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名古屋鉄道株式会社の環境戦略:気候変動、資源循環、生物多様性に関する包括的分析

更新日:2025年4月20日
業種:運輸・情報通信業(5555)

1. 序論

1.1. 背景

名古屋鉄道株式会社(以下、名鉄)は、愛知県・岐阜県を中心とする中部地方を基盤とする大手私鉄事業者である 。その事業ポートフォリオは、鉄道、バス、タクシー、運輸といった交通事業を核としながら、不動産、レジャー・サービス、流通など多岐にわたる 。現代の企業経営において、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視するESG経営の重要性が高まっている。特に運輸セクターは、二酸化炭素(CO2)排出や資源利用の観点から厳しい目が向けられる一方で、鉄道のように他の輸送手段と比較して環境負荷の低いソリューションを提供する側面も持つ 。日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」達成目標 も、鉄道事業者が環境課題へ積極的に取り組むことを後押ししている。  

1.2. 目的と範囲

本報告書は、名鉄の環境への取り組みと実績について、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3分野に焦点を当て、学術的な視点から包括的な分析を行うことを目的とする。この分析を通じて、同社の環境スコア算定に必要な詳細情報を提供するとともに、今後の環境戦略に関する示唆を得ることを目指す [User Query]。分析の範囲は、名鉄の具体的な環境施策、目標、実績データ、環境側面におけるリスクと機会、現在直面している課題と推奨事項を含む。さらに、業界の先進事例や主要な競合他社との比較分析も行う [User Query]。

1.3. 報告書の構成

本報告書は以下の構成で分析を進める。まず、名鉄の環境経営体制と、気候変動、資源循環、生物多様性の各分野における具体的な取り組みと実績を詳述する。次に、これらの環境要因に関連する潜在的なリスクと事業機会を分析する。続いて、国内外の鉄道業界における先進的な環境への取り組み事例を紹介する。さらに、主要な競合他社の環境戦略と実績を分析し、CDPスコアなどの指標を用いて名鉄との比較評価を行う。最後に、名鉄が現在直面している環境課題を評価し、今後の取り組み強化に向けた具体的な提言を行う。本報告書の分析は、名鉄が公開している統合報告書 、ESGデータ 、サステナビリティ関連ウェブサイト情報 を中心に、競合他社の報告書や業界分析レポートなどを参照して行う。なお、本報告書では、情報の明瞭性を確保しつつ、表形式でのデータ提示を避け、全てのデータを記述形式または箇条書き形式で示すものとする。  

2. 名古屋鉄道の環境への取り組みと実績

2.1. 環境経営体制

名鉄グループは、「地域価値の向上に努め、永く社会に貢献する」を使命として掲げ、持続可能な社会の実現を目指している 。環境経営の推進においては、2007年4月に制定された環境方針「名鉄エコ・プラン」が基本的な考え方を示している 。この方針に基づき、各部署が業務における環境負荷を把握し、その低減に向けた取り組みを進めている 。また、株式会社日本政策投資銀行(DBJ)による環境格付評価においては、全社横断的なESG推進委員会のもとでマテリアリティ(重要課題)を特定し、サステナビリティ経営の基盤構築を着実に進めている点が評価されている 。情報開示においては、統合報告書 やESGデータ を通じて、ステークホルダーへの情報提供を行っており、その作成にあたってはGRIスタンダードや環境省の環境報告ガイドラインなどを参考にしている 。  

2.2. 気候変動

気候変動への対応は、運輸事業を核とする名鉄グループにとって最重要課題の一つである。

  • 目標: 名鉄グループは、気候変動に関する具体的な数値目標を設定している。

    • 2030年度目標(グループ全体): エネルギー起源のCO2排出量を2020年度比で25%削減する 。  

    • 2030年度目標(鉄道事業): 名古屋鉄道の鉄軌道事業におけるエネルギー起源のCO2排出量を2013年度比で46%削減する 。  

    • 2050年度目標(グループ全体): カーボンニュートラルを達成する 。  

  • 実績 (2023年度): 2023年度における主要な実績は以下の通りである。

    • グループ全体のCO2排出量(エネルギー起源): 702,576 t-CO2 (訂正後数値 )。これは基準年である2020年度(675,759 t-CO2)比で4.0%増加した 。電力使用量は前年度比で削減されたものの、購入電力の排出係数の変動が影響したと報告されている 。  

    • 鉄道事業のCO2排出量(名古屋鉄道): 175,923 t-CO2 。これは基準年である2013年度(238,479 t-CO2)比で26.2%削減となり、目標達成に向けて順調に進捗している 。  

