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株式会社ニトリホールディングスの環境イニシアチブとパフォーマンスに関する包括的分析レポート

更新日:2025年4月20日
業種:商業(6666)

序論

  • 目的と背景 本レポートは、株式会社ニトリホールディングス(以下、ニトリ)の環境分野における取り組みとパフォーマンスを、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの主要領域に焦点を当てて包括的に分析することを目的とする。ニトリは「お、ねだん以上。」の価値提供を企業戦略の中核に据えつつ、持続可能な社会への貢献を経営上の重要課題と認識しており、環境課題への対応はその実現に向けた重要な要素となっている 。本分析は、同社の環境スコア算出に必要な詳細情報を収集・整理し、学術的レベルでの評価を行うと共に、今後の戦略的方向性に関する示唆を提供することを目指すものである。ニトリグループは、サステナビリティを経営戦略と不可分なものと捉え、「ステークホルダーにとっての重要度」と「当社にとっての重要度」の両側面から環境・社会課題を評価し、7つの重要課題(マテリアリティ)を特定している。その中の一つである「環境に配慮した事業推進」は、本レポートの分析対象となる3領域を包含するものである 。  

  • ニトリの環境戦略:NITORI Group Green Vision 2050 ニトリは、環境課題への取り組みを加速させるため、2024年8月に長期的な環境目標「NITORI Group Green Vision 2050」を策定・公表した 。このビジョンは、2050年を見据え、同社独自の製造物流IT小売業のビジネスモデルに「循環」の概念を加え、環境配慮と持続可能な「住まいの豊かさ」の実現を目指すものである。具体的には、「1 サーキュラー(循環)ビジネスの推進」、「2 持続可能な調達」、「3 気候変動への対応」の3つのテーマを柱として設定し、グループ全体で目標達成に向けた取り組みを推進する枠組みとなっている 。このビジョンは、ニトリの環境戦略の根幹を成し、今後の取り組みの方向性を具体的に示している。  

  • レポート構成 本レポートは、以下の構成でニトリの環境パフォーマンスを分析・評価する。まず、第1章から第3章にかけて、「気候変動への対応」「資源循環の推進」「生物多様性の保全」の各領域におけるニトリの具体的な取り組み、設定された目標と実績、そして事業活動に伴うリスクと機会について詳述する。次に、第4章では、ホームファニシング小売業界における環境分野の先進的な取り組み(ベストプラクティス)を紹介する。第5章では、主要な競合企業であるイケア、良品計画、カインズの環境への取り組みを分析し、入手可能なESG評価(環境スコア)を用いてニトリとの比較を行う。最後に、第6章で、これまでの分析を踏まえ、ニトリが現在直面している環境課題を特定し、今後の取り組み強化に向けた具体的な提言を行う。結論では、分析結果を総括し、今後の展望を示す。本レポート全体を通じて、提供された情報に基づき、客観的かつ分析的な視点から評価を行う。

第1章:気候変動への対応

  • 1.1 具体的な取り組み ニトリグループは、気候変動を重要な経営課題と認識し、「NITORI Group Green Vision 2050」の柱の一つとして具体的な対策を推進している 。その取り組みは、再生可能エネルギーの導入拡大、省エネルギーの徹底、物流効率化、そしてインターナルカーボンプライシングの導入など多岐にわたる。  

    • 再生可能エネルギーの導入拡大 ニトリは、温室効果ガス排出量削減とエネルギーコスト上昇リスクへの対応策として、再生可能エネルギーの利用拡大に注力している。特に、自社店舗および物流拠点の屋根上を活用した太陽光発電プロジェクトは、その中核的な取り組みである 。このプロジェクトでは、2030年度までに180拠点への太陽光パネル設置拡大を目指しており、達成時には総発電容量80MW規模、年間発電量10万MWh以上が見込まれている。これは一般家庭約23,000世帯分の年間電力使用量に相当し、年間5万t-CO2以上の温室効果ガス削減効果が期待される 。 この計画の特筆すべき点は、発電した電力の自家消費に留まらず、FIP制度(Feed-in Premium)を利用して余剰電力をグループ内の他の拠点(例:インテナント店舗や屋根上が駐車場の店舗など、パネル設置が困難な拠点)に供給する循環型の仕組みを構築している点である 。これにより、1店舗あたりの年間電力消費量のうち、自家消費分(30-40%程度)に加えて余剰電力分(40-60%程度)も再生可能エネルギーで賄うことが可能となり、一般的な自家消費型スキーム(消費量の20-30%程度をカバー)と比較して高い温室効果ガス削減効果(70-100%カバー)を目指している 。 ただし、この太陽光発電計画は意欲的であるものの、2030年度という目標達成時期は、既に多くの市場で再生可能エネルギー利用率100%を達成しているイケア などと比較すると、相対的に遅れをとっている可能性が指摘される。エネルギー自給率と系統への依存度のバランスを示す自家消費分と余剰電力分の比率 は、同社のエネルギーマネジメント戦略の具体性を測る上で重要な指標となる。 さらに、ニトリおよび島忠の約300店舗においては、実質100%再生可能エネルギーによる電気自動車(EV)用充電インフラを順次構築する計画も進められており 、これは顧客接点における脱炭素化への貢献と、インフラ提供による新たな付加価値創出の機会となり得る。  

    • 省エネルギーの推進 ニトリは、事業活動におけるエネルギー消費量の削減にも継続的に取り組んでいる。店舗運営においては、照明の点灯時間や空調の設定温度に関するルールの徹底、閉店後30分以内の退店、未使用機器の電源OFFといった運用面の改善策を長年にわたり実施してきた 。過去には、東日本大震災後の節電要請を受け、店舗照明や駐車場照明の間引き、屋外看板灯の消灯といった対策を徹底し、エネルギー使用原単位の低減に繋がった実績もある 。 しかし、過去の横浜市への報告書 では、「コスト削減の観点から対策済みの面が多く、年1%の削減を目標とする」と述べられており、運用改善による大幅な省エネルギー化には限界が見え始めていることが示唆される。このため、近年は設備投資による効率化に重点が移っている。具体的には、エネルギー効率の高い電気・ガス設備への更新や、店舗・施設建設時における断熱性の高い建築方法や素材の採用 、そして店舗照明のLEDへの順次交換 が進められている。これらの設備投資が、今後の省エネルギー目標達成の鍵を握ると考えられる。  

