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アステラス製薬株式会社の環境パフォーマンスに関する包括的分析レポート

更新日:2025年4月30日
業種:製造業(3333)

1. 序論

1.1 アステラス製薬株式会社の概要と本報告書の目的

アステラス製薬株式会社(以下、アステラス製薬)は、「科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」というVISIONを掲げ、革新的な医療ソリューションの創出と提供を通じてグローバルに事業を展開する研究開発型の製薬企業です 1。2005年の発足以来、アンメットメディカルニーズの高い領域に注力し、持続的な成長を目指してきました 1。近年の企業経営においては、財務的側面だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といった非財務的側面への配慮が、持続可能な企業価値向上の上で不可欠な要素として認識されています。

本報告書は、アステラス製薬における環境側面の取り組み、特に「気候変動への対応」「資源循環の推進」「生物多様性の保全」という3つの重要領域に焦点を当て、その戦略、具体的な施策、パフォーマンス、関連するリスクと機会、そして業界内での位置づけを包括的かつ学術的な視点から深く分析することを目的としています。分析にあたっては、同社が公開している統合報告書、EHS(環境・健康・安全)報告書、サステナビリティ関連ウェブ情報、およびCDP、MSCI、Sustainalyticsといった外部評価機関のデータ、競合他社の情報など、入手可能な公開情報を基盤とします 1

本報告書を通じて、アステラス製薬の環境パフォーマンスに関する詳細な情報を体系的に整理し、同社の環境スコア算出に資する基礎データを提供するとともに、今後の環境戦略の方向性や課題に対する洞察を提供することを目指します。特に、製薬業界特有の課題や機会を踏まえつつ、客観的かつ多角的な分析を試みます。

1.2 分析対象領域とアプローチ

本報告書の分析は、アステラス製薬が環境側面で優先的に取り組むべきテーマとして特定していると考えられる「気候変動への対応」「資源循環の推進」「生物多様性の保全」の3領域を主軸とします。これらの領域は、地球環境の持続可能性に対する影響が大きく、また、製薬企業の事業活動とも密接に関連しています。

各領域について、以下の項目を網羅的に分析します。まず、アステラス製薬が設定している具体的な目標やコミットメントを特定します。次に、それらの目標達成に向けた具体的な施策やプログラムの内容、そして報告されているパフォーマンスデータを詳細に記述します。さらに、これらの環境要因に関連してアステラス製薬が直面する可能性のある潜在的なリスク(規制、市場、評判など)と、新たな事業機会についても考察します。加えて、製薬業界における環境先進企業のベストプラクティス事例を紹介し、アステラス製薬の取り組みを相対的に評価します。競合他社の環境戦略やパフォーマンス、外部評価機関による環境スコアの比較分析を通じて、同社の業界内でのポジショニングを明らかにします。最後に、これまでの分析結果を踏まえ、アステラス製薬が現在抱える課題を特定し、今後の持続可能な成長に向けて注力すべき領域や具体的な改善策について提言を行います。

分析アプローチとしては、学術的な厳密性を担保するため、データや事例に基づいた客観的な記述を心がけます。情報の解釈にあたっては、その背景や文脈、潜在的な意味合いについても可能な限り言及します。報告書の構成においては、見出しレベル4までを使用し、構造化された形式を採用します。ただし、ユーザーからの指示に基づき、本報告書では表形式、箇条書き、リスト形式を一切使用せず、全ての情報、データ、比較分析結果を文章形式(ナラティブ形式)のみで記述します。これにより、各情報の文脈や繋がりをより深く理解できる記述を目指します。

2. アステラス製薬の環境戦略とガバナンス

2.1 企業憲章と環境コミットメント

アステラス製薬の環境に対する基本的な姿勢は、同社の企業活動の根幹をなす「アステラス企業憲章」に明確に示されています。この憲章において、「企業活動と地球環境の調和は経営の必須条件であることを強く認識し、地球環境の改善のために主体的に行動する」と規定されています 4。この一文は、環境問題への対応が単なる社会的責任の履行にとどまらず、事業継続と成長のための必須要件であるという強い認識を示しており、同社のあらゆる環境関連活動の基盤となる理念と位置づけられます。持続的な成長を達成するためには、エネルギー消費、気候変動、環境汚染、廃棄物処理といった、事業活動が地域や地球環境に与える影響を経営上の重要課題として捉え、主体的に取り組むことの重要性を強調しています 4

2.2 全体方針と重要課題(マテリアリティ)

アステラス製薬は、企業理念の実践と持続可能な社会への貢献を目指す上で、環境課題への取り組みを経営戦略の中核に据えています。2021年5月に策定された「経営計画2021」においては、「サステナビリティ向上の取り組みを強化」することが戦略目標の一つとして明確に掲げられました 1。この戦略目標の下、アステラス製薬が取り組むべき重要な社会課題とその優先度を整理したマテリアリティ・マトリックスが改定され、「環境負荷低減」が優先的に取り組むべきマテリアリティ(重要課題)の一つとして特定されました 9。具体的には、エネルギー使用、気候変動、環境汚染、廃棄物処理など、地域環境に影響を与える課題を重要な要素として認識し、これらの負荷低減に取り組む方針です 4

経営計画の戦略目標に「サステナビリティ向上」を、そしてマテリアリティに「環境負荷低減」を組み込んでいる事実は、アステラス製薬において環境課題への対応が、単なる付随的なCSR活動ではなく、事業戦略そのものと不可分な重要事項として認識されていることを強く示唆しています 1。経営計画やマテリアリティは、企業が経営資源を重点的に配分し、達成を目指す最重要課題を示すものです。そこに環境関連の目標が含まれていることは、トップマネジメントレベルでの強いコミットメントが存在し、環境パフォーマンスの向上が経営評価や長期的な企業価値創造に直接的に貢献するという認識が組織内で広く共有されている可能性が高いことを意味します。

2.3 サステナビリティ推進体制

アステラス製薬では、環境を含むサステナビリティ課題への取り組みを組織的に推進するためのガバナンス体制が構築されています。環境に関する基本方針や具体的な行動計画の策定、進捗管理といった重要事項は、サステナビリティに関する専門委員会である「サステナビリティ委員会」において議論されます 6。この委員会での議論内容は、経営上の重要事項として取締役会に定期的に報告され、必要に応じて審議・決定が行われる体制となっています 5

さらに、環境に関連するリスク管理については、専門部署がそのモニタリングを担当し、リスク評価や対応策の検討を行っています。その結果は定期的にCAO(Chief Administrative Officer)およびCECO(Chief Ethics & Compliance Officer)に報告され、必要に応じて指示が出される仕組みが運用されています 5。気候変動を含む特に重要な環境リスクについては、執行役員会や取締役会で議論され、経営判断が行われます 5

このような推進体制は、環境課題への対応が経営層の監督下で進められ、専門的な知見を持つ委員会や部署が具体的な戦略策定と実行を担っていることを示しています。取締役会レベルでの議論が行われることは、最高レベルの監督機能が有効に働いている証左と言えます。また、サステナビリティ委員会や専門部署の設置は、戦略の具体化と着実な実行を担保する上で重要です。特に、環境リスクがCAO/CECOへの報告ラインに含まれ、リスクマネジメントプロセスに組み込まれている点は、環境課題がコンプライアンス上のリスク、ひいては経営管理上の重要リスクとしても認識され、単なる目標設定に留まらない実践的な対応が組織全体で体系的に管理されていることを示唆しています 5

2.4 TCFD提言への賛同と情報開示

アステラス製薬は、気候変動がもたらす財務的影響に関する情報開示の重要性を認識し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD: Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の提言に賛同しています 4。この賛同に基づき、TCFDが推奨する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの開示項目に沿った情報開示を積極的に進めています 4。具体的には、気候変動に関連するリスクと機会についてシナリオ分析等を行い、その結果や対応策について、統合報告書、EHS報告書、および自社ウェブサイトのサステナビリティ関連セクションを通じて開示しています 5

エネルギー使用量の状況やGHG排出量データ(スコープ1, 2, 3)、資源の有効利用、環境汚染防止策など、様々な環境側面の変化への対応状況についても、透明性の高い情報開示を継続的に行っています 4。近年では、ESGデータ管理基盤としてIBM Envizi ESG Suiteのような外部ツールを導入し、データ収集・管理・報告プロセスの効率化と高度化を図る動きも見られます 15。これは、欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)など、今後強化される可能性のある規制開示要件への対応準備を進める意図もあると考えられます 16。TCFD提言への賛同とそれに基づく積極的な情報開示は、アステラス製薬が気候変動課題を重要な経営課題と捉え、ステークホルダーに対する説明責任を果たそうとする姿勢の表れと言えます。

