J.フロント リテイリング株式会社(以下、JFR)は、大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に持つ日本の大手小売グループである1。本レポートは、JFRの環境パフォーマンス、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3分野における取り組みと実績を包括的に分析し、環境スコアリングに必要な詳細情報を提供することを目的とする。分析は、同社発行のサステナビリティレポート1などの公開情報に基づき、定量的なデータと定性的な評価を重視し、表形式を避け記述形式で提示する。
JFRグループは、「くらしの『あたらしい幸せ』を発明する。」というグループビジョンを掲げ、これがサステナビリティやステークホルダーの「Well-Being Life(心身ともに豊かなくらし)」の実現と密接に結びついている2。近年、小売業界においても、気候変動の物理的影響の顕在化5や社会からの期待の高まり5を受け、ESG(環境・社会・ガバナンス)要素の重要性が増している。JFRは、サステナビリティを単なるリスク対応ではなく、事業戦略の中核に位置づけ、社会課題の解決と企業価値向上を両立させるCSV(Creating Shared Value)の視点を取り入れようとしている9。特に、代表執行役社長自身が日々の暑さの中で地球温暖化の危機を実感していると言及しており5、トップレベルでの強い問題意識が、野心的な目標設定や取り組み推進の原動力となっている可能性が示唆される。これは、社長が委員長を務めるサステナビリティ委員会を設置し、気候関連課題を含む重要課題について取締役会が監督するガバナンス体制の構築9とも整合している。
JFRグループは、気候変動をサステナビリティ経営上の最重要課題の一つと認識し11、バリューチェーン全体での2050年ネットゼロ達成を目指している10。
JFRグループは、科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)から認定を受けた野心的なGHG排出削減目標を掲げている。2021年には、Scope1(自社での直接排出)およびScope2(エネルギー使用に伴う間接排出)の2030年削減目標を、2017年度比で従来の40%から60%へと引き上げ、「1.5℃目標」としての再認定を取得した2。さらに、2023年2月には、Scope1・2・3(サプライチェーン全体の間接排出)を含むバリューチェーン全体での2050年までのネットゼロ目標についてもSBTiの認定を取得している6。
Scope1・2排出量の削減は着実に進捗している。2023年度の排出量は82,757トンCO2となり、基準年である2017年度比で57.4%削減を達成した10。これは2030年の60%削減目標達成に向けて順調な進捗状況であり、主に店舗運営における省エネルギー推進と再生可能エネルギー導入の成果と考えられる。
一方、Scope3排出量については、2030年までに2017年度比で40%削減を目指すとしているが10、2023年度の実績は2,898,436トンCO2で、2017年度比1.0%削減にとどまっている10。JFRグループのGHG排出量全体において、Scope1・2が占める割合は比較的小さく、Scope3、特にカテゴリ1(調達した商品・サービス)がその90%以上を占めている10。このカテゴリの排出量削減は、自社努力のみでは極めて困難であり、サプライヤーとの協働が不可欠であると認識されている12。このScope3削減の遅れは、JFRにとってネットゼロ目標達成に向けた最大の課題であり、サプライヤーエンゲージメントの強化が急務であることを示している。
JFRグループは、Scope2排出量削減の主要な柱として再生可能エネルギー導入を積極的に推進しており、2020年10月には事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目指す国際イニシアチブ「RE100」に加盟した10。目標としては、2030年までに事業活動で使用する電力に占める再エネ比率を60%、2050年までに100%とすることを掲げている2。
この目標に向けた進捗は目覚ましく、2023年度の再エネ比率は52.9%(157,454 MWh)に達し、2021年度の20.3%から大幅に向上した10。この急速な導入拡大は、大規模施設における直接的な電力購入契約などを効果的に活用していることを示唆する。象徴的な事例として、2019年に開業した大丸心斎橋店本館2および2020年に開業した心斎橋PARCO15は、使用電力の100%を再生可能エネルギーで賄う「ESGモデル店舗」として運営されている6。これらの取り組みは関西、関東、中部地区へと順次拡大されている12。JFRは、再エネ電力による店舗運営が、建物の環境価値を高め、環境意識の高いテナントや顧客からの支持獲得につながると考えており12、今後も再エネ電力への切り替えを積極的に進める方針である。将来的には、コーポレートPPA(電力購入契約)の構築や自社施設への再エネ設備投資による自家発電・自家消費も検討されている10。
ただし、RE100へのコミットメントは主にScope2排出量に対応するものであり、百貨店やショッピングセンター内の多数のテナントによるエネルギー使用(Scope3 カテゴリ13に該当する可能性)への対応は、今後の課題となる可能性がある。バリューチェーン全体の脱炭素化には、テナントへの働きかけやグリーンリース契約など、直接的な再エネ調達以外の戦略も必要となるだろう。
再生可能エネルギー導入と並行して、エネルギー消費量自体の削減、すなわち省エネルギーと効率化も重要な取り組みとして位置づけられている。JFRグループのScope1・2排出量の90%以上が店舗からの排出であり、その約8割が電力使用に起因するため12、店舗におけるエネルギー効率の改善は不可欠である。