    • グループ全体の総エネルギー使用量: 3,654 千GJ 。  

    • 省エネ車両導入率(名古屋鉄道): 95.3% 。  

    鉄道事業におけるCO2削減は目標達成に向けて進んでいる一方で、グループ全体の排出量は増加しており、目標達成には課題が残る。この乖離は、グループ全体の多様な事業ポートフォリオにおける排出管理の複雑性と、購入電力の排出係数のような外部環境への依存性を示唆している。目標達成には、鉄道事業以外の部門での排出削減加速、後述するEV導入の推進 、再生可能エネルギーの直接調達拡大 、そして新たに導入された内部炭素価格制度(ICP) の効果的な活用が不可欠となる。  

  • 具体的取り組み: 名鉄グループは、カーボンニュートラル達成に向け、多岐にわたる具体的な施策を推進している 。  

    • 省エネルギー:

      • 鉄道運行: 運転士の省エネ運転技術の研究や、社内の省エネ組織(運輸エネルギー委員会)の活動を通じて、電車の運転電力原単位の向上に努めている 。2023年度は、適切なホーム活動や案内・誘導による定時運転の確保、節電を意識した運転操作、こまめな車内空調管理を実施した 。  

      • 車両: 旧型車両を計画的に新型の省エネ車両へ置き換えている。新型車両は、ブレーキ時に発生した電力を架線に戻し他の列車が利用する「回生ブレーキシステム」や、直流電力を効率的な交流電力に変換する「VVVFインバータ制御装置」を搭載している 。2023年度には旧型車両30両を廃車し、VVVFインバータ制御の新造車両18両を導入した 。これにより、省エネ車両導入率は95.3%に達した 。  

      • 施設: 上小田井電気指令所や名鉄新一宮ビルへの氷蓄熱空調システムの導入、新一宮ビルへのコジェネレーションシステムの導入、変電所への力率改善コンデンサーの設置など、施設におけるエネルギー効率化も進めている 。  

    • 再生可能エネルギー:

      • CO2フリー電力: グループ全体でCO2フリー電力の導入を推進している。名鉄のミヤコ地下街、名鉄都市開発のメイフィス名駅ビル、岐阜グランドホテル、岐阜観光索道(金華山ロープウェー)などで導入されている 。特に岐阜観光索道では、2024年から中部電力ミライズの「Greenでんき」を導入し、年間約147.5トンのCO2排出量削減を見込んでいる 。  

      • 太陽熱利用: 舞木検査場、犬山検査場、豊明検査場に太陽熱温水器を設置している 。  

    • 低炭素輸送:

      • EVバス(名鉄バス): 環境負荷低減、騒音・排気ガス抑制のため、EVバスを導入。2023年3月の小型EVバス導入を皮切りに、2024年8月時点で大型1台、小型2台の計3台を保有し、名古屋営業所と知立営業所で運行している 。  

      • EVタクシー・ハイヤー(名鉄タクシーグループ): 2024年8月時点でタクシー車両として57台のEVを導入。加えて、2024年7月には地域初となるBMW製EVハイヤーを2台導入し、富裕層や環境意識の高い顧客層への対応を強化している 。  

      • EVトラック(名鉄運輸グループ): 2024年6月時点で小型EVトラック「eCanter」を計19台稼働させている。CO2削減に加え、低騒音・低振動によるドライバーの疲労軽減にも寄与している 。  

    • インターナルカーボンプライシング (ICP): 将来的な炭素税導入を見据え、省エネ・再エネ設備投資を促進するため、2024年度から5,000円/t-CO2のICP制度を導入した 。これは連結子会社全体および名鉄本体の鉄道事業に適用される 。このICP制度は、サステナビリティ・リンク・ローンなどのファイナンスにおいて、目標達成度に応じて金利が変動するインセンティブとしても機能する可能性がある 。ICPの価格設定(5,000円/t-CO2)が、グループ全体のCO2排出量目標達成に必要な規模の投資を促進する上で十分かどうかの継続的な評価が求められる。  

2.3. 資源循環

サーキュラーエコノミーへの移行も、名鉄グループが注力する環境課題である。

  • 目標: 「名鉄エコ・プラン」において、使用済み乗車券のリサイクル率100%達成を目標として掲げている 。  

  • 実績 (2023年度):

    • 産業廃棄物リサイクル率: 74.3% (排出量 553トン) 。  

    • 一般廃棄物リサイクル率: 40.4% (排出量 2,161トン) 。  

    産業廃棄物のリサイクル率は比較的高水準である一方、一般廃棄物のリサイクル率は大幅に低い。この差は、産業廃棄物が鉄道保守などから発生する比較的均質な素材であるのに対し、一般廃棄物は駅や商業施設などから排出される一般市民からの多様な混合廃棄物であり、分別・リサイクルがより困難であることを示唆している。一般廃棄物のリサイクル率向上が今後の重要な課題であり、改善の余地が大きい分野と言える。