    • グリーンロジスティクスの推進 ニトリは、製造物流IT小売という独自のビジネスモデルにおいて、物流段階での環境負荷低減も重視している。「グリーンロジスティクス」として、共同輸送やモーダルシフト(トラック輸送から鉄道や船舶輸送への転換)を推進し、輸送効率の向上とCO2排出量削減を図っている 。 具体的な施策として、商品パッケージのダウンサイジングが挙げられる 。パッケージサイズを小さくすることで、輸送時のコンテナやトラック1台あたりの積載可能商品数が増加し、輸送効率が大幅に向上、結果として輸送に伴うCO2排出量の削減に貢献している。この取り組みは、顧客が商品を購入後に持ち帰りやすくなるという利便性向上にも繋がっており 、効率化・コスト削減を徹底するニトリの企業文化 と環境戦略が連携した好例と言える。このパッケージ変更は、後述する資源循環の取り組み(資材削減)だけでなく、サプライチェーンにおけるScope 3排出量削減にも直接的に貢献する多面的な効果を持っている。  

    • インターナルカーボンプライシング(ICP)の導入 気候変動リスクを経営判断に統合する具体的なメカニズムとして、ニトリは2023年度よりインターナルカーボンプライシング(ICP)制度を導入した 。これにより、将来発生しうる炭素関連コスト(炭素税や排出量取引価格など)を社内で仮想的に価格設定し、設備投資などの意思決定プロセスに組み込むことで、低炭素化に向けた投資を促進することを目指している 。  

  • 1.2 目標と実績 ニトリグループは、気候変動への対応に関する具体的な目標を設定し、その進捗を管理している。

    • GHG排出量削減目標 温室効果ガス(GHG)排出量削減に関して、ニトリは以下の目標を掲げている。

      • スコープ1+2(自社での燃料使用や電力使用に伴う排出): 2030年度までに、2013年度比で売上高1億円あたりの排出量を50%削減する。さらに、2050年度にはスコープ1+2におけるカーボンニュートラル(排出量実質ゼロ)達成を目指す 。  

      • スコープ3(サプライチェーン全体での間接的な排出): 現時点では、スコープ3に関する具体的な数値目標は設定されていない。しかし、今後、顧客の商品使用段階における排出量削減に貢献する環境配慮型機能性商品の開発や、資源循環への取り組みを推進することを通じてスコープ3排出量の削減を目指す方針である。将来的には、スコープ3排出量に関する開示についても検討していくとしている 。  

    • GHG排出量実績 目標に対する実績として、スコープ1+2の排出量は、2023年度において2013年度比で売上高1億円あたり32.8%削減となった 。これは目標達成に向けた着実な進捗を示しているものの、2030年度目標である50%削減を達成するためには、再生可能エネルギー導入の加速や更なる省エネルギー化など、取り組みの一層の強化が必要となる。  

    • CDP評価 企業の気候変動への取り組みを評価する国際的な非営利団体CDPによる評価において、ニトリの気候変動スコアは「C」と報告されている 。CDPの評価スケール(A, A-, B, B-, C, C-, D, D-)において、「C」は「認識(Awareness)」レベルに位置づけられ、気候変動問題への認識はあるものの、管理や行動がまだ限定的であることを示す。これは、競合である良品計画が「B」(マネジメントレベル)の評価を得ていること や、CDPのAリスト(リーダーシップレベル)に選定される企業 と比較すると、改善の余地が大きいことを示唆している。なお、最新の2024年のCDPスコアに関するニトリからの公式な発表は、現時点では確認されていない 。 CDPスコアが「C」に留まっている背景には、Scope 3排出量に関する目標設定が未了であり、開示も検討段階にあること が影響している可能性がある。CDPは目標設定、具体的な行動、そして透明性の高い情報開示を重視するため、スコアを向上させるためには、Scope 3への取り組み強化とその積極的な開示が不可欠であると考えられる。  

  • 1.3 リスクと機会 ニトリは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に賛同し、気候変動が事業に及ぼすリスクと機会の分析を進めている 。分析は、気候変動の進行度合いに応じた2つのシナリオ、すなわち「+4℃シナリオ(物理リスクが顕在化するシナリオ)」と「+2℃(未満)シナリオ(低炭素社会への移行に伴うリスク・機会が顕在化するシナリオ)」に基づいて行われている 。  

    • TCFD提言に基づく分析

      • 物理リスク(+4℃シナリオ): 分析の結果、台風や洪水といった異常気象の激甚化によるリスクが認識されている。具体的には、国内外の工場やサプライヤーの被災、それに伴う商品・原材料のサプライチェーン寸断、気象変動による販売シーズンのずれ(例:暖冬による冬物商品の販売不振)に伴う商品価値の低下、事業継続計画(BCP)発動に伴うコスト増、災害保険料の上昇、被災時の店舗休業による販売機会の損失、そして従業員の安全確保に関する脅威などが挙げられている 。  

      • 移行リスク(+2℃未満シナリオ): 低炭素社会への移行に伴うリスクとしては、脱炭素化に向けた政策・法規制の強化(例:「炭素税」や「カーボンプライシング」の導入)による事業コストの増加、再生可能エネルギー導入や省エネルギー設備への投資負担増、エネルギーコストそのものの上昇、サプライヤーにおける対策コスト増に伴う原材料価格の高騰、そして環境対応の遅れによる市場評価や企業評判の低下などが認識されている 。  

      • 機会: 一方で、気候変動対応は新たな事業機会ももたらす。環境意識の高まりによる新たな顧客ニーズ(エシカル消費、省エネ・省資源型製品への関心増)への対応、環境配慮型製品の開発・販売による競争優位性の確立、再生可能エネルギー導入や省エネ化による生産性向上と資産価値向上、低炭素化投資に対する公的支援(補助金や減税措置など)の活用、そして積極的な取り組みによる市場評価や企業評判の向上などが機会として捉えられている 。  