具体的な施策として、店舗内の照明をLEDへ切り替え拡大することや、空調設備などを省エネ効率の高い機器へ導入・更新することが挙げられている10。2022年度には、LED化投資に約5.2億円を投じ、CO2排出量を年間約2,500トン削減した実績がある10。また、2019年にリニューアルオープンした渋谷PARCOは、デジタルコミュニケーション技術を活用したエネルギーの効率的利用などが評価され、国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(省CO2先導型)」に採択されており2、技術革新による効率化の好例と言える。さらに、社用車のEV(電気自動車)化も進められている10。これらの省エネ・効率化への継続的な投資は、運用コストの削減と、必要となる再生可能エネルギー量の抑制に貢献する。
JFRグループは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に2021年に賛同を表明し6、以降、提言が推奨する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4項目に沿った詳細な情報開示を行っている10。
ガバナンス体制としては、サステナビリティ委員会(社長が委員長)が気候関連のリスク・機会を踏まえた長期計画やKPIの進捗をモニタリングし、その内容は取締役会へ報告される体制が構築されている9。気候関連課題に対する経営判断の最終責任は代表執行役社長が負う10。
戦略策定においては、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)やIEA(国際エネルギー機関)のシナリオ(1.5℃未満と4℃)を参照し、気候変動に伴う移行リスク(政策・規制、市場、評判、技術)、物理リスク(急性、慢性)、および機会(資源効率、エネルギー源、製品・サービス、市場、レジリエンス)を特定・評価し、事業戦略のレジリエンス(強靭性)を確認している10。
さらに、気候変動対応を組織内に浸透させ、具体的な行動を促進するための仕組みも導入されている。2024年2月にはインターナルカーボンプライシング(ICP)を導入し、CO2排出コストを可視化することで脱炭素投資の意思決定を促進している10。また、役員報酬制度において、業績連動株式報酬の一部をScope1・2排出量削減率という非財務指標に連動させ、経営層のコミットメントを明確化している10。これらの取り組みは、JFRが気候変動問題を経営の根幹に関わる課題として捉え、報告だけでなく、実際の事業運営やインセンティブ設計にまで組み込んでいることを示している。
JFRグループは、脱炭素化と並ぶ環境戦略の柱として、従来の「リニア・エコノミー(直線型経済)」から「サーキュラー・エコノミー(循環型経済)」への転換を目指している2。これは、資源や製品の価値を最大化し2、廃棄物削減やリサイクルを通じて事業活動における資源効率を高めること9を目的としている。この取り組みは、環境リスク(資源枯渇、廃棄物問題)の低減だけでなく、新たな事業機会の創出にも繋がると考えられている2。
JFRグループの資源循環に関する基本方針は、ステークホルダー(顧客、取引先、従業員など)と協働し、廃棄物削減(リデュース)、再利用(リユース)、再生利用(リサイクル)の3Rを強化し、事業活動における資源効率を高めることである9。具体的な目標としては、総廃棄物排出量(食品廃棄物を含む)を2019年度比で削減することが挙げられ、2023年度には30.8%削減を達成し、目標(30%削減)をクリアした14。また、食品リサイクル率の向上も目指している20。これらの目標達成に向け、多岐にわたる具体的な取り組みが展開されている。
アパレル製品を主力商品の一つとする百貨店・小売業にとって、衣料品の循環は重要な課題である。JFRグループでは、この課題に対し、複数のアプローチで取り組んでいる。
中核事業会社である大丸松坂屋百貨店では、2016年度から「エコフ(ECOFF)」と名付けたプログラムを実施している21。これは、顧客から不要になった衣料品、靴、バッグなどを店頭で回収し、リサイクルやリユースにつなげる取り組みである18。顧客の環境意識の高まりとともに規模は拡大しており、2024年6月時点で累計711万点以上が回収された18。2023年度単年では377トン(累計1,845トン)を回収しており14、環境省の「エコ・ファースト制度」における先進的な取り組みとしても認定されている21。
さらに、より付加価値の高い循環を目指す動きとして、2021年3月にファッションサブスクリプション(レンタル)事業「AnotherADdress(アナザーアドレス)」を開始した12。これは、「服は使い捨てではない」という考えに基づき、衣料品の利用期間を延ばし、シェアリングを通じて資源効率を高めるビジネスモデルである22。この事業は順調に成長しており、利用が難しくなった衣料品をアップサイクル(元の製品よりも価値の高いものに再生)するブランド「reADdress(リアドレス)」を2023年12月に立ち上げた12。また、2024年8月には、顧客参加型の衣料品回収・循環プラットフォームを目指す衣料循環プロジェクト「roop(ループ)」が環境省の推進事業に採択されるなど12、取り組みは多層的に進化している。AnotherADdressの配送においては、繰り返し利用可能なガーメントバッグを導入し、段ボール使用の全廃とビニール使用量の削減も実現している22。
これらの活動は、確立された回収インフラ(エコフ)を基盤に、革新的なビジネスモデル(AnotherADdress)と、さらなる価値向上を目指す取り組み(reADdress, roop)を組み合わせた、戦略的なアプローチと言える。ただし、これらの循環型モデルの成功は、顧客の積極的な参加(エコフへの持ち込み、サブスクリプション利用、roopへの参加)に大きく依存するため、効果的なマーケティングやインセンティブ設計、利便性の高い仕組みづくりが、今後のスケールアップに向けた鍵となるだろう。
プラスチック廃棄物問題への対応も進められている。大丸東京店と松坂屋上野店は、東京都内の商業施設から排出される廃プラスチックを効率的に回収・リサイクルし、トレーサビリティの取れた再生プラスチック材「POOL Resin」として活用する「POOL PROJECT TOKYO」に参加している8。これは、複雑な都市部の商業施設からのプラスチックリサイクルにおいて、事業者間連携の重要性を示す事例である。
