エア・ウォーター株式会社(以下、エア・ウォーター)は、空気や水といった地球の資源を活用し、産業ガス事業を基盤としながら、デジタル&インダストリー、エネルギーソリューション、ヘルス&セーフティー、アグリ&フーズといった多岐にわたる事業領域で、人々の生活や産業に不可欠な製品・サービスを提供しています。同社は、その事業特性から地球環境との共存を経営の重要課題と認識し、「地球の恵みを、社会の望みに。」というパーパスを掲げています 。
本レポートは、エア・ウォーターが公開している情報に基づき、同社の環境パフォーマンス、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3分野における取り組みを包括的に分析することを目的としています。分析にあたっては、具体的な施策、目標、実績データに加え、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の枠組みに基づくリスクと機会、業界の先進事例、同社が直面する課題と推奨事項、競合他社の環境戦略との比較、そして環境スコアのベンチマーキングについても詳述します。
エア・ウォーターは、「エア・ウォーターグループ環境ビジョン2050」を策定し、「地球と社会との共生による循環型社会の実現」を2050年の目指す姿としています。そのマイルストーンとして「terrAWell30」を設定し、環境ビジョンにおいては「脱炭素社会」「資源循環型社会」「人と自然の共存社会」の実現を3つの柱として掲げています。本レポートは、これらの目標達成に向けた同社の取り組み状況を評価し、環境スコアリングに必要な詳細情報を提供することを目指します。なお、本レポートでは、データの提示において表形式を用いず、すべての情報を記述形式で記載するという制約に従います。
エア・ウォーターは、気候変動対応を最重要課題の一つと捉え、自社の温室効果ガス(GHG)排出量削減(責務)と、製品・事業を通じた社会全体の排出削減への貢献の両面から取り組みを推進しています。
目標と戦略
長期目標: 2050年までに自社の事業活動におけるカーボンニュートラル(Scope1+2排出量実質ゼロ)を達成するとともに、サプライチェーン全体での脱炭素化を目指します 。
中期目標: 2030年度までに、国内連結子会社のエネルギー起源CO2排出量(Scope1+2)を2020年度比で30%削減することを目標としています 。
戦略的アプローチ: GHG排出量削減に向けて、①省エネルギーの推進、②再生可能エネルギーの導入拡大、③燃料転換、④CO2回収・有効利用(CCU)技術の開発・導入、という優先順位でロードマップを策定し、取り組んでいます 。特に、産業ガス事業で培ったガスコントロール技術を活かし、水素エネルギーやCO2回収・利活用技術の開発を強化しています 。2024年4月には「エア・ウォーター・グリーンデザイン株式会社」を設立し、CO2回収・利活用や低炭素水素といった分野でのイノベーションを加速させ、カーボンニュートラル市場への展開を図っています 。また、2021年8月にはTCFD提言への賛同を表明し、TCFDコンソーシアムに加入しています 。
具体的な施策
省エネルギー: 生産プロセスにおける継続的な省エネルギー活動を推進しています 。
再生可能エネルギー: 再生可能エネルギーの利用拡大を進めています 。将来的には、グリーン電力を使用した高付加価値ガスの販売機会も視野に入れています 。
低炭素技術: 水素エネルギーの利活用 、CO2回収・利活用技術の開発・導入 、バイオガスやメタンガスの供給技術開発 を推進しています。また、ノンフロン断熱材向け原料の提供 や、省エネ設備への転換促進 も行っています。
サプライチェーン: サプライチェーン全体でのCO2削減にも取り組む方針です。サステナブル調達方針においても、低炭素の観点を重視しています。
実績データ
総排出量 (Scope1+2): 2023年度のGHG総排出量(Scope1+2)は速報値で3,128千トン-CO2eであり、2022年度の3,036千トン-CO2eからは増加しましたが、2021年度の3,441千トン-CO2e、2020年度の3,119千トン-CO2eよりは低い水準です。これらの変動には、事業活動の変化や削減努力、算定範囲の変更などが影響していると考えられます。
