カテゴリー | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 |
---|---|---|---|
1購入した製品・サービス | 1,687,965 | 1,892,504 (▲204,539) | 3,887,790 (▲1,995,286) |
2資本財 | 148,989 | 161,326 (▲12,337) | 220,563 (▲59,237) |
3燃料・エネルギー関連活動 | 20,133 | 24,051 (▲3,918) | 28,217 (▲4,166) |
4輸送・配送(上流) | 29,281 | 47,270 (▲17,989) | 49,275 (▲2,005) |
5事業から発生する廃棄物 | 8,147 | 10,517 (▼2,370) | 10,800 (▲283) |
※掲載情報は公開資料をもとに作成しており、全てのリスク・機会を網羅するものではありません。 より詳細な情報は企業の公式発表をご確認ください。
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第一三共株式会社(以下、第一三共)は、グローバルに事業を展開する日本の大手製薬企業である。近年、製薬業界においても、環境持続可能性への取り組みが経営上の重要課題として認識されるようになっている。気候変動の緩和と適応、資源の効率的利用と循環、そして生物多様性の保全は、規制当局からの圧力、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資家の期待、企業の評判、資源枯渇や気候変動による物理的リスクといった事業運営上のリスク、さらにはイノベーションや競争優位性の獲得機会といった多岐にわたる要因から、その重要性を増している。本報告書は、第一三共の環境への取り組み、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の三分野に焦点を当て、その具体的な活動、パフォーマンス、関連するリスクと機会、業界内の位置づけについて、環境スコアリングや戦略的意思決定に資する学術的レベルでの包括的な分析を提供することを目的とする。
本報告書では、まず第一章で第一三共の気候変動、資源循環、生物多様性に関する具体的な方針、目標、施策、実績を詳述する。続く第二章では、これらの環境要因に関連して同社が直面する可能性のある潜在的なリスクと事業機会を分析する。第三章では、製薬業界における先進的な環境慣行の事例を紹介し、第四章では、主要な競合他社の環境戦略を分析し、環境スコアを用いたベンチマーキングを行う。最後に第五章で、第一三共が現在直面している課題を評価し、今後の重点分野と具体的な行動提案を行う。なお、本報告書は、表や箇条書き形式を用いず、全ての情報を文章形式で記述する構成をとる。
第一三共は、気候変動問題を経営における重要課題(マテリアリティ)の一つとして特定し、その解決に向けた取り組みを積極的に推進する方針を掲げている。同社は、バリューチェーン全体での温室効果ガス(GHG)排出量を2050年度までに実質ゼロにするカーボンニュートラル達成という長期ビジョンを策定している。この長期目標に向けた中間目標として、Scope 1(自社での直接排出)およびScope 2(購入エネルギー由来の間接排出)のGHG排出量を、2030年度までに2015年度比で63%削減することを掲げている。この目標は、科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ(SBTi)から、パリ協定の1.5℃目標達成に整合するものとして認定を受けており、その意欲度の高さを示している。さらに、事業活動で使用する購入電力については、2030年度までに100%再生可能エネルギー由来とすることを目指す国際イニシアチブ「RE100」にも加盟している。これらの目標設定は、同社が地球規模の気候変動対策に整合した事業運営を目指していることを明確に示すものである。また、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言への賛同を表明しており、気候変動がもたらすリスクと機会を評価し、透明性をもって開示していく姿勢を示している。