また、店舗改装時の廃棄物削減策として、グループ会社のJ.フロント建装と大丸松坂屋百貨店が協業し、従来は廃棄されていた仮囲いを、繰り返し使用可能なシステムパネル工法に変更した20。さらに、アパレル業界全体での取り組みとして、納品時に使用されるハンガーを共通化・循環利用する「百貨店統一ハンガー」を導入しており、これによりプラスチックごみとCO2排出量の削減に貢献している25。2022年には年間約2,050万本のハンガーが出荷され、リユース率は33%に達し、年間1,254トンのCO2削減効果があったと報告されている25。
百貨店の食品フロアやレストランから発生する食品廃棄物は大きな課題であり、JFRグループは予防策から資源化まで多角的に取り組んでいる。
まず、発生抑制策として、AIを活用した需要予測システムを導入し、サプライヤーと協働して食品廃棄物の削減を図っている10。従業員の意識向上と家庭での実践を促すため、都市型コンポストキット「LFCコンポスト」を用いた従業員向けコミュニティ活動も実施している20。大丸心斎橋店の社員食堂から出る生ごみをコンポスト化し、店舗前の花壇の肥料として活用する取り組みもある20。
さらに、排出された廃棄物を高付加価値な資源として活用する先進的な取り組みとして、「Fly to Fly Project」への参画が挙げられる13。これは、大丸松坂屋百貨店の店舗(複数店舗が参加)から排出される廃食用油を回収し、日揮ホールディングス、レボインターナショナル、SAFFAIRE SKY ENERGYといったパートナー企業を通じて、国産の持続可能な航空燃料(SAF)の原料として供給するもので、百貨店業界初の試みである27。このプロジェクトは、気候変動対策(航空燃料の脱炭素化)と資源循環を同時に実現する点で注目される。
このほか、顧客や地域社会との連携として、フードバンク等への寄付を目的としたフードドライブ活動(累計寄付重量3,392.1kg、2024年6月時点)18や、台東区およびローカルフードサイクリング株式会社との「循環型ライフスタイルへの転換に向けた協定」締結13なども行われている。
これらの多様な取り組みは、食品廃棄物問題に対して、発生抑制、従業員・顧客エンゲージメント、そして高度な資源化技術の活用という、包括的なアプローチを採用していることを示している。ただし、SAF化は廃食用油という特定の廃棄物ストリームを対象としており、百貨店全体で発生する食品廃棄物(調理くず、売れ残り食品など)の削減・資源化には、より広範な対策(サプライチェーンでのロス削減、食品寄付の拡大、大規模コンポスト施設の利用など)の継続的な強化が必要となるだろう。
上記以外にも、グループ内での資源循環の取り組みが見られる。J.フロント建装では、前述の仮囲いシステムパネルの採用24に加え、解体現場から発生する廃石膏ボードを分別回収し、土壌改良材としてリサイクルする取り組みを進めている20。また、工場から出る端材(木材、フィルムなど)を、大阪芸術大学との連携プロジェクトを通じてアップサイクルし、アート作品として活用する試みも行われている20。包装材についても、大丸松坂屋百貨店ではFSC認証紙などの環境配慮型素材への切り替えや、簡易包装(スマートラッピング)の推奨を進めている20。
JFRグループは、気候変動、資源循環に続き、生物多様性の保全を環境戦略の重要な柱として近年位置づけ始めている。
2024年5月、JFRグループは従来の環境方針「エコビジョン」を改定し、「生物多様性の保全」を新たに重点事項として加えた20。これは、事業活動が食料、水、木材といった自然資本や、気候調整などの生態系サービスに深く依存している一方で、GHG排出や廃棄物、排水などを通じて自然環境へ影響を与えているとの認識に基づいている20。改定された方針では、ステークホルダーと協働し、豊かで多様な自然環境の保全と再生に取り組み、自然資本の持続可能な利用に向けて生物多様性に配慮した事業活動を推進することが謳われている9。この方針転換は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の提言に沿った情報開示を開始したこと6とも連動しており、生物多様性に関するリスクと機会への対応を本格化させる意思を示している。ガバナンス体制としては、気候変動と同様に、サステナビリティ委員会がグループ全体の目標設定や実行計画の策定・進捗確認を担い、取締役会が監督する構造となっている9。この最近の動きは、JFRが生物多様性を単なる社会貢献活動ではなく、事業継続に関わる経営課題として捉え始めたことを示唆している。
TNFD提言への対応の一環として、JFRグループは自社の事業活動と自然との関わり(依存と影響)の評価を進めている。具体的には、主要事業会社である大丸松坂屋百貨店の主要店舗を対象に、自然関連リスク評価ツール「ENCORE」などを活用し、直接操業(店舗運営、開発)およびバリューチェーン上流(商品調達)における自然資本への依存度と影響度を分析した20。特に重要性の高い拠点として大丸心斎橋店を特定し、TNFDが推奨するLEAPアプローチ(発見、診断、評価、対応)に基づき、店舗開発、衣料品・食料品調達、包装資材に関連するリスクと機会の評価を実施した20。
この評価を通じて、物理的リスク(異常気象による操業停止、原材料調達難)、移行リスク(規制強化、市場の変化)、評判リスク、そして機会(資源効率向上、環境配慮型商品・サービスによる市場獲得、事業レジリエンス向上、生態系保全活動によるブランド価値向上、グリーンファイナンス活用など)が特定されている20。この体系的な評価プロセスの導入は、生物多様性に関する課題をより具体的に把握し、戦略的な対応策を検討するための基盤となる。
JFRグループは、以前から生物多様性保全に貢献する活動をいくつか実施してきたが、今後はTNFDの評価結果を踏まえ、より戦略的に取り組みを強化していく方針である。
現時点での主な活動事例としては、以下が挙げられる。
