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株式会社マキタの環境イニシアチブおよびパフォーマンスに関する包括的分析:気候変動、資源循環、生物多様性への対応

更新日:2025年4月19日
業種:製造業(3333)

序論

株式会社マキタ(以下、マキタ)は、充電式を中心とした電動工具、園芸用機器(OPE)、エア工具などを提供する「人の暮らしと住まい作りに役立つ工具のグローバルサプライヤー」として、世界的に事業を展開している 1。1915年の創業以来、100年以上にわたり、顧客本位と現場主義を貫き、電動工具メーカーとしての地位を確立してきた 4。近年、製造業においては、気候変動、資源枯渇、生物多様性の損失といった地球規模の環境課題への対応が、企業の持続的な成長と社会的責任の観点から極めて重要になっている。特に、製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷の低減や、事業活動におけるエネルギー消費の抑制は、投資家や消費者、地域社会など、多様なステークホルダーからの要請が高まっている。

このような背景の中、マキタは環境保全活動を経営の重要課題の一つと捉え、持続可能な社会の実現への貢献を目指している 5。本レポートは、マキタの環境に関する取り組み、特に「気候変動」、「資源循環」、「生物多様性」の3つの重点分野における具体的なイニシアチブ、目標、パフォーマンスデータを包括的に分析することを目的とする。さらに、これらの取り組みに関連する潜在的なリスクと機会、同業他社のベストプラクティスとの比較、現状の課題と将来に向けた提言、そして競合他社の環境戦略とESG(環境・社会・ガバナンス)評価を用いたベンチマーキングを行う。本レポートは、マキタの環境パフォーマンスに関するスコアリングや、学術研究、企業の戦略的意思決定に資する詳細な情報を提供することを目指し、全てのデータや比較分析は、表形式を用いず、記述形式または箇条書き形式で提示する。

第1章:株式会社マキタの環境戦略とガバナナンス

環境方針と基本理念

マキタは、環境問題への取り組みの基礎として、1998年に「環境方針」を制定し、以来、これを基盤とした環境保全活動を推進している 7。この方針の中心となる基本理念は、「マキタは『人の暮らしと住まい作りに役立つ工具のグローバルサプライヤー』として、持続可能な社会の実現及び生物多様性の保全に貢献するため、幅広い地球環境保全活動に取り組む」と定められている 3

この基本理念に基づき、環境方針では以下の主要な行動指針が示されている 8

  • 組織の整備: 地球環境への影響に配慮した事業活動を行うため、グローバルな活動が可能な組織を整備する。

  • 継続的改善と汚染予防: 環境保全活動の質の継続的な改善及び汚染の予防を図る。

  • 法令順守: 環境関連の法律、規制、協定などを順守し、さらに自主基準を設定して環境保全に取り組む。

  • 目的・目標の設定と見直し: 事業活動が環境に与える影響を的確に捉え、技術的・経済的に可能な範囲で環境目的・目標を定め、定期的に見直しを行う。

  • 環境負荷軽減: 環境負荷を軽減するため、資源及び消費エネルギーの抑制による温室効果ガス(CO2)排出量の低減、廃棄物の削減及びリサイクルの推進、環境負荷物質の代替・排出抑制、開発設計段階での製品アセスメント実施と環境配慮型製品(特に充電式)の開発を積極的に推進する。

1998年という早い段階で環境方針が策定されたことは、マキタが基礎的な環境意識を長年にわたり保持してきたことを示唆している 7。しかしながら、近年の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言への賛同(2021年)や、意欲的なネットゼロ目標の設定に見られるように、その戦略は近年、より定量的かつ具体的な気候変動対策へと大きく加速している 8。この変化は、ステークホルダーからの期待の高まりや、気候変動に対する企業の責任を問う市場の動向を反映したものであると考えられる。つまり、長年の基本方針を土台としつつも、社会の要請に応える形で、より具体的で測定可能な目標設定へと戦略を進化させているのである。

環境マネジメントシステム

マキタは、1998年から独自の環境マネジメントシステムを構築・運用している 10。環境負荷低減のためのツールとしてこのシステムを活用する目的で、本社および岡崎工場は2007年に環境マネジメントシステムの国際規格であるISO 14001認証を取得した 10。認証を取得した全ての事業拠点において、ISO 14001の要求事項に基づき、内部環境監査や環境教育などの活動を実施し、環境保全を推進している 10。同様に、競合であるボッシュもISO 14001認証を取得している 12

TCFD提言への対応と気候変動の位置づけ

気候変動がもたらす風水害の頻発化など、社会への影響が甚大となる中、脱炭素社会の実現に向けた企業の役割はますます重要になっている。マキタは、この気候変動問題を重要な経営課題として認識しており、その対応を強化している 8。その具体的な表明として、2021年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に賛同した 8。これは、気候関連のリスクと機会が自社の事業活動に与える影響について、株主、投資家、顧客を含むステークホルダーとの対話を進めることの重要性を認識していることの表れである 9。このコミットメントに基づき、マキタは事業活動における温室効果ガス(GHG)排出量(スコープ1, 2, 3)を開示している 8。競合他社であるTechtronic Industries(TTI)も同様にTCFDへの整合性を図っている 13。ただし、現時点で公開されている情報からは、TCFD提言に基づく詳細なシナリオ分析や財務的影響の定量化に関する具体的な記述は見当たらない 8