    • リスク対応策 これらのリスクに対応し、機会を活かすため、ニトリは様々な策を講じている。物理リスクに対しては、サプライチェーンの強靭化(複数サプライヤーからの調達、生産拠点の分散、グローバルな商品調達体制の構築)、事業継続計画(BCP)の定期的な見直しと実効性の向上、被災時の早期営業再開体制の構築、従業員の安否確認システムの整備・訓練、災害備蓄品の確保などを進めている 。また、需要予測精度の向上や適切な在庫管理による商品販売時期の適正化と消化率向上は、販売機会損失の防止と廃棄ロス削減に繋がり、資源の有効活用と効率的な事業運営に貢献する 。 移行リスクに対しては、前述の再生可能エネルギー導入拡大、省エネルギー推進、グリーンロジスティクス推進、環境配慮型・循環型商品開発などが対応策となる 。 これらのリスク・機会分析と対応策は示されているものの、その分析結果が具体的な事業戦略や財務計画にどの程度定量的に織り込まれているかについての開示は、現時点では限定的である。例えば、特定のリスクシナリオ下での財務的影響額の試算や、気候変動適応策に対する具体的な投資計画などは詳細に開示されていない。ICPの導入 はリスクを経営判断に統合する重要な一歩であるが、TCFDが求める財務影響の開示という観点からは、更なる具体性と透明性の向上が今後の課題となる。  

第2章:資源循環の推進

  • 2.1 具体的な取り組み ニトリは、「NITORI Group Green Vision 2050」の柱の一つとして「サーキュラー(循環)ビジネスの推進」を掲げ、製品ライフサイクルの各段階(つくる、はこぶ、つかう、つかいおわったあと)において資源の有効活用と廃棄物削減に取り組んでいる 。  

    • 製品回収とリサイクル・リユース 使用済み製品の回収と再資源化は、資源循環の重要な要素である。ニトリは以下の回収プログラムを実施している。

      • 羽毛布団: 顧客が不要になった羽毛布団を、ニトリ製・他社製問わず店頭で無料回収している。回収された羽毛布団は専門業者によって解体・洗浄され、取り出された「再生羽毛」は新たな羽毛布団の詰め物として再製品化される 。この取り組みにより、回収から再製品化、販売に至る循環の仕組みが構築された。2023年度には約8.6万枚の羽毛布団が回収された 。  

      • カーテン: ニトリおよびグループ会社の島忠の全店舗で、使用済みカーテン(他社製品も含む)の常時回収を行っている。回収されたカーテンは、繊維の種類や状態に応じて、自動車の断熱材などにリサイクルされたり、製品や生地素材としてリユースされたりする 。2023年度の回収重量は約1,170トンに達した 。  

      • タオル: 2024年11月から2025年5月までの期間限定で、全店舗(一部業態除く)にてタオル(他社製品も含む)のリサイクル回収を実施している。回収されたタオルは、洗浄後にウエス(工業用雑巾)などにリサイクルされ、自社の物流拠点などで再活用される予定である 。過去の同様のキャンペーンでは、約46.3万枚のタオルが回収された実績がある 。  

      • その他の家具・大型製品: 現時点では、家具本体、特に木製家具や大型プラスチック製品に関する体系的な回収・再資源化プログラムは、競合他社ほど確立されていないように見受けられる。例えば、イケアは家具の買取サービスを実施しており 、良品計画はプラスチック収納ケースの回収・リサイクル・再販を行っている 。ニトリも、物流拠点などで廃棄が困難なベッドマットレスやソファを自社で解体・分別し、金属などの有価物を資源として回収・活用する取り組みは行っているが 、これはまだ限定的な取り組みであり、システム化された広範な家具回収ループの構築が今後の課題と言える。  

    • リサイクル素材の利用 製品の製造段階において、リサイクルされた原材料を積極的に活用することも資源循環の重要な側面である。ニトリでは、ペットボトルなどをリサイクルした原材料をカーペットやラグの製造に使用している 。特筆すべきは、その着色工程において、大量の水と熱エネルギーを必要とする従来の染色方法ではなく、リサイクル原材料に直接顔料を練り込む方式を採用している点である。これにより、着色工程での水使用量をゼロにし、汚水処理も不要となるため、水資源の保全と水質汚染の防止に貢献している 。 その他、収納シリーズやオーダーカーテンの一部製品にもリサイクル原材料が使用されている 。 これらの取り組みは評価できるものの、製品全体に占めるリサイクル素材の使用率や、製品カテゴリーごとの具体的な含有率に関する定量的な情報開示は不足している。イケアが木材の97.8%をFSC認証材またはリサイクル材で調達していると公表し 、リサイクル木材の使用目標を設定している点 や、良品計画が再生素材の利用拡大を積極的に進めている点 と比較すると、ニトリには目標設定の具体化と開示内容の拡充が望まれる。  

    • 廃棄物の削減と再利用 ニトリは、事業活動から発生する廃棄物の削減と再利用にも取り組んでいる。廃棄物が発生する段階での分別を徹底し、可能な限り資源として回収・活用する方針である 。前述の物流拠点におけるマットレス等の解体・分別もこの一環である 。 また、製品パッケージにおける廃棄物削減も重要なテーマである。環境負荷が高いとされるプラスチック系の梱包資材について、「無くす・減らす・変える」という方針に基づき見直しを進めている 。具体例としては、寝具類のプラスチック製パッケージを廃止し、商品を束ねる紐と紙製の台紙に変更、スリッパを陳列するためのプラスチック製ハンガーを小型のロックス(留め具)に変更し石油由来素材の使用量を削減、靴下などのプラスチック製個包装を紙製のヘッダー(上部の吊り下げ部分)のみに変更、といった改善が行われている 。これらのパッケージ変更は、輸送効率の向上(前述)と合わせて、資源消費量の削減にも貢献する。 しかし、パッケージ見直しは進んでいるものの、プラスチック包装材全体の具体的な削減目標や実績に関する開示は限定的である。イケアがFY21を基準年として消費者向けプラスチック包装を約47%削減したという具体的な実績を開示していること と比較すると、ニトリにおいても目標設定の明確化と進捗状況の透明性向上が期待される。  

