、企業の環境情報開示を促進する国際NGOであり、気候変動、水セキュリティ、フォレストに関する質問書への回答に基づき企業を評価する。スコアリングはA(リーダーシップレベル)からD-までの段階評価。

      • 帝人: 気候変動、水セキュリティともにスコアは公表されていない。ただし、気候変動質問書には回答していると明記されている 11

      • 東レ: 2023年評価で、気候変動は「B」(マネジメントレベル)、水セキュリティは「A-」(リーダーシップレベル) 47。水セキュリティで高い評価を得ている。CDPへの回答内容はPDFで公開されている 47

      • 三菱ケミカルグループ (MCG): 気候変動、水セキュリティともに「A-」(リーダーシップレベル)と評価されている(2025年2月時点の情報)68。両分野で高い評価を得ている。

      • 旭化成: 2023年評価で、気候変動、水セキュリティともに「B」(マネジメントレベル) 59

    • MSCI ESG Ratings: MSCI社が提供するESG評価。企業のESGリスクへの対応力を業界内で相対評価し、AAA(リーダー)からCCC(ラガード)までの7段階で格付けする 69

      • 帝人: 過去(2022年2月時点)に最高評価の「AAA」を獲得した実績がある 70。直近(2024年時点)の具体的なレーティングについては、MSCIの検索ツール 69 や企業ウェブサイトでの確認が必要だが、MSCI Japan ESG Select Leaders Indexなどの主要なESG指数には継続的に選定されている 70

      • 東レ: 過去(2021年11月時点)に「AAA」評価を獲得した実績がある 74。直近の評価は要確認だが、MSCI Japan ESG Select Leaders Indexに選定されている 67

      • 三菱ケミカルグループ (MCG): MSCI Japan ESG Select Leaders Indexなどに選定されている 68。具体的なレーティングは不明だが、同じ三菱グループの別会社(三菱マテリアル)が過去に「AA」評価を受けている例がある 75

      • 旭化成: 2024年時点で最高評価の「AAA」を獲得している 59

    • Sustainalytics ESG Risk Rating: Sustainalytics社(Morningstarグループ)が提供するESGリスク評価。企業が直面する重要なESGリスクへのエクスポージャー(晒され度)と、それらのリスクに対するマネジメント(管理能力)を評価し、リスクスコアを算出する(スコアが低いほどリスクが低い)77。リスクレベルは「無視可能」「低」「中」「高」「深刻」の5段階で示される。

      • 帝人: 25.1(中リスク)。化学業界内順位は124位/591社(2025年4月更新時点)79

      • 東レ: 22.0(中リスク)。化学業界内順位は64位/591社(2025年2月更新時点)80

      • 三菱ケミカルグループ (MCG): 31.0(高リスク)。化学業界内順位は286位/590社(2024年8月更新時点)81

      • 旭化成: 20.2(中リスク)。化学業界内順位は43位/591社 80

    • EcoVadis: サプライヤーのサステナビリティパフォーマンスを評価するプラットフォーム。評価分野は「環境」「労働と人権」「倫理」「持続可能な資材調達」。メダル(プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ)で評価レベルを示す。

      • 帝人: Teijin Aramid社が8回連続で「ゴールドメダル」(評価対象企業全体の上位5%以内)を獲得 44

      • 東レ: スコア情報なし。

      • 三菱ケミカルグループ (MCG): 「ブロンズメダル」(上位35%以内)を獲得(三菱ケミカル(株)およびそのグループ会社、2024年4月時点)68

      • 旭化成: ヘルスケアマテリアルズ事業部が「ゴールドメダル」(上位5%以内)を獲得(2023年3月時点)59

  • 帝人の相対的なポジション評価 (Evaluation of Teijin's relative position)

    これらの外部評価を総合的に見ると、帝人の環境パフォーマンスに関する相対的なポジションは、評価機関や評価側面によって異なる様相を呈している。

    • CDP評価: 帝人のスコアが不明なため確定的な比較はできないが、競合である東レ(水A-)やMCG(気候A-, 水A-)がリーダーシップレベルの評価を得ていることを考慮すると、帝人が少なくとも「B」レベル以上の評価を得ていない場合、気候変動や水セキュリティに関する取り組みや情報開示のレベルにおいて、競合に見劣りする可能性がある。

    • MSCI ESG Ratings: 帝人は過去に最高評価「AAA」を獲得しており 70、旭化成(AAA 59)や東レ(過去AAA 74)とともに、ESG全般において業界リーダーの一角として認識されていると言える。主要なESG指数への継続的な選定 70 も、その評価を裏付けている。