目標進捗 (国内エネルギー起源CO2): 2030年度目標の対象である国内エネルギー起源CO2排出量は、2023年度に2,123千トン-CO2eとなり、基準年度である2020年度(2,115千トン-CO2e)と比較して0.4%増加しました 。2022年度には2,031千トン-CO2eまで減少していたことを踏まえると、30%削減目標の達成に向けた進捗には課題が見られます。この傾向は、事業成長 やその他の要因による排出増が、削減努力の効果を上回っている可能性を示唆しています。なお、2023年1月に発電事業子会社が連結除外されたことは、過去のScope1排出量に大きな影響を与えましたが 、目標対象である国内エネルギー起源CO2の基準年比較における2023年度の増加傾向を直接説明するものではありません。
排出源: エネルギー起源のGHG排出量のうち、電力使用に伴う排出(Scope2)が8割以上を占めており 、再生可能電力の調達が排出量削減の鍵を握ることがわかります。また、サプライチェーン全体で見た場合、Scope3排出量が全体の約6割を占めています 。
排出原単位: GHG排出原単位(Scope1+2排出量 / 連結売上収益)は、2023年度(速報値)で3.05トン-CO2e/百万円となり、2022年度の3.02トン-CO2e/百万円から微増しましたが、2020年度および2021年度の3.87トン-CO2e/百万円からは大幅に改善しています。
サプライチェーン排出量(Scope3)が全体の約6割と大きいにもかかわらず 、現時点ではScope3に関する具体的な削減目標は設定されておらず、サプライチェーン全体での削減に取り組むという方針に留まっています。真の脱炭素化達成にはScope3への取り組みが不可欠であり、定量的な目標設定は今後の重要な課題と言えます。サプライヤーとの連携強化 や低炭素製品の開発 はその第一歩となります。
エア・ウォーターは、「資源循環型社会」の実現を環境ビジョンの柱の一つとし、2050年までに自社活動による負の影響ゼロを目指しています。
目標と戦略
ビジョン: 循環型社会の実現を目指し、資源の有効活用と廃棄物削減を推進します。
水資源目標: 2030年度までに水使用量原単位(売上収益あたりの淡水使用量)を2021年度実績比で10%削減することを目標としています。
廃棄物戦略: ①生産プロセス改革による発生量削減、②内製化(自社処理)、③有価物への転換、④リサイクル率の向上を基本方針とし、廃棄物削減を進めます。ゼロエミッション、リサイクル指向の工場を目指します。
プラスチック: プラスチック削減にも取り組みます。
具体的な施策
水資源: 製造工程での蒸気回収利用、排水・洗浄水のリサイクルシステム導入、配管の水圧調整による使用量削減などを実施しています。主に清涼飲料水の原料や設備冷却水として淡水を使用しており、使用後の水は水質を確認の上、排水しています。
廃棄物: 溶剤リサイクルや排水処理に取り組んでいます。具体的な廃棄物削減策は、4つの基本方針に基づき推進されます。
プラスチック: グループ会社のゴールドパック株式会社が、飲料事業においてペットボトル代替として紙容器(テトラ・ジェミーナ®アセプティック容器)を採用したナチュラルミネラルウォーター「Azumino Mineral Water」(1L)を2021年3月より販売開始しました 。これにより、従来の2Lペットボトル比でプラスチック使用量を22%削減可能となりました。この容器は主にFSC®認証紙材を使用しています 。また、生分解性プラスチック向け原料も提供しています。
化学物質: 製造から廃棄までの適切な管理を行い、化審法に基づく届出やPRTR制度に基づく排出量・移動量の把握を実施しています 。
実績データ
水使用量原単位: 2022年度実績は29立方メートル/百万円となり、基準年度である2021年度(32立方メートル/百万円)比で8.7%削減を達成しました 。2030年度の10%削減目標に向けて順調に進捗しています。ただし、絶対的な水使用量に関するデータは提供されていません。企業規模の拡大 を考慮すると、原単位の改善が必ずしも絶対量の削減を意味するとは限らず、水資源への総負荷を評価するには絶対量の開示が望まれます。
廃棄物: PRTR対象の化学物質に関する排出・移動量データ以外 、一般廃棄物を含む総排出量、種類別内訳、リサイクル率などの具体的な定量データは、提供された情報の中では確認できませんでした。廃棄物削減戦略 の有効性を評価し、業界標準と比較するためには、これらのデータの開示が不可欠です。
ゴールドパック社による紙容器への転換 は具体的な進展ですが、これはアグリ&フーズセグメント 内の一事例です。ヘルス&セーフティーセグメント など、他の主要事業における包装材使用量やプラスチック削減策に関する情報が不足しており、グループ全体での影響を評価することは困難です。