第2章:気候変動への対応

GHG排出量実績と削減目標

マキタは、気候変動対策として、具体的なGHG排出量削減目標を設定し、その達成に向けた取り組みを進めている。設定されている目標は以下の通りである。

  • スコープ1およびスコープ2排出量: 2030年度までに2020年度比で50%削減し、2040年度までに実質ゼロ(ネットゼロ)を達成する 8

  • スコープ3排出量: サプライチェーン全体での排出量を2050年度までに実質ゼロ(ネットゼロ)を達成する 8

2024年3月期のGHG排出実績は以下の通りである。

  • スコープ1, 2, 3 合計排出量: 399万 t-CO₂ 8

  • スコープ1およびスコープ2排出量(合計): 57,071 t-CO₂。これは総排出量の1.4%に相当し(スコープ1が0.5%、スコープ2が0.9%)、前年度比で12.9%の削減を達成した 8。国内事業所全体では、2023年度の排出量は14,023トンで、前年度比1.6%増であったが、グローバル全体での削減が進んだ形である 8。近年の推移を見ると、2019年度の89,673 t-CO₂から、2020年度78,899 t-CO₂、2021年度65,533 t-CO₂、そして2022年度(2023年3月期)57,071 t-CO₂と、着実に削減が進んでいることがわかる 8

  • スコープ3排出量: 393万 t-CO₂。これは総排出量の98.6%を占める 8。主要なカテゴリの内訳は以下の通りである。

    • カテゴリ11(販売した製品の使用): 219万 t-CO₂ (全体の54.9%)

    • カテゴリ1(購入した製品・サービス): 128万 t-CO₂ (全体の32.2%)

    • カテゴリ4(輸送、配送(上流)): 35.9万 t-CO₂ (全体の9.0%)

    • その他(カテゴリ2, 3, 5, 6, 7, 12の合計): 全体の2.5% なお、スコープ3の15カテゴリのうち、カテゴリ8, 9, 10, 13, 14, 15は算出対象から除外されている 8

この排出構成は、マキタの脱炭素化戦略において、製品使用段階(スコープ3カテゴリ11)とサプライチェーン(スコープ3カテゴリ1)への取り組みがいかに重要であるかを明確に示している。スコープ1および2の排出量は全体のわずか1.4%に過ぎず、これらの直接的な事業活動における排出削減努力だけでは、サプライチェーン全体での2051年までのネットゼロ目標達成には不十分である 8。したがって、エネルギー効率の高いコードレス製品への移行(カテゴリ11への対応)や、サプライヤーとの連携による排出削減(カテゴリ1への対応)が、同社の長期的な環境目標達成の鍵を握っている。

競合他社との比較では、ボッシュは2020年に 14、ヒルティは2023年に 15、それぞれスコープ1および2におけるカーボンニュートラル達成を宣言している(これにはカーボンクレジット等の活用が含まれる可能性がある)。マキタの2040年度(実質2041年)目標と比較すると、これらの競合他社はより早期に事業活動における排出量実質ゼロを達成した、あるいは達成する計画であり、マキタにとっては競争上のベンチマークとなり得る 8

再生可能エネルギー利用の推進

マキタは、GHG排出量削減策の一環として、再生可能エネルギーの利用を積極的に推進している。具体的な取り組みとしては、国内外の拠点における太陽光パネルの設置が挙げられる。2023年度(2024年3月期)には、国内では岡崎工場の発送棟および本社開発試験棟に、海外ではエストニアの販売拠点に太陽光パネルが新たに設置された 7。タイの工場など、海外生産拠点への設置も進められている 7。今後も国内外の自社施設への太陽光パネル設置を継続し、オフィス等で使用する電力の再生可能エネルギーへの切り替えを進める計画である 7。2024年3月期には、チリとニュージーランドの拠点でも再生可能エネルギーが導入された 11

太陽光発電以外にも、マキタ・ドイツなど一部の拠点では、地熱を利用した冷暖房システム(地中熱ヒートポンプ)を導入し、再生可能エネルギーの活用によるGHG排出量削減に取り組んでいる 8

2024年3月期における再生可能エネルギーの利用実績として、購入した電力のうち6,545 MWhが再生可能エネルギー由来であり、自社設置の太陽光発電による発電量は3,629 MWhであった 8。競合のボッシュも同様に、自社拠点での再生可能エネルギー発電を推進している 12

省エネルギーへの取り組み

再生可能エネルギーの導入と並行して、マキタはエネルギー消費そのものを抑制するための省エネルギー活動にも継続的に取り組んでいる。オフィスや工場において、以下のような施策を実施している。

  • LED照明への更新(例:2021年3月期に本社・岡崎工場で年間47,719 kWhの電力削減効果)8

  • 高効率な空調設備、コンプレッサー、生産機械への更新 8

  • 工場内のエア漏れの点検・削減 8

これらの物理的な改善に加え、従業員の環境意識向上のための活動も行われている。省エネルギー推進のための資料配布や、オフィス・工場内での省エネ対応状況の定期的な点検などが実施されている 10。これも、競合であるボッシュがエネルギー効率向上を重要な削減策の一つとして位置付けている点と共通している 12

製品を通じた貢献:コードレス化戦略

マキタは、自社の事業活動における排出削減だけでなく、製品を通じて社会全体の脱炭素化に貢献することも重要な戦略と位置付けている。特に、コードレス製品、中でもエンジン式が主流であった園芸用機器(OPE)分野でのコードレス化推進は、その中核をなす取り組みである 8