    • サーキュラーデザインの推進 ニトリは、「製造物流IT小売」という従来のビジネスモデルに「循環」という要素を加え、新たな価値創造を目指している 。これは、製品の企画・開発段階から、使用後の回収・再資源化を前提とする「サーキュラーデザイン」の考え方を取り入れることを意味する 。具体的な製品例として、分別・解体が容易な構造を持つ「かんたん分別マットレス」が開発されている 。 「循環」を今後の活動のキーワードとして掲げ 、再資源化を前提とした商品開発を目指す という方針は評価できる。しかし、現時点では、具体的なサーキュラーデザインの設計原則やガイドライン、そしてサーキュラーデザインの考え方を適用した製品ラインナップの割合や今後の拡大計画に関する情報は不足している。イケアが「2030年までに全ての製品をサーキュラーデザイン原則に基づいて開発する」という明確な目標を掲げていること と比較すると、ニトリの取り組みはまだコンセプト段階にあるか、あるいは開示の深度が浅い可能性が考えられる。より具体的な設計思想の開示と、目標達成に向けたロードマップの提示が望まれる。  

  • 2.2 目標と実績 「NITORI Group Green Vision 2050」 において、資源循環に関する以下の具体的な数値目標が設定されている。  

    • 目標 (Targets):

      • 資源化を前提とした商品開発率: 100%(2050年度目標)

      • 回収した商品の資源化率: 100%(2050年度目標)

      • 廃棄物排出量(売上高1億円あたり): 2018年度比で50%以上削減(2030年度目標)

      • 産業廃棄物の再利用率: 95%以上(2030年度目標)、100%(2050年度目標)

      • 商品パッケージにおける環境負荷低減素材への切り替え率: 100%(2050年度目標)

    • 実績 (Performance): 2023年度の実績として、以下の数値が報告されている 。  

      • 廃棄物排出量(国内、売上高1億円あたり): 2018年度比 34.5%削減

      • 産業廃棄物の再利用率(国内): 89.6%

    これらの実績を見ると、廃棄物排出量の削減目標(2030年度 50%以上削減)および産業廃棄物の再利用率目標(2030年度 95%以上)に向けては、順調に進捗しているように見受けられる。しかし、いくつかの留意点がある。第一に、これらの実績値は「国内」に限定されている可能性があり、海外拠点を含むグループ全体のパフォーマンスが不明である点。第二に、「再利用率」の定義が明確でなく、例えば熱回収(サーマルリサイクル)が含まれているのか、マテリアルリサイクルやケミカルリサイクルがどの程度の割合を占めるのかが不明である点。第三に、「資源化を前提とした商品開発率」や「回収した商品の資源化率」といった、サーキュラーエコノミー実現に向けた他の重要目標に対する現状の進捗度合いに関する情報が開示されていない点である。これらの目標に対する現在地の把握と、目標達成に向けた具体的な道筋の開示が、今後の透明性向上において不可欠となる。

第3章:生物多様性の保全

  • 3.1 具体的な取り組み ニトリグループは、生物多様性の保全をサステナビリティ重要課題の一つである「環境に配慮した事業推進」 および「NITORI Group Green Vision 2050」の柱の一つである「持続可能な調達」 の中で位置づけ、取り組みを進めている。現時点では、特に木材調達における持続可能性の確保に重点が置かれている。  

    • 持続可能な木材調達 家具・インテリア製品にとって木材は重要な原材料であり、その調達が森林生態系や生物多様性に与える影響は大きい。ニトリはこの点を認識し、2024年1月に「ニトリグループ調達方針」および「木材調達方針」を新たに制定した 。これらの方針では、森林破壊や違法伐採、そしてサプライチェーンにおける人権侵害に関与しない原材料の調達を目指すことが明記されている。特に、保護価値の高い森林(HCV: High Conservation Value forests)の毀損に加担しないことを明確な方針として掲げている 。 この方針の実効性を担保するため、ニトリはサプライヤーと共に、木材の原産地まで遡って追跡し、森林管理の適切性を評価するトレーサビリティの仕組みを構築した。このシステムは2023年度に構築が概ね完了し、2024年1月より本番運用が開始されている 。これにより、調達する木材が生物多様性を含む環境・社会面に配慮されたものであるかを確認することが可能となる。  

    • サプライヤーエンゲージメント 持続可能な調達を実現するためには、サプライヤーとの連携が不可欠である。ニトリは、新規の海外サプライヤーを選定する際の監査において、従来の品質保証項目に加え、環境・社会課題への対応状況を確認する項目(全244項目中)を設けている 。また、既存のサプライヤーに対しても年2回の評価を実施し、環境課題への対応や人権侵害リスクを含む社会課題への取り組み状況を確認している 。さらに、サプライヤー向け経営方針説明会などの機会を通じて、環境・社会課題に配慮した商品開発の方向性を共有し、サプライチェーン全体での意識向上と協力体制の構築を図っている 。  

    • その他の取り組み 現状、ニトリの生物多様性に関する取り組みは、木材調達に焦点が当てられている。木材以外にも、コットン、プラスチック、鉱物資源など、事業活動に不可欠な原材料は多数存在するが、これらの調達における生物多様性への配慮に関する具体的な方針や取り組みについての情報は限定的である。また、店舗、工場、物流センターといった事業拠点の建設・運営が周辺の生態系に与える影響の評価や、それに対する保全活動(例:敷地内の緑化、在来種の保護・導入など)に関する具体的な情報も少ない。 ニトリは、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のフォーラムに参加しており、自然に関する分析や対応策の検討に取り組む意向を示しているが 、具体的な情報開示はまだこれからである。バリューチェーン全体(原材料調達、製造、物流、店舗運営、製品使用、廃棄)における生物多様性への依存度と影響を評価し、木材以外の重要原材料(例えば、大量に使用されるコットンやプラスチック原料など)についても、持続可能な調達方針を策定・開示することが、今後の重要な課題となる。他社の取り組み に見られるような、水リスク評価、事業拠点での緑化推進、従業員への環境教育なども、今後の検討事項となり得る。 トレーサビリティシステムの「本番運用開始」 は重要な進展であるが、そのシステムが実際にどのように機能し、どの程度の木材が持続可能(レベルA/B/C/D)と評価され、目標達成にどう貢献しているのか、具体的な成果を開示していくことが、取り組みの実効性を示す上で必要となる。  