エア・ウォーターは、事業活動が空気や水といった自然資本に依存することから、生物多様性の保全を持続可能な発展に不可欠な要素と認識しています。
基本方針と戦略
「エア・ウォーターグループ環境ビジョン2050」における「人と自然の共存社会」の実現に向けた取り組みの一環として位置づけられています。
「エア・ウォーターグループ生物多様性に関する基本方針」を定め、①影響の把握と削減への継続的取り組み、②環境配慮型製品・技術による貢献、③従業員への啓発と地域社会との連携を通じた活動促進、を掲げています。
サステナブル調達方針においても、生物多様性への配慮が盛り込まれています。
具体的な施策
森林保全活動:
長野県安曇野市において「安曇野エア・ウォーターの森」活動(2021年11月~)を実施し、市有林の保全活動を行っています。将来的には地域循環型エネルギー供給システムとの連携も視野に入れています 。
グループ会社のゴールドパック株式会社が、水源域保全のため安曇野市と「森林(もり)の里親」契約を締結し、「ゴールドパック常念湧水の森林(もり)」保全活動を実施しています 。
サプライチェーン: サステナブル調達 や化学物質管理 を通じて間接的に配慮しています。
製品・技術: 環境配慮型製品・技術の開発・提供を通じて貢献することを目指しています。
実績データ
実績に関する記述は、主に定性的なものであり、具体的な森林保全プロジェクトの存在が示されています 。生物多様性への影響に関する定量的な指標(例:土地利用変化、生息地回復面積、サプライチェーンにおける生物多様性ホットスポットのリスク評価など)は、提供された情報からは確認できませんでした。
生物多様性に関する明確な方針 と、地域に根差した保全活動 は評価できます。しかし、方針と、特にアグリ&フーズ や化学・素材 の調達を含む広範なバリューチェーン全体における具体的かつ測定可能な行動との結びつきについては、詳細な情報が不足しています。現在の活動は肯定的ですが、グループ全体の環境フットプリントと比較した場合の規模感は不明確です。また、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のような新しい枠組みへの対応や、水利用、土地利用、化学物質排出 といった事業活動が生物多様性に与える影響に関する定量的な指標・目標の欠如は、戦略の有効性を評価する上での課題となります。先進的な取り組みでは、事業拠点やサプライチェーンと生物多様性ホットスポットとの関連性を評価することが一般的です。
エア・ウォーターは、TCFD提言に沿って気候関連のリスクと機会に関する情報を開示しており、シナリオ分析を含む体系的な評価を行っています 。
潜在的リスク
移行リスク(中期、一部影響大):
政策・法規制: 炭素税導入などGHG排出規制強化によるエネルギーコスト増 。再生可能エネルギー賦課金の上昇によるコスト増 。環境規制全般の強化(示唆)。
市場: 顧客の生産プロセス変更に伴う産業ガス需要減 。化石燃料需要減によるエネルギーソリューション事業への影響 。低炭素技術移行に伴うインフラ投資増 。原材料コスト上昇 。
技術: 競合他社による低炭素技術の先行導入リスク(示唆)。
評判: 環境目標未達や環境事故発生によるレピュテーション低下リスク(示唆)。
物理的リスク(長期、影響中・小と評価):
急性: 台風・洪水激甚化による製造拠点・輸送インフラへの損害 。
慢性: 平均気温上昇によるガス製造原単位悪化の可能性 。水ストレスによる操業への影響(社名や水使用状況から関連性示唆)。気候変動による農業生産への影響(アグリ&フーズ事業関連)。健康への影響(例:大気汚染、熱波、感染症)。
事業機会
移行機会(中期、一部影響大・中):
製品・サービス: 省エネ製品(デジタル化関連)、次世代パワー半導体向け需要増 。グリーン電力による高付加価値ガス販売 。ZEH普及に伴う断熱材需要増 。水素需要増(供給、ステーション、応用)。燃料転換ソリューション需要増 。バイオメタン、e-メタン、CCUS事業拡大 。非常用発電需要増 。原子力関連防災設備需要増 。感染症対策関連品需要増 。防災・減災設備需要増 。植物性食品・保存性の高い食品需要増 。低炭素・CN輸送需要増 。水素ステーション向け供給輸送機会増 。低炭素エネルギー由来の塩需要増 。CO2固定化技術(炭酸カルシウム販売、クレジット創出)。生分解性プラスチック向け原料。ノンフロン断熱材向け原料。
適応機会(長期・中期):
全国供給網の強みを活かしたガス需要増(レジリエンス観点)。異常気象による非常用発電需要増 。防災・減災設備需要増 。止渇飲料需要増 。BCP対応物流網構築需要増 。