3. 気候変動への対応

3.1 目標とコミットメント

3.1.1 GHG排出削減目標

アステラス製薬は、気候変動問題への対応として、科学的根拠に基づいた意欲的な温室効果ガス(GHG)排出削減目標を設定し、その達成に向けて取り組んでいます。同社は、自社の事業活動から直接排出されるGHG(スコープ1)および購入したエネルギーの使用に伴う間接的なGHG排出(スコープ2)を合わせたScope 1+2排出量について、2030年度までに2015年度比で63%削減するという目標を掲げています 6。この目標は、パリ協定が目指す世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5℃に抑えるという目標と整合する水準であり、科学的根拠に基づく目標設定を推進する国際的なイニシアチブであるSBTi(Science Based Targets initiative)から認定を受けています 7

さらに、サプライチェーン全体での排出量、すなわちスコープ3排出量についても、2030年度までに2015年度比で37.5%削減するという目標を設定しています 6。この目標は、パリ協定の「2℃を十分に下回る(Well-below 2°C)」水準に整合するものとして、同じくSBTiの認定を受けています 7。注目すべき点として、アステラス製薬は当初設定していた2℃目標に基づくScope 3削減目標を、SBTiが求める5年ごとの見直し期限よりも1年早く前倒しで見直し、より野心的なWB2℃目標へと変更しました 7。これは、気候変動対策への取り組みを加速させようとする同社の積極的な姿勢を示すものと考えられます。

長期的な目標としては、2050年までにバリューチェーン全体(スコープ1、2、3)でGHG排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の達成を目指す方針を2023年2月に表明しています 6。具体的には、2015年度を基準として排出量を90%削減し、残りの10%については除去技術などを活用して中和(Neutralization)することを目指しています 6。SBTi認定を受けた1.5℃目標(Scope 1+2)およびWB2℃目標(Scope 3)、そして2050年ネットゼロ目標の設定は、アステラス製薬が気候変動対策において国際的な要請に応える高い目標水準を掲げていることを示しています。これらの目標設定は、気候変動に関連するリスクを低減し、低炭素社会への移行に伴う機会を捉えようとする戦略的な意図を反映していると考えられます。

3.1.2 再生可能エネルギー導入

アステラス製薬は、GHG排出量削減の重要な手段として、再生可能エネルギーの利用拡大を積極的に推進しています 6。具体的な導入率に関する数値目標は現時点では策定検討中とされていますが 6、国内外の拠点で導入を進めています。例えば、茨城県にある筑波研究センター、つくばバイオ研究センター、高萩技術センターの3事業所においては、2020年4月より購入電力を100%水力発電由来の電力プランに切り替えています 6。また、アイルランドにあるケリー工場では、風力発電設備やバイオマス(木質チップ)を燃料とするボイラーシステムを導入し、再生可能エネルギーの活用を進めています 6。研究施設への太陽光パネル設置も推進しており 6、グローバル全体での再生可能エネルギー比率の向上を目指しています。再生可能エネルギー導入への取り組みは、Scope 2排出量の削減に直接的に貢献するだけでなく、エネルギーコストの変動リスク低減や、企業の環境イメージ向上にも繋がる重要な施策と位置づけられます。

3.1.3 エネルギー効率改善

GHG排出量削減とエネルギーコスト抑制の観点から、アステラス製薬はエネルギー効率の向上にも継続的に取り組んでいます 6。最新の省エネルギー技術を導入し、既存設備の運用最適化を図ることで、エネルギー消費量そのものを削減することを目指しています 6。具体的な取り組みとしては、各施設におけるエネルギー使用状況を可視化し管理するためのエネルギー監視システムの導入、エネルギー効率の高い空調設備への更新、LED照明の導入などが挙げられます 6。また、研究・生産拠点においては、燃料として都市ガス、LPG(液化石油ガス)、LNG(液化天然ガス)を燃焼させるボイラーを採用することで、より排出係数の高い燃料からの転換を図っています 17。EHSレポート等ではエネルギー効率改善に関する具体的な数値目標は明記されていませんが 6、これらの地道な省エネルギー活動が、全体のエネルギー消費量削減とGHG排出量抑制に貢献していると考えられます。

3.2 具体的な取り組みと実績

アステラス製薬は、設定した気候変動目標を達成するために、多岐にわたる具体的な施策を実施し、その成果を報告しています。施策としては、製造拠点や研究施設における再生可能エネルギーの導入が挙げられます。太陽光パネルの設置推進 6 や、購入電力の再生可能エネルギー由来電力への切り替え 6 が進められています。アイルランドのケリー工場では、ソーラーパネル、風力発電、バイオマスボイラーを複合的に導入しており、さらに従業員の要望を受けて敷地内に約20カ所の電気自動車(EV)用充電スタンドを設置するなど、従業員参加型の取り組みも見られます 18。エネルギー効率改善の面では、エネルギー監視システムの導入、省エネ型空調設備への更新、LED照明の導入などが実施されています 6。燃料転換としては、都市ガス、LPG、LNGを燃料とするボイラーの採用が進められています 17。また、事業活動に伴う移動からの排出削減策として、営業用車両をハイブリッド車や電気自動車へ切り替える取り組みも行われています 17

これらの取り組みの結果、2023年度(日本の事業所は2023年4月~2024年3月、海外事業所は2023年1月~12月)の実績として、Scope 1排出量は59,203トン、Scope 2排出量は63,047トン、合計したScope 1+2排出量は122キロトンであったと報告されています 6。これは、2015年度比で見ると削減が進んでいると考えられますが、具体的な削減率の記載はこの部分では確認できませんでした。総エネルギー消費量は2,005テラジュールであり、前年度と比較して2.1%の減少を示しました 6。再生可能エネルギーの使用量は373テラジュールに達し、内訳としては再生可能エネルギー由来の電力が86%、バイオマス(木材)が13%、風力が2%、太陽光・地熱が0.3%となっています 6。総電力使用量(購入電力と自家発電の合計)に占める再生可能エネルギー由来の電力の割合は40%(91 GWh)でした 6

バリューチェーン全体での排出量を示すスコープ3については、継続的に把握範囲の拡大に努めており、2023年度より新たにカテゴリ1(購入した製品・サービス)およびカテゴリ9(サプライチェーン下流の輸送・配送)に伴うGHG排出量の開示を開始しました 14。2023年度のスコープ3排出量の合計は1,121キロトンと報告されており、その中で最大の排出源はカテゴリ1の「購入した製品・サービス」で、857,945トンに上ります 14。これに次いでカテゴリ2「資本財」が178,421トンとなっています 14。Scope 1, 2, 3を合計したバリューチェーン全体のGHG排出量は1,244キロトンと算出されています 14

これらの実績データは、アステラス製薬のカーボンフットプリントにおいて、スコープ3、特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)が極めて大きな割合(バリューチェーン全体の約69%)を占めていることを明確に示しています 14。この排出構造は、多くの製造業、特に複雑なサプライチェーンを持つ製薬業界において共通して見られる傾向ですが、アステラス製薬自身のネットゼロ目標達成のためには、自社の直接的な排出削減努力だけでは不十分であり、サプライヤーとの連携を通じたスコープ3排出量の削減が不可欠であることを裏付けています 2。同社がサプライヤーとのエンゲージメント強化に注力し 2、ビジネスパートナーサミットを開催していること 2 は、この課題認識に基づいた戦略的な対応と言えます。サプライヤー側の排出量削減能力や協力体制、そして排出量データの収集・算定精度が、アステラス製薬自身の目標達成を左右する重要な要因となります。

また、再生可能エネルギーの導入状況を見ると、グローバル全体での再エネ電力比率が40% 6 というのは着実な進捗を示す一方で、100%達成という目標(具体的な目標設定は検討中だが、業界の潮流としては100%を目指す方向にある)にはまだ距離があります。アイルランドのケリー工場 18 や茨城県の3事業所 6 のように、特定の拠点では既に100%達成やそれに近い水準を実現している先進事例が存在します。しかし、これらの事例とグローバル平均値との間にはギャップがあり、これは再生可能エネルギーの調達可能性やコスト、関連インフラの整備状況が地域によって大きく異なることを反映している可能性が高いと考えられます。したがって、グローバル全体での再生可能エネルギー導入目標を達成するためには、電力購入契約(PPA)、再生可能エネルギー証書の購入、自家発電設備の設置など、各地域の特性に応じた多様なアプローチを組み合わせること、そして場合によっては更なる投資が必要となるでしょう。

3.3 TCFDに基づくリスクと機会

アステラス製薬は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき、気候変動が同社の事業活動や財務状況に及ぼす潜在的なリスクと機会について分析し、その結果を開示しています 4

