カテゴリー | 2021年度 | 2022年度 | 2023年度 |
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1購入した製品・サービス | 5,150,000 | 5,588,000 (▲438,000) | 5,225,000 (▼363,000) |
2資本財 | 584,000 | 868,000 (▲284,000) | 1,111,000 (▼243,000) |
3燃料・エネルギー関連活動 | 806,000 | 954,000 (▲148,000) | 928,000 (▼26,000) |
4輸送・配送(上流) | 921,000 | 716,000 (▼205,000) | 684,000 (▼32,000) |
5事業から発生する廃棄物 | 44,000 | 47,000 (▲3,000) | 43,000 (▼4,000) |
信越化学工業の群馬事業所では、環境負荷低減のため多様な取り組みを実施。気候変動対策として、コージェネレーションシステム導入、廃熱回収、製造工程での省エネ、太陽光パネル設置、高効率冷凍機利用、燃料の天然ガス転換等で温室効果ガスを削減。また、水資源保全のため使用水の再利用や削減、廃棄物ゼロエミッションや大気汚染防止にも注力しています。1996年にISO14001認証を取得し、継続的に活動を推進しています。
※掲載情報は公開資料をもとに作成しており、全てのリスク・機会を網羅するものではありません。 より詳細な情報は企業の公式発表をご確認ください。
脱炭素化やGXの潮流は、信越化学に大きな事業機会をもたらす 。EV、自動運転、AI、再生可能エネルギー分野 で同社の半導体材料、シリコーン、レアアースマグネット等の需要拡大が見込まれる。特に重希土類フリー耐熱磁石 など、環境貢献型製品の開発・供給は競争優位に繋がる。
本報告書は、信越化学工業株式会社(以下、信越化学)の環境への取り組みとパフォーマンスについて、特に「気候変動」「資源循環」「生物多様性」の三つの側面に焦点を当て、包括的かつ詳細な分析を行うことを目的とする。この分析を通じて、同社の環境スコア算出に必要な基礎情報を提供するとともに、学術的な水準での評価を目指す。報告書の構成として、まず信越化学自身の具体的な取り組みと実績を詳述し、次いで同社を取り巻く事業環境、すなわち環境関連のリスクと機会、化学業界における先進事例、そして主要な競合他社の環境戦略との比較分析を行う。最後に、信越化学が現在直面している課題を評価し、持続可能な成長に向けた具体的な提言を提示する。本報告書全体を通じて、データや比較分析は箇条書きや表形式を用いず、すべて記述形式(文章のみ)で展開する。
信越化学は、塩化ビニル樹脂(塩ビ)や半導体シリコンウェハーといった製品分野において世界トップクラスのシェアを誇る、日本を代表する総合化学メーカーである 1。塩ビにおいては、日米欧の3極体制で年間444万トンの世界最大の生産能力を有し、世界中に安定供給を行っている 1。半導体シリコンウェハーにおいても、SUMCOと共に世界市場を二分する存在である 3。これら主力製品に加え、シリコーン、セルロース誘導体、合成石英、レアアースマグネットなど多岐にわたる素材を製造・供給し、世界2万5千人以上の従業員を擁するグローバル企業として事業を展開している 1。同社の事業は、デジタル化、スマートインフラ、効率性の向上、健康増進、環境貢献といった現代社会の基盤を支える上で不可欠な役割を果たしている 2。
一方で、同社の大規模な製造活動は、エネルギー多消費型であり、資源依存度が高いという特性を持つ。素材メーカーとして原料とエネルギーを使用して生産を行う以上、環境負荷の低減は避けて通れない経営課題である 6。特に、主力製品である塩ビや半導体シリコンの製造プロセスは、エネルギー消費量や水使用量、廃棄物排出量の観点から、環境への影響が大きい。したがって、地球環境保全は企業活動における最重要課題の一つとして認識されており 7、サステナビリティ基本方針においても、温室効果ガス排出量削減への貢献や生物多様性への配慮、製品開発・製造時の効率極限化などが明記されている 6。これらの背景から、信越化学の環境課題への取り組みは、単なる社会的責任の遂行に留まらず、事業継続性と企業価値向上に直結する極めて重要な戦略的要素となっている。本報告書では、これらの点を踏まえ、同社の環境パフォーマンスを多角的に分析・評価する。