マキタは、2005年に世界で初めてリチウムイオンバッテリーを採用したプロ用電動工具を市場投入して以来、コードレス製品のラインナップを積極的に拡大してきた 11。エンジン式工具は、使用時に排出ガスを出すため、気候変動や大気汚染への影響が懸念されてきた 10。これに対し、マキタのコードレスOPEは使用時に排出ガスを一切出さないため、脱炭素社会の実現に大きく貢献する 9

この戦略をさらに加速させるため、マキタはエンジン式製品の生産を終了するという重要な経営判断を下した 11。今後は、経営資源をコードレス製品の開発、生産、販売に集中させ、エンジン式と同等の性能を持つコードレス製品への移行を推進することで、脱炭素化への貢献を目指すとしている 11

このコードレス化への戦略的転換は、マキタにとって最大の排出源であるスコープ3(特に製品使用段階のカテゴリ11)への直接的な対策であり、事業成長と脱炭素化目標の達成を両立させようとする試みである 1。環境規制の強化や環境意識の高まりといった外部環境の変化をリスクとして捉えるだけでなく、それを事業機会へと転換し、コードレス市場におけるリーダーシップを確立しようとする積極的な姿勢がうかがえる。

第3章:資源循環の推進

廃棄物削減とリサイクル実績

マキタは、将来的な資源枯渇や廃棄物最終処分場の逼迫といった社会課題に対応するため、廃棄物の最終処分量削減(ゼロエミッション)に取り組んでいる 10。国内主要拠点(本社、岡崎工場、日進事業所)においては、廃棄物の最終処分率を0.5%以下に抑えるという「ゼロエミッション」目標を継続して達成しており、2023年度(2024年3月期)の実績は0.19%であった 8。同年度のこれら国内拠点からの排出物総発生量は2,992トンであった 8

一方で、マキタの生産活動の約9割を担う海外の生産子会社においては 7、2023年度の最終処分率は6.0%であり、国内拠点との間に大きな差が見られる 8。同年度の海外生産子会社からの排出物総発生量は13,727トン、グローバル全体での排出物等総排出量は16,719トンであった 8

マキタは、廃棄材料を再使用、リサイクル、または燃料として再生利用することを「再生(Saisei)」と定義している 19

国内拠点での高いリサイクル率達成は評価されるべきであるが、生産量の大部分を占める海外拠点での最終処分率が6.0%と比較的高い水準にあることは、グローバル全体での資源循環を推進する上での課題を示唆している 8。海外工場における廃棄物管理とリサイクル率の向上が、マキタ全体の資源効率性を高める上で不可欠な要素となる。

プラスチック使用量削減への取り組み

マキタは、使い捨てプラスチックの削減にも注力している。特に、製品梱包に使用されるポリ袋などのプラスチック削減に2020年度(2021年3月期)から取り組んでいる 7。具体的な施策としては、従来の包装の簡素化に加え、梱包に使用する緩衝材などの内材を工夫することでポリ袋の使用を削減する努力が進められている 7

この取り組みの初年度である2021年3月末時点で、年間約40トンに相当するプラスチック使用量の削減効果があったと報告されている 10。さらに、2021年度からは使用するポリ袋をバイオマス由来のものへ切り替え、2023年度からはポリ袋や製品のプラスチックケースの一部にリサイクル樹脂材料の導入も開始するなど、継続的に脱プラスチック化を推進している 8。製品自体にも環境配慮素材の導入が進められており、例えばグラインダーGA9060シリーズのモーターハウジングにはバイオマス素材が使用されている 7。今後もさらなるプラスチック削減を進める計画である 7。競合であるスタンレー・ブラック・アンド・デッカー(SBD)も、問題のあるプラスチックの削減や包装材の持続可能性向上を目標に掲げている 20

使用済みバッテリーの回収・再資源化

「コードレス製品の総合サプライヤー」として多数のバッテリー製品を供給するマキタにとって、使用済みバッテリーの適切な回収と再資源化は、環境保護と資源の有効活用の観点から極めて重要な課題であると認識されている 10

国内においては、「資源の有効な利用の促進に関する法律」に基づき、一般社団法人JBRC(Japan Portable Rechargeable Battery Recycling Center)のリサイクル会員として、使用済み小型二次電池(充電式電池)の自主回収および再資源化活動を推進している 8。全国の営業所(2024年3月末時点で129ヶ所)および本社を回収拠点として登録し、合計130ヶ所で回収を行っている 8

2023年度(2024年3月期)におけるJBRCを通じた国内の年間廃バッテリー回収量は以下の通りであった 8

  • ニカド電池 (Ni-cd): 4トン

  • ニッケル水素電池 (Ni-MH): 3トン

  • リチウムイオン電池 (Li-ion): 31トン

競合のTTIも、Call2Recycleなどのリサイクル団体と提携してバッテリー回収を進めている 13

ただし、現在公開されているバッテリーリサイクルに関する詳細情報は、主に日本国内の取り組みに限られている 8。マキタがグローバルに事業を展開し、コードレス工具を主力戦略としていることを考慮すると 11、欧州や北米などの主要な海外市場における同等の回収・リサイクルシステムの構築・運用状況に関する情報が不足している点は、グローバルな循環経済戦略における潜在的なギャップを示している可能性がある。

製品における環境配慮設計

マキタの環境配慮型製品開発の歴史は古く、1992年の製品アセスメント導入に始まり、1993年には「マキタ地球環境憲章」を制定し、本格的な取り組みを開始した 10。開発設計段階においては、継続的に以下の点に注力している 3