リスク分析においては、物理的リスクと移行リスクの両面から評価を行っています 13。物理的リスクとしては、洪水や台風といった異常気象の激甚化・頻発化による急性リスクと、平均気温の上昇や降水パターンの変化といった慢性リスクが考慮されています 13。急性リスクの例としては、自社の製造・研究拠点やサプライヤーの施設が被災し、操業停止やサプライチェーンの寸断に至る可能性が挙げられます 13。慢性リスクとしては、気温上昇や水資源の変化が、医薬品の原料となる天然資源の調達や、温度管理等が重要な製造プロセスに影響を及ぼす可能性などが考えられます 13

移行リスクとしては、低炭素社会への移行に伴う政策・規制、技術、市場、評判に関連するリスクが分析されています 13。政策・規制リスクでは、炭素税の導入や排出量取引制度の強化による事業コストの増加、環境規制の強化に伴う既存設備への追加投資の必要性などが挙げられます 13。技術リスクとしては、省エネルギー技術や低炭素な製造プロセスへの転換が遅れた場合に競争力が低下する可能性が考えられます 13。市場リスクでは、環境意識の高まりによる低炭素製品への需要シフトや、逆に環境負荷の高い製品・サービスに対する需要減少の可能性が指摘されます 13。評判リスクとしては、気候変動対策への取り組みが不十分であると社会や投資家から認識された場合に、企業イメージやブランド価値が損なわれる可能性が挙げられます 13

一方で、これらのリスクへの対応は、新たな事業機会にも繋がり得ると分析されています 13。例えば、物理的リスクへの対応として、富山技術センターで計画されているような洪水対策(防水壁設置、設備の高所移設、非常用発電機設置など)への投資は、事業継続性の向上という機会に繋がります 13。移行リスクへの対応策である省エネルギー投資や再生可能エネルギー導入の推進は、炭素税等のコスト増加を抑制するだけでなく、エネルギーコストそのものの削減や、エネルギー自給率向上による安定供給確保、さらには企業の環境先進性を示すことによる競争優位性の確立といった機会をもたらします 13。また、電気自動車(EV)へのシフト検討 13 や、環境負荷の低い製品・包装の開発(例:バイオマスPTPシート 2)、サプライチェーン全体での排出量削減への貢献は、市場からの評価向上や新たな顧客ニーズの獲得に繋がる可能性があります 13。積極的かつ透明性の高い情報開示やステークホルダーとの対話を通じて、気候変動への取り組み姿勢を示すことは、評判リスクを低減し、投資家からの信頼を得て企業価値を高める機会となり得ます 13

このように、TCFDフレームワークに沿った分析を通じて、気候変動は単なるリスク要因ではなく、適切な対応を行うことで新たな価値創造や競争力強化に繋がる機会でもあるという認識が示されています 13。リスクへの対応策が同時に事業機会を生み出す可能性があるという視点は、気候変動対策を単なるコスト負担として捉えるのではなく、将来の成長に向けた戦略的な投資として位置づける上で重要です。アステラス製薬が、リスクと機会の両面から気候変動問題を捉え、戦略に反映させようとしている姿勢は、持続可能な経営を目指す上で評価されるべき点と言えるでしょう。

4. 資源循環の推進

4.1 目標とコミットメント

アステラス製薬は、事業活動における資源の効率的な利用と廃棄物の削減を通じて、循環型経済への貢献を目指しています。そのための具体的な目標として、まず廃棄物削減に関しては、国内外の研究・生産拠点における売上高あたりの廃棄物発生量を、2025年度末までに2016年度を基準として約10%改善することを掲げています 6。さらに、廃棄物の最終処分形態として環境負荷が大きいとされる埋立処分量を、可能な限りゼロに近づけることも目指しています 6

水資源に関しては、その有効活用と消費量削減を図るため、水資源生産性(売上高を水使用量で除した値)を指標として設定し、2025年度末までに2016年度比で約20%向上させることを目標としています 6

また、近年世界的に問題視されているプラスチック廃棄物についても目標を設定しており、日本国内の事業活動から発生するプラスチック廃棄物に関して、リサイクル率の向上を図るとともに、年間の発生量そのものを250トン未満に維持することを目指しています 6。これらの目標は、資源の枯渇リスクや廃棄物処理に伴う環境負荷、水ストレスといった課題に対応し、持続可能な事業運営基盤を強化するためのコミットメントを示しています。

4.2 具体的な取り組みと実績

アステラス製薬は、資源循環に関する目標達成に向けて、多岐にわたる具体的な取り組みを実施しています。廃棄物管理においては、発生抑制(Source Reduction)、再利用(Reuse)、再生利用(Recycle)の3Rを基本原則とし、活動を推進しています 6。廃棄物の適正処理を確保するため、処理を委託する業者に対しては定期的な現地確認を実施し、コンプライアンス遵守状況を確認しています 6。特筆すべき成果として、保管・管理が義務付けられていた高濃度ポリ塩化ビフェニル(PCB)廃棄物の処理を、計画通り2023年度に全て完了させました 6。アイルランドのケリー工場では、食品廃棄物、プラスチック、紙類などの徹底した分別と、一部廃棄物の堆肥化(コンポスティング)を推進することで、最終的な埋立処分量をゼロにするという目標を達成しました 18。さらに、この堆肥化装置をバイオマスボイラーに併設し、生成された堆肥を発電に利用するという、資源が循環する仕組みを構築している点は、先進的な取り組みとして注目されます 18

水資源管理においては、水使用量の削減と排水による環境負荷の低減に努めています。世界資源研究所(WRI)が開発した水リスク評価ツール「Aqueduct」などを活用して、各事業拠点が立地する地域の水リスク(水ストレス状況など)を評価し、その結果に基づいた適切な水管理策を検討・実施しています 6

リサイクルと省資源化の取り組みとしては、廃棄物として排出される物質のリサイクル・再利用を積極的に推進しています。製品包装材には、消費者が廃棄する際にリサイクルを促進するための識別表示を行っています 6。また、包装に使用する資材として、再生紙を利用した段ボールや、可能な限り薄肉化されたプラスチックシートを採用するなど、省資源化にも配慮しています 6

資源循環における革新的な取り組みとして、2021年度から日本国内の一部製品において、世界で初めてバイオマスプラスチックを医薬品のPTP(Press Through Pack)シートに採用したことが挙げられます 2。このPTPシートは、原料の50%にサトウキビ由来のポリエチレンを使用しており、従来の石油由来プラスチックと比較して製造時のCO2排出量を削減できるなど、環境負荷低減に貢献するものです 2。この取り組みは、その新規性と環境貢献度から、国内外の包装関連団体から表彰を受けるなど、社内外から高い評価を得ており、アステラス製薬の環境イノベーションを示す象徴的な事例となっています 2。現在、他の製品への展開も検討が進められています 2

さらに、アステラス製薬は、個社の取り組みだけでは限界があるとの認識のもと、業界全体での環境負荷低減を目指す動きにも参画しています。2022年12月には、武田薬品工業、第一三共、エーザイとの間で、医薬品包装分野における環境負荷低減を目的とした企業間連携に合意しました 10。この連携では、バイオマス素材PTPシートに関する知見の共有や、包装のコンパクト化、リサイクル包材やリサイクルに適した包材の開発・導入などについて協力し、その成果を社会に還元していくことを目指しています 10。将来的には、この連携を他の企業にも広げていく意向も示されています 10

これらの取り組みの結果、2023年度の実績として、売上高あたりの廃棄物発生量は2016年度比で23%改善し、2025年度目標(約10%改善)を既に達成しました 6。同年度の総廃棄物発生量は13,041トン、そのうち最終的に埋め立て処分された量は99トンでした 6。水資源生産性についても、2016年度比で65%向上し、2025年度目標(約20%向上)を大幅に上回る成果を上げています 6。総取水量は6,501千立方メートル、総排水量は6,217千立方メートルと報告されています 6。日本国内におけるプラスチック廃棄物の発生量は230トンであり、目標としていた年間250トン未満を達成しました 6

廃棄物原単位と水資源生産性の目標を計画よりも早く、かつ大幅に達成している事実は、アステラス製薬の資源効率改善に向けた取り組みが着実に効果を発揮していることを示しています 6。特に、アイルランドのケリー工場における埋立ゼロ達成 18 や、世界初のバイオマスPTPシート導入 2 といった事例は、同社が資源循環の分野において先進的な技術導入や運用改善を推進する能力を持っていることを示唆しています。これらの成功事例から得られた知見やノウハウを、今後、他のグローバル拠点や製品ラインへ効果的に横展開していくことが、さらなるパフォーマンス向上を実現する上での鍵となるでしょう。