    • Sustainalytics ESG Risk Rating: ESGリスクという観点では、帝人(25.1)は東レ(22.0)や旭化成(20.2)よりもリスクが高い(スコアが高い)と評価されている 79。MCG(31.0)よりは低リスクと評価されているものの、化学業界内での順位(124位/591社)は、旭化成(43位)や東レ(64位)と比較すると中位に留まる。これは、帝人が抱える特定のESGリスク(例:資源循環目標の遅延、Scope3排出量管理など)が、リスク評価モデルにおいて相対的に高く評価されている可能性を示唆する。

    • EcoVadis評価: Teijin Aramid社が継続的にゴールド評価を得ていること 44 は、サプライチェーンにおけるサステナビリティ実践、特にアラミド事業における環境・社会側面での取り組みが高く評価されていることを示している。これは帝人の強みの一つと言える。

    総合的な評価: 帝人は、MSCI評価やEcoVadis評価(アラミド事業)に見られるように、ESG全般や特定事業における取り組みでは高い評価を得ている側面がある。しかし、Sustainalyticsのリスク評価では競合(東レ、旭化成)にやや劣後しており、CDPスコアが不明である点は情報開示の観点から課題となりうる。特に、本報告書の分析で明らかになった資源循環目標の達成遅延や、グループ全体での再生可能エネルギー導入の遅れ、Scope3排出量削減の課題などが、Sustainalyticsのリスク評価に影響している可能性がある。

    評価機関によって評価方法論や重点分野が異なる(例:リスク中心かパフォーマン中心か、環境・社会・ガバナンスの重みづけの違いなど)ため、評価結果にばらつきが生じるのは自然である。帝人の場合、ガバナンス体制や特定事業(アラミド)での先進的な取り組みは評価されている一方で、グループ全体での環境パフォーマンス、特に資源効率やサプライチェーン排出量管理、そして生物多様性のような比較的新しい課題への対応と情報開示の透明性向上が、今後のさらなる評価向上に繋がる鍵となると考えられる。

帝人が直面する課題と今後の推奨事項 (Current Challenges for Teijin and Future Recommendations)

  • 現状の取り組みにおける課題評価(目標達成状況、競合比較等) (Assessment of challenges in current initiatives: Target achievement status, competitor comparison, etc.)

    これまでの分析に基づき、帝人グループが環境パフォーマンス向上に向けて直面している主要な課題を以下に整理する。

    • 気候変動:

      • Scope1+2排出削減目標達成の加速: 2030年目標(30%削減)に対し、2023年時点での削減率(14%)は道半ばであり、ペースアップが必要。特に、効果発現が2026年度以降に計画されている大型プロジェクト 13 への依存度が高く、これらの確実な実行が不可欠。

      • Scope3排出削減の停滞: 2030年目標(15%削減)に対し、2023年時点での削減率(約2%)は極めて低い 6。サプライヤーエンゲージメントや代替原料への転換を加速する必要がある。競合(MCG)と比較して目標の野心度自体も低い可能性がある。

      • 再生可能エネルギー導入の遅れ: グループ全体の再エネ導入率が5.4%(2023年)6 に留まり、2050年100%目標達成への道筋が不明確。

      • CO2削減貢献量の目標達成: 貢献量は増加傾向にあるが、総排出量を上回るという目標達成 2 には、貢献量の一層の拡大と総排出量自体の削減が両輪で必要。

    • 資源循環:

      • 埋立廃棄物量原単位目標の未達と悪化: 2030年目標(20%改善)に対し、実績は9%増と逆行 6。TAT等、特定事業所の影響が大きいとされるが 29、グループ全体での抜本的な対策が急務。

      • 淡水取水量原単位目標の未達: 2030年目標(30%改善)に対し、実績は横ばい 6。具体的な削減策の提示と実行が必要。

      • リサイクル技術の商業化・普及: アラミドや炭素繊維等で先進的なリサイクル技術開発が進んでいるものの、それをグループ全体の廃棄物削減や資源効率向上に繋げるための商業化・スケールアップが課題。

    • 生物多様性:

      • 戦略・目標の具体性欠如: 気候変動や資源循環と比較して、生物多様性に関する体系的な戦略、定量的な目標・KPIの設定が不明確。

      • サプライチェーンリスク評価の深化: リスクマップは存在するものの 35、特に原料調達段階における生物多様性への影響評価と対策が十分か、外部からは判断困難。

      • TNFD等への対応: 競合他社で見られるようなTNFDへの対応やコミットメントが現状では見られない。

    • 情報開示:

      • CDPスコアの非開示: 競合他社がスコアを開示している中で、帝人のスコアが不明な点は透明性の観点から課題。

      • TCFD開示の深化: シナリオ分析に基づく財務的影響(機会・リスク)の定量的な開示が限定的 28

      • 生物多様性情報の不足: 取り組み事例は紹介されているが、戦略、目標、リスク評価、保全効果に関する体系的・定量的な情報開示が不足。

  • 環境パフォーマンス向上に向けた重点分野と具体的な行動提案 (Key focus areas and specific action proposals for improving environmental performance)

    上記の課題を踏まえ、帝人グループが環境パフォーマンスを向上させ、持続可能な成長を実現するために注力すべき重点分野と具体的な行動提案を以下に示す。

    • 1. 気候変動対策の実行力強化と目標達成の確実化:

      • 再生可能エネルギー導入の加速: 国内拠点における非化石証書の購入やコーポレートPPA(電力購入契約)の活用を積極的に検討・実行する。海外拠点での導入計画を前倒し、グループ全体の導入率向上目標を具体的に設定・開示する。

      • Scope3排出削減の本格化: 主要サプライヤーを特定し、協働してCFP(カーボンフットプリント)削減目標を設定し、進捗を管理する仕組みを構築する。ICP制度を戦略的に活用し、バイオマス原料やリサイクル原料への転換を加速させる。これらの原料の調達比率に関する具体的な目標値を設定し、開示する。

      • LCA/CFPの戦略的活用: 製品ポートフォリオ全体でのCFP算定を推進し、その結果を開示する。算定結果を低炭素製品の開発ロードマップ策定やマーケティング戦略に活用する。CO2削減貢献量の算定根拠をより明確にし、信頼性を高める。

      • 大型削減プロジェクトの確実な実行: 松山事業所のコージェネ導入や国内脱石炭化プロジェクトの計画遵守と早期の効果発現に向けた管理を徹底する。

    • 2. 資源循環目標達成に向けた抜本的対策の実施:

      • 廃棄物ゼロに向けた取り組み強化: TAT等、排出量の多い拠点での歩留まり改善に加え、製品設計段階からの廃棄物発生抑制(DfE: Design for Environment)の導入、製造プロセスにおける資源効率の抜本的改善、リサイクル困難な廃棄物の代替処理技術開発(例:熱分解、ガス化等)を推進する。将来的には「廃棄物ゼロ工場」のような野心的な目標設定も検討する。

      • 水使用量削減計画の具体化: 各事業拠点における水リスク評価(例:WRI Aqueduct等のツール活用)に基づき、具体的な水使用量削減目標と実行計画を策定し、進捗を開示する。工場内での水リサイクル技術の導入可能性を評価・検討する。

      • リサイクル技術の事業化・スケールアップ: 開発が進むアラミド、炭素繊維、ポリエステル等のリサイクル技術について、商業プラントへの展開計画を具体化し、投資を加速する。リサイクル材を使用した製品ラインナップを拡充し、具体的な販売目標を設定する。使用済み製品の回収スキームを強化し、クローズドループリサイクルの実現を目指す。

    • 3. 生物多様性戦略の高度化とTNFDへの対応:

      • TNFDフレームワーク導入の検討: TNFD提言に基づき、LEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)を用いた自然関連リスク・機会の評価を実施し、その結果を開示することを検討する。

      • サプライチェーンにおける生物多様性リスク管理強化: 特にリスクが高いと考えられる原材料(例:パルプ、バイオマス原料等)について、調達地域における生物多様性への影響(森林破壊、土地利用変化、水ストレス等)を評価し、持続可能な調達基準(認証材の利用等)を設定・運用する。

      • 定量的な目標・KPIの設定: 生物多様性保全に関する具体的な目標(例:重要生息地の保全面積、特定活動による生態系サービス向上効果)とKPIを設定し、モニタリング体制を構築する。「テイジンの森」等の活動についても、可能な範囲で効果測定(例:炭素固定量、植生回復状況、生物種の変化等)を行い、報告する。

    • 4. サステナビリティ情報開示の質と透明性の向上:

      • CDPスコアの開示: CDPへの回答結果(スコア)を積極的に開示し、評価結果を踏まえた改善努力を示す。

      • TCFD開示の拡充: シナリオ分析に基づく財務的影響(機会・リスク)について、可能な範囲で定量的な評価(金額、影響を受ける売上高比率等)を行い、開示内容を強化する。ICPの運用実態と投資判断への影響についても透明性を高める。

      • 資源循環・生物多様性情報の充実: 両分野における目標、戦略、具体的な取り組み、実績データ(特に目標対比での進捗)、リスク評価結果などを、統合報告書やサステナビリティウェブサイトでより詳細かつ体系的に開示する。