特定された事業機会 は、エア・ウォーターの既存事業セグメント(デジタル&インダストリー、エネルギーソリューション、ヘルス&セーフティー、アグリ&フーズ) や技術基盤(ガス制御、低温技術など)とよく整合しており、同社が低炭素社会への移行を、自社の強みを活かして事業成長に繋げようとしている戦略的な意図がうかがえます。特に水素、CCUS、特殊素材・ガス分野での機会認識が顕著です。
一方で、物理的リスク評価において、気温上昇によるガス生産への影響を「小」、暴風雨・洪水による影響を「中」としている点 は、主要拠点の地理的条件や最新の気候変動予測(外部情報が必要)によっては、潜在的な影響を過小評価している可能性も否定できません。特に水資源の利用 や重要インフラ(ガスプラント、物流) への影響は、長期的に深刻化する可能性があり、世界的な報告でも物理的リスクの増大が指摘されています。
また、移行リスク(例:カーボンプライシング )と事業機会(例:水素需要 )は、同社自身の気候目標達成能力 と密接に関連しています。自社事業の脱炭素化が進まなければ、炭素コストのリスクが増大し、「グリーン」な製品・サービスの市場機会を逸する可能性があります。逆に、低炭素ソリューション(水素、CCUSなど)の開発・展開に成功すれば、自社の排出削減と新たな収益源の創出を両立できます。これは、気候変動対策と事業戦略の統合的な推進の重要性を示しています。
エア・ウォーターが事業を展開する主要分野における環境に関する先進的な取り組み(ベストプラクティス)は以下の通りです。
主要事業分野における先進事例:
産業ガス・化学: 競合他社(日本酸素ホールディングス、岩谷産業)も目標設定や取り組みを進めています 。ベストプラクティスとしては、科学的根拠に基づく目標(SBT)設定、グリーン水素製造・供給への大規模投資、大型CCUSプロジェクト開発、インターナルカーボンプライシング導入、CDPなどの外部評価で高スコア獲得、Scope3排出量の透明性ある開示 などが挙げられます。化学製品においては、サーキュラーエコノミー原則の適用 も重要です。
エネルギーソリューション: エネルギー転換に向けたトランジションファイナンスの活用。移行燃料としてのLNG利用促進と並行した水素・アンモニアソリューション開発。再生可能エネルギーと蓄電池による電力網の脱炭素化(示唆)。ガスインフラにおけるメタン排出削減(業界課題)。
医療・ヘルスケア(ヘルス&セーフティー): 世界のCO2排出量の4.4%を占めるとされる医療分野のカーボンフットプリント削減。サプライチェーンのグリーン化(持続可能な素材、再利用可能な包装、物流最適化)。病院や医療機器製造におけるエネルギー効率改善。医療機器のサーキュラーエコノミーモデル(再生・再利用、リサイクル)。ラボ・病院での使い捨てプラスチック削減。医療提供者によるサステナブル調達(例:英国NHSによる環境要件の導入)。サステナブルな医薬品・医療機器設計。
アグリ&フーズ: 食品廃棄物の大幅削減(例:イオンの50%削減目標)。持続可能な包装材(生分解性、堆肥化可能、リサイクル材)。植物由来食品の推進。農業プラクティスの改善(精密農業、土壌健全性、水保全)。持続可能な調達のためのサプライチェーン透明性・トレーサビリティ確保。調達における生物多様性保護。食品資源循環システムの構築(廃棄物有効活用、堆肥化)。
気候変動、資源循環、生物多様性に関する革新的取り組み:
気候変動: 再生可能エネルギー電力によるグリーン水素製造。大気中からのCO2直接回収(DAC)とCO2利用技術の統合。合成燃料(e-メタン)開発。エネルギー貯蔵用先端バッテリー材料。
資源循環: 混合プラスチック廃棄物のケミカルリサイクルによる原料化。製品の耐久性・修理可能性・リサイクル可能性を考慮した設計(エコデザイン)。水効率向上を超えた流域健全性への貢献(ウォータースチュワードシップ)。産業共生(あるプロセスの廃棄物を別のプロセスの原料に)。
生物多様性: 生物多様性を慈善活動ではなく事業戦略の中核に統合。生物多様性リスクに関するサプライチェーンマッピング(ENCORE等のツール活用)。自然に関する科学的根拠に基づく目標(SBTN)の設定。気候・生物多様性双方に便益のある自然を活用した解決策(NbS)への投資。遺伝資源利用からの公正かつ衡平な利益配分(名古屋議定書整合)。2030年までに陸と海の30%を保全する目標(30by30)。