また、バイオマスPTPシート導入に関連して見られる同業他社との連携 10 は、環境対応素材の導入における課題、例えばコスト負担の増大、技術的なハードル、品質保証、安定供給の確保、規制当局への対応といった、一社だけでは解決が困難な問題に対して 2、業界全体で協力して取り組むことの重要性を示しています。このような連携を通じて、知見の共有、共同での技術開発や標準化、資材の共同購入などが可能となれば、個々の企業の負担が軽減され、環境配慮型包装の導入が加速することが期待されます。アステラス製薬は、この分野での先駆的な取り組みを活かし、製薬業界におけるサステナブル包装の普及に向けた動きを主導していく役割を担う可能性も秘めていると言えます。

5. 生物多様性の保全

5.1 目標とコミットメント

アステラス製薬は、事業活動が依存し、また影響を与える自然環境、特に生物多様性の保全を重要な環境課題の一つとして認識しています。同社は、事業活動が生態系に及ぼす影響を継続的に把握し、その負荷を低減することに努めるとともに、生物多様性が維持・保全され、生態系からの恵みを持続可能な形で利用できる「自然と共生した社会」の実現に貢献することを目指す方針を掲げています 18

この方針に基づき、具体的な目標として「生物多様性指数」という独自の指標を設定し、その改善に取り組んでいます。目標は、2025年度までにこの生物多様性指数を、基準年である2005年度と比較して4倍に改善することです 6。この指数は、アステラス製薬が生物多様性の劣化をもたらす主要な要因として特定した「気候変動」「環境汚染」「資源消費」という3つの危機要因について、それぞれの環境負荷低減活動が生物多様性へ与える影響を統合的に評価するために開発されたものです 18

さらに、アステラス製薬は、生物多様性に関する国際的な枠組みや原則への支持も表明しています。遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を定めた名古屋議定書を含む生物多様性条約の原則を支持し、事業活動における遵守を徹底しています 18。また、日本の経済界における生物多様性保全への取り組みを推進する経団連(日本経済団体連合会)の「生物多様性宣言」に賛同し、その活動を支援するために経団連自然保護基金への寄付も行っています 6。これらのコミットメントは、生物多様性保全を単なる環境負荷低減の側面からだけでなく、事業活動の持続可能性や社会からの信頼確保の観点からも重要視していることを示しています。

5.2 具体的な取り組みと実績

アステラス製薬は、生物多様性保全に関する目標達成のため、主に事業活動全体の環境負荷を低減することを通じて貢献するアプローチをとっています。具体的には、「3. 気候変動への対応」で述べたGHG排出削減策、「4. 資源循環の推進」で述べた廃棄物削減や水使用量削減策、そして後述する環境汚染防止策といった、気候変動対策、資源循環、環境汚染防止の各分野における取り組みを推進することが、結果として生物多様性への総合的な負荷低減に繋がると考えています 18。また、研究開発活動においては、生態系への影響がより少ない製造技術の開発や、天然資源の使用量を削減する努力も行われています 6。遺伝資源の利用にあたっては、提供国の国内法令や国際的なルールを遵守し、適正な手続きを経て実施しています 6

直接的な生態系保全活動としては、アイルランドのケリー工場における敷地内での再生可能エネルギー導入、廃棄物ゼロ化、緑化、堆肥化といった環境負荷低減活動が、地域の生物多様性保全にも間接的に寄与していると考えられます 18。しかしながら、公開されている情報からは、例えば特定の生息地の復元プロジェクトへの参画や、大規模な植林活動といった、より直接的な生物多様性保全・再生に焦点を当てた活動に関する記述は限定的です。

このような取り組みの結果、2023年度の実績として、独自指標である生物多様性指数は2005年度比で4.9倍となり、2025年度の目標値である4倍を既に達成しました 6。この目標の前倒し達成は、これまでに進めてきた気候変動対策や資源循環、汚染防止といった環境負荷削減努力が、生物多様性への影響緩和という側面でも着実に成果を上げていることを示唆しています。

アステラス製薬が、生物多様性への影響を定量化し管理するために独自の指標を開発・運用している点は、先進的な取り組みとして評価できます 6。定量的な目標を設定し、その進捗を追跡することで、社内での意識向上や改善活動の推進に繋がっていると考えられます。この指数が気候変動、環境汚染、資源消費という具体的な環境負荷ドライバーに基づいて算出されているため、他の環境活動との連動性を評価しやすいという利点もあります。

一方で、今後の課題として、この独自指標の算出ロジックや構成要素について、より詳細な情報開示が求められる可能性があります。特に、近年注目されているTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)のような国際的な情報開示フレームワークとの整合性や比較可能性を確保することが重要になってくるでしょう。また、現状の取り組みは、事業活動全体の環境負荷低減による間接的な生物多様性への貢献に重点が置かれているように見受けられます 6。これは、製薬企業の事業特性として、工場等での直接的な土地利用改変よりも、原材料調達を含むサプライチェーンや製品の使用・廃棄段階における環境影響が相対的に大きいという認識に基づいている可能性も考えられます。しかし、TNFDなどが求める自然関連リスク・機会の評価においては、サプライチェーン上流(特に天然物由来原料の調達など)における生物多様性への依存度や影響評価、さらには生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」への貢献といった、より踏み込んだ視点からの取り組みと情報開示が、将来的には求められるようになる可能性があります。

6. 業界における先進事例

製薬業界においても、環境サステナビリティへの取り組みは企業価値を左右する重要な要素となっており、各社が様々な先進的な取り組みを進めています。アステラス製薬の取り組みを評価し、今後の方向性を考察する上で、同業他社のベストプラクティスを参考にすることは有益です。ここでは、気候変動対策、資源循環、生物多様性保全の3つの領域における主要なグローバル製薬企業の先進事例を概観します。

気候変動対策の領域では、多くの企業がSBTi(科学的根拠に基づく目標イニシアチブ)の認定を受けた野心的なGHG排出削減目標を設定し、ネットゼロ達成をコミットしています。例えば、Pfizerは2040年までのネットゼロ達成を目標に掲げ、Scope 1および2排出量を2030年までに46%削減(2019年比)、Scope 3排出量を2040年までに90%削減することを目指しています 19。特にScope 3削減に向けて、サプライヤーに対してSBT設定を働きかける具体的な目標(2025年までに支出ベースで64%)を設定している点が特徴的です 19。また、サステナビリティボンドを発行し、環境プロジェクトへの資金調達を行っています 19。Rocheも2045年のネットゼロ目標(SBTi認定済み)を設定し、Scope 1および2排出量を2029年までに70%削減(2022年比)することを目指しています 20。同社はScope 3排出量が全体の大部分を占めることを認識し、サプライヤーエンゲージメントを強化するとともに、PSCI(Pharmaceutical Supply Chain Initiative)などを通じて業界標準の策定にも積極的に関与しています 20。再生可能エネルギーの導入も進んでおり、全電力消費に占める再エネ比率は約86%に達しています 20。Novartisは2040年のネットゼロ目標(Scope 1, 2, 3)を掲げ、より短期の目標としてScope 1および2については2025年、サプライチェーン全体(Scope 1, 2, 3)については2030年のカーボンニュートラル達成を目指しています。目標はSBT 1.5℃整合と認定されています 22。サプライヤー契約に環境基準を盛り込むといった取り組みも行っています 23。GSKは2045年のネットゼロ目標(SBTi認定済み)を設定し、2030年までにScope 1, 2, 3全体で80%削減(2020年比)という野心的な中間目標を掲げています 24。残余排出量については、高品質な自然由来の解決策(Nature-based Solutions)を通じて相殺する方針です。また、RE100(100%再生可能エネルギー)達成目標も明確に設定しています(2025年までに輸入電力100%、2030年までに全電力100%)24。Merck & Co.(米国外ではMSD)も、2025年のカーボンニュートラル(Scope 1&2)達成と再生可能エネルギー目標達成に向けて順調に進捗しており、SBTiに対してネットゼロ目標(Scope 1, 2, 3)をコミットしています 26。同社もサステナビリティボンドを発行しています 26。これらの事例から、製薬業界の気候変動対策におけるトレンドとして、SBTi認定の1.5℃整合目標やネットゼロ目標の設定、Scope 3排出量削減(特にサプライヤーエンゲージメントを通じた削減)、そして再生可能エネルギー100%達成(RE100)へのコミットメントが共通して見られます。