  • 具体的取り組み:

    • ペットボトル水平リサイクル「ボトルtoボトル」: サントリーグループと連携し、名鉄名古屋駅と金山駅で、回収したペットボトルを新たなペットボトルに再生する水平リサイクルを実施。年間約34トン(2022年度実績:名鉄名古屋駅約21トン、金山駅約12トン)を循環利用している 。  

    • 食品ロス削減「mottECO」: グループホテル3社(ANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋、名鉄グランドホテル、名鉄トヨタホテル)で、宴会やレストランでの食べ残しを持ち帰りできる「mottECO」を2024年2月から開始(衛生上の理由から5月~10月は休止)。環境配慮型認証紙容器を使用し、食品ロス削減と持ち帰り文化の推進を目指す。その他、「3010運動」や「フードドライブ活動」も実施している 。  

    • その他の取り組み: 使用済み乗車券を名刺、封筒、トイレットペーパー、ベンチなどに再利用 。ミスコピー用紙の分別回収・再生紙化、使用済み蛍光灯の再資源化(水銀、アルミ、ガラスの回収)なども行っている 。  

2.4. 生物多様性

生物多様性の保全は、自然資本への依存度が高い事業(特にレジャー・観光)を有する名鉄グループにとって、重要な取り組み分野である。

  • 目標: 具体的な数値目標は明示されていないものの、「優れた自然を保護し、未来世代に引き継ぐ」という国立公園の理念に基づき 、地域環境への貢献 を目指している。  

  • 実績 (2023年度):

    • 沿線・地域での環境保全活動件数(連結): 93件 。  

    • 環境関連の罰金・処罰: 0円(名古屋鉄道) 。  

  • 具体的取り組み:

    • 新穂高ロープウェイ(奥飛騨観光開発): 中部山岳国立公園内に位置する新穂高ロープウェイでは、「未来世代への自然の継承」を目的とし、高山植物の保護活動や地元小学生向けの環境保護教室を実施している 。2024年10月にグランドオープンした「頂の森」の造成時には、工事エリア内に自生していた高山植物をエリア外の安全な場所へ移植した。また、地元高山市の小学生を対象にした自然学習活動では、鍋平高原を散策しながら中部山岳国立公園の自然について解説した。今後も地域の関係者と連携し、継続的な環境保全活動に取り組む方針である 。これは、名鉄グループ企業が参加する環境省との国立公園オフィシャルパートナーシップ の一環とも考えられる。  

    • 中央アルプス駒ヶ岳ロープウェイ(中央アルプス観光): 環境省が進めるニホンライチョウの保護増殖事業に協力し、事業実施者への施設提供などを行っている 。  

    • 大気汚染対策: 地域冷暖房システムの導入による脱フロン化(名駅南地区)、消火設備の脱フロン化(変電所、地下駅電気室)、車両搭載クーラー冷媒の早期代替フロン化、塗装作業におけるフィルターによる完全浄化などを実施している 。  

    現状の生物多様性に関する取り組みは、新穂高や中央アルプスといった、名鉄グループがレジャー施設を運営する生態学的に価値の高い地域に重点が置かれているように見受けられる 。93件という多数の環境保全活動 が連結ベースで実施されている一方で、特に詳細が報告されているインパクトの大きい生物多様性プロジェクトは、これらのレジャー・観光資産と関連している。これは、生態学的価値と事業拠点が交差する場所で重点的に生物多様性への取り組みを行う戦略を示唆しており、企業の評判向上に寄与する可能性がある一方、鉄道ネットワーク全体や他の事業における生物多様性への配慮の広がりについては、さらなる情報開示が期待される。  

3. 環境関連のリスクと機会

気候変動や資源制約、生物多様性の損失といった環境要因は、名鉄グループの事業活動に対して、リスクと機会の両側面をもたらす。

3.1. リスク分析

  • 移行リスク (Transition Risks): 社会経済システムが低炭素・循環型へ移行する過程で生じるリスク。

    • 規制強化: 気候変動対策の強化に伴う炭素税導入やエネルギー効率基準の厳格化は、事業コストを増加させる可能性がある。名鉄が導入したICP は、こうした規制リスクへの備えの一環と考えられるが、将来的な規制の厳格化レベルによっては、さらなる対応が必要となる可能性がある。特に運輸業界全体のリスクとして、エネルギー調達コストの上昇が指摘されている 。  