先進的な企業は、気候変動、資源循環、生物多様性の戦略を個別にではなく、統合的に捉える傾向が強まっています。これは、各分野の取り組みが相互に影響し合うためです(例:バイオマス原料は土地利用・生物多様性に影響、再エネ導入は土地・資源利用に影響)。トレードオフとコベネフィットを考慮した全体的なアプローチが標準化しつつあります。エア・ウォーターのビジョン は3分野に言及していますが、具体的な施策レベルでの統合はさらに強化の余地があるかもしれません。
また、ベストプラクティスはバリューチェーン全体、特にScope3排出量、持続可能な調達、製品ライフサイクル終了後の管理(サーキュラーエコノミー) に焦点を当てる傾向が顕著です。エア・ウォーターのような多角化企業にとって、最大の環境影響とリスクは、しばしば上流(原材料、農業)と下流(製品使用、廃棄)に存在します。これらに対処するには、サプライヤーや顧客との深い連携が不可欠であり、自社オペレーション最適化だけでは不十分です。エア・ウォーターのScope3への取り組みは、Scope1+2と比較して、まだ発展途上にあるように見受けられます。
さらに、先進企業は詳細な定量データに基づいたパフォーマンス報告、認知されたフレームワーク(SBTi、TCFD、将来的にはTNFD)の活用、第三者検証の取得 を積極的に行っています。堅牢なデータと透明性は、ステークホルダー(投資家、顧客、規制当局)からの信頼を構築し、効果的な管理とベンチマーキングを可能にします。エア・ウォーターはTCFDを活用し、一部データを開示していますが、絶対的な水使用量、一般廃棄物、定量的な生物多様性指標などにはデータギャップが存在し 、開示の成熟度において改善の余地があると考えられます。
課題評価
気候変動: 2030年のGHG削減目標(2020年度比30%削減)達成は、直近の実績(2023年度は基準年比0.4%増) を踏まえると、容易ではありません。電力への高い依存度 は、競争が激化する可能性のある市場で大量の再生可能エネルギーを調達する必要性を意味します。また、規模の大きいScope3排出量 に対する明確で定量的な削減戦略が不足しています。
資源循環: 水使用量原単位目標は順調に進捗していますが 、絶対使用量のデータが報告されていないため、全体的な水リスク評価が困難です。包括的な廃棄物データ(総量、リサイクル率など)の欠如 は、進捗管理を難しくしています。プラスチック削減策は、現時点では特定のグループ会社に限定されているように見えます 。
生物多様性: 取り組みは局所的(森林保全プロジェクト) であり、定量的な指標や、特にアグリ&フーズ、化学品・素材 の調達といった広範なバリューチェーンへの影響との明確な関連性が示されていません。TNFDのような新しい自然関連フレームワークへの対応も不明確です。
統合: 環境ビジョンは3つの柱を繋げていますが、気候・資源・生物多様性にわたる施策の運用上の統合と報告は、ベストプラクティス と比較して強化の余地があります。
重点分野と行動提案(エア・ウォーター株式会社向け)
気候変動対策の加速:
推奨事項: 2030年GHG削減目標達成に向けた詳細なロードマップ(省エネ、再エネ導入(PPA、自家発電含む)、燃料転換、CCUS等の具体的貢献度を含む)を策定・開示する。長期的な再生可能電力契約を確保する。
推奨事項: 定量的なScope3削減目標を設定し、サステナブル調達方針 を活用したサプライヤーエンゲージメントプログラム(脱炭素化支援を含む)を開発・実施する。
資源管理と報告の強化:
推奨事項: 水使用量原単位に加え、絶対使用量データを開示する。主要拠点における水リスク評価を実施する。
推奨事項: すべての主要事業セグメントにおいて、主要な廃棄物(有害・非有害別)の発生量とリサイクル率を追跡・報告するシステムを導入する。定量的な廃棄物削減目標を設定する。
推奨事項: グループ全体のプラスチック使用状況を評価し、関連する全セグメント(ゴールドパック以外も含む)を対象とした削減・再利用・リサイクル性向上戦略を策定する。
生物多様性戦略の強化:
推奨事項: 特にアグリ&フーズおよび化学品・素材調達に関して、バリューチェーン全体にわたる生物多様性リスク・影響評価を実施する(ENCORE等のツール活用を検討)。
推奨事項: 定量的な生物多様性指標を開発し、SBTN等のフレームワークに沿った目標設定やTNFD開示への準備を検討する。
推奨事項: 生物多様性への取り組みを、地域の保全プロジェクトだけでなく、サプライチェーン管理の実践へと拡大する。
統合的なサステナビリティガバナンス:
推奨事項: 気候、資源、生物多様性の観点を、全セグメント の事業戦略、リスク管理(気候に関するTCFD対応 を超えて)、投資判断にさらに統合する。「カーボンニュートラル推進室」 が、資源・生物多様性担当部署と緊密に連携する体制を確保する。
