カテゴリー | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 |
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1購入した製品・サービス | 2,941,000 | 2,872,000 (▼69,000) | 2,544,000 (▼328,000) |
2資本財 | 133,000 | 157,000 (▲24,000) | 344,000 (▲187,000) |
3燃料・エネルギー関連活動 | 546,000 | 549,000 (▲3,000) | 534,000 (▼15,000) |
4輸送・配送(上流) | 264,000 | 284,000 (▲20,000) | 250,000 (▼34,000) |
5事業から発生する廃棄物 | 78,000 | 78,000 (=0) | 58,000 (▼20,000) |
株式会社クラレ(本社:東京都千代田区、社長:川原 仁)は、企業版ふるさと納税制度を活用し、鹿島事業所(茨城県神栖市東和田、事業所長:執行役員 川原 孝春)が所在する、茨城県神栖市へ寄付を行いました。
※掲載情報は公開資料をもとに作成しており、全てのリスク・機会を網羅するものではありません。 より詳細な情報は企業の公式発表をご確認ください。
省エネや再エネ促進、環境負荷低減に貢献する「自然環境・生活環境貢献製品」の市場拡大(2026年度売上高比率60%目標)、資源効率化によるコスト削減、CCUS等の革新的技術開発、ESG評価向上による企業価値向上の機会があります。
本レポートは、株式会社クラレ(以下、クラレ)の環境パフォーマンスを、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」という3つの重点分野において包括的に分析・評価することを目的とする。化学産業は、現代社会に不可欠な素材を提供する一方で、その生産プロセスや製品ライフサイクル全体を通じて環境に大きな影響を与える可能性を持つ。そのため、企業が環境課題にどのように取り組み、持続可能な社会の実現に貢献しているかを評価することは、投資家、顧客、地域社会、従業員を含む全てのステークホルダーにとって極めて重要である。
本レポートでは、クラレがこれらの重点分野で展開する具体的な環境戦略、プログラム、目標設定、および実績データを詳述する。さらに、これらの環境要因に関連する潜在的なリスク(規制、市場、評判、物理的リスク等)と事業機会(サステナブル製品市場の拡大、資源効率化によるコスト削減等)を特定し、分析する。
分析にあたっては、化学業界全体における環境先進企業のベストプラクティスや、主要な競合他社の取り組みと比較検討を行う。また、CDP、MSCI、Sustainalyticsといった主要なESG(環境・社会・ガバナンス)評価機関によるクラレおよび競合他社の評価結果をベンチマーキングし、クラレの相対的な立ち位置を明らかにする。これらの分析を通じて、クラレが現在直面している環境課題を明確化し、将来の持続可能性向上に向けた具体的な推奨事項を提示する。
分析の基礎となる情報は、クラレが公式に開示している統合報告書(クラレレポート)、サステナビリティ報告書(ウェブサイト形式)、プレスリリース等(主に2023年度の実績を含むクラレレポート2024 およびサステナビリティウェブサイト を参照)、ならびに競合他社の公開情報、業界レポート、ESG評価機関の公開データから収集・整理した。
本レポートは、クラレの環境スコア算定に必要な詳細情報を提供するとともに、学術的な分析レベルを維持し、客観的かつデータに基づいた評価を提供することを目指す。なお、本レポートでは、情報の明瞭性を確保するため必要に応じて箇条書きを用いるが、表形式でのデータ提示は行わない。
本レポートで焦点を当てる「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3分野は、地球環境の持続可能性にとって根源的な課題であり、化学企業が事業活動を通じて与える影響が特に大きい領域である。これらの分野における企業の取り組みは、環境規制への対応、サプライチェーンの安定性、企業評判、そして新たな事業機会の創出といった観点から、事業継続性にも直結する。クラレ自身も、中期経営計画「PASSION 2026」におけるサステナビリティ中期計画の中で、これらの分野を重要課題(マテリアリティ)として認識し、「Planet(地球)」「Product(製品)」「People(人)」の3つのPで構成される「3Pモデル」の下で取り組みを進めている 。
気候変動: 地球温暖化は、異常気象の激甚化や生態系への影響を通じて、社会経済システム全体に深刻なリスクをもたらす。化学産業はエネルギー多消費型産業であり、温室効果ガス(GHG)排出削減が喫緊の課題である。本レポートでは、クラレのGHG排出量(Scope 1, 2, 3)削減目標と実績、エネルギー効率改善策、再生可能エネルギーの導入状況、そして科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ(SBT)への対応状況を評価する。
資源循環: 天然資源の枯渇、廃棄物問題、水資源の逼迫は、持続可能な社会の実現に向けた大きな障壁である。化学産業は、プラスチックをはじめとする多様な素材を生産・供給しており、製品ライフサイクル全体での資源効率向上と循環利用の促進が求められる。本レポートでは、クラレの廃棄物削減・有効利用(リサイクル率等)の実績、水資源の効率的な利用とリサイクルへの取り組み、そして循環型原料(リサイクル素材、バイオマス由来素材)の利用拡大やサーキュラーエコノミー(循環経済)実現への貢献度を評価する。
生物多様性: 生物多様性の損失は、生態系サービスの低下を通じて、食料安全保障、水資源、気候調整機能などに影響を及ぼし、人類の生存基盤を脅かす。化学産業は、土地利用、水利用、化学物質の排出、原料調達などを通じて生物多様性に影響を与える可能性がある。本レポートでは、クラレの事業活動が生物多様性に与える影響の評価と管理体制、サプライチェーンにおける持続可能な原料調達方針、事業所周辺での生態系保全活動、そして自然資本の回復・向上を目指すネイチャーポジティブへの貢献について評価する 。
クラレグループは、「私たちの未来のために、今日のよりよい世界を築く」というパーパスの下、サステナビリティを経営の中核に据え、環境課題への対応を推進している。特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」は、中期経営計画「PASSION 2026」 におけるサステナビリティ中期計画の重要課題として位置づけられ、具体的な目標と行動計画が策定されている。
クラレグループは、地球温暖化を重要な経営課題と認識し、GHG排出削減に向けた取り組みを強化している。
GHG排出削減目標と実績
Scope 1+2(自社での直接排出およびエネルギー使用に伴う間接排出): クラレは、2030年度までにScope 1+2のGHG排出量を2019年度比で30%削減するという目標を掲げている 。これは、パリ協定の目標達成に貢献するための重要なコミットメントであり、2050年のカーボンニュートラル達成を見据えた中間目標と位置づけられる。この目標達成に向け、2030年までに総額800億円規模のGHG削減投資を計画しており、具体的な施策として、自家発電設備の燃料転換(石炭から天然ガスへのシフト等)、省エネルギー設備の導入、製造プロセスの改善、そして将来的にはCCUS(CO2回収・利用・貯留)技術の確立などを検討している 。過去の実績としては、国内クラレグループのGHG排出量は2019年度に1,310千トンCO2であった 。最新のクラレレポート2024 やサステナビリティウェブサイト で、2023年度の排出実績値や目標達成に向けた進捗状況を確認する必要がある。過去にはエネルギー原単位の改善目標も設定されていたが 、現在は絶対量削減目標が主軸となっている。