資源循環の領域では、製品のライフサイクル全体を通じた環境負荷低減、特に包装材のサステナビリティ向上と廃棄物削減が主要な焦点となっています。Pfizerは、製品ライフサイクル全体での環境影響(GHG、水、懸念物質)低減を目指し、サーキュラーエコノミーの原則やグリーンケミストリー/バイオテクノロジーの考え方をプロセスに統合しようとしています 19。廃棄物については発生源削減、最小化、リサイクル改善に注力し、サステナブルな包装材の開発にも取り組んでいます 19。Novartisは、具体的な目標設定が特徴的であり、2025年までにポリ塩化ビニル(PVC)製包装を撤廃、2025年までに廃棄物処分量を半減、2030年までにプラスチックニュートラル達成、2030年までに全ての新製品でサステナブルデザイン原則を適用、といった目標を掲げています 23。GSKも、2030年までに運用段階での廃棄物ゼロ(Zero Operational Waste)、サプライチェーンからの廃棄物10%削減、製品および包装の環境影響25%削減といった目標を設定しています 25。Merck & Co.は、各事業所レベルでの廃棄物削減・転換(堆肥化、リサイクルなど)を推進するための社内向け「廃棄物転換プレイブック」を作成・活用しています 27。日本の協和キリンでは、注射剤においてプレフィルドシリンジ(薬剤充填済み注射器)を採用することで、従来のガラスバイアル(瓶)を不要とし、ガラス材料の使用量削減と輸送時の軽量化によるCO2排出量削減を実現しています 29。これらの事例は、脱プラスチック、バイオマスプラスチックやリサイクル材の利用、リサイクル容易な設計、廃棄物ゼロ目標の設定、製品ライフサイクルアセスメント(LCA)の活用などが、資源循環における主要な取り組みとなっていることを示しています。

生物多様性保全の領域では、企業による取り組みのレベルや開示内容にばらつきが見られますが、先進的な企業は「ネイチャーポジティブ」への貢献や国際的な枠組みへの対応を進めています。GSKは、この分野で特に先進的な目標を設定しており、「ネイチャーポジティブな世界への貢献」を明確に掲げ、淡水、土地、海洋、大気という自然の領域(Realms)ごとに具体的な目標を設定しています 25。例えば、全ての自社保有サイトにおいて2030年までに生物多様性へポジティブな影響を与えること、主要な自然由来原料(陸上・海洋)を100%持続可能な方法で調達し、森林破壊フリーとすること(2030年)などを目指しています 25。また、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やSBTN(科学に基づく自然目標ネットワーク)への早期コミットメントも示しており、業界をリードする姿勢を見せています 25。Novartisは、水ストレス地域における水ニュートラル達成(2030年)や製造排水の水質影響ゼロを目指すなど、水資源に関連する目標設定が具体的です 23。生物多様性保全を環境戦略に含める努力をしているものの、事業活動が自然に与える影響評価の開示はまだ途上にあるとされています 23。Rocheは、環境目標の中に生物多様性保全が含まれていますが、具体的な目標やイニシアチブに関する情報は限定的です 21。Pfizerは、土地の回復や野生生物保護といった自然資源保護活動への関与を示していますが、ネイチャーポジティブに関する明確な目標設定は見られません 19。日本の協和キリンは、「高崎水源の森づくり」活動のように、地域社会と連携した具体的な保全活動を実施しています 29。全体として、生物多様性保全は製薬業界にとって比較的新しい課題領域であり、GSKのような先進企業が現れる一方で、多くの企業はまだ取り組みの初期段階にあるか、気候変動や資源循環ほど具体的な目標設定や開示が進んでいない状況にあると言えます。

これらの業界ベストプラクティスと比較すると、アステラス製薬は気候変動対策(SBTi認定目標、ネットゼロ目標)や資源循環(バイオマスPTPシート採用、廃棄物・水原単位目標達成)においては、業界標準レベルまたはそれを上回る取り組みも見られます。しかし、生物多様性保全に関しては、独自指標による管理は評価できるものの、GSKなどが示すようなネイチャーポジティブへのコミットメントやTNFD/SBTNといった国際的な枠組みへの具体的な対応という点では、今後の強化が期待される領域と言えるかもしれません。業界全体のトレンドを踏まえ、自社の強みを活かしつつ、先進事例から学び、取り組みを進化させていくことが、アステラス製薬の持続可能性と競争力向上に繋がるでしょう。

7. 競合他社の環境パフォーマンス分析(日本企業)

アステラス製薬の環境パフォーマンスをより深く理解するためには、国内の主要な競合他社との比較分析が不可欠です。ここでは、アステラス製薬と同様に研究開発型の大手製薬企業である武田薬品工業株式会社、第一三共株式会社、エーザイ株式会社、中外製薬株式会社を対象とし、各社の環境に関する目標設定、具体的な取り組み、報告されているパフォーマンスデータ(入手可能な最新情報に基づく)、および外部評価を基に、アステラス製薬との比較を交えながら、それぞれの特徴や強み、課題を文章形式で記述します。

武田薬品工業は、気候変動対策において野心的な目標を掲げています。Scope 1および2排出量については、2025年度までに2019年度比で40%削減するという目標を設定し、順調に進捗していると報告しています。さらに、2035年までにはScope 1および2でネットゼロを達成することを目指しています 30。バリューチェーン全体(Scope 1, 2, 3)では、2040年までのネットゼロ達成を目標としています 31。具体的な取り組みとしては、太陽光発電の導入や高効率な変圧器・冷凍機の採用を進めています 31。廃棄物に関しても、2025年度までに埋立以外の処理方法の割合を90%以上にする目標を掲げ、現在既に80%を達成しています 30。Scope 3排出量削減に向けては、主要サプライヤーに対して科学的根拠に基づく削減目標(SBT)の設定を働きかけ、その達成に向けた行動を支援しています 30。また、製薬業界のサプライヤーにおける再生可能エネルギー導入を促進する国際的なプログラム「Energize」への参加や、国連が支援する「Race to Zero」キャンペーンへの参加など、外部との連携も積極的に行っています 30。サプライヤーと協力し、リサイクル可能なブリスターパックの開発や、CO2排出量を削減するガラス瓶製造技術の開発にも着手しています 32。外部評価を見ると、SustainalyticsによるESGリスクレーティングは21.3(Medium Risk)であり、アステラス製薬の22.4(Medium Risk)と比較して、リスクがやや低いと評価されています 33

第一三共は、気候変動対策として、2040年までに自社の事業プロセス(Scope 1および2)から排出されるCO2を実質ゼロにする(ネットゼロ)目標を掲げています 35。また、健康に関わる企業として、環境汚染物質の排出を最小限に抑えることにも注力していると述べています 35。特に、第一三共ヘルスケア株式会社においては、製品のサステナビリティに関する具体的な目標が設定されています。例えば、スキンケア製品のプラスチック容器包装について、2030年までに100%をサステナビリティに配慮した設計とすること、製品の個装箱に使用する紙を2025年度までに80%FSC認証紙に切り替えること、販促資材についてもFSC認証紙・環境対応インクの使用率を2025年度までに90%以上とすること、そして販促資材のプラスチック使用量を2025年度までに2020年度比で50%削減することなどを目指しています 36。アステラス製薬、エーザイ、武田薬品工業と共に、医薬品包装分野での環境負荷低減に向けた企業間連携にも参加しています 10。外部評価では、SustainalyticsによるESGリスクレーティングが19.9(Low Risk)と、アステラス製薬(22.4, Medium Risk)よりも低いリスクレベルと評価されています 34。また、DJSI Asia Pacific IndexやFTSE4Good Global Index、FTSE Blossom Japan Indexなど、複数の主要なESG投資インデックスに継続的に選定されており、ESG全般に対する取り組みが高く評価されていることがうかがえます 38

エーザイは、気候変動対策としてSBTiから1.5℃目標の認定を受けています。Scope 1および2排出量を2030年度までに2019年度比で55%削減する目標に対し、2023年度末時点で50.0%削減を達成しており、順調に進捗しています 39。Scope 3(カテゴリ1:購入した製品・サービス)については、2030年度までに27.5%削減(2019年度比)を目指していますが、2023年度末時点では2.9%増加しており、この領域での削減が課題となっていることがデータから読み取れます 39。再生可能エネルギー導入に関しては、2030年度までに電力使用量の100%を再生可能エネルギーに転換する目標を掲げ、2023年度末時点で99.8%(外部購入電力に限る)を達成しています 39。廃棄物管理では、ゼロエミッション(最終埋立率0.5%以下)を目指していますが、2023年度実績は2.66%でした。一方で、廃プラスチックのリサイクル率(有価物売却含む)は80%以上を目標とし、2023年度の国内実績は88.9%と目標を達成しています 39。水使用量の削減にも取り組んでおり 39、生物多様性保全活動として、工場敷地内の緑化管理、薬用植物園での希少種保護、インド工場での植林なども実施しています 39。アステラス製薬、第一三共、武田薬品工業との包装分野での連携にも参加しています 10。SustainalyticsのESGリスク評価に関する具体的な情報は限定的です 41