  • エネルギー効率の向上

  • 製品重量の軽量化

  • 製品寿命の長期化

  • 環境に配慮した材料の使用

  • リサイクル可能な設計

これらの取り組みの結果は、製品環境データシートとして公開されている 19

第4章:生物多様性の保全

保全方針と活動概要

マキタは、その環境基本理念において「生物多様性の保全に貢献するため、幅広い地球環境保全活動に取り組む」ことを明確に掲げており 3、全社的なコミットメントとしている。同社は、気候変動防止、廃棄物削減、汚染防止といった全ての環境保全活動が、結果として生物多様性の保全にも繋がるという考えに基づき、活動を推進している 8

具体的な取り組み事例

生物多様性保全に直接的・間接的に貢献する具体的な活動事例としては、以下のようなものが挙げられる。

  • 工場敷地内の緑化推進: 工場敷地内での緑化を進めている 8。例えば、2021年に完成した岡崎工場の新物流棟の植栽においては、ヤマボウシ、タブノキ、ソメイヨシノ、シダレザクラ、サツキ、イヌマキといった在来種を選定して植えている 8

  • 水質管理の強化: 公共用水域への排出水に関して、法律や条例で定められた基準よりも厳しい自主基準を設定し、水質管理を行っている 8

しかしながら、これらの取り組みは、主に事業拠点レベルでの環境管理や、他の環境目標(温暖化防止や廃棄物削減など)の副次的な効果として位置づけられている側面がある。生物多様性への影響は、原材料調達(金属、プラスチック、バッテリー材料の採掘など)や製品の廃棄段階など、バリューチェーンの広範囲に及ぶ可能性がある。現状の公開情報からは、マキタがこれらのバリューチェーン全体にわたる生物多様性リスクを体系的に評価し、管理するための具体的な戦略や、定量的な目標値、実績データに関する記述は限定的である 8。環境方針に明記されているものの、生物多様性保全という柱は、気候変動対策や資源循環と比較して、まだ具体的な戦略や測定可能な目標設定の段階には至っていない可能性がある。

第5章:環境関連のリスクと機会

気候関連リスクの分析

マキタが気候変動を重要な経営課題と認識し、TCFD提言に賛同していることは 8、同社が気候関連リスク(物理的リスク及び移行リスク)を特定し、管理するプロセスを有していることを示唆している。公開情報や事業内容から、マキタが直面する可能性のある主な気候関連リスクは以下のように推察される。

  • 規制リスク: より厳格な排出ガス基準(残存するエンジン製品や製造プロセスへの影響)、カーボンプライシング(炭素税や排出量取引制度)、バッテリーや電子廃棄物に対する拡大生産者責任(EPR)規制の導入・強化。

  • 市場リスク: 消費者やプロユーザーの需要が、より環境性能の高い、検証可能なサステナブル製品へとシフトすることによる、既存製品の陳腐化リスク。

  • 評判リスク: 環境目標の未達成や、競合他社に対する取り組みの遅れが、企業イメージの低下につながるリスク。

  • サプライチェーンリスク: 気候変動による異常気象等が、原材料の調達可能性やサプライヤーの操業に影響を与えるリスク 23。また、世界各地に点在する自社工場や販売拠点 7 が、洪水や高温などの物理的リスクにさらされる可能性。

事業機会の特定と活用

一方で、マキタは環境に関わる潮流を事業機会として捉え、積極的に活用しようとしている。

  • コードレス市場におけるリーダーシップ: 環境意識の高まりや規制強化を背景とした、特にOPE市場における脱エンジン化の流れを捉え、コードレス製品で市場をリードする機会 1。これには、アフリカなど成長の余地がある海外市場での新たな需要獲得も含まれる 17

  • 気候関連需要への対応: 自社製品を脱炭素化社会に貢献するソリューションとして位置づけ、環境性能を重視する顧客層からの需要を獲得する機会 17

  • コスト削減: 省エネルギー活動によるエネルギーコストの削減 10 や、廃棄物削減・資源効率向上によるコスト削減の可能性(間接的)。

  • ブランド価値向上: 環境意識の高い企業としての評価を高め、ブランドイメージを向上させる機会(間接的)。

特に、エンジン製品の生産終了を決定し、コードレス製品へ経営資源を集中させるというマキタの中核戦略は 11、気候変動に伴う移行リスクを、コードレス市場での成長という大きな事業機会へと転換しようとする積極的な姿勢の表れである。これは、環境メガトレンドを追い風として捉え、自社の競争優位性を築こうとする戦略的な動きと言える 9

第6章:電動工具業界における環境ベストプラクティス

マキタが事業を展開する電動工具業界では、環境負荷低減に向けた様々な先進的な取り組みが見られる。主要な競合他社の事例を中心に、業界のベストプラクティスを以下に概説する。

  • 炭素削減:

    • 科学的根拠に基づく目標設定(SBTi): ヒルティ 24、スタンレー・ブラック・アンド・デッカー(SBD)20、TTI 13 など、多くの主要企業がSBTi(Science Based Targets initiative)に準拠した、あるいはコミットした排出削減目標を設定し、第三者機関による検証を受けている。これは、パリ協定の目標達成に整合した野心的な目標設定が業界標準となりつつあることを示している。

    • 早期のカーボンニュートラル達成: ボッシュは2020年に 14、ヒルティは2023年に 15、それぞれ自社の事業活動(スコープ1・2)におけるカーボンニュートラルを達成したと報告している(ただし、これにはカーボンオフセットやクレジットの活用が含まれる場合がある)。