持続可能な資材調達: 大丸松坂屋百貨店で使用する紙製ショッピングバッグや販促用紙に、適切に管理された森林からの木材パルプを使用したFSC認証紙を採用20。グループ会社のJ.フロント建装では、オフィスビル再開発などの内装工事において、従来活用されていなかった国産の間伐材などを内装仕上げ材やプランターとして積極的に提案・採用20。これは森林保全と国内林業支援に貢献する。また、調達においてはワシントン条約(CITES)などの国際条約や関連法令を遵守し、生物多様性に配慮することが原則として定められている30。
都市緑化と生態系配慮: 大丸心斎橋店本館のテラスや屋上に緑化スペースを設け、CO2吸収と都市のヒートアイランド現象緩和に貢献20。同店屋上では、2019年から「心斎橋はちみつプロジェクト」として都市養蜂を実施。ミツバチによる受粉促進という生態系サービスへの貢献に加え、採れた蜂蜜の商品化や、子ども向けワークショップ開催による環境教育も行っている32。銀座の複合商業施設「GINZA SIX」の屋上庭園は、都市のオアシスとしてSEGES認定を受けている20。
水資源管理: 大丸心斎橋店では、雨水・中水の利用や節水型設備の導入に加え、厨房排水を微生物で浄化してから下水に放流する設備を導入し、河川や海洋の環境保全にも配慮している20。
その他: 新規開発物件においては、CASBEEやZEBといった環境認証の取得を推進20。
これらの活動は価値があるものの、多くは個別の店舗や特定の資材に焦点を当てたものである。TNFD分析で示唆される、食料品や衣料品の原材料調達(農業、林業、漁業など)が生物多様性に与える広範な影響に対して、サプライチェーン全体を巻き込んだ具体的な行動計画や目標設定は、今後の重要な課題となるだろう。
JFRグループは、生物多様性の損失と気候変動が相互に関連する不可分の課題であると認識しており、両者の包括的な解決を目指すとしている20。現在、自然関連リスク・機会の管理に用いる指標として、GHG排出量、再エネ比率、食品リサイクル率、環境配慮型商品の展開、新規開発物件の環境認証取得率などが挙げられている20。
しかし、これらは既存の環境指標や定性的な目標が中心であり、生物多様性そのものに関する具体的な定量目標(例:自然生息地の回復面積、持続可能な認証を受けた原材料の調達比率、水ストレス地域での取水量削減率など)は、現時点では明確に設定・開示されていない。今後は、TNFD評価に基づき取り組みの優先順位を検討し、対象範囲を拡大するとともに、主要な取引先を対象とした生物多様性に関するアセスメント実施などを通じて、ネイチャーポジティブ(自然再興)への貢献に向けた実効性を高めていく方針である20。具体的な生物多様性目標の設定と進捗開示が、今後の評価において重要となるだろう。
JFRグループは、TCFDおよびTNFDのフレームワークに基づき、気候変動や自然資本に関連するリスクと機会を特定・評価し、経営戦略に反映させる取り組みを進めている10。
分析された主要なリスクは以下の通りである。
規制・政策リスク: 炭素税導入や排出量取引制度などによる事業コストの増加が予測される。TCFD報告書では、IEAの2℃未満シナリオに基づき、2030年時点での炭素税導入による財務影響を約13~15億円と試算している10。また、プラスチック資源循環促進法への対応20や、サプライチェーンにおける人権・環境デューデリジェンスの法制化など、環境関連規制の強化は、コンプライアンスコストや事業運営方法の見直しを迫る可能性がある。
市場リスク: 消費者の環境意識の高まりにより、サステナブルな製品やサービスへの需要が拡大する一方、対応が遅れれば市場シェアを失うリスクがある10。ESG投資の拡大に伴い、投資家からの評価が企業価値に与える影響も増大している。競合他社がより先進的な取り組みを進めた場合、相対的な競争力が低下する可能性も指摘される。
評判リスク: 環境問題への取り組みが不十分とみなされた場合、ブランドイメージが毀損し、顧客や従業員、投資家といったステークホルダーからの信頼を失うリスクがある10。特に、サプライチェーン上で環境破壊や人権侵害が発生した場合、自社の直接的な関与がなくとも、管理責任を問われ、レピュテーションに深刻なダメージを受ける可能性がある5。
物理的リスク: 気候変動に伴う異常気象(台風、豪雨、猛暑など)の激甚化・頻発化は、店舗の浸水被害や営業停止、サプライチェーンの寸断による商品供給不足、冷房負荷増大によるエネルギーコスト増加などを引き起こす10。特に、JFRグループが推進する「アーバンドミナント戦略」13は、特定の都市部に経営資源を集中させるため、当該地域での災害発生時の影響が大きくなる可能性がある。また、気候変動や生態系の変化は、食料品や衣料品(天然繊維)の原材料となる農産物・水産物の不作や価格高騰を招き、調達リスクを高める20。
移行リスク: 低炭素社会への移行に伴い、再生可能エネルギーの導入10や省エネ設備への更新、サプライチェーン全体の脱炭素化10には相応の投資が必要となる。特に、Scope3排出量の大半を占めるサプライヤーの排出削減が進まなければ、JFR自身のネットゼロ目標達成が困難になるだけでなく、サプライチェーン全体での移行リスクを抱え込むことになる。
これらのリスク認識、特にScope3への依存度の高さとそれに伴う移行リスク、そしてアーバンドミナント戦略と物理リスクの潜在的な関連性は、今後の戦略策定において重要な考慮事項となる。
一方で、環境課題への積極的な取り組みは、新たな事業機会の創出にもつながる。
コスト削減: 省エネルギー化の推進や廃棄物削減は、光熱費や廃棄物処理費用の削減に直結する10。資源循環の取り組みが進めば、原材料コストの抑制にも繋がる可能性がある。
新規市場・収益源: 環境配慮型商品やサステナブル・ブランドへの需要拡大は、新たな市場を開拓する好機となる10。また、「AnotherADdress」のような衣料品レンタル12や、修理・リメイクサービス33、アップサイクル製品の販売12といったサーキュラー・ビジネスモデルは、従来の物販中心の事業構造を補完・転換し、新たな収益源となる可能性がある。
ブランド価値向上: 環境・社会課題への真摯な取り組みは、企業の評判を高め、顧客ロイヤルティの向上や、ESGを重視する投資家からの評価獲得(グリーンボンド発行など20)、さらには優秀な人材の獲得・維持にも寄与する9。