中外製薬は、環境パフォーマンスにおいて、特に外部評価機関から極めて高い評価を得ている点が際立っています。2030年を見据えた中期環境目標として、気候変動対策、資源循環利用、生物多様性保全を重要課題として掲げています 42。特筆すべき成果として、国内および海外の全ての自社拠点において、使用電力の100%再生可能エネルギー化を既に達成しています 42。GHG排出量削減、水使用量削減、廃棄物削減(有害化学物質を含む)にも継続的に取り組んでおり、環境に配慮した製品包装資材の導入も進めています 42。外部評価においては、CDP評価で2024年に気候変動と水セキュリティの両分野で最高評価である「Aリスト」を獲得しました 43。MSCI ESGレーティングでも「AA」評価を維持しており(2024年)43、Dow Jones Sustainability Indices(DJSI)のWorld Indexにも選定され、2022年には医薬品セクターにおいて世界最高評価を獲得した実績を持ちます 43。これらの評価は、中外製薬の環境への取り組みの質と、その情報開示の透明性が国際的にトップレベルにあることを示しています。SustainalyticsのESGリスク評価に関する具体的な情報は限定的です 41

これらの国内競合他社との比較から、アステラス製薬はSBTi認定目標やネットゼロ目標の設定といった気候変動対策の目標レベルにおいては、国内主要他社と同等の水準にあると言えます。資源循環(バイオマスPTPシート)や生物多様性(独自指数を用いた管理)においては、他社にはない特徴的な取り組みを進めています。一方で、中外製薬が達成している再生可能エネルギー100%化や、CDP、MSCI、DJSIといった主要な外部評価における卓越した成績と比較すると、アステラス製薬にはまだ改善の余地がある領域も存在します。また、Sustainalyticsの評価では、第一三共がアステラス製薬よりもリスクが低い(Low Risk)と評価されています。エーザイの事例は、多くの企業にとって課題であるScope 3排出量削減の難しさを示唆しています。武田薬品工業もサプライヤーエンゲージメントを強化しており、この分野での取り組み競争が激化していることがうかがえます。アステラス製薬にとっては、自社の特徴的な取り組みを効果的に発信し、その成果を定量的に示していくと同時に、Scope 3排出量削減の実効性を高めること、そして外部評価機関が重視する指標(例えば、開示情報の網羅性、目標達成に向けた具体的なロードマップ、パフォーマンスデータの一貫性など)への対応を強化することが、国内競合他社に対する優位性を確立・維持し、さらなる評価向上に繋がる鍵となるでしょう。

8. 環境スコアのベンチマーキング

企業の環境パフォーマンスを客観的に評価し、投資家やその他のステークホルダーに情報を提供するために、複数の外部評価機関がESG(環境・社会・ガバナンス)に関する評価やスコアリングを行っています。アステラス製薬および主要な国内競合他社(武田薬品工業、第一三共、エーザイ、中外製薬)がこれらの評価機関からどのような評価を受けているかを比較分析することは、各社の相対的な環境パフォーマンスレベルや、評価機関が重視するポイントを理解する上で重要です。ここでは、代表的な評価機関であるCDP、MSCI、Sustainalyticsによる最新の評価結果(入手可能な範囲)を文章形式で記述し、比較考察を行います。ただし、全ての評価機関の最新スコアを網羅的に取得することは困難な場合があり、本分析は公開されている情報に基づき、その限界も踏まえて行います。

CDPは、企業や都市の環境情報開示を促進する国際的な非営利団体であり、特に気候変動、水セキュリティ、フォレスト(森林)に関する質問書への回答を通じて企業を評価しています。評価はAからD-のスコアで示され、最高評価は「Aリスト」と呼ばれます。入手可能な情報によると、中外製薬は2024年の評価において、気候変動と水セキュリティの両分野で最高評価である「Aリスト」を獲得しました 43。これは、同社がこれらの分野において、目標設定、リスク管理、排出削減・水資源管理の取り組み、そして情報開示の透明性において、国際的にリーダーシップレベルにあると認められたことを意味します。アステラス製薬、武田薬品工業、第一三共、エーザイに関する最新のCDPスコアについての具体的な情報は、参照した資料からは限定的でした 44。過去の報告書に関する情報として、日本の大手製薬企業の多くが2030年から2040年頃までに20%から55%の排出削減を目指し、2050年ネットゼロへの道筋をつけているとの記述が見られますが 45、個別の最新スコアは確認できませんでした。

MSCI ESG Researchは、企業のESGリスクと機会への対応力を評価し、AAAからCCCまでの7段階でレーティングを行っています。このレーティングは、多くの機関投資家によって投資判断の参考にされています。中外製薬は、2024年にMSCI ESGレーティングで「AA」評価を維持しており、これはリーダーレベルの高い評価です。過去には13年連続(2010年~2022年)でMSCI ESG Leaders Indexesに選定された実績もあり、ESGパフォーマンスが一貫して高い水準にあることを示しています 43。第一三共は、具体的なレーティングは不明ですが、MSCI Japan ESG Select Leaders Indexに6年連続(2019年~)、MSCI Japan Empowering Women Index(女性活躍推進指数)に7年連続(2018年~)で選定されており 38、良好なESG評価を受けていることが推察されます。これらの指数は、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資のために採用している指数でもあります 38。アステラス製薬、武田薬品工業、エーザイに関する最新のMSCI ESGレーティングについての具体的な情報は、参照資料からは確認できませんでした 46。MSCI World ESG Leaders Indexの構成企業に関するシミュレーションデータでは、指数全体のレーティングがAAと示されていますが 47、これは個別企業の評価ではありません。

Sustainalyticsは、企業のESGリスクへのエクスポージャー(晒され度合い)とリスク管理能力を評価し、「ESGリスクレーティング」として数値(低いほどリスクが低い)で示しています。リスクレベルは、Negligible(無視できる)、Low(低い)、Medium(中程度)、High(高い)、Severe(深刻)の5段階に分類されます。入手可能な最新情報(評価時期に注意が必要)によると、アステラス製薬のESGリスクレーティングは22.4であり、「Medium Risk(中程度リスク)」に分類されています。同業種(製薬)内での順位は861社中118位(2025年2月時点)でした。リスクへのエクスポージャーは「Medium」、リスク管理能力(Management)は「Strong(強固)」と評価されています 34。武田薬品工業は21.3(Medium Risk)で、業種内順位は103位(2024年4月時点)であり、アステラス製薬よりわずかにリスクが低いと評価されています 33。第一三共は19.9と評価され、「Low Risk(低リスク)」に分類されており、業種内順位も84位(2024年4月時点)と、アステラス製薬や武田薬品工業よりもリスクが低いとの評価結果でした。第一三共もリスク管理能力は「Strong」と評価されています 37。エーザイと中外製薬に関する最新のSustainalytics ESGリスクレーティングは、参照資料からは確認できませんでした 41

これらの異なる評価機関からの結果を総合的に見ると、企業のESGパフォーマンスは多角的に評価される必要があることがわかります。中外製薬は、CDPとMSCIの両方で顕著に高い評価を得ており、環境パフォーマンスと情報開示において業界をリードしていると考えられます。Sustainalyticsの評価では、第一三共がリスク管理能力の高さを背景に「Low Risk」と評価されています。アステラス製薬と武田薬品工業は「Medium Risk」に分類されていますが、両社ともにリスク管理能力自体は「Strong」と評価されており、リスクへのエクスポージャー(事業特性やサプライチェーン構造に起因する可能性のあるリスク)がレーティングに影響している可能性が考えられます。各評価機関は、評価の重点項目や方法論が異なります。例えば、CDPは気候変動、水、森林といった特定の環境課題への対応と情報開示に特化しており、MSCIはより広範なESG課題を網羅的に評価する傾向があります。Sustainalyticsは、財務的影響をもたらしうるESGリスクとその管理体制に焦点を当てる特徴があります。したがって、アステラス製薬にとっては、Sustainalyticsの評価結果(エクスポージャーMedium、管理Strong)を踏まえ、リスクエクスポージャーが高いと見なされる可能性のある要因(例えば、サプライチェーンにおける環境・社会リスク、製品アクセスに関する課題など)に対する管理策をさらに強化し、その取り組みを具体的に開示していくことが、総合的な評価向上に繋がる可能性があります。同時に、強みであると評価されている管理体制(Management)を維持・向上させることも重要です。競合比較の観点からは、特に中外製薬や第一三共が示している優れたパフォーマンスや開示内容をベンチマークとし、自社の取り組みを継続的に改善していく必要があるでしょう。