SBTi認定の1.5℃目標やRE100への加盟は、単なる目標設定に留まらず、外部からの信頼性を確保し、気候科学に基づいた行動をとるという強い意志の表れであり、投資家からの評価向上にも繋がる可能性がある。これらは、規制リスクや評判リスクへの対応、そして投資家へのアピールや事業効率化といった機会を見据えた、トップダウンでの戦略的な脱炭素化への注力を示唆している。一方で、2050年度までのバリューチェーン全体でのカーボンニュートラル達成という長期目標 は、特にサプライヤーなど社外関係者との連携が不可欠なScope 3(Scope 1, 2以外の間接排出)排出量の削減において、より長期的かつ複雑な取り組みを要することを示唆している。製薬業界の特性上、Scope 3排出量はScope 1・2を大幅に上回ることが一般的であり、この領域での実効性ある削減策の構築が将来的な目標達成の鍵となるであろう。
1.1.2:具体的施策と実績
第一三共は、設定した気候変動目標の達成に向けて、具体的な施策を実行に移している。主要な取り組みとして、国内外の工場や研究所における省エネルギー活動の推進が挙げられる。これには、エネルギー効率の高い設備への更新や生産プロセスの改善などが含まれる。再生可能エネルギーの導入も積極的に進められており、購入電力に占める再生可能エネルギー比率は、2022年度には30.4%に達した。これは主に、再生可能エネルギー証書の購入や電力会社との直接契約などを通じて達成されている。これらの取り組みの結果、GHG排出量は着実に削減されている。最新の報告によると、Scope 1排出量は、Scope 2排出量(マーケット基準)はであり、基準年である2015年度と比較して削減が進んでいることが確認できる。Scope 3排出量に関しても、サプライヤーに対するエンゲージメント活動や、出張、購入物品・サービスといった特定のカテゴリを対象とした削減努力が進められているものの、その具体的な進捗や詳細な施策に関する情報は限定的である。気候変動に関する情報開示と取り組みの評価として、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)の気候変動質問書に対しては、2022年度に「B」評価を取得している。この「B」評価は、気候変動に対するリスクと機会を認識し、管理策を実行している「マネジメントレベル」にあることを示すが、最高評価である「A」や「A-」といった「リーダーシップレベル」と比較すると、更なる取り組みの深化や情報開示の向上が期待される領域があることを示唆している。再生可能エネルギー調達比率の大幅な向上 は、報告されているScope 2排出量の削減 及びRE100目標達成 に向けた進捗の主要な推進力となっていると考えられる。Scope 2排出量は購入電力に直接関連するため、再生可能エネルギー比率を高めることは、排出量削減に直結する効果的な手段である。したがって、この調達戦略はSBTiのScope 2目標及びRE100コミットメント達成のための重要な手段と言える。一方で、CDP「B」評価 は、意欲的な目標設定にもかかわらず、TCFD提言への賛同 を超えた包括的な気候リスク評価の統合、Scope 3排出削減策の具体化と実行、あるいはデータ検証の強化といった側面において、リーダーシップレベルに到達するためには改善の余地がある可能性を示している。CDPの評価は、目標設定だけでなく、詳細な行動計画、リスク管理の統合度、バリューチェーンへの関与、データの頑健性なども評価対象とするため、「B」評価は管理体制が整備されているものの、全ての側面で包括的であるか、あるいは全ての指標で最高のパフォーマンスを示しているわけではないことを意味する。
第一三共は、資源の有効活用と循環を重要な環境課題と捉え、廃棄物の削減、リサイクルの推進、責任ある水管理に取り組む方針を示している。具体的な目標として、廃棄物総排出量の削減目標やリサイクル率の向上目標、水使用量の削減目標などを設定している可能性があるが、公開情報からは定量的な目標値、基準年、達成期限に関する詳細な記述は確認できなかった。廃棄物管理においては、発生抑制(Reduce)、再利用(Reuse)、再生利用(Recycle)の優先順位、いわゆる3Rの考え方に基づいたアプローチを採用していると考えられる。また、持続可能な包装に関する方針についても、具体的な取り組みが進められている可能性がある。