  • 3.2 目標と実績 生物多様性保全に関連する目標として、ニトリは持続可能な木材調達に関する目標を設定している。

    • 目標 (Target): ニトリは、「環境・社会への配慮ができている木材調達」の比率を100%にすることを目指している。これは、同社が独自に定義する評価レベルにおいて、レベルA(認証材など、環境・社会への配慮が確認された木材)とレベルB(トレーサビリティに加え、認証以外で環境・社会への配慮や森林管理の適切性が検証済みの木材)の合計を指す。この100%目標は、2030年度および2050年度の両方で達成を目指すとしている 。  

    • 実績 (Performance): 2023年度の実績として、レベルAの木材調達比率は73.1%であったと報告されている 。しかし、目標達成の評価に必要なレベルB材の比率、およびレベルAとBを合わせた比率については開示されていない。  

    • CDPフォレスト評価 CDPは、気候変動、水セキュリティに加え、森林(Forests)に関する企業の情報開示と取り組みも評価している。しかし、提供された資料の中には、ニトリがCDPフォレストプログラムに参加しているか、またその評価結果に関する情報は含まれていない。競合である良品計画は、CDPフォレストにおいて「B-」評価(マネジメントレベルの下位)を取得している 。 現状の実績(レベルAのみで73.1%)と目標(レベルA+Bで100%)の間にはまだギャップが存在する。目標達成状況を正確に把握するためには、レベルB材の比率を開示し、レベルA+Bの合計値を示すことが不可欠である。また、目標達成に向けた具体的なロードマップ(例えば、レベルCやDの木材をどのように削減・転換していくか)を提示することも、ステークホルダーに対する透明性を高める上で重要となる。さらに、CDPフォレストへの回答と評価取得は、森林関連リスク・機会に関する情報開示の国際標準への対応として、また外部からの客観的な評価を得る手段として、検討すべき事項である。  

第4章:業界におけるベストプラクティス

ホームファニシング小売業界および関連する家具製造業界においては、環境課題への対応がますます重要視されており、各社が先進的な取り組みを進めている。ニトリの取り組みを評価し、今後の方向性を検討する上で、これらのベストプラクティスを理解することは有益である。

  • イケア (IKEA): スウェーデン発祥のグローバル企業であるイケアは、サステナビリティを経営戦略の中核に据え、野心的な目標と具体的な行動で業界をリードしている。

    • 気候変動: バリューチェーン全体でのGHG排出量削減目標(FY30までにFY16比半減、FY50までにネットゼロ)を設定し、進捗を積極的に開示している 。特に再生可能エネルギーの導入に力を入れており、多くの国・地域の店舗で既に100%再生可能電力化を達成している 。さらに、製品のエネルギー効率改善などを通じて、顧客が家庭で製品を使用する際の排出量削減にも注力している点が特徴的である 。  

    • 資源循環: 「2030年までに全ての製品をサーキュラーデザイン原則に基づいて開発する」という目標を掲げ 、製品の長寿命化、修理・再利用・再製造・リサイクルの促進に取り組んでいる。リサイクル素材(木材、ポリエステル、陶磁器廃棄物、ダウン・フェザー等)の利用率向上にも具体的な目標を設定し、実績を上げている 。プラスチック製パッケージの大幅な削減 や、使用済み家具の買取サービス も展開し、循環型ビジネスモデルへの転換を加速させている。  

    • 生物多様性: 製品に使用する木材の97.8%がFSC(森林管理協議会)認証材またはリサイクル材であり 、持続可能な森林管理に大きく貢献している。  

  • 良品計画 (Ryohin Keikaku / MUJI): 「感じ良い暮らしと社会」の実現を目指す良品計画は、素材選定から廃棄に至るまで、環境負荷低減と資源循環を一貫して追求している。

    • 気候変動: CDP評価において、気候変動で「B」、水セキュリティで「A-」という比較的高位の評価を得ており 、環境マネジメントと情報開示が進んでいることを示している。将来的にはScope 3を含むGHG削減目標を設定する意向も示している 。  

    • 資源循環: 多様な製品回収プログラム(衣料品「ReMUJI」、PETボトル、紙ハンガー、プラスチック収納)を実施し、回収した資源を新たな製品や素材に再生する取り組みが具体的である 。製品開発においては、オーガニックコットンへの全量切り替え や、再生PET、再生ポリプロピレン、紙素材などのリサイクル素材・代替素材を積極的に活用している 。包装材における脱プラスチックも推進し、具体的な削減実績を開示している 。回収・再生した製品や、検品・クリーニングした中古品の販売 も行い、資源循環のループを閉じようとしている。  

    • 生物多様性: CDPフォレスト評価で「B-」を取得しており 、森林関連の課題にも取り組んでいる。素材調達においては、オーガニックコットンの全量化 など、環境や社会に配慮した選択を行っている。  

  • カインズ (Cainz): 日本の大手ホームセンターであるカインズは、「くみまち構想」 の下、地域社会との連携を重視したサステナビリティ活動を展開している。  

    • 気候変動: 2050年のカーボンゼロ目標(Scope1, 2, 3及び地域貢献を含む)を掲げ、特に中間目標として「2025年までにScope 2(自社施設での電力・熱使用)カーボンゼロ」という意欲的な目標を設定している 。目標達成に向け、店舗への太陽光発電導入を加速(2025年までに90店舗目標) 、省エネルギー性能の高い店舗開発(ZEB Ready認証取得事例あり) 、地元の木質バイオマス発電由来の電力調達 などを進めている。さらに、Scope 3排出量削減に向けて、ホームデポ(米)やキングフィッシャー(英)など世界の主要ホームセンター企業と共に国際的なタスクフォースに参画し、業界連携での課題解決を目指している 。  