Scope 3(サプライチェーン全体での間接排出): 化学産業においては、原料調達や製品の使用・廃棄段階を含むScope 3排出量がScope 1+2を大きく上回ることが多く、サプライチェーン全体での排出削減が不可欠である。クラレは現在、グループ全体のScope 3排出量の算定を進めており、2024年中に算定を完了し、排出量の大部分(2/3以上)を占めるカテゴリーを特定した上で、具体的な削減目標を設定する計画である 。2019年の国内Scope 3排出量は946千トンCO2と報告されているが 、グローバルでの算定結果と目標設定が待たれる状況である。Scope 3削減目標の設定と、その達成に向けたサプライヤーとの連携強化は、今後の重要な課題となる。
SBT認定状況と目標詳細: クラレは、GHG削減目標の科学的妥当性と国際的な整合性を確保するため、2025年2月28日付でSBT(Science Based Targets)イニシアチブに対し、目標達成に向けたコミットメントレターを提出した 。これは、設定した目標(2030年度30%削減)がSBTの基準に沿ったものであることの認定を目指す意思表示である。現時点ではコミットメント段階であり、具体的なSBT認定目標(例えば1.5℃目標に整合するかどうか)の詳細は、今後の審査・認定を経て公表される見込みである。SBT認定の取得は、投資家や顧客からの信頼性を高める上で重要となる。
再生可能エネルギー導入状況: 再生可能エネルギーの利用拡大は、GHG排出削減の重要な柱である。クラレは、海外グループ会社において、分離型エネルギー属性証明書(再エネ証書)を購入することにより、使用電力のグリーン化を進めている 。しかし、クラレレポート2024やサステナビリティウェブサイトを確認しても、グループ全体での具体的な再生可能エネルギー導入比率(%)や、国内事業所における導入状況(例:PPA契約、自家消費型太陽光発電設備の設置等)に関する詳細な情報は限定的である 。再エネ導入に関する定量的な目標設定と実績開示の拡充が望まれる。
省エネルギー施策: エネルギー効率の向上は、コスト削減とGHG排出削減の両面に貢献する基本的な取り組みである 。クラレは、東芝エネルギーシステムズ株式会社と連携し、IoT技術を活用して自家発電所の運転を最適化するシステムを導入するなど、先進的な省エネ施策も取り入れている 。しかし、具体的な省エネルギー投資の詳細、各プロセスにおける改善事例、エネルギー消費原単位の推移といった定量的な情報開示は、最新の報告書においても限定的である。
クラレは、Scope 1+2の30%削減目標の設定とSBTへのコミットメント提出 により、気候変動対策への明確な意思を示している。これは脱炭素化に向けた重要な第一歩である。しかしながら、化学産業の特性上、サプライチェーン全体での排出量、すなわちScope 3排出量(特にカテゴリ1:購入した物品・サービス)が占める割合が大きいことが一般的である 。したがって、Scope 3排出量の算定完了と具体的な削減目標の設定、そしてその達成に向けたサプライヤーとの連携強化が、実質的な気候変動インパクトを低減する上で不可欠となる。クラレ自身もこの点を認識し、現在算定と目標設定を進めている段階にあるが 、そのプロセスの透明性を高め、具体的な目標と進捗状況を早期に開示することが、投資家や評価機関からの信頼を得る上で重要である。加えて、再生可能エネルギーの導入は脱炭素化の鍵となる戦略であるが、現状の開示情報では海外での証書購入が中心であり、具体的な導入比率や国内拠点での物理的な導入(自家発電やPPA等)に関する情報が不足している 。導入比率の目標設定と実績開示は、取り組みの透明性と実効性を示す上で不可欠である。これらの点から、Scope 3排出量管理の具体化と再生可能エネルギー導入戦略の明確化および情報開示の強化が、クラレの気候変動対策を次の段階に進め、外部評価を高めるための鍵となると考えられる。
クラレグループは、限りある資源の有効活用と廃棄物削減を重要な環境課題と捉え、資源循環型社会の実現に向けた取り組みを進めている。
廃棄物削減・リサイクル実績: クラレは、環境基本方針の行動原則として、発生抑制(Reduce)、再使用(Reuse)、再資源化(Recycle)の3Rを推進し、事業活動から発生する廃棄物排出量の極小化に取り組むことを掲げている 。サステナビリティ中期計画では、廃棄物発生量の売上高原単位(生産量あたりの廃棄物発生量を示す指標)を2026年度までに2019年度比で15%削減するという目標を設定した。
国内グループの実績を見ると、2023年度の廃棄物発生量は62.8千トンとなり、前年度の74.7千トンから大幅に減少した 。これは生産活動の抑制も影響している可能性があるものの、製品収率の向上や廃棄物の分別徹底、再原料化といった削減努力も寄与していると考えられる。同年度の廃棄物有効利用率は95.2%に達しており 、引き続き高い水準を維持している。また、プラスチック資源循環促進法への対応として、プラスチック使用製品産業廃棄物等の有効利用(再資源化または熱回収)率は98.9%と極めて高いレベルにある 。
一方、海外グループ会社における2023年度の廃棄物発生量は91.8千トンと、前年度から増加している 。この増加要因については詳細な分析と対策の検討が必要である。
グループ全体で見ると、廃棄物発生量の売上高原単位は、2023年度実績で2019年度比23.7%の低減(改善)となり、2026年度目標の15%削減を大幅に前倒しで達成した 。これは特筆すべき成果である。
水資源管理: 水は事業活動に不可欠な資源であると同時に、地域によっては逼迫するリスクも抱える重要な資源である。クラレは、「水は限りある資源」との認識の下、運転条件の適正化やリサイクル推進により、事業活動に必要な水使用量の極小化を目指している 。サステナビリティ中期計画では、水使用量(海水を除く)の売上高原単位を2026年度までに2019年度比で15%削減する目標を設定した。
国内グループでは、冷却水をボイラー用水へ再利用するなど、水のカスケード利用やリサイクルを継続的に実施しており、2023年度の水使用量(海水除く)は62.1百万立方メートルと、前年度から減少した 。
海外グループ会社では、2023年度の水使用量は19.7百万立方メートルとなり、前年度を上回った 。これは一部拠点の排ガス洗浄装置増設による影響と説明されているが、水効率改善に向けた継続的な取り組みが求められる。
グループ全体での水使用量(海水除く)の売上高原単位は、2023年度実績で2019年度比22.0%の低減(改善)となり、廃棄物同様、2026年度目標を大幅に前倒しで達成した 。
リサイクル・バイオマス原料の利用: サーキュラーエコノミーへの移行において、再生可能資源やリサイクル資源の活用は重要な要素である。クラレは、製品開発においても資源循環への貢献を目指している。
具体的な取り組みとして、人工皮革<クラリーノ®>のランドセル向け新銘柄<アクアデュオ®>において、漁網や養殖ロープなどからリサイクルされたナイロンを使用している 。
また、植物由来の原料を用いたバイオマス由来ガスバリア包装材<PLANTIC>を開発・販売している 。
さらに、マスバランス方式(製造プロセスにおいて、バイオマス由来原料やリサイクル由来原料と化石由来原料が混合される場合に、投入されたバイオマス・リサイクル由来原料の量に応じて、製品の一部にその特性を割り当てる手法)を活用したサステナブル製品の供給体制構築も進めている。鹿島事業所で生産される熱可塑性エラストマー<セプトン®>、<ハイブラー®>および液状ゴムについて、ISCC PLUS認証(国際持続可能性カーボン認証)を取得した 。これは、サプライチェーン全体での持続可能性を担保する国際的な認証であり、環境配慮型製品の信頼性を高めるものである。
クラレは、これらのリサイクル・バイオマス由来製品を含む「自然環境・生活環境貢献製品」の売上高比率を、2024年度に55%、2026年度には60%にまで高めるという野心的な目標を設定している 。2023年度の実績は52%であり、目標達成に向け順調に進捗していることがうかがえる 。