資源循環を推進するための具体的な施策として、第一三共は製造プロセスや研究開発活動における廃棄物発生量の抑制に取り組んでいる。これには、プロセスの最適化によるロス削減や、使用済み溶剤の回収・再利用などが含まれる。最新の実績として、廃棄物総排出量は、リサイクル率はであり、これらの指標を経年で比較することにより、取り組みの進捗を評価することができる。水資源に関しては、工場や研究所での水使用効率の向上や、水のリサイクル利用などを通じて、水使用量の削減に努めている。さらに、同社は国内外の事業所における水リスク評価を実施しており、水ストレスの高い地域などを特定し、リスク管理を行っている。サプライチェーンにおける水リスク評価についても、取り組みが進められている可能性がある。包装材に関しては、プラスチック使用量の削減やリサイクルしやすい素材への転換といった取り組みも考えられるが、具体的な内容は確認が必要である。製造業者として一般的な、事業活動に伴う廃棄物 や水使用量 の削減に注力する姿勢は理解できるが、製品の設計段階から循環性を考慮する(Design for Circularity)といった、より進んだサーキュラーエコノミー(循環経済)の原則に基づく取り組みに関する詳細が少ない点は、今後の戦略展開における機会となりうる。現在の削減・リサイクル努力は必要不可欠であるが、一部の先進企業に見られるような、より包括的な循環経済アプローチの採用には未開拓の可能性があるかもしれない。水リスク評価の実施 は重要な第一歩であるが、その真価は、評価結果に基づく具体的な緩和策の実施と、特に水ストレス地域からの原材料調達などにおける意思決定への統合にかかっている。医薬品のサプライチェーンは複雑であり、水ストレスの高い地域から供給される原材料や中間体に依存している可能性があるため、気候変動による水ストレスの増大も考慮すると、水リスク評価の結果を事業継続計画やサプライチェーン管理に反映させ、レジリエンスを構築することが極めて重要となる。
第一三共は、生物多様性の保全を地球環境問題の一つとして認識し、事業活動が及ぼす影響を低減するための方針を定めている。これには、特に天然由来の原材料の持続可能な調達、土地利用の管理、生態系への影響配慮などが含まれると考えられる。生物多様性に関する具体的なコミットメントや目標、例えば「ネット・ポジティブ・インパクト」や「ノーネットロス(損失ゼロ)」といった目標、あるいは特定の原材料に関する持続可能性認証の取得目標などが設定されているかは、更なる確認が必要である。特に製薬企業の研究開発においては、遺伝資源の利用が不可欠な場合があり、同社は名古屋議定書に基づき、遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS: Access and Benefit-Sharing)に関する国内外の法令を遵守する方針を明確にしている。
生物多様性保全のための具体的な活動として、第一三共は自社事業所敷地内における緑地の整備や維持管理、地域固有の生態系への配慮、環境影響を低減する土地利用などを実施している。サプライチェーンにおける取り組みとしては、サプライヤーに対する生物多様性リスクに関する調査や評価、あるいはパーム油や紙といった特定の原材料について持続可能な認証を受けたものを調達する方針などが考えられるが、その詳細は不明である。研究開発活動において遺伝資源を利用する際には、ABS規制を遵守するための社内手続きを整備し、適切に運用している。外部の環境保全団体との連携や、生物多様性保全プロジェクトへの支援なども行っている可能性がある。現状では、生物多様性に関する取り組みは、主に事業所レベルでの活動 とABS規制遵守 に焦点が当てられているように見受けられる。これは、生物多様性への配慮を、サプライチェーン管理や研究開発戦略といった事業の中核に深く統合していくという点で、今後の発展の余地があることを示唆しているかもしれない。