    • 市場リスク: 電気自動車(EV)などの普及により、相対的に環境負荷の低い鉄道の優位性が低下し、競争が激化するリスクがある 。また、再生可能エネルギー導入拡大に伴う電力供給の不安定化やエネルギー価格の変動リスク 、サプライヤーからの環境コスト転嫁による資材価格上昇リスク も存在する。  

    • 評判リスク: 環境対応の遅れが、顧客や投資家からの評価低下につながり、ブランドイメージや資金調達に悪影響を及ぼすリスクがある 。  

    • 技術リスク: 次世代の低炭素技術(例:水素燃料電池車両)の開発・導入には多額のコストが必要となる可能性がある 。  

  • 物理リスク (Physical Risks): 気候変動の物理的な影響によって直接的に生じるリスク。

    • 異常気象: 名鉄の事業エリアである中部地方においても、豪雨、台風、猛暑、渇水などの異常気象が頻発・激甚化する傾向にある 。これにより、鉄道路線や橋梁、駅施設などが洪水、土砂崩れ、洗掘などにより損壊し、運行停止や復旧コスト増大につながるリスクがある 。実際に、競合他社のTCFD分析では、自然災害による施設損壊、運行停止、商業施設の営業停止、ホテル・旅行のキャンセル増加による減収などがリスクとして認識されている 。  

    • 慢性変化: 平均気温の上昇による猛暑日の増加は、利用者の外出意欲を減退させ、旅客需要(特に観光需要)を減少させる可能性がある 。また、冷房需要の増加によるエネルギーコストの増加 や、気候変動による沿線観光資源の劣化 もリスクとなり得る。  

    物理リスクは、単に運行上の脅威であるだけでなく、需要面にも影響を及ぼす二重の性質を持つ。自然災害はインフラへの直接的な損害 を引き起こすだけでなく、競合他社の分析が示すように、猛暑や豪雨といった異常気象そのものが人々の移動意欲や観光需要を減退させる 。したがって、名鉄は、インフラの強靭化という直接的なリスク対応に加え、気候変動による需要変動という間接的な影響も考慮した、包括的なリスク管理戦略を構築する必要がある。  

3.2. 機会分析

環境課題への対応は、新たな事業機会の創出にもつながる。

  • 市場機会: 環境意識の高まりにより、自動車や航空機など他の交通手段から、環境負荷の低い鉄道へのモーダルシフトが進む可能性がある 。また、環境負荷低減に資する公共交通指向型の都市計画(コンパクトシティ化)の進展も、鉄道利用を促進する機会となり得る 。  

  • 製品/サービス機会: 鉄道の環境優位性を活かした、CO2排出量実質ゼロの移動プランや、環境配慮型サービスの開発・提供は、新たな顧客価値を創造し得る。ICPの導入は、こうしたサービスの価格設定や訴求力を高める可能性がある。また、鉄道インフラやアセットを活用した再生可能エネルギー事業など、新たな収益源の創出も考えられる 。  

  • 評判/投資機会: 優れた環境パフォーマンスと積極的な情報開示は、ESG投資家からの評価を高め、企業価値向上や有利な資金調達につながる 。DBJ環境格付で最高ランクを取得したこと は、グリーンファイナンス(サステナビリティ・リンク・ローン やサステナビリティボンド など)へのアクセスを容易にする可能性がある。  

  • レジリエンス機会: 気候変動の物理リスクに対する強靭なインフラ整備や事業継続計画(BCP)の策定・実行は、災害時における安定的なサービス提供を可能にし、顧客からの信頼獲得につながる 。  

    特に、DBJの評価でも言及されたエリア版MaaS(Mobility as a Service)「CentX」 は、公共交通の環境優位性を高める大きな機会を提供する。MaaSは、鉄道、バス、その他の交通モードをシームレスに連携させ、利便性を向上させることを目指す 。鉄道は本質的に低炭素な交通手段であり 、「CentX」を通じてこれらの公共交通機関やシェアードモビリティを統合することで、自家用車利用と比較して低炭素な移動選択肢の魅力を高めることができる。これは、モーダルシフトという機会 に直接的に応えるものであり、地域の脱炭素化への貢献を高め、環境意識の高い利用者を惹きつけ、地域活性化という目標 にも寄与する可能性がある。  