サーキュラーエコノミー関連プロジェクト: ISCC PLUS認証取得 はマスバランス方式による貢献を示唆するが、使用済み製品の回収・リサイクルシステムの構築や、より高度なケミカルリサイクル技術(廃プラスチックを化学的に分解し、原料レベルに戻して再利用する技術)の開発といった、大規模なサーキュラーエコノミープロジェクトに関する具体的な情報は、現時点では限定的である。
クラレの廃棄物および水使用量に関する原単位削減目標が計画を前倒しして達成された点 は、効率改善への取り組みが着実に成果を上げていることを示しており、高く評価できる。特に国内拠点における高い廃棄物有効利用率 は、確立された管理体制を反映している。しかしながら、グローバルな視点で見ると、海外拠点における廃棄物発生量および水使用量の増加 は懸念材料である。これらの増加が一過性のものなのか、あるいは構造的な課題を示唆しているのか、詳細な要因分析とそれに基づく具体的な対策、そしてその進捗状況の透明性ある開示が求められる。グローバル全体で一貫した高いレベルでの環境管理基準の適用と徹底が重要となる。また、資源循環への貢献をより明確に示すためには、リサイクルナイロンの利用 やISCC PLUS認証取得製品 といった個別の取り組みに加え、グループ全体でのリサイクル原料およびバイオマス原料の利用率や、今後の具体的な拡大目標(数値目標)を設定し、開示することが望ましい。現在掲げられている環境貢献製品の売上高比率目標 は優れた指標であるが、その内訳としてリサイクル・バイオマス由来製品の比率を明示することで、資源循環への直接的な貢献度をより具体的に示すことが可能となる。したがって、グローバルでの環境パフォーマンスの安定化と向上、そして循環型原料利用に関する定量的な目標設定と情報開示の強化が、クラレの資源循環への取り組みをさらに前進させる上で重要であると考えられる。
クラレグループは、事業活動が依存し、また影響を与える自然環境の一部として生物多様性の重要性を認識し、その保全に向けた活動を展開している。
基本方針と持続可能な調達: クラレは「生物多様性の保全に係る活動方針」を制定し 、事業活動を行うにあたり生物多様性に最大限配慮することを環境基本方針の行動原則の一つに掲げている 。具体的には、地球温暖化対策、化学物質の適正管理、廃棄物の有効利用、水資源の有効利用といった環境負荷低減活動そのものが、生物多様性の保全につながるという基本的な考え方を持っている 。調達活動においても、環境に配慮した原材料・資機材の調達に努めることを原則としており 、サプライヤーに対しても生物多様性保全への理解と協力を求めている可能性があるが、具体的な調達基準や実績に関する詳細な開示は確認が必要である。
事業所周辺の土地利用管理と影響評価: 事業所の建設や操業は、土地利用の変化を通じて地域の生態系に影響を与える可能性がある。クラレは、倉敷事業所内に野鳥が生息できる環境として「小鳥の森」と称するエリアを確保・維持するなど 、事業所敷地内での生物多様性への配慮を示している。しかし、グループ全体の事業所における土地利用管理方針や、新規開発・拡張時における生物多様性への影響評価(例えば、保護価値の高い地域との位置関係を評価するIBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool)のようなツールを用いたスクリーニングや、より詳細な現地調査)の実施状況、そして近年注目されているTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿ったリスク・機会評価への対応状況については、公開情報からは詳細を把握することが難しい。
生態系保全活動事例: クラレは、各事業所が立地する地域社会と連携し、具体的な生態系保全活動を継続的に実施している 。これらの活動は、従業員の環境意識向上や地域社会との良好な関係構築にも寄与していると考えられる。主な活動例は以下の通りである。
森林保全・緑化: 新潟事業所では、新潟県が推進する「企業の森づくり」に参加している。鹿島事業所では、事業所内に存在する雑木林を整備し、野鳥の生息環境保護に努めている。
清掃活動: 海洋プラスチックごみ問題への対応としても重要視される清掃活動を、国内外の多くの拠点で実施している。倉敷事業所では玉島地区の溜川公園(絶滅危惧種ダルマガエルが生息)や事業所沿岸の海岸清掃、岡山事業所では岡山市主催の児島湖清掃やNPO法人主催の海ごみ回収活動、西条事業所では加茂川の魚道保全協力、鹿島事業所や鶴海事業所では事業所周辺道路や海岸の清掃、クラレアメリカ(米国)やモノソル(米国)では水路や湖岸の清掃活動を行っている。
絶滅危惧種保護: 倉敷事業所では、玉島の溜川公園に生息する絶滅危惧種ダルマガエルの保護活動を支援している。
その他: 新潟事業所では、適切な排水管理を通じて事業所周辺の水路生態系の保全に努めている。倉敷事業所の「小鳥の森」維持も、地域レベルでの生物多様性保全への貢献と言える。
クラレが各事業所において地域に根差した清掃活動や森林保全活動 を継続的に実施している点は、企業の社会的責任を果たす上で評価されるべきである。これらの活動は、地域環境の美化や生態系の維持に貢献するだけでなく、従業員の環境意識を高め、地域社会との良好な関係を築く上でも重要である。しかしながら、化学産業が生物多様性に与える影響は、事業所周辺の活動範囲にとどまらない。原料調達(例えば、パーム油、木材パルプ、天然ゴムなど、生物多様性への影響が大きいとされる原料をクラレがどの程度使用しているかは不明だが、一般論としてリスクが存在する)、製造プロセスにおける水利用や排出物、さらには製品の使用・廃棄段階に至るまで、バリューチェーン全体に及ぶ可能性がある 。現状のクラレの開示情報からは、事業所周辺での活動が中心に報告されており、サプライチェーン上流(特に原料調達段階)や製品ライフサイクル全体を通じた生物多様性への影響評価、リスク管理に関する情報が不足しているように見受けられる。国際的な潮流となっているTNFDフレームワーク などを参考に、事業活動が自然資本にどの程度依存し、どのような影響を与えているのか(リスクと機会を含む)を体系的に評価し、その結果を開示することが求められる。さらに、評価に基づいて、例えば「生物多様性の損失ゼロ(No Net Loss)」や「自然資本の純増(Net Positive)」といった具体的な目標を設定し、その達成に向けた戦略(影響が大きい土地面積の削減、水ストレス地域での取水量管理強化、持続可能な認証原料の調達比率向上など)を策定・実行していくことが、より戦略的かつ実効性のある生物多様性保全につながる。したがって、地域貢献活動の継続・発展に加え、事業全体の視点からのリスク・影響評価と、それに基づく定量的な目標設定および情報開示が、クラレの生物多様性への取り組みを深化させる上で今後の重要な課題であると言える。
クラレグループの事業活動は、気候変動、資源制約、生物多様性の損失といった地球規模の環境課題と密接に関連しており、これらの環境要因は事業運営における潜在的なリスクと機会の両方をもたらす。
環境要因に関連するリスクは、規制の強化や市場の変化に伴う「移行リスク」と、気候変動による物理的な影響である「物理リスク」に大別される。
移行リスク:
炭素価格導入・強化: 世界的にカーボンプライシング(炭素税や排出量取引制度)の導入・強化が進む中、GHG排出量に応じたコスト負担増は、特にエネルギー多消費型である化学産業にとって大きなリスクとなる。クラレ自身も、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に基づくシナリオ分析において、GHG排出およびエネルギー調達に対する炭素税負担による収益低下リスクを認識しており、特に2℃以下シナリオ(より厳しい規制が導入されるシナリオ)では2030年度の影響を「大」と評価している 。このリスクに対応するため、クラレはインターナルカーボンプライシング(ICP)制度を導入し、GHG排出量の増減を伴う設備投資の評価に際して、社内炭素価格を用いて費用または収益換算し、投資判断の一助としている 。しかし、具体的な炭素価格の水準や、それが投資判断に与える具体的な影響については開示されていない。