事業所での保全活動やABS遵守は重要であるが、生物多様性への影響という観点では比較的限定的な側面である。多くの場合、主要な影響はサプライチェーンの上流(原材料の生産段階における農業、林業、資源採掘など)や下流(医薬品の環境中への排出など)に存在する。気候変動対策と比較して、これらの広範なバリューチェーンにおける影響を体系的に評価し、緩和策を講じているという証拠は、現時点では少ないように思われる。したがって、より包括的でバリューチェーン全体を視野に入れた生物多様性戦略の構築が、将来的な優先課題となりうる。ABS規制の遵守 は、製薬企業のR&Dにおいて法的・倫理的に不可欠であるだけでなく、企業の評判リスク管理や、創薬に不可欠な遺伝資源へのアクセス維持にも繋がる。名古屋議定書は遺伝資源利用に関する法的義務を定めており、不遵守は法的措置や評判失墜を招きかねない。新規遺伝資源へのアクセスは新薬開発の生命線となりうるため、堅牢なABS手続きは単なるコンプライアンス遵守を超え、R&Dパイプラインの維持と社会からの事業継続承認(Social License to Operate)を得るための戦略的必須事項と言える。
第一三共は、TCFD提言への賛同 を通じて気候関連リスクを認識しているが、環境要因はより広範なリスクを同社にもたらす可能性がある。規制リスクとしては、炭素価格制度の導入や排出量上限設定といった気候変動政策の強化、プラスチック税や拡大生産者責任(EPR)などの廃棄物関連規制の強化、水使用制限、原材料調達や土地利用に影響を与える生物多様性保護法の厳格化などが考えられる。市場リスクとしては、ESGパフォーマンスの高い企業を志向する投資家の選好の変化、競合他社がより持続可能であると認識された場合の市場シェアの喪失、環境負荷の少ない製品や包装を求める顧客・患者の要求の変化などが挙げられる。評判リスクとしては、環境汚染事故の発生、公表した環境目標の未達、ESG評価機関からの低い評価、サプライチェーンにおける環境問題(例:森林破壊、生物多様性損失)への関与などが、ブランドイメージを損なう可能性がある。物理的リスクとしては、気候変動による異常気象の激甚化がもたらす操業やサプライチェーンへの影響(例:洪水や干ばつによる生産停止、水不足 による製造への影響、感染症媒介生物の変化による研究開発テーマへの影響)、生物多様性の損失による天然由来原材料の調達困難などが考えられる。これらのリスクは相互に関連しており、例えば気候変動による物理的リスクである水不足 は、工場の操業停止といったオペレーショナルリスクを増大させ、製品供給不足による市場リスクや、より厳しい水利権許可といった規制リスクを引き起こす可能性がある。環境要因は単独で作用することは稀であり、このような連鎖的な影響を考慮した包括的なリスク評価が必要となる。特に、Scope 3排出量 やサプライチェーンにおける生物多様性への影響 に関連する評判リスクは、たとえ自社の直接的な操業パフォーマンスが高くても、社会的な透明性への要求が高まるにつれて増大する可能性がある。投資家、NGO、消費者などのステークホルダーは、企業の直接的な活動範囲だけでなく、バリューチェーン全体の影響に関心を強めている。衛星画像やAIといった技術の進展により、サプライチェーンの透明性は向上しており、企業はサプライヤーの行動に対しても責任を問われる可能性がある。したがって、自社管理範囲内の環境パフォーマンス管理は必要であるが、評判リスクを完全に軽減するにはもはや十分ではない。