    • 再生可能エネルギーへの大規模投資: ボッシュは自社拠点での太陽光発電導入に加え、グリーン電力の購入を積極的に拡大している 12。多くの企業が再生可能エネルギーへの移行を加速させている。

    • スコープ3排出削減戦略: SBDはサプライヤーに対してSBTiに整合した目標設定を求めるなど 20、サプライチェーン全体での排出削減に注力している。TTIもスコープ3排出量のマッピングと削減目標(原単位)を設定している 25。製品使用段階の排出量が大きいこの業界では、スコープ3への取り組みが不可欠である。

  • 資源循環(サーキュラーエコノミー):

    • 製品の回収・再製造プログラム: ヒルティは、ツールフリートマネジメントサービスを通じて、製品の回収、修理、再利用を促進するビジネスモデルを展開している 16。SBDも製品リコンディショニングプログラムを実施し、廃棄物削減に貢献している 20

    • 耐久性・修理可能性の設計: 長寿命で修理しやすい製品設計は、資源消費を抑制する上で重要である。

    • 包装材の持続可能性: SBDは問題のあるプラスチックの排除や包装材のリサイクル性向上にコミットしている 20。TTIもエコパッケージングへの取り組みを進めている 13

    • バッテリーリサイクルのグローバル展開: TTIは北米のCall2Recycleに加え、欧州や他の地域のリサイクルパートナーとも連携し、グローバルなバッテリー回収網を構築している 13

    • 再生材利用: 製品への再生プラスチックや再生金属の利用率を高める動きも見られる。

  • 生物多様性保全:

    • (本レポート作成に使用した情報源からは、電動工具業界特有の生物多様性に関する先進的な取り組み事例は限定的であった。)一般的には、原材料(特に金属、レアアース、木材など)の持続可能な調達に関するサプライチェーン透明性の確保、事業拠点周辺の生態系保全活動、製品が環境に与える影響(例:OPEの騒音や排出ガスが生態系に与える影響)の評価などが考えられる。林業機械も手掛けるStihlやHusqvarnaなどは、森林保全に関連する取り組みを行っている可能性がある。

これらのベストプラクティスは、マキタが自社の環境戦略をさらに強化し、業界内でのリーダーシップを目指す上で参考となるであろう。

第7章:マキタの現状課題と推奨事項

目標達成に向けた課題評価

これまでの分析に基づき、マキタが環境目標を達成する上で直面している、あるいは今後直面する可能性のある主要な課題を以下のように評価する。

  • スコープ3排出量の圧倒的な比重: 総排出量の98.6%を占めるスコープ3排出量 8、特に製品使用段階(54.9%)と購入した製品・サービス(32.2%)からの排出を削減することは、2051年のネットゼロ目標達成に向けた最大の課題である。これには、継続的な製品イノベーションに加え、広範なサプライチェーン全体での協力体制構築が不可欠となる。

  • グローバルな取り組みの一貫性と水準: 国内拠点における廃棄物ゼロエミッション達成 8 など、優れた取り組みが見られる一方で、生産量の大部分を占める海外拠点における廃棄物最終処分率が比較的高い(6.0%)8 など、国内外でのパフォーマンスにギャップが存在する。再生可能エネルギー導入やバッテリーリサイクルプログラムについても、グローバルでの展開状況や実績に関する情報が限定的であり、全世界での一貫した高水準な取り組みの推進が課題となる可能性がある。

  • 生物多様性保全の具体化: 環境方針には生物多様性保全が明記されているものの 3、現状の取り組みは間接的なものが中心であり、バリューチェーン全体(特に原材料調達)におけるリスク評価や、測定可能な目標設定、具体的な保全活動といった点で、さらなる深化が必要である。

  • ESG評価における相対的位置: SustainalyticsによるESGリスク評価が「Medium(中程度)」であり 27、同評価で「Low(低程度)」を獲得しているボッシュ 28 などと比較すると、改善の余地がある。これは、開示情報の深度や特定の管理体制などが、一部の評価機関の基準において、トップレベルの競合他社に追いついていない可能性を示唆している。

  • サプライチェーンの複雑性: グローバルに広がる複雑なサプライチェーンにおける環境パフォーマンス(特にカテゴリ1の排出量)を管理・改善することは、継続的な課題である 8

今後の重点施策に関する提言

上記の課題を踏まえ、マキタが環境パフォーマンスをさらに向上させ、持続可能な企業としての地位を強化するために、以下の重点施策を提言する。

  • スコープ3削減戦略の深化:

    • サプライヤーエンゲージメント強化: スコープ3カテゴリ1排出削減のため、主要サプライヤーに対する環境目標設定の奨励(SBDの事例 20 など)や、協働での削減プロジェクトを推進する。サステナブルな原材料(再生材、低炭素素材等)の調達比率向上を目指す。

    • 製品エネルギー効率の継続的改善: スコープ3カテゴリ11削減のため、コードレス製品のさらなるエネルギー効率向上に向けた研究開発を継続する。

  • グローバルなベストプラクティスの展開:

    • 海外拠点の環境パフォーマンス向上: 国内で達成しているゼロエミッション等の優れた廃棄物管理手法を、主要な海外生産拠点へ展開・定着させる。

    • グローバルバッテリー回収網の構築: 日本国内だけでなく、主要な海外市場においても、使用済みバッテリーの効果的な回収・リサイクルスキームを構築・強化し、その実績を開示する。

  • 生物多様性への取り組み強化:

    • バリューチェーン全体のリスク評価: 原材料調達から製品廃棄に至るバリューチェーン全体における生物多様性への影響とリスクを評価する。

    • 具体的目標と行動計画: 評価に基づき、測定可能で具体的な生物多様性保全目標を設定し、サプライチェーンにおける持続可能な原材料調達方針の策定・実行など、ターゲットを絞った行動計画を策定・実施する。

  • ESG情報開示の拡充とSBTi認定取得:

    • 開示の質と量の向上: Sustainalytics, MSCI, CDPなどの主要なESG評価機関が重視する指標や開示項目を意識し、サステナビリティ報告における透明性と詳細度を高める。特に、リスク管理プロセスや目標達成に向けた具体的な進捗状況に関する情報を充実させる。

    • SBTi認定の取得: 競合他社(ヒルティ、SBD、TTI)13 に倣い、設定したGHG削減目標についてSBTiによる科学的根拠に基づいた目標としての認定を取得し、目標の信頼性とコミットメントを対外的に示す。

  • 再生可能エネルギー導入の加速:

    • グローバル展開の加速: 国内外の拠点におけるオンサイト太陽光発電設備の設置をさらに加速するとともに、電力購入契約(PPA)の活用なども含め、再生可能エネルギー比率の向上をグローバルに推進する。

第8章:競合他社の環境戦略分析

主要競合企業の特定と比較概要

マキタが事業を展開するグローバルな電動工具市場には、多数の競合企業が存在する。市場シェア、製品ポートフォリオ、ブランド認知度などを考慮すると、主要な競合企業として以下の企業が挙げられる。

  • スタンレー・ブラック・アンド・デッカー (Stanley Black & Decker, Inc. / SBD): DEWALT, Craftsman, Black+Deckerなどの有力ブランドを傘下に持ち、世界最大級の工具メーカー 29

  • ボッシュ (Robert Bosch GmbH): 電動工具部門に加え、自動車部品、産業機器、家電など多角的な事業を展開するドイツの巨大コングロマリット 29

  • テクトロニック・インダストリーズ (Techtronic Industries Co. Ltd. / TTI): Milwaukee, Ryobi (ライセンス), AEGなどのブランドを持ち、特にコードレス技術で急速にシェアを拡大している香港拠点の企業 18

  • ヒルティ (Hilti Corporation): 建設プロフェッショナル向けの高価格・高性能な製品・サービスに特化したリヒテンシュタインの企業 30

  • 工機ホールディングス (Koki Holdings Co., Ltd.): HiKOKI(旧日立工機)ブランドを展開する日本のメーカー。マキタの国内における主要な競合の一つ 32

  • その他: OPE分野ではHusqvarna 29 やStihl 29、特定の地域や製品分野ではSnap-on 29、京セラ(RYOBIパワーツール事業を継承)31 なども競合となり得る。

市場シェアに関する情報(2023年頃のデータに基づく推定)では、SBD、TTIがトップグループを形成し、マキタ、ボッシュ、ヒルティがそれに続くポジションにあると見られている 31

競合企業の環境イニシアチブ・パフォーマンス概観

主要な競合他社の環境戦略と取り組みの概要は以下の通りである。

  • スタンレー・ブラック・アンド・デッカー (SBD):

    • SBTiに整合した排出削減目標を設定 20

    • 循環型設計に注力し、特に包装材の持続可能性向上と問題のあるプラスチックの削減を推進 20

    • サプライチェーン排出量(スコープ3)の削減目標を設定し、サプライヤーにも目標設定を要求 20

    • 過去にはCDP評価で気候変動・水セキュリティの両方で最高評価「Aリスト」を複数年獲得するなど、高い環境パフォーマンスを示してきた実績がある 39

    • 近年の財務報告では、サプライチェーン変革を通じたコスト削減と効率化を重視している 41

  • ボッシュ (Bosch):

    • 2020年にスコープ1・2でのカーボンニュートラルを達成したと主張 14

    • エネルギー効率向上、再生可能エネルギー発電(太陽光など)、グリーン電力購入を気候中立化の主要な手段としている 12

    • 製品設計、材料、循環経済、サプライチェーン、協働といった多岐にわたる分野でサステナビリティを推進 12

    • ISO 14001(環境)、ISO 45001(労働安全衛生)、ISO 9001(品質)の認証を取得 12

    • 全体的にESG評価機関からの評価が高い傾向にある 28

  • テクトロニック・インダストリーズ (TTI):

    • コードレス技術におけるリーダーシップを環境面での強みとして強調 25。製品のエネルギー効率、排出ガス・騒音・振動の低減、ユーザーの安全(粉塵対策など)に注力 25

    • バッテリーリサイクルに関して、Call2Recycle(北米)や欧州のパートナーとグローバルに連携 13

    • スコープ3排出量のマッピングを実施し、カテゴリ1(購入物品・サービス)とカテゴリ4(上流輸送)について原単位での削減目標を設定 25

    • SBTiへのコミットメントを表明 13

    • TCFD提言に沿った気候リスク分析を実施 13

    • 近年の財務パフォーマンスは好調で、売上・利益ともに成長している 45

  • ヒルティ (Hilti):

    • SBTiにコミットし、2050年までのネットゼロ目標と、2032年までの中期目標(スコープ1・2で50%削減、スコープ3で30%削減)を設定、SBTiによる検証済み 15