4. 業界の先進事例

国内外の鉄道事業者や関連企業は、気候変動、資源循環、生物多様性の各分野で先進的な取り組みを進めている。

4.1. 気候変動

  • 再生可能エネルギー導入: 東武鉄道は、日光・鬼怒川エリアの鉄道輸送における使用電力を実質再生可能エネルギー100%で賄う目標を掲げ、実施している 。東急株式会社は、国際イニシアチブ「RE100」に加盟し、2050年までの事業活動で使用する電力の100%再生可能エネルギー化を目指している 。近畿日本鉄道(以下、近鉄)は、特急「ひのとり」全列車を非化石証書活用によりCO2排出量実質ゼロで運行し、年間約4,000トンのCO2削減を実現している 。近鉄グループの近鉄エクスプレスは、国内全拠点での使用電力を実質100%再生可能エネルギー化した 。JR東日本は、水素燃料電池車両の開発に注力している 。  

  • エネルギー効率: JR東海は、ハイブリッド車両の導入によりCO2排出量を約30%削減した実績を持つ 。また、回生ブレーキで発生した電力を駅の照明などに活用する取り組みも行っている 。東武鉄道の新型特急「スペーシアX」は、従来車両比で約40%の消費電力削減を達成している 。  

  • 低炭素燃料: 東武鉄道は、日光エリアでバイオ燃料バスの実証運行を行っている 。近鉄エクスプレスは、持続可能な航空燃料(SAF)プログラムへの参画や活用を積極的に推進している 。  

4.2. 資源循環

  • アップサイクル: JR東海は、廃棄される東海道新幹線の座席シート生地をスリッパなどの商品に加工・再生している 。東急電鉄は、JR東海・JR西日本と連携し、使用済み駅係員の制服をリサイクル素材に加工し、新幹線で輸送後、駅リニューアルの内装材などに活用する取り組みを行っている 。アパレル業界では、三陽商会が未利用繊維などを活用した衣料品のアップサイクルを実現している 。  

  • 廃棄物削減: 阪急阪神ホールディングスグループの阪急阪神ホテルズは、2030年度までに食品廃棄物を2013年度比で半減させる目標を掲げている 。同グループの阪神甲子園球場では、売店でのレジ袋使用枚数削減(2030年シーズンまでに2019年比45%削減)やプラスチックカップ回収率向上(同70%目標)に取り組んでいる 。Loop Japanは、繰り返し利用可能な容器包装の循環プラットフォームを構築している 。  

  • 長寿命化・再利用: 東急電鉄は、引退したステンレス車両を地方の鉄道会社に譲渡し、車両寿命を延ばす取り組みを行ってきた 。鉄道インフラにおいては、東武鉄道などが合成枕木や踏切板に再生プラスチックを利用している 。  

    特にアップサイクルの取り組み(JR東海の座席 、東急電鉄の制服 )は、単なる資源保全に留まらず、鉄道ブランドと結びついたストーリー性のあるユニークな製品を生み出すことで、顧客エンゲージメントを高め、企業の環境へのコミットメントを具体的に示す好例となっている。これは、資源循環がブランド価値向上にも貢献し得ることを示している。  

4.3. 生物多様性

  • 生息地保全・創出: 近鉄不動産は、在来種を多く用い、地域の植生に配慮した緑地やビオトープを整備した集合住宅で「ABINC認証(いきもの共生事業所認証)」を取得している 。阪急阪神ホールディングスは、「うめきた2期(グラングリーン大阪)」開発において大規模な都市公園を整備し、地域の生態系に配慮した緑地を創出するとともに、六甲高山植物園での希少種を含む高山植物の栽培・保全や、「けいなの森」での森林保全活動を行っている 。JR東海は、南アルプス国立公園における高山植物保護活動を支援(費用一部負担、社員による防鹿柵設置作業への参加)する協定を締結している 。  

  • 地域連携: 東武鉄道は、環境省と国立公園オフィシャルパートナーシップを締結し、日光国立公園の魅力発信と保全活動に取り組んでいる 。近鉄グループは、環境省や志摩市と協力し、伊勢志摩国立公園内のホテル敷地で干潟再生プロジェクトを進めている 。JR東海や近鉄 は、シカとの衝突事故対策として、地域と連携した「シカ踏切」などを導入している。  

  • 教育・啓発: 近鉄グループの海遊館は、誤食したプラスチックごみと共に保護されたアオウミガメを展示し、海洋プラスチック問題への意識啓発を行っている 。  

    先進的な生物多様性の取り組みは、しばしば大規模な不動産開発やインフラプロジェクトと連動して実施されている(近鉄のマンション 、阪急阪神のうめきた開発 )。これは、大規模開発の計画段階から生物多様性への配慮を組み込むことが、ベストプラクティスとなりつつあることを示唆している。認証制度(ABINCなど)の取得やステークホルダーからの期待が、こうした動きを後押ししている可能性がある。  