一方で、積極的な環境経営は第一三共にとって多くの事業機会をもたらす可能性がある。事業効率の向上としては、省エネルギー、節水、廃棄物削減 によるコスト削減が挙げられる。イノベーションの機会としては、より環境負荷の少ない製造プロセスの開発、持続可能な包装ソリューションの導入、環境フットプリントの小さい製品(例:投与時の水使用量が少ない薬剤)の開発、気候変動に関連する健康問題に対処する医薬品の開発などが考えられる。市場での地位向上としては、ブランドイメージの向上、環境意識の高い顧客や人材の獲得、ESG評価機関からの評価向上によるサステナビリティ・インデックスへの組み入れや投資家の誘致 が期待できる。レジリエンスの強化としては、気候関連の混乱に対するサプライチェーンの強靭化、水などの資源への安定的なアクセスの確保が挙げられる。資金調達においては、グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなど、有利な条件での資金調達の可能性も考えられる。これらの機会を捉えることは、第一三共の持続的な成長と企業価値向上に貢献するであろう。特に、CDP「B」評価 を超えるようなリーダーシップを発揮することは、目的意識を重視する傾向が強まる製薬業界において、優秀な人材の獲得やパートナーシップ構築における重要な競争優位性となり得る。製薬業界は世界的にトップクラスの科学者や経営人材を巡って競争しており、特に若い世代の専門家は、環境責任を含む自身の価値観と合致する企業で働くことを重視する傾向がある。優れたESGパフォーマンスは、先進的で、レジリエントで、責任ある企業文化を示すシグナルとなり、人的資本における優位性に繋がりうる。また、Scope 3排出量 やサプライチェーンにおける生物多様性 への対応プロセスは、困難ではあるものの、サプライヤーとのより深い協働の機会を提供する。これは、単なるコンプライアンス確認を超え、例えば低炭素素材の開発や持続可能な調達慣行の確保といった、共同での問題解決につながる可能性がある。このような協働は、より強固な関係を築き、共有された効率性やイノベーションを発見する可能性を秘めている。したがって、バリューチェーンにおける環境影響を管理するプロセス自体が、直接的な環境便益を超えた事業価値を生み出す可能性がある。
製薬業界においては、気候変動対策に関して先進的な取り組みが見られる。一部の企業は、Scope 1、2のみならずScope 3を含む野心的なSBTi認定目標を設定し、中には2050年よりも早期のカーボンニュートラル達成を目指す企業も存在する。再生可能エネルギーの導入においては、証書購入 に留まらず、自社敷地内での太陽光発電設備の設置や、長期的な電力購入契約(PPA)への投資など、より直接的な貢献を目指す動きが見られる。Scope 3排出量削減 に関しては、サプライヤーに対する能力構築支援やインセンティブ供与を含む包括的なエンゲージメントプログラムを展開している企業もある。また、高度な気候リスクモデリングを戦略計画や事業所立地の意思決定に統合している事例も報告されている。CDPにおいて最高評価である「Aリスト」に認定されている企業 は、詳細な移行計画の策定や、気候変動と関連付けた水資源管理(Water Stewardship)の実践など、具体的な行動を通じてそのリーダーシップを示していることが多い。
資源管理の分野でも、製薬業界内には先進的な取り組みが存在する。グローバルな事業拠点全体で「埋立廃棄物ゼロ(Zero Waste to Landfill)」方針を掲げ、達成している企業がある。リサイクルの推進に加えて、製品や包装を再利用や分解が容易なように設計する、使用済みデバイス(注射器など)の回収スキームを構築する、あるいはブリスターパックのような複合素材廃棄物に対する高度なリサイクル技術へ投資するなど、真の循環型経済への移行を目指す動きが見られる。水ストレス地域における先進的な水資源管理プログラムでは、地域コミュニティと連携した水源保全プロジェクトの実施、水使用量と再生量をバランスさせるウォーターニュートラリティの達成、地域の流域状況に基づいたコンテクスチュアル(文脈に応じた)な水目標の設定などが行われている。また、研究開発や製造プロセスにおいてグリーンケミストリーの原則を適用し、有害廃棄物の発生を抑制する具体的な事例も報告されている。例えば、ロシュ社は野心的な廃棄物削減目標を掲げている。ノバルティス社も包括的な環境目標を設定し、取り組みを進めている。