環境規制の強化: 化学物質に対する規制(例:REACH規則、有害物質規制)や、プラスチックに対する規制(例:リサイクル材の使用義務化、特定用途での使用禁止)が強化されるリスクがある。これにより、既存製品の製造・販売が制限されたり、代替素材の開発やプロセス変更に伴うコストが増加したりする可能性がある。クラレは、POPs(残留性有機汚染物質)やPRTR法対象物質の管理・報告を行っているが 、将来的な規制強化動向を注視し、製品ポートフォリオや研究開発戦略に反映させていく必要がある。
市場の変化: 消費者や顧客企業における環境意識の高まりは、環境負荷が高いと認識される製品や技術からのシフトを加速させる可能性がある。競合他社がよりサステナブルな製品やソリューションを市場に投入した場合、クラレ製品の市場シェアが低下するリスクがある。
評判リスク: 環境関連の事故(例:化学物質漏洩、大規模な環境汚染)や、設定した環境目標の未達、あるいは環境に関する情報開示が不十分であると判断された場合、企業の社会的評価やブランドイメージが損なわれるリスクがある。これは、投資家からの評価低下(ダイベストメント等)、顧客離れ、優秀な人材の獲得難といった形で事業に影響を与える可能性がある。
物理リスク:
自然災害の激甚化: 気候変動に伴う異常気象(台風、豪雨、洪水、高潮、干ばつ等)の頻度と強度の増加は、生産拠点やサプライチェーンに物理的な損害を与えるリスクを高める。クラレのシナリオ分析では、海や河川に隣接する場所での洪水災害発生による工場被害増加や生産能力低下、操業停止のリスクを認識しているが、その影響は「小」と評価されている 。しかし、近年、国内外で大規模な水害が頻発していることを踏まえると、特に沿岸部や河川流域に立地する主要生産拠点(例:倉敷事業所、鹿島事業所)におけるリスク評価の再検討と、インフラ強靭化や事業継続計画(BCP)の強化が重要となる。
気温上昇の影響: 平均気温の上昇は、冷却設備の効率低下によるエネルギー消費量の増加や、屋外作業者や高温環境下で働く従業員の健康リスク増大、それに伴う生産性低下につながる可能性がある。クラレもこのリスクを認識し、「影響小」と評価している 。適応策としての作業環境改善や健康管理体制の強化が求められる。
生態系サービスの変化: 気候変動や土地利用の変化は、水資源の利用可能性、バイオマス原料(木材、植物油等)の供給安定性といった、事業活動が依存する生態系サービスに影響を与える可能性がある。特に水ストレス地域での事業展開や、自然由来原料への依存度が高い製品群については、リスク評価と対応策の検討が必要である。
環境課題への対応は、リスクであると同時に、新たな事業機会を創出する源泉でもある。クラレは、「脱炭素」を含むサステナビリティへの貢献を事業機会として捉え、GHG排出削減と環境貢献製品の拡大を両輪で進める方針を示している 。
環境貢献製品の市場拡大:
クラレは、省エネルギー、再生可能エネルギー利用促進、環境負荷低減、天然資源保全に貢献する製品群を「自然環境・生活環境貢献製品」と定義し、その売上高比率を2026年度に60%まで引き上げるという明確な目標を掲げている 。これは、サステナビリティを成長戦略に組み込む積極的な姿勢を示すものである。
具体的な製品例としては、食品の鮮度保持期間を延長し食品ロス削減に貢献するガスバリア性樹脂<エバール> や、バイオマス由来の包装材<PLANTIC> が挙げられる。これらの製品は、環境意識の高まりとともに需要拡大が期待される。
リサイクル原料を使用した人工皮革<アクアデュオ®> や、今後開発・市場投入されるであろうバイオベースポリマー、生分解性素材なども、循環型社会への移行に伴い市場が拡大する可能性がある。
自動車分野では、軽量化による燃費向上や、電気自動車(EV)化の進展に伴い、耐熱性ポリアミド樹脂<ジェネスタ> や<エバール>(ガソリンタンク用途からEV向け部品への応用展開等) といった高機能素材への需要増加が見込まれる。
水処理分野では、浄水や排水処理に使用される活性炭 や中空糸膜 は、安全な水へのアクセス確保や水環境保全への貢献を通じて、事業機会の拡大が期待される。クラレもシナリオ分析で、水の安定供給に関する事業(浄水用活性炭)の拡大機会を「影響中」と評価している 。
資源効率化によるコスト削減: 省エネルギー活動の推進、製造プロセスにおける歩留まり向上、廃棄物の削減と再資源化、水のリサイクル率向上といった取り組みは、エネルギーコスト、原料コスト、廃棄物処理コスト、水コストの削減に直結し、企業の収益性向上に貢献する。
技術革新: 環境負荷を低減する新たな技術の開発と実用化は、競争優位性の源泉となる。クラレが検討を進めるCCUS技術 や、将来的なケミカルリサイクル技術への参入可能性などは、新たな事業領域を開拓する機会となり得る。
企業価値向上: ESGパフォーマンスの向上は、投資家からの評価を高め、ESG投資の呼び込みや資金調達コストの低減につながる可能性がある 。また、環境問題への貢献意欲が高い優秀な人材の獲得・維持にも寄与し、長期的な企業価値向上に貢献する。
クラレが環境貢献製品の売上拡大を明確な事業機会と捉え、具体的な数値目標(2026年度60%)を設定している点 は、市場のニーズを的確に捉えた戦略的な動きであり、高く評価できる。この目標達成に向けた製品開発とマーケティング活動の強化が期待される。一方で、リスク管理の側面では、さらなる深化が求められる。特に、影響度が「大」と評価されている炭素税等の移行リスク については、より具体的な財務影響額の試算や、計画されている800億円のGHG削減投資 がリスクをどの程度、どのように軽減するのかについての詳細な説明が不足している。導入しているICP制度 についても、具体的な社内炭素価格の設定レベルや、投資判断プロセスにおける具体的な活用状況を開示することが、リスク管理の実効性を示す上で有効である。また、物理リスク(洪水、気温上昇等)の影響を「小」と評価している点 については、近年の気象災害の頻発化・激甚化という現実を踏まえ、より慎重な評価が必要かもしれない。特に、主要生産拠点の立地条件を考慮した脆弱性評価を行い、その結果に基づいた具体的な適応策(インフラ強靭化、BCPの見直し・強化等)を検討し、開示することが望ましい。水リスクは化学産業にとって特に重要であり、機会として水関連事業(浄水用活性炭 )を強化する一方で、自社の事業継続における水リスク管理を強化し、その両面を合わせて推進することが、取り組み全体の説得力を高めるだろう。したがって、リスク評価の精緻化とそれに基づく対応策の具体化、そしてその情報開示の強化が、クラレのレジリエンス(強靭性)を高め、事業機会を最大化する上で不可欠であると考えられる。
化学業界においては、持続可能性への要請が高まる中、環境課題に対して先進的な取り組みを進める企業が現れている。これらのベストプラクティスは、クラレが自社の戦略を検討・推進する上で重要な参考となる。
野心的なGHG削減目標とSBT認定: 多くのグローバル化学企業が、パリ協定の目標(世界の平均気温上昇を産業革命前比1.5℃に抑える)と整合する野心的なGHG削減目標を設定し、SBTイニシアチブから認定を取得している。特に、自社の排出(Scope 1, 2)だけでなく、サプライチェーン全体の排出(Scope 3)を含む目標設定が重要視されている。例えば、ドイツのBASFは2050年までのネットゼロ目標を掲げ、2030年までにScope 1, 2排出量を2018年比で25%削減する中期目標を設定している 。日本の企業では、住友化学がScope 1, 2排出量を2030年度までに2013年度比で50%削減する目標でSBT 1.5℃認定を取得しており 、積水化学工業も同様にSBT 1.5℃目標の再認定を受けている 。