5. 競合他社分析と比較評価

名鉄の環境パフォーマンスを客観的に評価するため、事業内容や規模が類似する日本の大手私鉄・JR東海との比較分析を行う。

5.1. 主要競合企業

ベンチマーク対象として、以下の企業を選定した。これらの企業は、名鉄と同様に鉄道事業を核としつつ、不動産、流通、レジャーなど多角的な事業を展開している。

  • 東海旅客鉄道株式会社 (JR東海)  

  • 近鉄グループホールディングス株式会社 (近鉄GHD)  

  • 東武鉄道株式会社 (東武)  

  • 阪急阪神ホールディングス株式会社 (阪急阪神HD)  

5.2. 取り組み比較

  • 気候変動:

    • EV導入: 名鉄はバス、タクシー、トラックへのEV導入を進めている 。近鉄グループもバス やタクシー でEV導入を進めている。東武鉄道もバスでの導入事例がある 。各社の導入規模や速度には差が見られる。  

    • 再生可能エネルギー: 名鉄は施設単位でのCO2フリー電力導入 が中心であるのに対し、東武は日光エリアの鉄道輸送全体を対象とした実質再エネ化 、近鉄は特急「ひのとり」を対象とした実質再エネ化 を実施しており、戦略に違いが見られる。  

    • ICP: 名鉄はICPを導入済み であるが、他の私鉄各社における導入状況は確認が必要である。  

    • TCFD: 名鉄 、近鉄GHD 、東武 など、多くの大手私鉄がTCFD提言への賛同を表明し、情報開示を進めているが、その詳細度や分析の深度には差がある。  

  • 資源循環:

    • 名鉄の「ボトルtoボトル」、JR東海の座席アップサイクル 、東急の制服リサイクル など、各社が特色あるリサイクル・アップサイクルプログラムを実施している。廃棄物削減目標については、阪急阪神HDがグループホテルでの食品廃棄物半減目標 を掲げるなど、具体的な目標設定に差が見られる。  

  • 生物多様性:

    • 各社とも事業エリアの特性に応じた取り組みが見られる。名鉄の新穂高 、JR東海の南アルプス 、東武の日光 、近鉄の伊勢志摩(干潟再生)、阪急阪神の六甲山・うめきた など、象徴的なプロジェクトが展開されている。生息地創出や保全活動の規模、地域連携の深度には各社で違いがある。  

5.3. 実績比較(記述形式)

  • CO2排出量: 2023年度の連結CO2排出量(エネルギー起源)は、名鉄が702,576トン であったのに対し、阪急阪神HDは416,947トン であった。ただし、事業規模や構成(例:国際物流事業の有無など)が異なるため、単純比較は難しい。 鉄道事業単体で見ると、名鉄の2023年度排出量は175,923トン であり、これは近鉄の同年度の排出量266,292トン や、東武鉄道の2022年度排出量228,485トン を下回っている。 2030年目標に対する進捗を見ると、名鉄の鉄道事業は2013年度比で26.2%削減 、阪急阪神HDのグループ全体では同32.7%削減 となっており、両社とも目標達成に向けた削減努力が見られる。  

  • リサイクル率: 名鉄の2023年度のリサイクル率は、産業廃棄物で74.3%、一般廃棄物で40.4%であった 。これに対し、阪急阪神HDの2023年度の連結子会社全体(国内)のリサイクル率は41.5% 、東武鉄道の2022年度の全体リサイクル率は約70% と報告されており、算出範囲や対象が異なるため一概には比較できないが、名鉄の一般廃棄物リサイクル率には改善の余地があることが示唆される。  

  • エネルギー効率(鉄道車両): 名鉄の省エネ車両導入率は2023年度末で95.3% と高い水準にある。東武鉄道は2022年度末で88.9% 、近鉄は2024年3月末時点で全体では64.3%(ただし、VVVF車両比率はより高い) となっており、名鉄は車両の省エネ化において先行している側面がある。  

5.4. 環境スコア比較(記述形式)

  • CDPスコア: CDPは、企業の気候変動などへの取り組みを評価する国際的な非営利団体である 。そのスコアは、A(リーダーシップ)、B(マネジメント)、C(認識)、D(情報開示)のレベルで評価される 。 名鉄のCDP気候変動スコアは、最新の公開情報からは直接確認できないものの、関連情報サイトでは「B」と評価されている 。これは「マネジメントレベル」に相当し、「自社の環境リスクや影響を認識し、行動している」段階と解釈される 。名鉄自身もCDPへの回答を通じて情報開示を行っていることを統合報告書で述べている 。 競合他社を見ると、近鉄GHDは2022年スコアが「B」、東武鉄道も「B」、京成電鉄は「B-」 と評価されている。阪急阪神HDについては、持株会社としてのスコアは直接確認できないが 、グループのリート投資法人はNR(評価なし)、グループ企業への言及はあるもののスコアは不明確である 。ただし、同業他社の状況から「B」レベルと推察される。一方で、JR東日本は「A-」 とリーダーシップレベルに近い評価を得ている。 大手私鉄各社(名鉄、近鉄、東武、阪急阪神HD)は、CDPスコアや主要な技術導入(省エネ車両、リサイクル)において、概ね同程度の「B」レベル(マネジメント段階)に集まっているように見受けられる。これは、業界共通の課題に直面し、同様のペースで技術革新を取り入れている可能性を示唆している。このグループ内で環境パフォーマンスにおいて明確な競争優位性を確立するには、現在の業界標準を超える取り組みが必要となるだろう。  