事業レジリエンス強化: 気候変動への適応策(BCP強化、分散型エネルギー導入など)や、持続可能な調達体制の構築は、物理リスクに対する事業の強靭性を高める10。
地域共創: 「アーバンドミナント戦略」と連携し、店舗を核とした地域の環境活動(緑化、省エネ、資源循環など)を推進することで、地域社会との良好な関係を構築し、地域全体の魅力向上に貢献できる6。
特に、AnotherADdressのようなサービス化・循環型ビジネスモデルは、資源効率化と顧客ニーズ(所有から利用へ、サステナビリティ志向)の両方に応えるものであり、大きな成長ポテンシャルを秘めている。また、JFRの強みである都市中心部の店舗ネットワークを、ECOFFのような資源回収拠点18や、リペアサービスの提供、地域産サステナブル商品の紹介・販売など、サーキュラーエコノミーや地域環境活動のハブとして活用することは、リアル店舗ならではの価値を創出し、デジタル時代における競争優位性を築く上で有効な戦略となり得るだろう。
JFRグループの取り組みを評価する上で、国内外の小売・百貨店業界における環境先進事例(ベストプラクティス)を参照することは有益である。以下に、気候変動、資源循環、生物多様性の各分野における代表的な先進事例を記述する。
気候変動対策:
目標設定と達成: 多くの先進企業がSBTi認定の1.5℃目標やネットゼロ目標(Scope3を含む)を設定し、その達成に向けた具体的なロードマップを策定・公開している34。
再生可能エネルギー: RE100への加盟と目標達成に向けた積極的な再エネ導入(大規模PPA契約、自家発電設備導入など)が進んでいる36。
エネルギー効率: スマートビルディング技術の導入、高効率な空調・照明システムへの更新、AIを活用したエネルギー管理など、継続的な省エネ投資が行われている25。
サプライチェーン連携: Scope3排出量削減のため、主要サプライヤーとのデータ共有、共同での削減目標設定、技術支援、インセンティブ付与といった協働プログラムが展開されている39。
低炭素物流: 自社配送網におけるEV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)への転換、共同配送の推進、モーダルシフト(トラックから鉄道・船舶へ)、AIによる配送ルート最適化、高速バスの貨物スペース活用25など、物流分野での排出削減努力が見られる。
残余排出量への対応: 削減努力を尽くした上でなお残る排出量に対しては、信頼性の高い炭素除去技術への投資や、生物多様性保全にも貢献する質の高いネイチャーベースドソリューション(NbS)によるオフセットなどが検討・実施されている40。
資源循環:
回収・リサイクルシステム: 消費者が参加しやすい大規模な製品回収プログラム(衣料品、容器包装、小型家電など)を店舗網を活用して展開し、回収物を高度なリサイクルやアップサイクルにつなげる仕組みが構築されている(例:ユニクロ「RE.UNIQLO」41、H&M「Looop」43、ライオンや花王の容器回収44)。
循環型ビジネスモデル: レンタル、サブスクリプション、リセール(中古品販売)、リペア(修理)サービスなどを事業化し、製品の利用期間を延長する取り組みが拡大している(例:パタゴニア「Worn Wear」43、IKEA「Circular Hub」43)。
製品・包装設計: 製品開発段階からリサイクル・リユースを前提とした設計(単一素材化、分解容易性、耐久性向上)や、環境負荷の低い包装材(再生材、バイオマスプラスチック、FSC認証紙など)の採用、包装材使用量自体の削減(詰め替え製品の推進、簡易包装)が進められている41。
食品ロス削減: AIによる需要予測、ダイナミックプライシング(需要に応じた価格変動)、賞味期限の近い食品の値引き販売、フードバンク等への寄付、店舗や加工段階で出る食品残渣の飼料化・堆肥化・バイオガス化、さらには食品廃棄物を活用した新製品開発(例:スターバックスのコーヒーかす堆肥利用46、廃棄パンを利用したビール醸造46)など、多岐にわたる取り組みが実践されている。
バリューチェーン連携: 業界団体や異業種企業、自治体、NPOなどと連携し、資源回収・リサイクルのインフラ整備や、新たな循環システムの構築が進められている(例:伊藤忠商事「RENU」47、企業連合「J-CEP」44)。
生物多様性:
評価と目標設定: TNFDなどのフレームワークを活用し、バリューチェーン全体での自然への依存度・影響度を評価し、科学的根拠に基づいた具体的な目標(例:森林破壊ゼロ、水ストレス地域での取水削減、持続可能な認証原材料の調達比率向上など)を設定・開示している39。
持続可能な調達: 特に影響の大きい原材料(パーム油、大豆、木材・紙パルプ、綿花、カカオ、コーヒー、水産物など)について、信頼性の高い認証制度(FSC, MSC, RSPOなど)の活用や、トレーサビリティ確保、サプライヤーへの環境・社会基準の要求などを通じた持続可能な調達方針を策定・実行している39。
NbSへの投資: 事業活動を行う地域やサプライチェーンにおける生態系の保全・回復プロジェクトへの直接投資や、質の高いNbSクレジットの購入などを通じて、生物多様性の損失を食い止め、回復(ネイチャーポジティブ)に貢献する動きがある40。
事業拠点での配慮: 店舗敷地や周辺地域において、在来種を用いた緑化、壁面緑化、ビオトープ設置、雨水浸透舗装、農薬・化学肥料使用の抑制など、生物多様性に配慮した土地利用や管理を行っている50。
化学物質管理: 製品や生産工程で使用する有害化学物質の削減・代替、環境中への排出管理を徹底している50。
ステークホルダー連携: 環境NGO、研究機関、地域コミュニティ、先住民などとの対話や協働を通じて、専門的な知見を取り入れ、地域の実情に即した保全活動を推進している39。
消費者啓発: 環境配慮型製品の選択肢を提供するとともに、製品の環境負荷に関する情報提供やキャンペーンを通じて、消費者の意識向上と行動変容を促している51。