9. 課題と提言

これまでの分析を踏まえ、アステラス製薬が環境サステナビリティの向上に向けて直面している主要な課題を特定し、今後の取り組み強化に向けた具体的な提言を行います。

9.1 現状評価に基づく課題特定

アステラス製薬は環境分野で多くの前向きな取り組みを進めていますが、さらなる向上を目指す上でいくつかの課題が認識されます。

第一に、Scope 3 排出量削減の加速が挙げられます。分析結果が示す通り、アステラス製薬のGHG排出量の大部分は、カテゴリ1(購入した製品・サービス)を中心とするScope 3排出量によって占められています 14。2030年までにScope 3排出量を37.5%削減(2015年度比)するというSBTi認定目標 6 の達成は、自社努力だけでは極めて困難であり、サプライチェーン全体での協力が不可欠です。サプライヤーエンゲージメントは強化されていますが 2、具体的な削減効果を計画通りに実現していくためには、より実効性のある施策の展開と進捗管理が求められます。エーザイの事例 39 でもScope 3削減の難易度の高さが示唆されており、これは業界共通の課題とも言えます。

第二に、生物多様性への取り組み深化が課題となります。独自の生物多様性指数を用いた目標管理と目標達成 6 は評価に値しますが、TNFDやSBTNといった国際的な情報開示・目標設定の枠組みとの整合性を確保し、それらに沿った開示や目標設定を進めることが、今後のグローバルな要請に応える上で重要となります。特に、サプライチェーン(原材料調達など)における生物多様性への依存度や影響評価、そして生物多様性の損失を止め回復させる「ネイチャーポジティブ」への貢献に向けた具体的な戦略策定と実行が、今後の焦点となる可能性があります。競合他社の中には、GSKのようにこの分野で先進的な取り組みを進めている企業も存在します 25

第三に、資源循環における先進事例のグローバル展開が挙げられます。アイルランドのケリー工場における埋立ゼロ達成や循環システムの構築 18、日本国内でのバイオマスPTPシートの導入 2 など、優れた取り組み事例が存在します。しかし、これらのベストプラクティスを他のグローバル拠点や製品ラインへ効果的に横展開し、全社的なパフォーマンス向上に繋げていくことが課題です。地域ごとの規制、インフラ、コスト、技術的な制約などを乗り越え、標準化と普及を促進する必要があります。

第四に、外部評価のさらなる向上も継続的な課題です。SustainalyticsのESGリスクレーティングでは、競合である第一三共(Low Risk)と比較してアステラス製薬はMedium Riskと評価されています 34。また、中外製薬はCDPやMSCIで極めて高い評価を得ています 43。これらの評価機関が重視する指標や開示項目(例えば、目標達成に向けた具体的なロードマップ、定量的な実績データ、リスク管理プロセスの詳細など)への対応を強化し、パフォーマンスの向上と情報開示の透明性の両面から、外部評価の改善を図る必要があります。

9.2 提言

上記の課題認識に基づき、アステラス製薬が今後注力すべき具体的なアクションとして、以下の点を提言します。

第一に、サプライヤー協働プログラムの質的・量的強化です。Scope 3排出量削減という最重要課題に対応するため、主要サプライヤーに対して、SBT設定の具体的な支援(研修、ツール提供、コンサルティングなど)を提供すること、排出量削減に繋がる技術(省エネ、再エネ導入、低炭素素材など)の共同開発や導入支援を行うこと、そしてグリーン調達基準を導入し、サプライヤー選定や評価に環境パフォーマンスをより明確に組み込むことなどを推進すべきです。既に実施されているビジネスパートナーサミット 2 などの対話の場を活用し、目標達成に向けた具体的な協力体制を構築することが重要です。

第二に、TNFD/SBTNへの段階的対応準備の開始です。まずは、TNFDが提唱するLEAPアプローチ(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)などを参考に、自社の事業活動およびバリューチェーンにおける自然関連のリスクと機会、依存度と影響の評価に着手することが推奨されます。特に、医薬品原料(天然物由来など)の調達における生物多様性リスク評価は優先度が高いと考えられます。評価結果に基づき、SBTNのガイダンスを参照しながら、科学的根拠に基づいた自然関連目標(SBTs for Nature)の設定を検討し、段階的に国際的な開示要請に対応できる体制を構築していくべきです。その過程で、既存の独自指標と国際的なフレームワークとの関連性や位置づけを明確にすることも求められます。

第三に、資源循環ベストプラクティスの社内展開メカニズム構築です。ケリー工場やバイオマスPTPシート導入プロジェクトの成功要因(技術、プロセス、組織体制、従業員エンゲージメントなど)を詳細に分析し、その知見を体系化します。そして、他の製造・研究拠点や製品開発チームに対して、これらのベストプラクティスを共有し、適用可能性を評価・検討するための社内プラットフォーム(情報共有システム、ワークショップ、専門チームなど)を構築・活用することが有効です。技術移転やノウハウ共有を促進し、成功事例の横展開を加速させるべきです。また、同業他社との連携 10 を活用し、サステナブル包装などの分野で業界標準化を働きかけることも、コスト削減や普及促進の観点から有効な戦略となり得ます。

第四に、ESG情報開示の戦略的強化とコミュニケーションです。主要なESG評価機関(CDP, MSCI, Sustainalytics等)の評価基準や方法論を定期的に分析し、自社の評価における弱点となっている領域を特定します。そして、その領域におけるパフォーマンス改善策の進捗状況や具体的な成果を、定量的データを用いて、より詳細かつ分かりやすく開示することを強化すべきです。特に、設定した目標(例:ネットゼロ、SBT)に対する達成に向けた具体的なロードマップ、マイルストーン、実施中の施策とその効果について、透明性の高い情報を提供することが重要です。IBM Envizi 16 などのデータ管理ツールを最大限に活用し、データの信頼性と報告の質を高めることも求められます。これらの取り組みを統合報告書やウェブサイトなどを通じて積極的に発信し、投資家や社会との建設的な対話を深めることが、企業価値の適正な評価に繋がります。

10. 結論

10.1 分析結果の要約

本報告書では、アステラス製薬の環境側面における取り組みを、「気候変動への対応」「資源循環の推進」「生物多様性の保全」の3つの重点領域について、公開情報に基づき包括的に分析した。分析の結果、アステラス製薬は、これらの領域において明確な方針と目標を設定し、体系的な取り組みを進めていることが確認された。

気候変動対策においては、SBTi認定を受けた1.5℃整合のScope 1+2削減目標、WB2℃整合のScope 3削減目標、そして2050年ネットゼロ達成という意欲的なコミットメントを掲げている 6。再生可能エネルギー導入や省エネルギー化を着実に進めており、TCFD提言に基づくリスク・機会分析と情報開示にも積極的に取り組んでいる 4

資源循環の推進においては、廃棄物削減と水資源生産性に関する目標を前倒しで達成するなど、顕著な成果を上げている 6。特に、世界初となるバイオマスプラスチック製PTPシートの採用 2 や、アイルランドのケリー工場における埋立ゼロ達成と循環システムの構築 18 は、同社のイノベーション力と実行力を示す先進的な事例である。また、同業他社との連携を通じて業界全体の環境負荷低減を目指す姿勢も見られる 10

生物多様性の保全に関しては、気候変動・環境汚染・資源消費の影響を評価する独自の「生物多様性指数」を設定し、目標を達成している点は評価できる 6。これは、環境負荷削減努力が生物多様性への影響緩和にも繋がっていることを示唆する。

一方で、今後の課題も明らかになった。GHG排出量の大部分を占めるScope 3排出量の削減加速は、ネットゼロ目標達成に向けた最大の課題の一つである 14。生物多様性保全においては、独自指標による管理に加え、TNFDやSBTNといった国際的な枠組みへの対応強化と、サプライチェーンを含めた影響評価、より直接的な保全・再生への貢献(ネイチャーポジティブ)が今後の焦点となる可能性がある。資源循環に関しても、先進事例のグローバルな横展開が課題である。また、一部の外部ESG評価においては、競合他社と比較して改善の余地が見られる 33