  • 格付け: 企業の信用力を示す格付けにおいても、ESG要素が考慮されるようになっている。 名鉄は、DBJ環境格付において「環境への配慮に対する取り組みが特に先進的」として最高ランクを取得している 。これは、省エネ鉄道の利用促進、MaaS「CentX」による地域交通利便性向上、ESG推進体制などが高く評価された結果である 。 発行体格付を見ると、名鉄はR&Iから「A(安定的)」、JCRから「A+(安定的)」を取得している 。これに対し、近鉄GHDはJCRから「A-(安定的)」、阪急阪神HDはR&Iから「AA-(安定的)」、JCRから「AA(安定的)」 と、より高い格付けを得ている。東武鉄道の格付けも確認が必要である。 阪急阪神HDは競合他社よりも高い信用格付け を有しているが、公開されている環境データ(CDPスコア、リサイクル率 など)を見る限り、必ずしも名鉄(DBJ最高ランク )と比較して環境面でのリーダーシップが格段に優れているとは断定できない。これは、信用格付けが主として財務健全性を反映するものであること、そしてESG要素が格付けに影響を与える度合いはまだ発展途上であることを示唆している。名鉄の高いDBJ環境格付は、全体的な信用格付けとは別に、特定の環境面の強みが外部から認識されていることを示している。名鉄はサステナビリティボンドの発行実績もある 。  

6. 現状の課題と提言

これまでの分析を踏まえ、名鉄が環境パフォーマンスをさらに向上させる上で直面している主要な課題と、それに対する具体的な提言を以下に示す。

6.1. 課題評価

  • グループ全体のCO2排出量目標達成: 鉄道事業では削減が進む一方、グループ全体では2023年度に排出量が増加しており、2030年目標(2020年度比25%削減)達成には課題がある 。購入電力の排出係数への依存度が大きいことが、目標達成の不確実性を高めている。  

  • 一般廃棄物リサイクル率の向上: 産業廃棄物(74.3%)と比較して、一般廃棄物のリサイクル率(40.4%)が著しく低い 。駅や商業施設から排出される混合廃棄物の分別・再資源化が十分に進んでいないことが示唆される。  

  • 生物多様性への取り組みの拡大: 現在、特に注力されている取り組みが新穂高ロープウェイなど特定のレジャー施設に集中している傾向がある 。鉄道沿線全体や他の事業開発における生物多様性への配慮を、より広範かつ体系的に進める必要がある。  

  • CDP評価におけるリーダーシップレベルへの到達: 現在の「B」(マネジメント)レベルから「A」(リーダーシップ)レベルへ評価を向上させるには、Scope3排出量を含む野心的な目標設定(例:SBT認定取得)、気候変動ガバナンスのさらなる強化、サプライチェーン全体での取り組みなどが求められる 。  

  • 内部炭素価格(ICP)制度の実効性確保: 導入された5,000円/t-CO2のICP が、グループ全体の脱炭素化に必要な投資判断を効果的に促進するインセンティブとして機能しているか、継続的な検証が必要である。  

6.2. 提言

上記の課題に対応し、名鉄が持続可能な成長を達成するための具体的な提言は以下の通りである。

  • 直接的な脱炭素化投資の加速: 購入電力への依存度を低減するため、自社施設への太陽光発電設置拡大や、再生可能エネルギー発電事業者との直接契約(PPA)などを積極的に検討・実行する。バス、タクシー、物流トラックにおけるEV導入計画を前倒し、より早期のフリート転換を目指す 。  

  • 一般廃棄物管理体制の強化: 駅や商業施設における利用者・テナント向けの分別ガイドラインの徹底、分別回収ボックスの最適配置・増設、高度な選別・リサイクル技術を持つ事業者との連携強化などを通じて、一般廃棄物の再資源化を推進する。具体的な数値目標(例:一般廃棄物リサイクル率XX%達成)を設定し、進捗を管理する。