    帝人の環境課題は、目標設定(特に気候変動分野)は進んでいるものの、その実行と実績(特に資源循環分野)が伴っていない点、そして戦略の具体性や情報開示の透明性(特に生物多様性、Scope3排出量、気候関連財務影響)に改善の余地がある点に集約される。帝人が持つ技術開発力(特にリサイクル技術)は大きな強みであるが、これを具体的な目標達成アクションと事業成果に結びつける「実行力」が今後の鍵となる。競合他社の先進的な取り組み(例:東レのTNFD対応、MCGの野心的なScope3目標)も踏まえ、自社の戦略の野心度と実行スピードを一層高めていく必要がある。これらの推奨事項に取り組むことが、帝人の環境パフォーマンス向上と持続可能な企業価値創造に繋がるものと期待される。

結論 (Conclusion)

  • 帝人の環境への取り組みに関する総合評価 (Overall assessment of Teijin's environmental initiatives)

    本報告書における分析の結果、帝人グループの環境への取り組みは、明確な強みと同時に克服すべき課題が存在することが明らかになった。

    強みとしては、まず、サステナビリティを経営の重要課題と位置づけ、マテリアリティを特定し、CSOをトップとする推進体制と取締役会による監督、TRMシステムへの統合といったガバナンス体制を構築している点が挙げられる 2。気候変動に関しては、SBTi承認の削減目標を設定し、TCFD提言にも早期に賛同するなど、国際的なフレームワークへのコミットメントを示している 2。また、帝人のコアコンピタンスであるマテリアルサイエンスを活かした技術開発力は特筆すべきであり、特に自動車・航空機向けの軽量化素材や、アラミド繊維・炭素繊維を中心とした先進的なリサイクル技術の開発において、具体的な進展が見られる 8。さらに、Teijin Aramid社がEcoVadisで継続的に高評価を得ていること 44 や、MSCI ESG Ratingsで過去に最高評価を獲得した実績 70 は、特定分野やESG全般における取り組みが外部から評価されていることを示している。

    一方で、課題も明確である。最も顕著なのは、資源循環分野における目標達成の遅延である。埋立廃棄物量原単位は目標に逆行して増加しており、淡水取水量原単位も横ばいと、目標達成への道筋が見えない状況にある 6。気候変動に関しても、Scope1+2削減目標達成には今後の大型案件への依存度が高く実行リスクが伴い、Scope3排出削減は停滞、グループ全体の再エネ導入率も低い水準に留まっている 6。生物多様性に関しては、具体的な戦略、定量目標、KPIの設定が他の分野に比べて遅れており、サプライチェーンを含めたリスク評価やTNFD等の新しいフレームワークへの対応も今後の課題である。情報開示の面でも、CDPスコアの非開示やTCFDに基づく財務影響分析の具体性、生物多様性に関する情報の透明性向上などが求められる。

    総評として、帝人グループは環境課題に対する経営層の意識と、それを推進するための基本的な体制は整いつつある。しかし、設定した目標に対する実行力と実績、特に資源循環分野でのパフォーマンス改善が急務である。また、生物多様性を含むいくつかの分野では、戦略の具体化と情報開示の深化が必要である。技術開発という強みを、実際の環境負荷削減と事業成果に結びつける実行力が、今後の評価を左右するだろう。

  • 持続可能な成長に向けた展望 (Outlook for sustainable growth)

    帝人グループが掲げる「地球環境を守る会社」2 というビジョンは、社会の要請と合致しており、その実現に向けた戦略的方向性は正しい。特に、マテリアル事業における環境貢献製品・技術(軽量化素材、リサイクル技術、バイオマス由来素材等)は、脱炭素化やサーキュラーエコノミーへの移行という世界的な潮流の中で大きな成長機会を有している 2。これらの技術的優位性を活かし、市場投入を加速できれば、環境貢献と事業成長の両立が可能となるだろう。

    しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、本報告書で指摘した課題への真摯な取り組みが不可欠である。環境パフォーマンス、特に目標達成が遅れている資源循環分野やScope3排出量の改善、そして生物多様性への配慮強化は、リスク管理の観点だけでなく、企業価値向上とステークホルダーからの長期的な信頼を獲得する上で極めて重要である。また、これらの取り組みに関する情報開示の透明性を高めることは、投資家や顧客との建設的な対話を促進し、さらなる改善へのインセンティブとなる。

    前中期経営計画における計数目標の大幅未達という経験を踏まえ、現在「収益性改善に向けた改革」4 に取り組んでいる帝人にとって、環境戦略の着実な実行とその成果は、財務パフォーマンス回復後の持続的な成長軌道への回帰 28 を確かなものにするための重要な要素となる。本報告書で提示した推奨事項を実行に移し、環境パフォーマンスを着実に向上させていくことができれば、帝人グループは真に「未来の社会を支える会社」2 として、その存在意義を高め、持続可能な成長を実現していくことが期待される。

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