再生可能エネルギー導入の加速: 製造プロセスで使用する電力や熱エネルギーを再生可能エネルギーに転換する動きが加速している。大規模な太陽光発電や風力発電プロジェクトへの投資、発電事業者との長期電力購入契約(PPA)の締結、自家消費型太陽光発電設備の導入などが進められている。花王は石炭から天然ガスへの燃料転換に加え、国内外の拠点で太陽光発電設備を導入している 。また、大塚製薬工場では、高崎工場や徳島板野工場に太陽光発電設備を設置し、CO2フリー電力導入と合わせて工場全体のCO2排出量を大幅に削減している 。国際的なイニシアチブであるRE100(事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す)に加盟し、目標達成に向けたロードマップを公表する企業も増えている。旭化成ホームズ(旭化成グループ)はRE100を達成した 。
革新的技術開発と導入: 既存技術の改善だけでは達成が困難な大幅なGHG削減に向けて、革新的な技術開発と導入が進められている。具体的には、製造プロセスで使用する熱源や原料を、化石燃料由来からグリーン水素やアンモニアに転換する技術 、排出されるCO2を回収して利用または貯留するCCUS技術 、プロセスの電化、触媒技術の革新による省エネルギー化などが挙げられる。三菱ケミカルグループは、CCU/CCS技術の開発・適用やクリーンアンモニアの活用促進に取り組んでいる 。
インターナルカーボンプライシング(ICP)の活用: 企業内部で炭素に価格を設定し、投資判断や事業評価に組み込むICPの導入が進んでいる。これにより、GHG排出削減へのインセンティブを高め、低炭素化に向けた意思決定を促進している。先進企業では、具体的な炭素価格やその算定根拠、投資判断への適用事例などを開示し、取り組みの透明性を高めている。
ケミカルリサイクル技術の確立と事業化: 使用済みプラスチックなどを化学的に分解し、モノマー(単量体)や基礎化学品に戻して再利用するケミカルリサイクル技術は、従来はリサイクルが困難であった混合プラスチックや汚染されたプラスチックの資源化を可能にする切り札として期待されている。BASFの「ChemCycling」プロジェクトや、自動車メーカー(メルセデス・ベンツ)が自社の廃タイヤを熱分解し、再生原料として自動車部品に利用する取り組みなどがその例である 。これらの技術開発と商業化に向けた投資が活発化している 。
バイオマス原料への転換とマスバランス方式: 石油などの化石資源由来の原料を、植物などの再生可能なバイオマス資源由来の原料に転換する動きが広がっている。三井化学は、バイオマス由来原料を使用した製品ブランド「BePLAYER®」を展開している 。製造プロセスで化石由来原料と混合される場合でも、投入したバイオマス原料の量に応じて製品にその特性を割り当てる「マスバランス方式」と、それを保証するISCC PLUSなどの国際認証の活用が進んでいる 。
サーキュラーエコノミービジネスモデルの構築: 単に製品を製造・販売するだけでなく、製品の長寿命化、修理・再製造、シェアリング、そして使用済み製品の回収・リサイクルまでを含む循環型のビジネスモデルへの転換が試みられている。化学品のリース(製品そのものではなく、化学品が提供する機能をサービスとして提供し、使用後は回収・再生するモデル) や、異業種企業との連携による回収・リサイクルスキームの構築(例:使用済みチューインガムをリサイクルするGum-Tec® 、漁網をリサイクルするFishy Filaments® )などが挙げられる。バリューチェーン全体での連携と協働が成功の鍵となる 。
高度な水資源管理: 製造拠点における水使用量の削減だけでなく、排水の高度処理による再利用率の向上(クローズドループ化)、水ストレスの高い地域における取水量の削減目標設定と実績開示などが進められている 。
廃棄物ゼロエミッションの達成: 最終処分場に埋め立てられる廃棄物をゼロにする「ゼロエミッション」の達成と、その継続的な維持に取り組む企業が増えている。
TNFD/SBTs for Natureへの対応: 気候変動分野におけるTCFDやSBTに続き、自然資本・生物多様性分野においても、企業が自然関連のリスクと機会を評価・開示するためのフレームワーク(TNFD)や、科学的根拠に基づく目標設定(SBTs for Nature)の重要性が認識され始めている。先進企業はこれらの国際的な枠組みに早期に対応し、自社の事業活動と自然との関わりを評価し、情報開示を進めている。Solvay や三井化学 はTNFDフォーラムに参加している。
サプライチェーンにおける持続可能な調達: 事業活動が生物多様性に与える影響が大きいとされる原料(パーム油、大豆、木材パルプ、天然ゴム等)について、持続可能性に関する認証(RSPO、FSC等)を取得した原料の調達比率を高める目標を設定し、サプライヤーエンゲージメントを通じてトレーサビリティ(追跡可能性)を確保する取り組みが進んでいる 。
ネイチャーポジティブへの貢献: 自社の事業活動による負の影響を最小化するだけでなく、積極的に自然資本の回復・向上に貢献する「ネイチャーポジティブ」を目指す動きが出ている。具体的な活動としては、劣化した生態系の再生プロジェクトへの投資や参画(例:湿地再生 、マングローブ再生 )、事業所敷地内や周辺地域における生物多様性向上計画の策定・実施(例:在来種植樹、ビオトープ創設 )などが挙げられる。ExxonMobilは自社操業地周辺での生息地回復や侵略的外来種管理に取り組んでいる 。Solvayは複数の事業所で生物多様性保全活動が評価されている 。東レは工場周辺の緑化活動に長年取り組んでいる 。
環境配慮型製品設計: 製品のライフサイクル全体を通じて生物多様性への影響を低減するため、生分解性を持つ素材の開発や、製品に含まれる化学物質の生態毒性(エコトキシシティ)を評価し、より安全な代替物質への転換を進める動きがある 。
化学業界における環境先進企業は、単なる規制遵守にとどまらず、より野心的な目標設定へと向かっている。気候変動対策においては、Scope 3排出量を含むSBT 1.5℃目標の認定取得 や再生可能エネルギー100%導入 が新たなスタンダードとなりつつある。資源循環の分野では、従来の3R活動に加え、ケミカルリサイクル やバイオマス原料への転換 といった、より根本的な変革をもたらす革新的技術への投資と事業化が加速している。製品のサービス化 など、ビジネスモデル自体の変革も視野に入れた取り組みが見られる。さらに、生物多様性保全は気候変動に次ぐ重要な環境課題として認識され、TNFD などの国際的なフレームワークに基づき、事業活動が自然資本に与える影響の評価、具体的な目標設定、サプライチェーン管理、そして生態系の回復に貢献するプロジェクトへの積極的な取り組みが始まっている。これらの動きは、強化される環境規制、変化する市場の要求、そしてESG投資家の期待に応えるものであり、これらの分野で先行する企業は、リスクを低減し新たな機会を獲得することで、持続的な競争優位性を築きつつある。クラレもこれらの分野で着実に取り組みを進めているものの、先進事例と比較した場合、目標設定の野心度(特にScope 3排出量や生物多様性に関する定量目標)、革新的技術(ケミカルリサイクル等)の開発・導入スピード、そして生物多様性保全における体系的なアプローチ(TNFD対応等)といった側面において、さらなる向上の余地があると考えられる。
これまでの分析を踏まえ、クラレが環境パフォーマンスをさらに向上させ、持続可能な成長を実現するために克服すべき課題と、そのための具体的な推奨事項を以下に示す。
クラレはサステナビリティを経営の重要課題と位置づけ、各分野で目標を設定し取り組みを進めているが、さらなる進化のためには以下の課題に対処する必要がある。
Scope 3 GHG排出量の管理: グループ全体のScope 3排出量の算定と削減目標設定が現在進行中であり、完了が待たれる状況である 。サプライチェーン全体での排出量を把握し、具体的な削減策(特に影響が大きいとされるカテゴリ1:購入した物品・サービスにおける対策)とその道筋を明確に示すことが急務となっている。