生物多様性保全に関しても、注目すべきアプローチが見られる。一部の企業は、バリューチェーン全体にわたる詳細な生物多様性リスク評価を実施し、生態系への主要な依存関係と影響を特定している。関連する農産物由来の原材料(パーム油など)に対して、「森林破壊・泥炭地開発・搾取ゼロ(NDPE: No Deforestation, No Peat, No Exploitation)」方針をコミットしている企業もある。事業所の立地やサプライチェーンに関連した積極的な生息地復元プロジェクトへの投資も見られる。天然由来原材料の持続可能な調達を確保するために、単なる法令遵守 を超えた、より厳格なデューデリジェンスプロセスを導入している事例もある。環境保全団体とのパートナーシップを通じて、生物多様性に関する研究や保護活動を支援する動きも活発である。さらに、医薬品有効成分(API)の環境影響評価などを通じて、生物多様性への配慮を創薬・開発プロセス自体に統合しようとする試みも始まっている。
第一三共の環境戦略を評価する上で、主要な競合他社との比較は不可欠である。国内の主要な競合企業としては、同様の治療領域で事業を展開し、国内市場で大きな存在感を持つ武田薬品工業株式会社 及びアステラス製薬株式会社 が挙げられる。グローバルな視点からは、事業規模、研究開発の焦点、市場での競合関係などを考慮し、ロシュ社 やノバルティス社 といった大手グローバル製薬企業、さらにはファイザー社やメルク社なども比較対象となり得る。これらの企業は、それぞれの市場地位、治療領域、地理的展開、そしてESG分野でのリーダーシップ認識に基づいて選定される。
選定された競合他社の環境戦略と取り組みを分析すると、各社が異なる重点分野と進捗状況を示していることがわかる。武田薬品工業は、カーボンニュートラル目標、RE100加盟、SBTi認定目標の設定など、特に気候変動対策において強力なコミットメントを示しており、CDP評価でも高い評価を得ている。廃棄物や水に関する具体的なプログラムも展開している。アステラス製薬は、気候変動、資源循環、汚染防止などを網羅する環境行動計画を策定し、目標達成に向けた取り組みを進めている。ロシュ社やノバルティス社といったグローバル大手は、一般的に長期的な目標設定、再生可能エネルギーへの大規模投資、サプライチェーン全体での持続可能性への注力、詳細な情報開示といった特徴を持つ、成熟した包括的な環境プログラムを有していることが多い。例えば、第一三共がScope 1・2排出量を2030年度までに63%削減する目標 を掲げているのに対し、武田薬品工業はより高い削減率を目指しているか、あるいは既にカーボンニュートラル目標達成に向けた重要なマイルストーンを達成している可能性がある。また、第一三共のリサイクル率 と比較して、ロシュ社はより野心的な廃棄物削減目標に向けた進捗を報告している。これらの比較から、第一三共の取り組みの相対的な位置づけを把握することができる。
環境スコアは、企業の環境パフォーマンスを客観的に比較するための一つの指標となる。第一三共のCDP気候変動スコアは2022年度において「B」評価であった。これに対し、武田薬品工業は同年度に最高評価である「Aリスト」企業として認定されており、気候変動対策における開示と実践の両面で先進的な地位にあることを示唆している。アステラス製薬のCDPスコアに関する情報はから報告の存在が示唆されるが、具体的なスコアは別途確認が必要である。より広範なESG評価として、第一三共はMSCI ESGレーティングにおいて、2023年7月時点で「AA」評価を取得しており、Sustainalytics ESGリスクレーティングでは、2023年7月時点でリスクレベル「低」に分類される18.0のスコアを得ている。これらの総合的なESG評価を競合他社と比較すると、例えば武田薬品工業のSustainalyticsスコアは21.1でリスクレベル「中」と評価されている。ただし、総合的なESG評価は環境、社会、ガバナンスの要素を総合的に評価するため、環境側面に特化した評価とは異なる側面を反映する場合がある点に留意が必要である。例えば、第一三共の高いMSCI評価(「AA」)と、武田薬品工業のCDP気候変動「A」評価 に比べて低い「B」評価 との間には一見乖離が見られる。これは、総合ESG評価がガバナンスや社会側面を比較的高く評価している可能性、あるいは評価機関ごとに異なる方法論や重点項目(例えばリスク管理体制か、具体的なパフォーマンスか)を採用していることを示唆している。