10.2 持続可能性と企業価値

アステラス製薬が推進する環境サステナビリティへの取り組みは、地球環境保全への貢献という側面だけでなく、長期的な企業価値創造の観点からも極めて重要である。気候変動リスクや資源枯渇リスク、環境規制強化といった外部環境の変化に対応し、事業継続性を確保するためのリスク管理として不可欠である。同時に、省エネルギー化や資源効率の向上はコスト削減に直結し、財務パフォーマンスの改善に寄与する。バイオマスPTPシートのような環境配慮型製品・技術の開発は、新たな市場機会の創出や競争優位性の確立に繋がるイノベーションの源泉となり得る。さらに、環境への真摯な取り組みとその透明性の高い開示は、投資家、顧客、従業員、地域社会といったステークホルダーからの信頼と評価を高め、企業ブランド価値の向上や、優秀な人材の獲得・維持にも貢献する 2

本報告書で提示した分析結果と提言が、アステラス製薬の環境戦略のさらなる進化と、持続的な企業価値向上、そして「科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」というVISIONの実現に向けた取り組みの一助となることを期待する。環境課題への挑戦は、リスクであると同時に、イノベーションを通じて社会と企業の双方にとっての価値を創造する機会でもある。アステラス製薬が、その科学技術力とグローバルな事業基盤を活かし、製薬業界におけるサステナビリティのリーダーとして、今後ますます重要な役割を果たしていくことが望まれる。

引用文献

  1. 2022年3月期 統合報告書2022 - Astellas Pharma Inc.,  https://www.astellas.com/en/system/files/astellas_ir2022_jp_20221031.pdf

  2. 世界初、バイオマスプラスチックのPTPシートへの採用。アステラス ...,  https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/beplayer-replayer/soso/archive/column/common/2024-1009-01

  3. サステナビリティ | アステラス製薬,  https://www.astellas.com/jp/sustainability

  4. 環境 | アステラス製薬 - Astellas Pharma Inc.,  https://www.astellas.com/jp/sustainability/environment

  5. www.astellas.com/en/sustainability/environment - Responsibility Reports,  https://www.responsibilityreports.com/HostedData/ResponsibilityReportArchive/a/TSX_4503_2022.pdf

  6. www.astellas.comhttps://www.astellas.com/en/system/files/ef2fbb3235/astellas_ehs-report2024_en.pdf

  7. www.astellas.com/en/sustainability/environment,  https://www.astellas.com/en/system/files/0a4375f07f/ehs-report2023_en_03.pdf

  8. Astellas and Sustainability,  https://www.astellas.com/en/sustainability

  9. アステラスが追求するサステナビリティ Vol.1:経営の羅針盤となる新たなマテリアリティ・マトリックス - YouTube,  https://www.youtube.com/watch?v=W8YU8c-BD8s

  10. www.daiichisankyo.co.jphttps://www.daiichisankyo.co.jp/files/news/pressrelease/pdf/202212/20221222_J.pdf

  11. Astellas' ESG Initiatives,  https://www.astellas.com/en/investors/astellas-esg-initiatives

  12. 統合報告書 | アステラス製薬 - Astellas Pharma Inc.,  https://www.astellas.com/jp/investors/integrated-report

  13. www.astellas.comhttps://www.astellas.com/en/system/files/754dd7b649/astellas_ar2024_j_all_241015.pdf

  14. 環境への取り組み | アステラス製薬 - Astellas Pharma Inc.,  https://www.astellas.com/jp/sustainability/initiatives-for-environment

  15. アステラス製薬、ESGデータ管理基盤「IBM Envizi ESG Suite」を導入 - ZDNET Japan,  https://japan.zdnet.com/article/35228451/

  16. Astellas Pharma leverages IBM Envizi ESG Suite to supercharge their sustainability reporting,  https://newsroom.ibm.com/blog-astellas-pharma-leverages-ibm-envizi-esg-suite-to-supercharge-their-sustainability-reporting

  17. 製薬業界の脱炭素戦略|成功事例と具体的な対策 - カーボンニュートラル給油カード,  https://business-itcenex.com/column5/

  18. www.keidanren-biodiversity.jphttps://www.keidanren-biodiversity.jp/pdf/120_J.pdf

  19. Environmental Sustainability | Pfizer,  https://www.pfizer.com/about/responsibility/environmental-sustainability

  20. Climate change - Roche,  https://www.roche.com/about/sustainability/climate-change

  21. SBTi validates Roche's net-zero targets | WBCSD,  https://www.wbcsd.org/news/sbti-validates-roches-net-zero-targets/

  22. Q2 2024 Impact and Sustainability Update to investors - Novartis,  https://www.novartis.com/sites/novartiscom/files/novartis-q2-2024-impact-and-sustainability-update.pdf

  23. Novartis - Nature Benchmark | World Benchmarking Alliance,  https://www.worldbenchmarkingalliance.org/publication/nature/companies/novartis/

  24. Our position on - Environmental Sustainability - GSK,  https://www.gsk.com/media/11165/gsk-position-on-environmental-sustainability.pdf

  25. Environment | GSK,  https://www.gsk.com/en-gb/responsibility/environment/

  26. Environmental, Social & Governance (ESG) Progress Report 2021/2022 - Merck.comhttps://www.merck.com/wp-content/uploads/sites/124/2022/08/MRK-ESG-report-21-22.pdf

  27. Impact Report 2022/2023 - Merck.comhttps://www.merck.com/docs/media/Merck-Impact-Report-22-23.pdf

  28. www.gsk.comhttps://www.gsk.com/media/11831/plan-for-contributing-to-a-nature-positive-world.pdf

  29. 製薬業界が推進する環境対策とは? 協和キリンが取り組むCO2削減、そして廃棄プラスチックの再資源化 - Equally beautiful.,  https://equallybeautiful.com/feature/274

  30. 環境・サステナビリティにおける私たちの進捗 | 武田薬品,  https://www.takeda.com/jp/about/corporate-responsibility/corporate-sustainability/sustainability-approach/our-progress-towards-environmental-sustainability/

  31. 【業界別 脱炭素事例紹介】製薬業(国内) - 環境エネルギー事業協会,  https://ene.or.jp/uncategorized/pharmaceutical-decarbonization-example/

  32. サプライヤーとともに気候関連目標の達成を進める | 武田薬品,  https://www.takeda.com/jp/our-impact/our-stories/how-engaging-suppliers-on-science-based-targets-supports-our-climate-goals/

  33. Takeda Pharmaceutical Co., Ltd. ESG Risk Rating - Sustainalytics,  https://www.sustainalytics.com/esg-rating/takeda-pharmaceutical-co-ltd/1008752786

  34. Astellas Pharma, Inc. ESG Risk Rating - Sustainalytics,  https://www.sustainalytics.com/esg-rating/astellas-pharma-inc/1008752887

  35. 【取材】第一三共のサステナビリティ(後編),  https://sustainability.dei.or.jp/well_being-management/914

  36. 環境・社会に約束すること - 第一三共ヘルスケア,  https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/sustainability/environment/

  37. Daiichi Sankyo Co., Ltd. ESG Risk Rating - Sustainalytics,  https://www.sustainalytics.com/esg-rating/daiichi-sankyo-co-ltd/1031575967

  38. Inclusion in ESG Indices - ESG Performance and Benchmarking - Sustainability - Daiichi Sankyo,  https://www.daiichisankyo.com/sustainability/performance-reports/esg/

  39. データ集 | 環境 | エーザイ株式会社,  https://www.eisai.co.jp/sustainability/environment/data/index.html

  40. サステナビリティ目標と実績 | ESGデータ・レポート | エーザイ株式 ...,  https://www.eisai.co.jp/sustainability/esg_data/target/index.html

  41. Company ESG Risk Ratings and scores - Sustainalytics,  https://www.sustainalytics.com/esg-ratings

  42. 地球環境 | サステナビリティ | 中外製薬株式会社,  https://www.chugai-pharm.co.jp/sustainability/environment/

  43. External Evaluations | Sustainability | CHUGAI PHARMACEUTICAL CO., LTD.,  https://www.chugai-pharm.co.jp/english/sustainability/evaluation/

  44.  https://www.cdp.net/en/responses

  45. Advancing Green Pharmaceuticals: Sustainable Biomanufacturing Practices Across Asia Pacific,  https://www.biospectrumasia.com/opinion/25/25796/advancing-green-pharmaceuticals-sustainable-biomanufacturing-practices-across-asia-pacific.html

  46. ESG Ratings & Climate Search Tool - MSCI,  https://www.msci.com/our-solutions/esg-investing/esg-ratings-climate-search-tool

  47. Simulated MSCI EM ESG Leaders,  https://www.msci.com/documents/1296102/d0205324-a728-f1c5-6894-4b5f7f7afdfb

  48. サステナビリティ・ミーティング2024,  https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250221/20250219578851.pdf

  49. GPIF の国内株式運用機関が選ぶ「優れた統合報告書」と「改善度の高い統合報告書」,  https://www.gpif.go.jp/esg-stw/20240221_integration_report.pdf