主要分野(絶対的な水使用量、一般廃棄物、生物多様性影響)における包括的・定量的データの不足は、根本的な課題です。正確な測定なしには、リスク評価、優先順位付け、進捗追跡、ステークホルダーへの信頼性ある実績報告が困難になります。推奨事項の多くが、より良い管理の基盤としての測定・報告体制の改善に焦点を当てているのはこのためです。
また、2030年GHG目標達成に向けた現在の道筋 は、その達成可能性について懸念を生じさせます。公約した目標の未達は、企業の評判や投資家の信頼を損なう可能性があります。対策の加速と達成経路に関する透明性の向上(あるいは、明確な根拠に基づく目標の見直し)が不可欠です。将来技術(CCUS、水素 )への依存には、現実的なタイムラインと投資計画が伴う必要があります。
さらに、ゴールドパック社でのプラスチック削減策 は好事例ですが、他のセグメント(ヘルス&セーフティー、デジタル&インダストリーなど)でも同様の包装材や素材に関する課題が存在する可能性が高いです。この学びをグループ全体で活用し、同様の資源効率改善やサーキュラーエコノミーの取り組みを横展開する機会があります。推奨事項は、グループ横断的な視点を奨励しています。
主要競合企業(日本酸素ホールディングス、岩谷産業など)の特定
中核事業である産業ガス分野における主要な競合企業は、日本酸素ホールディングス株式会社(以下、NSHD)および岩谷産業株式会社(以下、岩谷産業)です。両社は日本国内の主要プレイヤーです。
エア・ウォーターの事業は多角化されているため、エネルギー(LPガス、LNG)、医療用ガス・機器、化学品、アグリ・フーズ分野にもそれぞれ競合が存在しますが、提供された情報の中ではNSHDと岩谷産業が最も直接的な比較対象となります。
競合企業の環境戦略、目標、実績
日本酸素ホールディングス (NSHD):
気候変動: 目標は2030年度にScope1+2排出量を2013年度比30%削減、2050年度にカーボンニュートラル達成 。実績として、2022年度までに約22%削減を達成 。環境貢献製品(酸素燃焼バーナー等)の開発にも積極的。「カーボンニュートラルプログラムI & II」(自社および顧客排出量の削減)を推進。CDP気候変動スコアは「A-」と報告されています。FTSE Blossom Japan Indexの構成銘柄に選定されています。
資源循環: 「ゼロウェイストプログラム」を掲げ、3R推進と埋立廃棄物削減を目指しています 。「サステナブルウォータープログラム」で水資源の有効活用に取り組んでいます。具体的な廃棄物データも報告されています 。
生物多様性: マテリアリティ(重要課題)の一つとして認識されていますが 、具体的な活動や目標に関する詳細は提供されていません。
全般: 非財務プログラムを体系化し、サステナビリティ推進体制を構築。統合報告書は外部からも評価を受けています。
岩谷産業:
気候変動: 目標は2030年度に国内グループCO2排出量を2019年度比50%削減、2050年度にカーボンニュートラル達成 。2023年度のScope1~3排出量実績を報告 。水素戦略(サプライチェーン構築、水素ステーション展開、用途拡大)を強力に推進。バイオマス燃料、アンモニア混焼なども推進 。インターナルカーボンプライシングを導入 。CCUに関する連携も行っています。
資源循環: 廃棄物データを報告 。プラスチックや金属のリサイクル、廃プラからの水素製造などを検討・実施 。バイオマスPET樹脂を提供。
生物多様性: 提供された情報の中では詳細な記述は見当たりませんでした 。
全般: 水素事業を中核戦略と位置づけ、脱炭素ソリューション提供企業としての позиショニングを強化。サステナビリティボンドを発行。統合報告書を発行しています。
比較分析(3分野中心)
気候変動: 3社とも2050年カーボンニュートラル目標と2030年削減目標を掲げています。エア・ウォーターの30%削減(2020年度比) はNSHDの30%削減(2013年度比) と比較可能ですが、岩谷産業の50%削減(2019年度比、国内) は、対象範囲が異なるものの、より野心的に見えます。岩谷産業は特に水素リーダーシップを強く打ち出しています。NSHDは自社製品による排出削減貢献を強調しています。エア・ウォーターは目標達成に向けた進捗に課題を抱えています。
資源循環: 3社とも廃棄物削減に言及しています。NSHDは「ゼロウェイストプログラム」 を持ち、具体的な廃棄物データを報告 。岩谷産業も廃棄物データとリサイクルへの取り組みを報告 。エア・ウォーターの一般廃棄物に関する報告は、提供情報内では詳細度が低いようです 。エア・ウォーターは具体的な水使用量原単位目標 を持っていますが、競合他社については同様の目標は明示されていません。岩谷産業とエア・ウォーターは、プラスチック代替・リサイクルに関する具体的な取り組みが言及されています 。