  • 生物多様性戦略の広範化・深化: 特定のレジャー施設だけでなく、鉄道沿線の緑地管理(植生管理方法の見直し、在来種利用の推進)、野生動物との共生策(シカ以外の動物への対応 )、未利用社有地における生態系ネットワーク創出の可能性検討など、事業活動全体を通じた生物多様性への配慮を組み込んだ戦略を策定・実行する。  

  • 気候変動ガバナンスとScope3への取り組み強化: CDP「Aリスト」入りを目指し、Scope3排出量の算定精度向上と削減目標設定(可能であればSBT認定取得)を検討する。取締役会レベルでの気候変動戦略に関する監督機能強化や、TCFD提言に基づく情報開示のさらなる充実(特に財務影響分析)を図る 。  

  • ICP制度の評価と段階的強化: 導入したICP制度(5,000円/t-CO2 )が、実際の投資判断に与える影響を定期的に評価する。将来的な炭素価格の上昇や競合他社の動向を踏まえ、価格水準を段階的に引き上げることも視野に入れ、脱炭素化を加速させるインセンティブとしての機能を強化する。  

  • MaaSを通じた環境コミュニケーションの推進: MaaSプラットフォーム「CentX」 の利便性向上と並行し、自家用車利用と比較した場合のCO2削減効果など、環境面でのメリットを積極的に情報発信することで、利用者の環境意識向上とモーダルシフトを促進し、名鉄グループの環境ブランドイメージ向上につなげる。  

    これらの課題は相互に関連している。例えば、グループ全体のCO2排出量目標達成 という課題に取り組むには、再生可能エネルギーの直接導入やEVフリート化 といった直接的な排出削減策に加え、一般廃棄物管理の改善による下流工程での排出削減(Scope3) など、複数の領域にわたる統合的なアプローチが必要となる。これは、グループ全体でのサステナビリティ経営の重要性を強調するものである。  

7. 結論

7.1. 主要な発見の要約

本報告書では、名古屋鉄道株式会社(名鉄)の環境への取り組みを、気候変動、資源循環、生物多様性の観点から分析した。名鉄は、2030年および2050年に向けた具体的なCO2削減目標を設定し 、省エネ車両導入(導入率95.3% )、EVフリート拡大 、ペットボトル水平リサイクル 、新穂高ロープウェイ周辺での生物多様性保全活動 など、多岐にわたる施策を実行している。実績面では、鉄道事業におけるCO2削減は順調に進捗している一方(2013年度比26.2%削減 )、グループ全体の排出量は基準年比で微増しており 、目標達成には課題も残る。産業廃棄物のリサイクル率は高い水準(74.3% )にあるが、一般廃棄物のリサイクル率(40.4% )には改善の余地がある。外部評価としては、DBJ環境格付で最高ランクを取得し 、CDP気候変動スコアでは「B」レベル(マネジメント段階)と評価されている 。気候変動に伴う物理リスク(自然災害激甚化)や移行リスク(規制強化、市場競争)を認識する一方で、モーダルシフトの進展、ESG投資の獲得、MaaSプラットフォーム「CentX」 を活用した地域貢献などの機会も存在する 。  

7.2. 相対的な位置づけ

日本の大手私鉄業界において、名鉄は環境への取り組みを着実に進める堅実なプレイヤーと位置づけられる。特にDBJ環境格付での最高ランク評価 は、地域に根差した企業としての環境配慮への取り組みが高く評価されていることを示している。鉄道車両の省エネ化率 など、一部の指標では競合他社をリードする側面も見られる。しかし、CDPスコア や主要な環境技術の導入状況を見ると、近鉄GHD、東武鉄道、阪急阪神HDといった主要な競合他社と概ね同等の「マネジメント」レベルにあり、業界全体としてリーダーシップレベル(例:JR東日本の「A-」評価 )への到達には、さらなる努力が必要な状況にある。  

7.3. 将来展望

名鉄が長期的な目標である2050年カーボンニュートラル を達成し、持続可能な企業として成長し続けるためには、現在認識されている課題、すなわちグループ全体の排出量管理、一般廃棄物リサイクル率の向上、生物多様性戦略の広範化への対応が不可欠である。提言として示した、直接的な脱炭素化投資の加速、廃棄物管理体制の強化、生物多様性戦略の深化、気候変動ガバナンスの強化、ICP制度の実効性向上、MaaSの環境価値訴求などを戦略的に実行することが、リスク管理と機会創出の両面から重要となる。これらの取り組みを通じて、環境スコアの向上を図り、競争優位性を確立し、事業基盤である中部地域 の持続可能な発展に貢献していくことが期待される 。  

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