    • 資源循環: 廃棄物削減やリサイクルへの言及はあるものの 、具体的なリサイクル率の目標や実績に関する定量的な開示は限定的である 。一方で、岐阜プラスチック工業と共同開発した茶殻を原料とするリサイクルパレットの導入 や、店舗で発生した廃材を利用したアップサイクル工房の設置 、園芸用土の回収・リサイクル など、ユニークな取り組みも見られる。  

    • 生物多様性: 国産FSC認証材を使用した針葉樹合板を日本で初めてホームセンターに導入するなど 、持続可能な木材利用に貢献している。また、茨城県の人工林を分収林契約により保有・管理し、持続可能な森林経営への貢献を目指している 。地域産業振興の一環として、地産地消を促進する「くみまちマルシェ」を展開している 。しかし、生物多様性に関する包括的な方針や目標設定、TNFDのようなフレームワークに基づく情報開示は、現時点では確認されていない 。  

  • その他家具業界の事例:

    • カリモク家具: 国産材、特にこれまで活用が難しかった短尺材、端材、針葉樹、節やシミが多い材などを有効活用するための高度な加工技術(フィンガージョイント、小幅集成、挽板加工)を開発・実践している 。地域の未利用材を活用した家具製作プロジェクトも推進している 。  

    • 株式会社大川 (Okawa Kagu): 中古家具の委託販売サービス「ReOK」を通じて、家具のリユースを促進し、廃棄物削減と廃棄コスト削減を実現している 。  

    • 株式会社アダル (Adal): 業務用家具メーカーとして、製品の長寿命化(強度設計、強度試験)、サステナブル素材(い草等)の採用、製造工程での省資源化(再生素材利用、自動裁断による歩留まり向上)、残材の有効活用(内部部材、ノベルティ、教育資材)、環境配慮型塗装(水性塗料、粉体塗装)、修理・メンテナンスサービスの提供、廃棄時の適正処理と熱エネルギー回収など、製品ライフサイクル全体での環境負荷低減に取り組んでいる 。  

    • 株式会社岡村製作所 (Okamura): オフィス家具メーカーとして、循環型製品開発プロジェクト「Re:birth」を推進。使用済み漁網をオフィスチェアの生地にアップサイクルしたり、未利用材を新たなマテリアルとして活用したり、製品のリユース・リサイクルを進めている 。  

これらの事例から、ホームファニシング・家具業界における環境分野のベストプラクティスとして、以下の点が挙げられる。

  1. 野心的な目標設定と透明性の高い開示: バリューチェーン全体(Scope 3を含む)を対象とした科学的根拠に基づくGHG削減目標(例:SBT認定)を設定し、具体的なロードマップと進捗状況を定期的に開示する。

  2. サーキュラリティの徹底追求: 製品設計段階から耐久性、修理可能性、解体・分別容易性、リサイクル素材の使用などを考慮する(サーキュラーデザイン)。使用済み製品の回収システムを構築し、リユース、リペア、再製造、マテリアルリサイクルなどのループを確立・拡大する。

  3. 持続可能な原材料調達: 信頼性の高い認証制度(例:FSC)を活用した木材調達や、リサイクル材の利用率を高める。トレーサビリティを確保し、サプライチェーン全体での環境・社会リスクを管理する。

  4. 生物多様性への配慮拡大: 木材だけでなく、他の主要な原材料(コットン、プラスチック、鉱物など)についても、調達が生態系に与える影響を評価し、持続可能な調達方針を策定・実行する。事業拠点における生物多様性保全活動も推進する。TNFDなど国際的なフレームワークに基づき、自然関連のリスクと機会を評価・開示する。

  5. 積極的な外部評価の活用とステークホルダーエンゲージメント: CDPや主要なESG評価機関(MSCI, Sustainalytics等)の評価を積極的に受け、そのフィードバックを改善に活かす。評価結果や取り組み内容を分かりやすく開示し、投資家、顧客、地域社会など多様なステークホルダーとの対話を通じて、取り組みを深化させる。

第5章:競合他社の環境への取り組みと評価

  • 5.1 主要競合企業の分析 ニトリの環境パフォーマンスを相対的に評価するため、主要な競合企業であるイケア、良品計画、カインズの取り組みを概観する(詳細は第4章参照)。

    • イケア (IKEA): グローバル企業として、サステナビリティに関する目標設定や取り組みの規模、情報開示のレベルにおいて業界標準を形成している。特に再生可能エネルギー導入率の高さ、サーキュラーデザインへの強いコミットメント、FSC認証材・リサイクル材の高い使用率が際立っている 。一方で、その広範なサプライチェーンにおいては、過去に環境・社会面での課題(例:保護地域からの木材調達疑惑 )も指摘されており、継続的な管理体制の強化が求められる。包括的なESGスコアに関する情報は限定的である 。  

    • 良品計画 (Ryohin Keikaku / MUJI): 「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」という独自の思想に基づき、環境負荷低減と資源循環を製品ライフサイクル全体で追求している。特に、多様な製品回収プログラムとリサイクル素材・代替素材の活用、包装材の脱プラスチック化に関する具体的な取り組みと情報開示が充実している 。CDPやMSCIといった外部評価機関からも比較的高く評価されており、ESGパフォーマンスと情報開示のレベルが高いことがうかがえる 。  

    • カインズ (Cainz): 地域密着型のホームセンターとして、「くみまち構想」 を通じた地域貢献と環境活動を結びつけている点が特徴的である。特に、2025年までのScope 2カーボンゼロという野心的な中間目標を掲げ、再生可能エネルギー導入を急速に進めている 。また、Scope 3排出量削減に向けて国際的な業界連携に参画するなど 、意欲的な姿勢を見せている。しかし、資源循環(リサイクル率など)や生物多様性に関する定量的な目標設定や実績開示、および包括的なESG評価に関する情報は、他の2社と比較して限定的である 。  