これらの先進事例に共通する傾向として、環境課題(気候変動、資源循環、生物多様性)を個別に捉えるのではなく、相互の関連性を認識し、統合的に取り組む姿勢が見られる53。例えば、資源循環の推進はScope3排出量の削減や、資源採掘に伴う生物多様性への負荷軽減にも貢献する。また、単なる自社の事業活動範囲内の効率化やコンプライアンス遵守にとどまらず、サプライヤーや顧客、さらには業界全体や地域社会を巻き込んだ、バリューチェーン全体での変革を目指す動きが加速している39。これらは、表面的な取り組みではなく、事業戦略やビジネスモデルそのものにサステナビリティを組み込む必要性を示唆している。
JFRグループの環境への取り組みは、特に気候変動に関する目標設定やガバナンス体制において先進性が認められるものの、業界のベストプラクティスや自社目標との比較から、いくつかの課題も浮かび上がってくる。
分析に基づき、JFRが直面している主要な環境課題は以下のように評価される。
課題1:Scope3排出量削減の加速化: 野心的なネットゼロ目標10に対し、Scope3排出量の削減ペースは非常に緩やかである10。排出量の大部分を占めるカテゴリ1(調達した商品・サービス)10の削減にはサプライヤーとの連携が不可欠だが、その実効性を高めることが喫緊の課題である。サプライヤーからの一次データ収集12やエンゲージメントは緒に就いたばかりであり、具体的な削減成果に結びつけるには更なる努力が必要となる。
課題2:循環型ビジネスモデルのスケールアップ: 「AnotherADdress」12や「reADdress」12といった意欲的な循環型ビジネスは開始されているが、これらをパイロット段階から事業の柱へと成長させ、十分な収益性を確保しつつ規模を拡大していくことが課題である。顧客獲得、効率的な回収・洗浄・修理といった逆流通(リバースロジスティクス)の最適化、パートナー企業との連携強化などが求められる。
課題3:生物多様性への取り組み深化: 2024年に方針が改定されTNFD対応も始まったが20、具体的な行動はまだ緒に就いた段階である。特に、食品や衣料品の原材料調達など、バリューチェーン上流における生物多様性への影響が大きい領域での具体的な行動計画や、定量的な目標設定が今後の課題となる。現状の取り組みは、FSC認証材利用や都市緑化など20、価値はあるものの、より広範な影響に対応するには不十分な可能性がある。
課題4:サステナビリティと事業戦略の統合深化: 「アーバンドミナント戦略」13のような中核的な事業戦略において、サステナビリティの視点(機会創出とリスク管理)をより深く組み込む必要がある。例えば、戦略対象地域における物理的な気候リスクへの対応や、地域内での持続可能な調達・資源循環モデルの構築などが考えられる。
課題5:従業員エンゲージメントと能力向上: サステナビリティ方針やSDGsの認知度は高いものの9、全従業員がその意味を理解し、自らの業務と結びつけて具体的な行動(CSVの実践)に移すまでには至っていないとの認識が示されている5。意識向上に留まらず、各部門・各階層の従業員が主体的にサステナビリティを推進するための知識・スキル向上と動機付けが課題である。
これらの課題の中で、特にScope3削減、循環型ビジネス、生物多様性保全の推進においては、サプライヤーや顧客といった社外ステークホルダーとの効果的な連携、すなわちバリューチェーン全体での取り組みをいかに構築・推進するかが共通の鍵となっている。JFRの直接的な事業運営における環境管理は比較的進んでいる一方で、外部への影響力行使や協働が今後の成功を左右する主要なボトルネックとなっていると考えられる。
上記の課題を踏まえ、JFRグループが環境パフォーマンスをさらに向上させ、持続可能な成長を実現するために、以下の戦略的行動を推奨する。
提言1(Scope3削減強化): サプライヤーエンゲージメントを体系化し、優先順位付けを行う。特に排出影響の大きいカテゴリ(衣料品、食品など)の主要サプライヤーに対し、段階的なアプローチ(①意識啓発・データ収集依頼→②目標設定支援→③削減策の共同検討・実施)を適用する。一次データの取得12を推進し、サプライヤーの削減努力を評価・インセンティブに繋げる仕組み(例:サステナブル調達スコアカード)を導入する。業界内での共同調達や情報共有イニシアチブへの参加も検討する。
提言2(循環型ビジネスの加速): 「AnotherADdress」「reADdress」「roop」の事業拡大に向けた具体的なロードマップ(KPI設定、投資計画含む)を策定する。顧客獲得戦略として、利便性向上(回収BOX増設、手続き簡素化)、価格設定の見直し、サステナビリティ価値の訴求強化を行う。逆流通の効率化のため、物流パートナーとの連携強化や、AI活用による在庫・需要予測精度向上を図る。プライベートブランド製品においては、企画・設計段階から修理可能性やリサイクル容易性を考慮した「サーキュラーデザイン」を導入する。店舗を「サーキュラーハブ」として再定義し、エコフの対象品目拡大、修理相談カウンター設置、地域のリサイクル事業者との連携などを検討する。
提言3(生物多様性戦略の具体化): TNFD評価に基づき、特にリスク・影響が大きいと特定された原材料(例:綿花、パーム油、紙・パルプ、水産物、食肉など)について、詳細なサプライチェーンマッピングとリスク評価を実施する。これらの重要原材料に対し、信頼できる認証制度の活用や独自の検証プロセスを通じて、「森林破壊・生態系破壊ゼロ」などの具体的な調達目標(期限、割合)を設定・公表する。サプライヤー選定基準や契約に生物多様性配慮項目を盛り込み、定期的な監査やエンゲージメントを通じて遵守状況を確認する。店舗や事業所レベルでの生物多様性行動計画(BAP)を、大丸心斎橋店20以外の拠点にも展開し、地域生態系に貢献する緑化(在来種活用)などを推進する。
提言4(事業戦略との統合): 「アーバンドミナント戦略」13の各プロジェクト計画・実行・評価プロセスに、気候変動適応策(洪水対策、ヒートアイランド対策など)や資源循環(地域内での廃棄物資源化ループ構築)、生物多様性(緑地創出、地域産材利用)といったESG要素を明確に組み込む。これらの重点地区において、地域行政やNPO、地元企業と連携したサステナブルなまちづくりモデルを先行的に構築・発信する。