生物多様性: 提供された情報に基づくと、3社ともこの分野の報告は比較的発展途上にあるようです。NSHDはマテリアリティとして特定していますが 、いずれの企業も詳細な情報は限られています。
競合比較からは、特に水素事業において岩谷産業が戦略的な重点化と積極的な情報発信を行っている様子がうかがえます。同社の高い市場シェア と多数の関連発表・提携 は、エア・ウォーターやNSHDのより多角的なアプローチと比較して、この主要な脱炭素化分野で強い市場認知を形成している可能性があります。
報告体制の成熟度には差異が見られます。NSHDは体系化された非財務プログラム を持ち、統合報告書で評価を得ています。エア・ウォーターは強固なTCFD開示 と良好なCDPスコア を有しています。報告構造(NSHDの8プログラム)や外部評価(NSHDの報告書受賞、エア・ウォーターのCDP A- )を比較すると、開示の成熟度や重点分野にニュアンスの違いが見られますが、3社とも積極的に情報開示を行っています。ただし、エア・ウォーターのデータギャップ(廃棄物、絶対水量)は、一部競合の報告状況 と比較して課題となる可能性があります。
エア・ウォーターの広範な事業多角化 は、競合他社(同様に多角化しているが、範囲は異なる可能性)と比較して、独自の機会(セクター横断シナジー)と課題(多様なバリューチェーンにおける環境影響管理、例:アグリ&フーズ、医療)の両方をもたらします。したがって、中核の産業ガス事業での比較は重要ですが、エア・ウォーターの全体的な環境パフォーマンス評価には、NSHDや岩谷産業の事業展開が少ない可能性のあるセクターにおける、より広範な業界ベンチマーキング(本レポートのセクション4で実施)が必要です。
エア・ウォーターのESG評価(CDP、その他)
CDP: 気候変動および水セキュリティの両分野において、2年連続で「A-」評価を獲得しています(2024年2月報告)。これは、国際的な主要評価機関によって認められた高いパフォーマンスと情報開示レベルを示します。「A-」はリーダーシップ(Leadership)評価帯に属し、最高評価「A」に次ぐものです。
MSCI, Sustainalytics, FTSE: 提供された情報の中では、エア・ウォーターに関するMSCI、Sustainalyticsの具体的な格付けや、FTSE Russell社のインデックス(NSHDが選定されているもの など)への組み入れに関する言及はありませんでした 。参考として、MSCIはAAA~CCCの7段階、SustainalyticsはESGリスクレーティング(数値が低いほどリスクが低い) で評価します。
競合企業のESG評価
日本酸素ホールディングス (NSHD):
CDP: 気候変動で「A-」評価を獲得しています。水セキュリティのスコアは言及されていません。
FTSE: FTSE Blossom Japan Index(2022年~)およびFTSE Blossom Japan Sector Relative Indexの構成銘柄に選定されています。これらは優れたESG対応を行う日本企業を選定するインデックスです。
MSCI/Sustainalytics: 提供情報内に具体的な格付けはありません。
岩谷産業:
CDP: CSRHub経由でスコアが報告されていることが示唆されていますが、具体的なスコアは提供情報内にありません。
Sustainalytics: ESGリスクレーティングが付与されていますが、具体的なスコアは提供情報内にありません。
JCR(日本格付研究所): サステナビリティボンド・フレームワークについて肯定的な評価を受けています。
MSCI/FTSE: 提供情報内に具体的な格付けやインデックス組み入れ情報はありません。
比較と傾向
CDPにおけるリーダーシップ: エア・ウォーターとNSHDは、CDP気候変動において共に「A-」評価を獲得しており 、この分野でのリーダーシップを示しています。これは、日本の主要産業ガス企業が気候変動対策に真剣に取り組み、国際基準 に沿った透明性の高い情報開示を行っていることを示唆しています。エア・ウォーターは水セキュリティにおいても同等のリーダーシップレベルを達成しています 。
インデックス組み入れ: NSHDがFTSE Blossom Japan Indexに選定されていること は、同社のESG全般のパフォーマンスが外部機関によって認められていることを示しますが、エア・ウォーターや岩谷産業については、提供情報内では同様の評価は確認できませんでした。