MSCI ESGレーティングはE・S・Gの各側面を評価するのに対し、CDPは特に環境(気候変動、水、森林)に関する情報開示とパフォーマンスを詳細に評価する。企業がGとSで優れていれば総合的なMSCIスコアは高くなる可能性があるが、CDPの詳細な基準に基づけばEの側面で改善の余地が残されている場合がある。したがって、総合的なESG評価だけに依存すると、環境リーダーシップに関する全体像の一部を見逃す可能性があり、CDPのような分野特化型のスコアが重要な詳細情報を提供する。また、武田薬品工業のSustainalyticsリスクスコア(21.1、中リスク)が、第一三共(18.0、低リスク)よりも高い(リスクが大きい)点は、武田薬品工業のCDPにおけるリーダーシップ評価と一見矛盾するように見える。これは、評価方法論の違いを浮き彫りにしており、各スコアが何を測定しているか(例:管理されていないリスクへのエクスポージャーか、パフォーマンス/開示の質か)を理解することの重要性を示している。Sustainalyticsは主に管理されていないESGリスクエクスポージャーに焦点を当てているのに対し、CDPはパフォーマンスと開示の質を評価する。武田薬品工業は、たとえその管理慣行(CDP「A」評価につながる)が強力であっても、本質的により高い環境リスクエクスポージャー(例:より水集約的な製造拠点)を持つ事業を行っている可能性がある。一方で、第一三共は本質的なリスクエクスポージャーが低いか、あるいはSustainalyticsによって、特定の管理下にあるリスクを全体としてわずかに良好に管理していると認識されている可能性がある。したがって、スコアを比較するには、その根底にある方法論と焦点(リスクエクスポージャー対管理/パフォーマンス)を理解する必要がある。総じて、CDPスコアなどの環境指標に基づくと、第一三共は堅実なパフォーマーであるものの、気候変動対策の開示とパフォーマンスといった特定の側面においては、武田薬品工業のような認識されたリーダー企業に対しては現在後れを取っているポジションにあると評価できる。
これまでの分析を踏まえ、第一三共が環境分野で直面している主要な課題を評価する。第一に、意欲的な気候変動目標 と、現状のCDP「B」評価 との間にはギャップが存在する。これは、目標達成に向けた施策の実行速度、特にScope 3排出量の管理 における課題、あるいは武田薬品工業 のようなリーダー企業と比較した場合の情報開示の深度や質に改善の余地があることを示唆している。第二に、資源循環に関しては、標準的な廃棄物削減や水使用量削減を超えた、より先進的なサーキュラーエコノミー戦略の導入において、業界のイノベーターに比べて遅れをとっている可能性がある。第三に、生物多様性戦略 は、現状では事業所レベルでの活動や法令遵守 に重点が置かれているように見受けられ、原材料調達などを含むバリューチェーン全体への統合という点で、より成熟したアプローチが求められる段階にあると考えられる。第四に、気候 や水 に関するリスク評価の結果を、緩和策の実施や戦略的な意思決定に完全に統合していくプロセスには、更なる強化が必要かもしれない。最後に、急速に進化する投資家の期待や世界各国の規制動向に継続的に対応していくことは、全ての企業にとって共通の課題であるが、第一三共にとっても重要な挑戦である。
上記の課題認識に基づき、第一三共が今後重点を置くべき分野と具体的な行動提案を以下に示す。気候変動対策に関しては、サプライヤーとのより深い協働を通じてScope 3排出削減努力を加速させ、具体的なScope 3中間目標を設定し、サプライチェーンの脱炭素化イニシアチブへの投資を検討することが推奨される。TCFDに基づく報告 を超えて、気候リスク分析の結果を事業戦略や投資判断により深く統合することも重要である。CDP「A」評価の取得を目指し、情報開示の質を向上させるとともに、リーダーシップを示す具体的な行動(例:先進技術の導入、政策提言への関与)を強化することが望ましい。資源循環に関しては、製品や包装の再設計、クローズドループシステムの構築など、サーキュラーエコノミーの原則に基づいたパイロットプロジェクトの探索と実施を推奨する。