    • 2023年にスコープ1・2でのCO₂ニュートラルを達成 15

    • 循環経済を重視し、製品ライフサイクル全体(設計、生産、修理、再利用)での価値最大化を目指す。ツールフリートマネジメントがその一例 16

    • 建設現場の生産性向上と廃棄物削減に貢献するソフトウェアやデジタルソリューションにも注力 16

    • サステナビリティ推進のために数億スイスフラン規模の投資を計画 15

これらの競合他社の取り組みは、業界全体として気候変動対策や資源循環への意識が高まっていることを示しており、マキタが自社の戦略を策定・実行する上で重要な比較対象となる。

第9章:環境スコア・ESG評価によるベンチマーキング

マキタ及び主要競合企業の評価結果

企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みやパフォーマンスを評価する外部機関のレーティングは、企業の相対的な立ち位置を把握する上で有用な情報源となる。ただし、評価機関ごとに異なる評価方法論、評価基準、対象範囲、さらには同一企業であっても業種分類が異なる場合があるため、結果の解釈には注意が必要である 48。以下に、マキタおよび主要な競合他社について、公開されている主なESG評価機関(Sustainalytics, MSCI, CDP, S&P Globalなど)による評価結果を記述する。

  • 株式会社マキタ (Makita Corp.):

    • Sustainalytics: ESGリスクレーティングは 27.3 で、「Medium Risk(中程度リスク)」に分類される。機械(Machinery)産業グループ内では584社中180位(リスクが低い方から数えて)。リスクエクスポージャーは「Medium」、リスクマネジメントは「Average(平均的)」と評価されている(2023年7月最終更新、2024年5月時点)27

    • MSCI ESG Ratings: (公開情報からは特定できず。MSCIの検索ツール 50 での確認が必要)

    • CDP: (公開情報からは特定できず。CDPウェブサイトでの確認が必要)

  • スタンレー・ブラック・アンド・デッカー (Stanley Black & Decker, Inc.):

    • Sustainalytics: ESGリスクレーティングは 26.2 で、「Medium Risk(中程度リスク)」。機械(Machinery)産業グループ内では587社中146位。リスクエクスポージャーは「Medium」、リスクマネジメントは「Average」と評価されている(2024年4月最終更新、2024年5月時点)51

    • CDP: 2021年に気候変動および水セキュリティの両方で最高評価である「Aリスト」入り(ダブルA)を達成(4年連続)39。 (より新しい評価の確認が必要)

    • MSCI ESG Ratings: (公開情報からは特定できず)

    • S&P Global ESG Score: (公開情報からは特定できず)

  • ボッシュ (Robert Bosch GmbH):

    • Sustainalytics: ESGリスクレーティングは 15.5 で、「Low Risk(低程度リスク)」。自動車部品(Auto Components)産業グループ内では247社中37位。リスクエクスポージャーは「Low」、リスクマネジメントは「Strong(強固)」と評価されている(2023年9月最終更新、2025年1月時点)28

    • CDP: 気候変動で「A」、水セキュリティで「B」の評価を受けている 44

    • ISS ESG:B- Prime」ステータス(業界のサステナビリティリーダー)を獲得 44

    • MSCI ESG Ratings:A52 または「AA49 と報告されている例があるが、ボッシュ自身のウェブサイトでは直接的なレーティングレベルは示されていない 44。MSCIのツール 50 での確認が望ましい。

    • EcoVadis: ゴールドメダル(71/100ポイント、過去評価)44

  • テクトロニック・インダストリーズ (Techtronic Industries Co., Ltd. / TTI):

    • Sustainalytics: ESGリスクレーティングは 25.1 で、「Medium Risk(中程度リスク)」。耐久消費財(Consumer Durables)産業グループ内では206社中155位。リスクエクスポージャーは「Medium」、リスクマネジメントは「Average」と評価されている(2024年12月最終更新)54。Morningstarサイトでは 25.12 (Medium Risk) と表示されている 55

    • S&P Global ESG Score: 40/100 (2024年8月時点)。これは公開情報とモデリングに基づくスコアであり、同社がCSA調査に積極的に参加した結果ではない可能性がある 56

    • MSCI ESG Ratings: (公開情報からは特定できず)

    • CDP: (公開情報からは特定できず)

  • ヒルティ (Hilti Corporation):

    • 具体的なESGスコアは公開情報から特定できなかったが、SBTiへのコミットメント 15 や年次サステナビリティレポートの発行 24 など、積極的な情報開示姿勢が見られる。

このベンチマーキングから、いくつかの傾向が読み取れる。まず、ボッシュは複数の評価機関から高い評価(特にSustainalyticsでLow Risk)を得ており、ESGパフォーマンスにおいて業界をリードする存在と見なされている可能性が高い 28。マキタ、SBD、TTIは、Sustainalyticsの評価では中程度のリスクレベルに位置付けられている 27。マキタのスコア(27.3)は、SBD(26.2)やTTI(25.1)と比較してわずかに高い(リスクが大きい)が、産業グループ分類の違い(マキタとSBDは機械、TTIは耐久消費財)も考慮する必要がある。SBDは過去にCDPで高い評価を得ており 39、TTIはS&P Globalのスコアが開示されている 56

マキタにとって、Sustainalyticsの「Medium Risk」評価は、同社が設定している意欲的な目標(2040/2050年ネットゼロなど)8 に比して、外部評価機関によるリスク管理体制や情報開示の質に対する評価が、まだトップレベルには達していない可能性を示唆している。評価機関が重視する特定の側面(例えば、サプライチェーン管理の詳細度、定量的なリスク評価、ガバナンス体制の開示など)において、改善の余地があるのかもしれない。