提言5(組織能力・エンゲージメント向上): 従業員研修を、単なる知識習得5から、各部門・職務に応じた具体的なサステナビリティ実践スキルの習得へと進化させる(例:バイヤー向けサステナブル調達研修、店舗スタッフ向け顧客コミュニケーション研修)。社内でのサステナビリティ関連のアイデア提案制度や成功事例共有を活性化し、CSV視点でのイノベーション9を奨励する。顧客に対しては、エコフやAnotherADdressなどの利用メリット(環境貢献+α)を分かりやすく伝え、参加を促進するためのコミュニケーション戦略(アプリ、SNS、店頭表示)を強化する。
JFRの環境パフォーマンスを相対的に評価するため、日本の百貨店・小売業界における主要な競合他社の取り組みと比較分析する。
JFRの事業ポートフォリオ(百貨店、ショッピングセンター)と市場地位を考慮すると、主要な競合企業として以下の3社が挙げられる。
株式会社高島屋 (Takashimaya Co., Ltd.): 全国に主要都市型店舗を展開する大手百貨店3。
株式会社三越伊勢丹ホールディングス (Isetan Mitsukoshi Holdings Ltd.): 伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店などを核とする最大手百貨店グループ3。
エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 (H2O Retailing Corporation): 関西圏を基盤とする阪急阪神百貨店や食品スーパーなどを展開するグループ3。
これらの企業は、事業規模、顧客層、展開地域においてJFRと重なる部分が多く、ESG戦略やパフォーマンスを比較する上で適切な対象となる。
各社の公開情報に基づき、気候変動、資源循環、生物多様性に関する取り組みを比較する。
高島屋:
気候変動: RE10057およびEV10058に加盟し、再エネ転換と事業用車両の電動化を推進。Scope1・2排出量削減目標として2030年度に2019年度比30%以上削減、2050年度までにゼロを掲げる17。再エネ目標は2030年度30%以上、2050年度100%17。TCFD提言に沿った情報開示を実施17。
資源循環: 廃棄プラスチックのリサイクル率向上に注力し、2025年度に99.0%以上という具体的な目標(SPT)を設定している60。衣料品や化粧品などの回収・アップサイクル活動「Depart Loop」などを展開61。食品ロス削減にも取り組む58。
生物多様性: ESGレポート62やTCFDレポート17では、生物多様性に関する具体的な戦略や目標の記述は限定的である。
三越伊勢丹ホールディングス:
気候変動: Scope1・2排出量削減目標として2030年度に2013年度比50%削減、2050年に実質ゼロを掲げる34。国内百貨店事業における再エネ比率目標は2030年に60%63。TCFD提言に賛同し64、詳細なESGデータ(Scope3排出量を含む)を開示64。CDP気候変動スコアでAリスト評価を継続して獲得34。
資源循環: 4R(リフューズ、リデュース、リユース、リサイクル)推進を掲げ、サステナビリティキャンペーン「think good」33を展開。衣料品回収プログラム「アイムグリーン」33や、店舗での修理・リフォーム・リメイクサービス33を提供。サプライヤーに対しても調達方針や行動規範を定め、連携を図る34。
生物多様性: 環境方針67に基づき、生物多様性保全に配慮した活動を推進。具体的な取り組みとして、店舗屋上での養蜂活動(日本橋三越本店、伊勢丹新宿店)33や、グループ会社におけるFSC/PEFC認証木材の利用68などが見られる。
エイチ・ツー・オー リテイリング:
気候変動: GHG排出量削減目標として、Scope1・2を2030年度に2019年度比30%削減、2050年度に実質ゼロを目指す69。TCFD提言に沿った情報開示を実施69。再エネ導入を進めており、2022年度から阪急うめだ本店の使用電力を順次再エネに切り替え69。
資源循環: 特に食品ロス削減に注力しており、兵庫県川西市などで地域住民や事業者、行政と連携した「地域とともに実現する食品廃棄ゼロエリアプロジェクト」を推進。家庭でのコンポスト実践プログラム「食とわコンポストチャレンジ」や、余剰食材を活用する料理イベント「食とわクッキング(サルベージ・パーティ®︎)」などを展開している70。また、大阪府や他企業と連携し、衣料品の回収から再販・リサイクルまでを一貫して行う「サステナブルファッション・プラットフォーム(oHOHoプロジェクト)」の構築を目指している73。
生物多様性: 重要課題(マテリアリティ)の一つに「豊かな『地域の自然』を守り、引き継ぐ」を掲げ73、「大阪・森の循環促進プロジェクト」として間伐材利用促進や自然と共生する売り場づくりに取り組んでいる73。地域社会との連携を重視する姿勢が強い76。
これらの比較から、JFRはSBT認定のネットゼロ目標や高いESG評価においてリーダーシップを発揮している一方で、競合他社もそれぞれ特色ある取り組みを進めていることがわかる。三越伊勢丹HDは詳細な情報開示と体系的な取り組み、高島屋は特定の資源循環目標の設定、H2Oリテイリングは地域連携型の食品ロス・衣料品循環プロジェクトが特徴的である。JFRにとっては、自社の強みである目標設定や外部評価の高さを維持しつつ、競合の優れた点を参考に、特にScope3削減や生物多様性のバリューチェーン全体での取り組みといった分野で、具体的な実行力をさらに高めていくことが、競争優位性を維持・強化する上で重要となるだろう。
企業の環境への取り組みやパフォーマンスを客観的に評価・比較する上で、CDP、MSCI、Sustainalyticsといった主要なESG評価機関によるスコアやレーティングは重要な指標となる。以下に、JFRおよび主要競合他社の最新の評価状況を記述形式で比較する。
J.フロント リテイリング (JFR):
CDP気候変動: 国際的な環境非営利団体CDPによる気候変動に関する調査において、2020年から2023年まで4年連続で最高評価である「Aリスト」に選定されている18。これは、気候変動への取り組みや情報開示における先進企業として高く評価されていることを示す。