特にリスクが高いと特定された地域 においては、より野心的な水削減目標(可能であればコンテクスチュアルな目標)を設定すべきである。グリーンケミストリーの原則を適用し、有害廃棄物の削減努力を強化することも有効である。生物多様性に関しては、特に調達原材料に焦点を当てたバリューチェーン全体のリスク評価を含め、より包括的な戦略を策定することが推奨される。持続可能な原材料調達に関する明確な定量的目標を設定し、事業所レベルの活動 を超えて、自然資本への投資や生態系回復プロジェクトへの貢献を検討することも考えられる。生物多様性への依存と影響に関する透明性を向上させることも重要である。分野横断的な提案として、全ての環境指標に関するデータ収集・検証プロセスを強化し、報告の信頼性を高めることが不可欠である。環境パフォーマンスと役員報酬との連動性を強化し、社内での説明責任を促進することも有効な手段となり得る。最後に、環境戦略とその成果に関するステークホルダーへのコミュニケーションを強化し、評判リスクを管理するとともに、事業機会を確実に捉えていくことが求められる。
本報告書では、第一三共株式会社の環境への取り組みを、気候変動、資源循環、生物多様性の三つの側面から包括的に分析した。同社が、特に気候変動対策において、SBTi認定の1.5℃目標やRE100加盟といった意欲的な方針と目標を掲げていることは評価される。再生可能エネルギー導入の進展 や、基本的な廃棄物・水管理 においても着実な取り組みが見られる。しかしながら、競合他社との比較、特にCDPスコア などにおいては、武田薬品工業のようなリーダー企業に対して改善の余地がある側面も明らかになった。また、資源循環や生物多様性の分野においては、より先進的かつバリューチェーン全体を視野に入れた戦略への深化が期待される。
気候変動、資源循環、生物多様性といった環境課題への継続的な取り組みとパフォーマンス向上は、単なる倫理的要請やコンプライアンス遵守の問題ではなく、変化の激しい製薬業界において、長期的な企業価値創造、リスク軽減、そして競争力維持のための戦略的必須要件である。環境分野におけるリーダーシップは、企業の評判を高め、投資を呼び込み、イノベーションを促進する潜在力を持っている。第一三共が、本報告書で示された課題に取り組み、提言された行動を実行に移すことで、持続可能な社会の実現に貢献し、企業価値を一層高めていくことが期待される。
2023年 | 85,245t-CO2 |
2022年 | 86,006t-CO2 |
2021年 | 88,249t-CO2 |
2023年 | 23,994t-CO2 |
2022年 | 23,729t-CO2 |
2021年 | 103,150t-CO2 |
2023年 | 4,408,736t-CO2 |
2022年 | 2,122,492t-CO2 |
2021年 | 679,444t-CO2 |
スコープ1+2 CORの過去3年推移
2023年 | 68kg-CO2 |
2022年 | 86kg-CO2 |
2021年 | 183kg-CO2 |
スコープ3 CORの過去3年推移
2023年 | 2,753kg-CO2 |
2022年 | 1,660kg-CO2 |
2021年 | 650kg-CO2 |
スコープ1+2のCOA推移
2023年 | 32kg-CO2 |
2022年 | 44kg-CO2 |
2021年 | 86kg-CO2 |
スコープ3のCOA推移
2023年 | 1,274kg-CO2 |
2022年 | 846kg-CO2 |
2021年 | 306kg-CO2 |
2023年 | 1兆6017億円 |
2022年 | 1兆2785億円 |
2021年 | 1兆449億円 |
2023年 | 2,007億円 |
2022年 | 1,092億円 |
2021年 | 670億円 |
2023年 | 3兆4611億円 |
2022年 | 2兆5089億円 |
2021年 | 2兆2214億円 |
すべての会社と比較したポジション
業界内ポジション
CORスコープ1+2
CORスコープ3
CORスコープ1+2
CORスコープ3
COAスコープ1+2
COAスコープ3
COAスコープ1+2
COAスコープ3