また、この比較は、ESG評価の複雑性も浮き彫りにしている。評価機関による方法論の違い(リスク評価 vs パフォーマンス評価)、評価尺度の多様性(AAA-CCC, A-F, 数値スコアなど)、そして多角的な事業を持つ企業(ボッシュやTTIなど)に対する業種分類の不一致などが、単純な比較を困難にしている 48。したがって、単一の評価機関の結果だけでなく、複数の評価を総合的に参照し、その限界を認識した上で、自社の相対的なポジションを理解することが重要である。

業界内での相対的ポジショニング

総合的に見ると、マキタは長年にわたる環境方針の運用 8、脱炭素化に貢献するコードレス戦略への明確なシフトとエンジン製品生産終了という大胆な決断 11、国内拠点における高い廃棄物リサイクル率の達成 8 など、環境パフォーマンスにおいて確かな強みを持っている。特に、事業戦略と環境目標(スコープ3削減)を整合させるコードレス化への注力は、将来の成長機会を捉える上で重要な要素である。

一方で、改善の余地も存在する。最大の課題は、スコープ3排出量の削減、特にサプライチェーン(カテゴリ1)における具体的な取り組みの強化である。また、海外拠点における環境パフォーマンス(廃棄物管理など)の向上とグローバルなプログラム(バッテリーリサイクルなど)の一貫性確保、生物多様性保全に関する戦略の具体化と目標設定、そして主要なESG評価機関からの評価向上などが挙げられる。

競合他社との比較では、ボッシュのような総合的なESGリーダーに対してはまだ差があるものの、SBDやTTIといった他の主要プレイヤーとは、取り組み内容や評価において一長一短があり、激しい競争環境にあると言える。マキタが掲げる「Strong Company(強い会社)」1 を実現するためには、これらの課題に着実に取り組み、環境面での持続可能性をさらに高めていくことが不可欠である。

結論

マキタの環境パフォーマンスの総括

本レポートでは、株式会社マキタの環境イニシアチブとパフォーマンスについて、気候変動、資源循環、生物多様性の3分野を中心に包括的な分析を行った。マキタは、1998年制定の環境方針に基づき、長年にわたり環境保全活動に取り組んできた 8。近年では、TCFD提言への賛同 9 や、スコープ1・2排出量の2040年度実質ゼロ、スコープ3排出量の2050年度実質ゼロという意欲的な目標を設定するなど 8、気候変動対策を加速させている。特に、使用時に排出ガスを出さないコードレス製品(特にOPE)への戦略的シフトと、エンジン製品生産の終了決定は 11、最大の排出源であるスコープ3削減への貢献と事業成長を結びつける重要な取り組みである。資源循環においては、国内拠点での廃棄物ゼロエミッション達成 8 や、プラスチック使用量削減 8、国内でのバッテリーリサイクルプログラム 8 などが進められている。生物多様性保全も基本理念に掲げられているが 3、具体的な取り組みはまだ発展途上にある。

主要な強み、弱み、競合比較

マキタの環境面での強みは、以下の点が挙げられる。

  • 早期からの環境方針策定とISO14001認証取得によるマネジメント基盤 8

  • 脱炭素化と事業戦略を強く連携させたコードレス化への注力とエンジン製品撤退の決断 11

  • 国内拠点における高い廃棄物リサイクル率(ゼロエミッション達成)8

  • 明確な長期(2040/2050年)ネットゼロ目標の設定 8

一方で、弱みまたは今後の課題としては、以下の点が考えられる。

  • 総排出量の大部分(98.6%)を占めるスコープ3、特にサプライチェーン(カテゴリ1)排出削減の具体策と進捗 8

  • 海外生産拠点における廃棄物管理など、グローバルでの環境パフォーマンスの一貫性と向上 8

  • グローバルなバッテリー回収・リサイクル体制の構築と情報開示。

  • 生物多様性保全に関するバリューチェーン全体でのリスク評価と具体的な目標・行動計画の策定。

  • 主要ESG評価機関(例:Sustainalytics)における評価が、一部のトップ企業と比較して中位に留まっている点 27

競合比較においては、ボッシュが総合的なESGパフォーマンスで先行している一方、SBDやTTIとは分野によって優劣があり、激しい競争下にある。SBTi認定取得やサプライヤーエンゲージメント、グローバルな循環経済プログラムなど、競合他社の先進的な取り組みは、マキタが今後注力すべき分野を示唆している。

最終的な推奨事項と今後の展望

マキタが持続可能な社会への貢献と企業価値向上を両立させるためには、以下の点が重要となる。

  1. スコープ3削減の加速: サプライヤーとの連携強化、再生材利用拡大、製品エネルギー効率の更なる向上により、スコープ3排出削減を具体的に推進する。

  2. グローバル・スタンダードの確立: 国内外の拠点で環境パフォーマンスの標準化と向上を図り、特に廃棄物管理とバッテリーリサイクルにおいてグローバルな体制を構築・強化する。

  3. 生物多様性戦略の具体化: バリューチェーン視点でのリスク評価に基づき、測定可能な目標と具体的な行動計画を策定・実行する。

  4. 情報開示の質の向上とSBTi認定: ESG情報開示を拡充し、透明性を高める。設定したGHG削減目標についてSBTi認定を取得し、コミットメントの信頼性を高める。

マキタは、その技術力とグローバルな事業基盤、そして「Strong Company」を目指す経営姿勢 1 を活かし、これらの課題に取り組むことで、環境面でのリーダーシップを発揮し、持続可能な電動工具・園芸用機器市場を牽引していくポテンシャルを有している。今後の積極的な取り組みと成果の発信が期待される。

参考文献