MSCI ESGレーティング: 世界的なESG評価機関であるMSCIによる評価では、2024年6月時点で初めて最高評価の「AAA」を獲得した81。これは、業界内でESGリスク管理において特に優れた企業であることを意味する82。この評価により、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数などの構成銘柄にも選定されている81。
Sustainalytics ESGリスクレーティング: Sustainalyticsによる評価スコアは、提供された情報からは確認できなかった。Sustainalyticsは、企業が直面するESGリスクの度合いを評価する83。
高島屋:
CDP気候変動: 2023年または2024年のCDPスコアに関する具体的な情報は確認できなかった85。ただし、RE100加盟企業であり57、CDPの調査対象となる可能性は高い。
MSCI ESGレーティング: MSCIによる評価は確認できなかった87。
Sustainalytics ESGリスクレーティング: スコアは27.9で、「ミディアムリスク」と評価されている。これは、小売業界(469社中445位)において相対的にリスクが高いポジションにあることを示唆している89。
三越伊勢丹ホールディングス:
CDP気候変動: 2022年および2023年に「Aリスト」に選定されており34、JFRと同様に気候変動対応で高い評価を得ている。
MSCI ESGレーティング: 2023年11月時点で「AA」評価であり、リーダー群に次ぐ高い評価を維持している90。MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数やMSCI日本株女性活躍指数(WIN)の構成銘柄でもある91。
Sustainalytics ESGリスクレーティング: スコアは19.6で、「ローリスク」と評価されており90、高島屋やH2Oリテイリングと比較して良好な評価となっている。
エイチ・ツー・オー リテイリング:
CDP気候変動: 2023年または2024年のCDPスコアに関する具体的な情報は確認できなかった92。
MSCI ESGレーティング: MSCIによる評価は確認できなかった94。
Sustainalytics ESGリスクレーティング: スコアは32.1で、「ハイリスク」と評価されている。これは、小売業界(465社中431位)において、競合他社と比較してもESGリスクが高いと見なされていることを示している96。
これらの評価結果を総合すると、JFRは現時点で、主要な競合百貨店グループの中で最も高いレベルのESG評価(CDP Aリスト、MSCI AAA)を獲得しており、特に気候変動対応と全般的なESGリスク管理においてリーダーと位置づけられている。三越伊勢丹HDもCDP Aリスト、MSCI AAと非常に高い評価を得ている。一方で、高島屋とH2Oリテイリングは、Sustainalyticsのリスク評価において、それぞれミディアム、ハイリスクと評価されており、評価機関によっては課題が指摘されている可能性がある。
ただし、ESG評価機関ごとに評価方法論や重視する項目が異なる点には留意が必要である83。例えば、CDPは気候変動・水・森林といった環境テーマに特化しているのに対し97、MSCIは業界固有のESGリスクへの対応力をAAAからCCCの7段階で評価する82。SustainalyticsはESGリスクの絶対値を評価する83。したがって、複数の評価を参照することが、企業のESGパフォーマンスを多角的に理解する上で重要となる。JFRが高い評価を得ていることは強みであるが、Sustainalyticsのようなリスク評価の視点も踏まえ、継続的な改善努力が求められる。
本レポートでは、J.フロント リテイリング(JFR)の環境への取り組みを、気候変動、資源循環、生物多様性の3つの側面から包括的に分析した。
JFRは、気候変動対策において、SBTi認定の1.5℃目標およびネットゼロ目標を掲げ、RE100にも加盟するなど、極めて野心的なコミットメントを行っている10。Scope1・2排出量削減11と再生可能エネルギー導入10においては目標達成に向けて着実な進捗を示しており、CDP Aリスト80やMSCI AAA評価81といった高い外部評価にも繋がっている。これは、トップコミットメント5と強固なガバナンス体制9に支えられた結果と言える。
資源循環に関しても、「エコフ」による長年の衣料品回収実績14に加え、「AnotherADdress」12、「reADdress」12、「roop」12といった革新的な循環型ビジネスモデルの展開、廃食用油のSAF化プロジェクトへの参画13など、多岐にわたる意欲的な取り組みが見られる。
生物多様性については、2024年に重点課題として明確に位置づけ、TNFD提言に沿った情報開示とリスク・機会評価を開始するなど20、取り組みを本格化させている段階にある。都市緑化や持続可能な資材利用などの個別活動は実施されているものの、バリューチェーン全体、特に原材料調達における影響への対応は今後の課題である。
主要な競合他社(高島屋、三越伊勢丹HD、H2Oリテイリング)との比較においては、JFRは目標設定の野心度や主要なESG評価において現時点ではリードしている。しかし、Scope3排出量削減の遅れ10、循環型ビジネスの本格的なスケールアップ、生物多様性戦略の具体化と実行といった課題も抱えている。競合他社もそれぞれ特色ある取り組みを進めており、業界全体のサステナビリティへの取り組みは進化し続けている。
結論として、JFRは環境に関する高い目標設定と外部評価を得ているリーダー企業であるが、その地位を維持・強化し、真に持続可能な企業へと変革を遂げるためには、バリューチェーン全体を巻き込んだScope3削減、循環型ビジネスの収益化と拡大、そして生物多様性保全の具体的な行動計画の策定と実行が不可欠である。これらの課題に効果的に取り組み、事業戦略とサステナビリティをより深く統合していくことが、JFRの長期的な企業価値向上と、「くらしの『あたらしい幸せ』を発明する。」というビジョンの実現に繋がるであろう。