  • 5.2 環境スコア・評価の比較 主要なESG評価機関による評価結果を比較することで、ニトリの相対的なポジションを把握する。

    • Sustainalytics ESG Risk Rating: Sustainalyticsは、企業のESGリスクへのエクスポージャーとその管理能力を評価し、リスクスコア(低いほど良い)を算出する。2025年初頭時点の評価では、ニトリのスコアは16.7であり、「低リスク」カテゴリーに分類される。これは、国内競合の良品計画のスコア19.4(低リスク)よりも良好な評価である 。リテイリング業界グループ内での順位は、ニトリが170位(469社中)であるのに対し、良品計画は253位となっている 。しかし、グローバルな同業リーダーと比較すると、例えば英国のKingfisher plcはスコア9.5(無視可能リスク、4位)、米国のWilliams-Sonoma, Inc.は11.4(低リスク、32位)、The Home Depot, Inc.は12.6(低リスク、50位)であり 、ニトリのスコアにはまだ改善の余地があることがわかる。ニトリは低リスクカテゴリー内では中位に位置していると言える。  

    • S&P Global ESG Score: S&P Global ESG Scoreは、企業のサステナビリティパフォーマンスを業界内で相対的に評価する(0-100点、高いほど良い)。2024年10月時点でのニトリのスコアは33点であった 。これは、同社が属するリテイリング業界の平均スコア(環境26点、社会28点、ガバナンス33点)と比較すると、環境(38点)とガバナンス(36点)の側面では業界平均を上回っているが、社会側面(28点)では平均並みという結果であった 。良品計画、イケア、カインズに関するS&P Global ESG Scoreの情報は、提供された資料からは確認できなかった。  

    • MSCI ESG Rating: MSCI ESG Ratingは、企業の長期的なESGリスクへの耐性を評価し、業界相対でAAA(リーダー)からCCC(ラガード)までの7段階で格付けする 。ニトリは、過去(2021年12月時点)に「A」評価を取得した実績があることが確認されている 。しかし、直近(2024年または2025年)の評価結果に関する情報は、提供された資料からは見つけることができなかった 。一方、競合の良品計画は2024年に「A」評価を獲得している 。MSCIの評価スケールにおいて「A」は「アベレージ(平均的)」レベルに分類される 。良品計画が「A」評価を維持している一方で、ニトリの最新評価が不明である点は、情報開示の観点から懸念材料となる。過去の「A」評価を維持、あるいは向上できているのか、透明性のある開示が求められる。  

    • CDP Score: CDPは、気候変動、水セキュリティ、森林の3分野で企業の環境情報開示とパフォーマンスを評価する。ニトリは気候変動分野で「C」(認識レベル)の評価を受けている 。水セキュリティおよび森林分野に関する評価結果は不明である。対照的に、良品計画は気候変動で「B」(マネジメントレベル)、水セキュリティで「A-」(リーダーシップレベル)、森林で「B-」(マネジメントレベル)と、3分野全てでニトリを上回る評価を得ている 。この結果は、良品計画が環境情報の開示と具体的な取り組みにおいて、ニトリよりも先進的であることを示唆している。ニトリにとっては、特に気候変動スコアの向上が喫緊の課題であると言える。イケア、カインズに関するCDPスコアの情報は提供資料には見当たらなかった。  

    • FTSE Russell Index Inclusion: FTSE Russell社が提供するESG投資指数への組み入れ状況を見ると、ニトリは「FTSE4Good Index Series」および「FTSE Blossom Japan Index」に選定されている 。また、「FTSE Blossom Japan Sector Relative Index」の構成銘柄でもある 。同様に、良品計画も「FTSE4Good Index Series」および「FTSE Blossom Japan Index」に選定されている 。これらの指数、特に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資の運用判断に活用する指数に選定されていることは、両社が一定のESG基準を満たしており、投資家コミュニティから評価されていることを示すポジティブな指標である。  

第6章:課題と提言

これまでの分析に基づき、ニトリが環境分野で直面している主要な課題と、それに対する改善提案を以下に示す。

  • 6.1 現在の課題

    • Scope 3 排出量の管理と開示の遅れ: ニトリはScope 1+2排出量に関して削減目標を設定し、実績を開示しているが、バリューチェーン全体の排出量の大部分を占めると考えられるScope 3(原材料調達、輸送、製品使用、廃棄など)については、具体的な削減目標の設定、体系的な削減策の実行、そして実績データの開示が著しく遅れている 。この点は、CDP気候変動スコアが「C」に留まっている一因である可能性が高い。  

    • 資源循環の取り組みにおける深化と透明性の不足: 羽毛布団やカーテンなどの製品回収プログラムは進展しているものの、家具本体(特に木製家具や大型プラスチック製品)を対象とした回収・再資源化ループの構築は道半ばである 。また、製品全体におけるリサイクル素材の使用率や、サーキュラーデザイン原則の適用率に関する定量的な目標設定や実績開示が不足しており、取り組みの全体像や進捗度合いが把握しにくい 。  

    • 生物多様性への取り組み範囲の限定性: 現在の取り組みは持続可能な木材調達に重点が置かれているが 、コットンやプラスチック原料といった他の重要な原材料の調達における生物多様性への影響評価や配慮、店舗・工場・物流センターといった事業拠点が生態系に与える影響評価と保全活動など、より包括的なアプローチが求められる。TNFDフレームワークへの対応もまだ初期段階であり 、具体的な情報開示には至っていない。  

    • ESG評価の向上と情報開示戦略の必要性: Sustainalyticsの評価は国内競合比で良好なものの 、CDP評価は低く 、MSCIの最新評価も不明である 。S&P Globalスコアも業界リーダー層には及ばない 。これらの外部評価を戦略的に向上させるための取り組みと、目標、実績、課題、改善策に関する積極的かつ透明性の高い情報開示が、投資家や社会からの信頼を得る上で不可欠である。  