データギャップ: 提供された情報だけでは、MSCIやSustainalyticsのスコアを用いた直接的な比較は不可能です。
エア・ウォーターの一貫したCDP「A-」評価 は、重要な強みであり、主要な競合であるNSHD と気候変動で同等のリーダーシップレベルにあり、水セキュリティでもリーダーシップを示しています。CDPは投資家から高く評価されるベンチマークであり、「A-」評価は、気候・水に関するガバナンス、リスク管理、行動が堅牢であることを示唆し、世界的な同業他社と比較しても遜色ないレベルです。
しかし、CDPスコアは高いものの、より広範なESG評価(MSCI、Sustainalytics)や主要なESGインデックス(NSHDが選定されたFTSE Blossomなど)への組み入れに関する情報が提供されていない点は、提供情報のみに基づくベンチマーキング分析におけるギャップとなります。評価機関ごとに異なる方法論(環境・社会・ガバナンス要素の重み付けなど) が用いられるため、相対的なESGポジションの全体像を把握するには、これらのより広範な評価が必要です。
NSHDのFTSE Blossom Indexへの組み入れ は、同社のESG全般の開示とパフォーマンスがインデックスプロバイダーの特定基準を満たしていることを示唆しており、特定のESG投資家に対する可視性において優位性をもたらしている可能性があります。インデックスへの組み入れは、パフォーマンスだけでなく、E・S・G全般にわたる公的開示の質と包括性にも依存することが多いため、エア・ウォーターにとって、主要なESGインデックスプロバイダーの要件を満たすよう情報開示を確保することの潜在的な価値を示唆しています。
主要な分析結果の要約
本レポートでは、エア・ウォーター株式会社の環境への取り組みを、気候変動、資源循環、生物多様性の3つの主要分野に焦点を当てて分析しました。同社は「エア・ウォーターグループ環境ビジョン2050」を掲げ、脱炭素社会、資源循環型社会、人と自然の共存社会の実現を目指しています。
気候変動に関しては、2050年カーボンニュートラル、2030年までに国内エネルギー起源CO2を30%削減(2020年度比)という目標を設定し、TCFD提言に沿った情報開示を行っています 。CDP評価では気候変動・水セキュリティ共に「A-」という高い評価を得ています 。しかし、2030年目標達成に向けては、直近の実績で排出量が増加しており 、課題も抱えています。
資源循環においては、2030年までに水使用量原単位を10%削減する目標を設定し、順調に進捗しています 。廃棄物削減戦略も策定されていますが、一般廃棄物に関する定量的な開示は限定的です。プラスチック削減では、グループ会社による紙容器導入という具体的な進展が見られます 。
生物多様性については、基本方針を定め、地域での森林保全活動などを実施していますが 、バリューチェーン全体への影響評価や定量的な指標・目標の設定は今後の課題です。
リスク面では、炭素価格導入などの移行リスクや、異常気象による物理的リスクを認識しています 。一方、水素、CCUS、環境配慮型製品など、低炭素社会への移行に伴う多くの事業機会も特定しており 、これらは同社の事業ポートフォリオと整合しています。
競合他社(日本酸素ホールディングス、岩谷産業)と比較すると、気候目標レベルは概ね同等ですが、目標達成の進捗や報告の詳細度には差異が見られます。特に水素事業では岩谷産業の戦略的集中が目立ちます。CDP評価では主要競合と同等のリーダーシップレベルにあります 。
総括的な評価と今後の展望
エア・ウォーターの環境への取り組みは、明確なビジョン、TCFDへの整合性、高いCDP評価、そして水素関連技術開発、森林保全、紙容器導入といった具体的なイニシアチブに強みが見られます。一方で、GHG削減目標達成に向けた課題、廃棄物・絶対水量・生物多様性に関するデータ開示のギャップ、そして多角的な事業全体への取り組みの浸透・統合という点で改善の余地があります。
同社は、低炭素社会への移行に伴う事業機会を捉える上で有利な立場にありますが、「エア・ウォーターグループ環境ビジョン2050」 を完全に実現するためには、脱炭素化の取り組みを加速し、資源・生物多様性に関するデータ透明性を向上させ、全ての事業セグメントにおいて環境戦略を効果的に実行していく必要があります。本レポートで指摘した推奨事項への対応は、同社の環境スコア向上とステークホルダーからの信頼維持に不可欠となるでしょう。