再生可能エネルギー導入の加速と透明性: 海外拠点での証書購入による貢献 は認められるものの、国内拠点における物理的な再生可能エネルギー導入(PPA、自家消費型太陽光発電等)の具体的な戦略や、グローバル全体での導入比率の目標値および実績値に関する情報開示が不足している 。導入の加速と透明性の向上が課題である。
資源循環におけるグローバル管理と戦略深化: 国内では高い廃棄物有効利用率を達成しているが、海外拠点では廃棄物発生量や水使用量が増加傾向にある 。グローバルで統一された高いレベルでの管理体制の構築と、増加要因の分析・対策が求められる。また、リサイクル原料やバイオマス原料の利用拡大について、環境貢献製品売上高比率目標 に加えて、原料ベースでの具体的な利用率目標や拡大戦略を明確化することが望ましい。ケミカルリサイクル等の先進的な循環技術への取り組み状況に関する情報開示も限定的である。
生物多様性保全の体系的アプローチ: 各事業所での地域貢献活動 は重要だが、事業活動全体(特に原料調達を含むサプライチェーン)が生物多様性に与える影響・依存度を体系的に評価し、それに基づいたリスク管理と具体的な保全目標(定量目標、例:No Net Loss / Net Positive)を設定する必要がある。TNFD等の国際的なフレームワークへの対応も今後の課題となる 。
ESG情報開示の質的向上: 目標に対する進捗状況、各種環境データ(原単位、再エネ比率、Scope 3詳細、生物多様性影響評価結果等)について、定量的かつ具体的な情報の開示を拡充する必要がある。特に海外拠点のデータを含むグローバルベースでの情報開示の網羅性、経年比較可能性、そして第三者保証の範囲拡大などが、透明性と信頼性を高める上で重要となる。
上記の課題認識に基づき、クラレが今後重点的に取り組むべき分野と具体的な行動を以下に提案する。
気候変動:
推奨1(Scope 3管理強化): Scope 3排出量の算定を計画通り2024年中に完了させ、主要カテゴリー(特に影響が大きいと予想されるカテゴリ1:購入した物品・サービス)を特定する。その上で、科学的根拠に基づいた具体的な削減目標(SBT認定取得を前提とする)を早期に設定・公表する。目標達成に向け、主要サプライヤーとのエンゲージメントプログラムを構築・強化し、サプライチェーン全体での排出削減を推進する。
推奨2(再エネ導入加速と開示): 国内拠点における再生可能エネルギー導入戦略(PPA契約締結、大規模な自家消費型太陽光発電設備の導入等)を具体化し、実行に移す。グローバル全体での再生可能エネルギー導入比率(%)に関する中期的な目標値を設定し、毎年の実績値とともに開示する。
推奨3(投資計画とICPの透明化): 計画中の800億円のGHG削減投資 について、具体的な投資対象(燃料転換、省エネ設備、CCUS開発等)とその期待される削減効果(トンCO2換算等)を可能な範囲で開示し、投資の進捗状況を定期的に報告する。また、導入しているICP制度について、設定している社内炭素価格の水準や、投資判断プロセスにおける具体的な活用事例を開示し、制度の実効性を示す。
資源循環:
推奨4(グローバル管理強化): 海外拠点で増加している廃棄物発生量および水使用量について、その詳細な要因(生産変動、効率低下、一時的要因等)を特定・分析し、具体的な削減・管理強化策を策定・実施する。その進捗状況と結果を定期的に開示する。国内の高い管理レベルを海外拠点にも展開し、グローバルで統一された環境パフォーマンス管理基準を適用・徹底する。
推奨5(循環原料目標設定): 製品に使用するリサイクル原料およびバイオマス原料の利用比率について、グループ全体としての中期的な数値目標を設定し、公表する。目標達成に向けた具体的なロードマップ(対象製品群、技術開発、サプライヤー連携等)を示す。ISCC PLUS認証取得製品 のラインナップ拡大や販売目標なども明確にする。
推奨6(先進技術の検討・開示): ケミカルリサイクルやその他の先進的な資源循環技術(例:CO2原料化技術)に関して、自社技術開発、他社との連携、スタートアップ投資等を含めた研究開発・実証・投資計画を中長期的な視点で検討し、その方向性や進捗状況を可能な範囲で開示する。
生物多様性:
推奨7(影響・依存度評価と開示): TNFDの提言フレームワーク等を参考に、自社の事業活動(製造拠点、土地利用)およびバリューチェーン(特に原料調達)が生物多様性に与える影響と依存度について、体系的な評価(リスクと機会の特定を含む)を実施し、その評価プロセスと結果の概要を開示する。
推奨8(具体的目標設定): 上記評価に基づき、特に影響が大きいと特定された領域(例:特定の原料調達、水ストレス地域での取水)に関して、具体的な保全目標を設定・公表する。目標は、可能な限り定量的(例:「2030年までに森林破壊ゼロを達成」「主要なバイオマス原料における持続可能な認証材比率をXX%に向上」等)で、測定可能、達成可能、関連性があり、期限付き(SMART原則)であることが望ましい。
推奨9(貢献活動の拡大): 各事業所での地域貢献活動 を継続・発展させるとともに、サプライチェーン上流における持続可能な農林業支援や、生態系再生・保全に貢献する外部プロジェクトへの参画・投資など、より広範なネイチャーポジティブ活動への展開を検討する。
横断的推奨:
推奨10(情報開示の強化): サステナビリティレポート(クラレレポートおよびウェブサイト)において、本レポートで指摘した各分野の目標、戦略、具体的な取り組み、そして定量的な実績データ(特に原単位データ、再エネ比率、Scope 3排出量内訳、生物多様性関連指標等)の網羅性、具体性、経年比較可能性を大幅に向上させる。グラフや図を効果的に活用し(ただし表形式は避ける)、ステークホルダーにとって分かりやすく、透明性の高い情報開示を目指す。特に海外拠点を含むグローバル連結ベースでのデータ開示を強化し、重要な環境データについては第三者保証を取得・範囲を拡大することで、情報の信頼性をさらに高める。
クラレの環境パフォーマンスを客観的に評価するためには、同業他社との比較分析が不可欠である。ここでは、クラレの主要事業分野における競合企業を特定し、その環境への取り組みと実績を比較する。
クラレは、ポバール(PVA)樹脂 、光学用ポバールフィルム 、EVOH樹脂<エバール> 、ビニロン/PVA繊維 、人工皮革<クラリーノ> 、活性炭 など、多岐にわたる機能性素材・化学製品を製造・販売している。これらの事業分野を考慮し、以下の企業群を主要な比較対象とする。
総合化学メーカー: 幅広い製品ポートフォリオを持ち、研究開発力、グローバル展開力、資本力においてクラレと比較対象となる大手企業。
三菱ケミカルグループ株式会社
住友化学株式会社
三井化学株式会社
旭化成株式会社
繊維・機能材メーカー: 合成繊維や高機能素材分野で競合する企業。
東レ株式会社
帝人株式会社
特定分野における競合: クラレが世界トップシェアを持つ製品分野での主要な競合企業。
PVA樹脂/フィルム: デンカ株式会社 、日本酢ビ・ポバール株式会社 、積水化学工業株式会社 (フィルム)。三菱ケミカルグループ、アイセロ株式会社もPVAフィルムメーカーとして挙げられる 。
EVOH樹脂: 三菱ケミカルグループ(旧 日本合成化学工業)、長春石油化學股份有限公司 (Chang Chun Petrochemical Co., Ltd.) 。
比較対象としては、特に事業規模や製品ポートフォリオ、グローバル展開の点で類似性を持つ総合化学メーカー(三菱ケミカル、住友化学、旭化成)および繊維・機能材メーカー(東レ)、そして特定分野で高い環境パフォーマンスを示す企業(積水化学)を中心に比較分析を行う。
各競合企業のサステナビリティレポート やウェブサイト等の公開情報に基づき、気候変動、資源循環、生物多様性の3分野における目標、実績、特徴的な取り組みをクラレと比較する。
気候変動:
GHG削減目標: クラレの目標(Scope 1+2, 2030年度 30%削減 vs 2019年度) に対し、住友化学(Scope 1+2, 2030年度 50%削減 vs 2013年度, SBT 1.5℃認定) や積水化学(Scope 1+2, 2030年度 50%削減 vs 2019年度, SBT 1.5℃再認定) は、より野心的な目標を設定し、国際的な認証も取得している。三菱ケミカル(Scope 1+2, 2030年度 29%削減 vs 2019年度) や旭化成(Scope 1+2, 2030年度 30%以上削減 vs 2013年度) はクラレと同水準の目標だが、基準年が異なる点に注意が必要である。東レは原単位目標から絶対量目標への移行を検討中であり、目標レベルは未確定な部分がある 。Scope 3目標については、三菱ケミカル(2030年度 18%削減 vs 2019年度) など、既に設定・公表している企業もある。
再生可能エネルギー: RE100加盟企業(例:積水化学、旭化成ホームズ )や、具体的な再エネ導入比率目標を掲げる企業と比較すると、クラレの取り組みと情報開示はまだ限定的である。
CDP評価: クラレのB/C評価(気候変動/水、2022年) に対し、積水化学(A/A)、三菱ケミカル(A-/A-)、東レ(B/A-) など、より高い評価を得ている企業が多い。
資源循環:
廃棄物・水: 各社とも原単位削減目標やリサイクル率向上目標を設定し取り組んでいるが、目標レベルや達成状況は企業により異なる。クラレの原単位目標の前倒し達成 は評価できるが、絶対量の削減や海外拠点の管理徹底が共通の課題である。
循環原料利用: 三井化学の「BePLAYER®」(バイオマス)、「RePLAYER®」(リサイクル) のようなブランド展開や、BASFのケミカルリサイクル「ChemCycling」 など、先進的な取り組みが見られる。クラレもISCC PLUS認証取得 などで追随しているが、全体的な戦略や規模感の開示が待たれる。
生物多様性:
方針・目標: 多くの企業が生物多様性保全方針を策定しているが、TNFDへの対応 や具体的な定量目標(No Net Loss等)の設定はまだ一部の先進企業に限られる。三井化学 やSolvay はTNFDへのコミットメントを示している。
サプライチェーン管理: 持続可能なパーム油(RSPO認証)や木材(FSC認証)などの認証原料調達目標を設定・開示する企業が増えている。
保全活動: 各社とも事業所周辺での緑化や清掃活動を実施しているが、東レの長年にわたる植林活動 や、クミアイ化学の「リフュージア(生物避難所)」設置 など、特色ある取り組みも見られる。
クラレは、PVA樹脂 やEVOH樹脂<エバール> といった特定製品分野において世界トップクラスのシェアと技術力を有している。これは大きな強みである。しかし、ESG(環境・社会・ガバナンス)全体のパフォーマンスという観点で見ると、特に気候変動対策の目標設定の野心度(SBT 1.5℃レベルへの整合性やScope 3目標の具体化)や、CDP評価の結果において、主要な競合他社、とりわけ国内外の大手総合化学メーカーや積水化学のようなESG先進企業と比較して、キャッチアップが必要な領域が存在する。住友化学 や積水化学 は既にSBT 1.5℃認定を取得し、CDPでも高い評価 を得ている。資源循環に関しても、ケミカルリサイクル やバイオマス原料の大規模展開 で先行する企業が存在する中、クラレの取り組み(ISCC PLUS認証取得 等)は緒に就いた段階とも言える。生物多様性に関しても、TNFD対応 など、より体系的かつ戦略的なアプローチを採用する企業が出始めており、クラレも地域貢献活動 に加えて、事業全体のリスク評価と目標設定を進めることが期待される。したがって、競合他社の動向をベンチマークとし、自社の強みである技術力を活かしつつも、ESGパフォーマンス全般、特に目標設定のレベル感や情報開示の質において、業界の先進的な水準を目指していく必要がある。これは、市場での競争力維持だけでなく、投資家からの評価向上や社会からの信頼獲得のためにも不可欠である。
企業の環境への取り組みやパフォーマンスは、CDP、MSCI、Sustainalytics、FTSE Russellといった独立したESG評価機関によって評価され、スコアリングされている。これらの評価は、投資家の投資判断や企業の評判に影響を与えるため、クラレの相対的なポジションを把握する上で重要である。
以下に、主要なESG評価機関によるクラレおよび主要競合他社の最新(確認可能な範囲での)評価結果を記述的に示す。
CDP: 企業の気候変動、水セキュリティ、フォレスト(森林保全)に関する情報開示と取り組みを評価する。評価はA(リーダーシップ)からD-(情報開示)までの段階で示される 。
クラレ: 2022年評価では、気候変動が「B」(マネジメントレベル)、水セキュリティが「C」(認識レベル)であった 。最新の2023年評価スコアは、参照した資料からは確認できなかった 。
競合他社(2023年評価):
三菱ケミカルグループ: 気候変動「A-」、水セキュリティ「A-」
住友化学: 過去に高評価の実績あり (最新スコア要確認)
旭化成: 気候変動「B」、水セキュリティ「B」
東レ: 気候変動「B」、水セキュリティ「A-」
積水化学工業: 気候変動「A」、水セキュリティ「A」(Aリスト企業)
比較: クラレの過去の評価(B/C)は、AリストやA-評価を獲得している競合他社(積水化学、三菱ケミカル、東レ(水))と比較すると、改善の余地があることを示唆している。特に水セキュリティ分野でのレベルアップが課題と考えられる。
MSCI ESG Ratings: 企業のESGリスクに対する長期的な耐性を評価する。評価はAAA(リーダー)からCCC(ラガード)までの7段階で示される 。
クラレ: 2024年7月時点で「AA」評価。MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数の構成銘柄でもある 。これはリーダー群に属する比較的高い評価である。過去には「A」評価の時期もあった 。
競合他社:
三菱ケミカルグループ: 「AA」
住友化学: 「AAA」
旭化成: 「AAA」
東レ: 「AAA」
積水化学工業: MSCI ESG Leaders Indexes等に選定 (具体的なレーティングは要確認だが、指数選定から高評価が推測される)
比較: クラレの「AA」評価は良好なレベルであるが、最高評価である「AAA」を獲得している競合他社(住友化学、旭化成、東レ)も存在する。
Sustainalytics ESG Risk Ratings: 企業が直面する重要なESGリスクへのエクスポージャー(晒され度)と、それらのリスクをどの程度管理できているかを評価し、ESGリスクスコア(0から100以上、数値が低いほどリスクが低い)を算出する 。スコアに基づき、リスクレベルが5段階(Negligible, Low, Medium, High, Severe)で示される。
クラレ: ESGリスクスコアは「31.8」、リスクレベルは「High Risk」。化学業界590社中309位(2024年2月時点)。リスク管理(Management)の評価は「Average」とされている。
競合他社:
三菱ケミカルグループ: スコア「31.0」、High Risk、化学業界285/591位
住友化学: スコア「27.6」、Medium Risk、化学業界187/591位
旭化成: スコア「20.2」、Medium Risk、化学業界42/590位
東レ: スコア「22.0」、Medium Risk、化学業界64/591位
積水化学工業: スコア「28.7」、Medium Risk、産業コングロマリット業界16/130位
比較: クラレのスコア(31.8)およびリスクレベル(High Risk)は、比較対象とした主要競合他社(特に旭化成、東レ、住友化学、積水化学)よりも劣後しており、業界内での順位も中位以下となっている。Sustainalyticsの評価においては、リスク管理体制の強化が特に重要な課題であることが示唆される。
FTSE Russell: FTSE4Good Index SeriesやFTSE Blossom Japan Indexなど、ESG評価に基づく指数を算出している。
クラレ: FTSE Blossom Japan Indexの構成銘柄に選定されている 。