    • 目標達成に向けた取り組みの加速: GHG削減目標(特に2030年目標) や持続可能な木材調達目標 など、設定された目標に対する進捗は認められるものの、目標達成には取り組みの更なる加速が必要な領域が存在する。特に、競合他社の動向 を踏まえると、現状のペースでは十分でない可能性がある。  

  • 6.2 提言 上記の課題に対応し、ニトリが環境パフォーマンスを向上させ、持続可能な成長を実現するために、以下の点を提言する。

    • Scope 3 排出量の算定・目標設定・開示の実行:

      • GHGプロトコルに基づき、Scope 3排出量をカテゴリー別に早急に算定し、開示する。

      • 算定結果に基づき、排出量の大きい主要カテゴリー(製品の原材料調達、輸送・配送、顧客による製品使用、廃棄など)を特定し、科学的根拠に基づく削減目標(SBTi認定の取得を目指すことが望ましい)を設定・公表する。

      • 目標達成に向けた具体的な削減計画(例:サプライヤーとの協働による排出削減、低炭素素材への切り替え、製品のエネルギー効率改善、物流最適化の深化)を策定し、その進捗状況を定期的に開示する。

    • 資源循環戦略の具体化と定量化:

      • 家具本体(木製、プラスチック製など)を含む製品全般を対象とした回収・再資源化(リユース、リペア、マテリアルリサイクル等)スキームを構築・拡大する。競合他社の事例(イケアの家具買取 、無印良品のプラ収納回収 )も参考に、実現可能なモデルを検討する。  

      • 製品全体におけるリサイクル素材(再生プラスチック、再生繊維、再生木材等)の使用率、およびサーキュラーデザイン原則を適用した製品の割合について、野心的な数値目標を設定し、その達成に向けたロードマップと実績を定量的に開示する。

      • 素材別の循環戦略(プラスチック、繊維、木材、金属など)を明確化し、それぞれの特性に応じた最適な循環ループの構築を目指す。

    • 生物多様性戦略の拡張とTNFD対応:

      • TNFDのLEAPアプローチなどを参考に、自社のバリューチェーン全体における自然関連のリスク、機会、依存度、影響を評価し、その結果を開示する。

      • 木材に加え、事業への影響が大きい他の重要原材料(例:コットン、パーム油由来原料、プラスチック原料など)についても、生物多様性に配慮した持続可能な調達方針を策定し、トレーサビリティ確保とサプライヤーエンゲージメントを強化する。

      • 店舗、工場、物流センターなどの事業拠点における生態系への影響を評価し、敷地内の緑化推進、在来種の保護・植栽、水資源管理の強化など、具体的な保全・再生策を検討・実施する。

    • ESGコミュニケーションとエンゲージメント強化:

      • CDP、MSCI、Sustainalytics、S&P Globalなどの主要なESG評価機関との対話を強化し、各評価のクライテリアを理解した上で、評価向上に繋がる具体的な取り組みを特定し、実行する。

      • 統合報告書やサステナビリティ関連ウェブサイトにおける情報開示を質・量ともに拡充する。特に、設定した目標に対する進捗状況、課題、今後の改善策について、具体的かつ定量的な情報を透明性高く開示する。

      • 投資家、顧客、従業員、地域社会、NGOなど、多様なステークホルダーとの対話(エンゲージメント)を積極的に行い、期待や要請を把握し、取り組みに反映させる。

    • イノベーションと連携の推進:

      • 目標達成を加速するため、省エネルギー技術、再生可能エネルギー技術、高度なリサイクル技術、植物由来・生分解性などの代替素材、サーキュラービジネスモデルに関する技術開発や導入に積極的に投資する。

      • サプライヤーとの連携を強化し、サプライチェーン全体での環境負荷低減を目指す。カインズが参画するScope 3タスクフォース のような業界連携や、研究機関、スタートアップ企業との協業も積極的に検討する。  

結論

  • 総括 本レポートでは、株式会社ニトリホールディングスの環境分野における取り組みを、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの側面から包括的に分析した。ニトリは、2024年に「NITORI Group Green Vision 2050」 を策定し、長期的な視点での環境目標を掲げ、具体的な取り組みを進めている。特に、大規模な太陽光発電導入計画 や、羽毛布団・カーテンなどの製品回収プログラム においては、着実な進捗が見られる。 しかしながら、分析の結果、いくつかの課題も明らかになった。バリューチェーン全体での排出量の大部分を占めるScope 3排出量への対応はまだ緒に就いたばかりであり、具体的な目標設定や開示が今後の課題である。資源循環においては、回収品目の拡大やリサイクル素材利用率・サーキュラーデザイン適用率に関する定量的な目標・実績の開示が不足している。生物多様性に関しても、取り組みが木材調達に偏っており、より包括的なアプローチと情報開示が求められる。 ESG評価においては、Sustainalyticsでは国内競合比で良好な評価を得ているものの、CDP評価は低位に留まり、MSCIの最新評価も不明であるなど、外部評価の向上と情報開示の強化が必要な状況にある。イケアや良品計画といった競合他社は、より野心的な目標設定、取り組みの包括性、情報開示の積極性において、ニトリを先行している側面が見受けられた。  

  • 今後の展望 ニトリが「住まいの豊かさを世界の人々に提供する。」というロマン(企業理念)を、地球環境との調和の中で持続的に実現していくためには、本レポートで特定された課題への真摯な対応と、提言された改善策の実行が不可欠である。 特に、サプライチェーン全体を視野に入れたScope 3排出量の削減、製品ライフサイクル全体でのサーキュラリティの追求と透明性の向上、そして木材以外の自然資本にも配慮した生物多様性戦略の深化は、環境パフォーマンス向上の中核をなす。これらに加え、ESG評価機関や投資家、顧客といったステークホルダーとの積極的なコミュニケーションを通じて、取り組みの進捗と課題を透明性高く開示していくことが、社会からの信頼を獲得し、企業価値を持続的に向上させるための鍵となるであろう。ニトリが持つ独自のビジネスモデルと効率化への強みを活かし、これらの課題に積極的に取り組むことで、ホームファニシング業界におけるサステナビリティ・リーダーとしての地位を確立することが期待される。

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