競合他社: 三菱ケミカル、住友化学、旭化成、東レ、積水化学なども、主要なFTSE ESG指数に選定されている 。
比較: 主要指数への選定は、一定レベル以上のESG基準を満たしていることを示すが、指数内での相対的な評価やウェイトまではこれだけでは判断できない。
上記のベンチマーキング結果を総合すると、クラレのESGパフォーマンスに対する外部評価は、評価機関によって見方が分かれていることがわかる。MSCI ESG Ratingsでは「AA」という比較的高位の評価を得ている一方で、Sustainalytics ESG Risk Ratingsでは「High Risk」と評価され、リスクスコアも競合他社比で高い水準にある。CDP評価においても、気候変動・水セキュリティともにリーダーシップレベルには達していない。
このような評価の差異が生じる背景には、各評価機関の方法論の違いがあると考えられる。MSCIは同業他社との相対比較に基づき、リスク管理能力を重点的に評価する傾向がある 。一方、Sustainalyticsは、企業が晒されているESGリスクの絶対量と、そのうち管理できていない「未管理リスク」の大きさを重視してスコアリングする 。CDPは、気候変動、水、森林といった特定の環境テーマに関して、企業の情報開示の質と具体的な行動内容を詳細に評価する 。
この評価のばらつきを踏まえると、クラレはMSCIが評価するような相対的なESG管理体制(方針策定や基本的な取り組み)は一定レベルに達しているものの、Sustainalyticsが指摘するように、事業活動に伴う潜在的なESGリスク(特に管理が不十分と見なされるリスク)が大きい、あるいはCDPが要求するような特定の行動や詳細な情報開示が不足している可能性があると解釈できる。
したがって、クラレが総合的なESG評価を向上させるためには、特にSustainalyticsのリスク評価結果(リスクスコアの高さと、リスク管理評価が「Average」 である点)を真摯に受け止め、リスク管理体制のさらなる強化と、その実効性を具体的に示す情報開示に取り組むことが重要である。加えて、CDP評価で相対的に低い「C」評価であった水セキュリティ に関する取り組みを強化し、マネジメントレベル(B)以上を目指すことも、評価向上に寄与すると考えられる。FTSE Russellを含む主要なESG指数への継続的な選定 を維持・向上させるためにも、これらの課題への対応が不可欠である。
本レポートでは、株式会社クラレの環境パフォーマンスを、「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の3つの重点分野において、公開情報に基づき多角的に分析・評価した。
分析の結果、クラレは中期経営計画「PASSION 2026」 の下でサステナビリティを経営の重要課題と位置づけ、これら3分野において具体的な目標を設定し、着実に取り組みを進めていることが確認された。特に、以下の点は評価できる。
気候変動: Scope 1+2 GHG排出量の削減目標(2030年度30%削減)を設定し、SBTイニシアチブへのコミットメントを表明 。800億円規模の削減投資計画 やICP導入 など、目標達成に向けた具体的な枠組みも整備しつつある。
資源循環: 廃棄物発生量および水使用量の原単位削減目標を大幅に前倒しで達成 。国内における高い廃棄物有効利用率 。リサイクルナイロン利用 やISCC PLUS認証取得 など、循環型原料利用への取り組みを開始。
生物多様性: 保全方針を策定し、各事業所において地域社会と連携した清掃活動や森林保全活動などを継続的に実施 。
事業機会: 環境貢献製品(自然環境・生活環境貢献製品)の売上高比率目標(2026年度60%)を設定し、順調に進捗 。
一方で、さらなる環境パフォーマンス向上と、社会からの期待に応えるためには、以下の課題への対応が重要であることも明らかになった。
目標設定と戦略の深化: Scope 3排出量削減目標の早期設定と具体化、再生可能エネルギー導入目標の明確化、生物多様性に関する体系的なリスク評価と定量目標の設定(TNFD対応等)が求められる。
グローバル管理の徹底: 海外拠点における廃棄物・水使用量の管理強化とパフォーマンス改善が必要 。
先進技術への取り組み: ケミカルリサイクル等の先進的な循環技術に関する戦略と取り組み状況の明確化。
情報開示の質向上: 目標達成に向けた進捗、各種環境データ(特にScope 3、再エネ比率、生物多様性関連指標)の網羅性、具体性、比較可能性を高め、透明性を向上させる必要がある。
競合他社比較およびESG評価機関によるベンチマーキングの結果からは、クラレはMSCI評価で比較的高位(AA)にあるものの 、Sustainalytics評価ではリスクが高い(High Risk)とされ 、CDP評価でもトップ層には達していない など、評価が分かれている状況が確認された。これは、リスク管理体制や特定の環境テーマ(特に水セキュリティ)における取り組み、および情報開示のあり方に改善の余地があることを示唆している。
クラレが持続可能な社会の実現に貢献し、企業価値を継続的に向上させていくためには、現在設定している環境目標(GHG削減、環境貢献製品比率等)を着実に達成し、SBT認定を早期に取得することが短期的な重要なマイルストーンとなる。
中長期的には、本レポートで指摘した課題、すなわちScope 3排出量管理の本格化、再生可能エネルギー導入の加速、グローバルでの環境パフォーマンス管理強化、TNFD等を踏まえた生物多様性保全戦略の策定と実行、そしてケミカルリサイクル等のサーキュラーエコノミー実現に資する技術開発・導入への取り組みを具体化し、加速させることが求められる。
これらの取り組みを進める上で、情報開示の透明性と質を継続的に向上させることは極めて重要である。目標、戦略、行動計画、そして定量的な実績データを、網羅的かつ分かりやすく開示し、ステークホルダーとの建設的な対話を深めることが、信頼の獲得とさらなる改善への駆動力となる。
クラレが持つ独自の技術力(ポバール、<エバール>、<ジェネスタ>等) は、環境課題解決に貢献する製品やソリューションを創出する上で大きな強みとなる。この強みを活かし、環境貢献製品の開発・普及をさらに加速させ、サステナビリティを事業成長の機会として積極的に取り込んでいくことが、リスクを機会に転換し、将来にわたる競争優位性を確立するための鍵となるであろう。本レポートで提示した分析と推奨事項が、クラレの今後の環境戦略推進の一助となることを期待する。
レポートに使用されているソース
2023年 | - |
2022年 | - |
2021年 | - |
2023年 | 1,748,000t-CO2 |
2022年 | 1,877,000t-CO2 |
2021年 | 1,973,000t-CO2 |
2023年 | 952,000t-CO2 |
2022年 | 1,020,000t-CO2 |
2021年 | 1,047,000t-CO2 |
スコープ1+2 CORの過去3年推移
2023年 | 2,238kg-CO2 |
2022年 | - |
2021年 | 2,608kg-CO2 |
スコープ3 CORの過去3年推移
2023年 | 1,219kg-CO2 |
2022年 | - |
2021年 | 1,384kg-CO2 |
スコープ1+2のCOA推移
2023年 | 1,393kg-CO2 |
2022年 | - |
2021年 | 1,615kg-CO2 |
スコープ3のCOA推移
2023年 | 759kg-CO2 |
2022年 | - |
2021年 | 857kg-CO2 |
2023年 | 7,809億円 |
2021年 | 7,564億円 |
2020年 | 6,294億円 |
2023年 | 424億円 |
2021年 | 543億円 |
2020年 | 373億円 |
2023年 | 1兆2545億円 |
2021年 | 1兆2215億円 |
2020年 | 1兆910億円 |
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