信越化学グループは、気候変動問題を重要な経営課題と位置付けている 10。同社グループの連結ベースでの温室効果ガス排出量(スコープ1およびスコープ2の合計)は、報告されている直近のデータで年間650万7千トン(6,507千tCO2e)である 9。この排出量水準は、エネルギー多消費型の化学産業におけるグローバルリーダーとしての規模を反映するものであり、削減努力の重要性を示唆している。過去からの具体的な排出量推移に関する詳細なデータは限定的であるが、この絶対量の大きさを認識することが、同社の気候変動対策を評価する上での出発点となる。
信越化学は、温室効果ガス排出量の評価において、生産量あたりの排出量を示す原単位指数も重視している。1990年比での生産量原単位指数は、信越化学グループ全体で57.0%、信越化学単体では53.4%まで低減したと報告されている 9。これは、長期的に見て生産プロセスにおけるエネルギー効率の改善や排出削減技術の導入が進んできたことを示している。しかしながら、原単位の改善にもかかわらず、企業が認識している通り、生産能力の拡大に伴いエネルギー消費の絶対量は増加する傾向にある 6。素材メーカーにとって、事業成長と絶対排出量の削減を両立させることは大きな挑戦である。
さらに注目すべき点として、同社はエネルギー使用量の生産量原単位について、平均年率で0.3%増加したとも報告している 9。長期的なGHG原単位指数が低下している一方で、近年のエネルギー使用原単位が悪化しているように見えるこのデータは、慎重な解釈が必要である。これは、既存技術による効率改善の限界、製品構成の変化、あるいは近年の急速な生産能力増強が効率改善のペースを上回っている可能性を示唆しているかもしれない。過去の相対的な効率改善の実績は評価されるべきだが、この近年のエネルギー原単位の動向は、将来の絶対排出量削減目標達成に向けた課題が存在することを示している可能性がある。生産性向上と省エネルギーの追求を継続する方針 6 が、今後どのように具体的な成果に結びつくかが問われる。
信越化学グループは、カーボンニュートラル達成に向けた計画推進を重要な経営課題と位置づけ 10、その実現手段として省エネルギー活動の推進を継続的に追求している 5。これは、同社のサステナビリティ基本方針にある「製品の開発、製造時での効率を極め、その製品供給により社会の効率化に貢献する」という考え方にも合致する 7。具体的な取り組みとしては、信越シリコーン製品の主力生産拠点である群馬事業所において、省エネルギーの推進と温室効果ガス排出量の削減が重点活動項目として挙げられている 11。しかし、前述の通り、原料とエネルギーを大量に使用する素材メーカーにとって、事業規模の拡大に伴うエネルギー消費絶対量の増加は避けがたい側面もあり、省エネルギー努力だけではカーボンニュートラル達成は困難であるという認識も示されている 6。このジレンマを克服するための革新的な技術開発やプロセスの導入が今後の鍵となる。
信越化学の気候変動戦略において、自社事業における再生可能エネルギーの導入状況に関する具体的な情報は、提供された資料からは限定的である。同社は、レアアースマグネットや半導体シリコン、シリコーン、LED用パッケージ材料などを通じて、再生可能エネルギー分野の発展に貢献する方針を示している 2。しかし、自社の工場や事業所で使用する電力を再生可能エネルギーに切り替えるといった直接的な導入目標や実績に関する詳細な開示は、現時点では確認が難しい。一方で、同社は気候変動関連リスクとして、再生可能エネルギー導入による電力価格の上昇の可能性を認識している 12。これは、再生可能エネルギーへの移行がコスト増要因となり得ることを示唆しており、導入に向けた経済合理性の確保が課題となっている可能性がある。競合他社やグローバルな化学業界の動向を踏まえると、自社オペレーションにおける再生可能エネルギー利用の拡大は、今後の重要な検討課題となるだろう。
信越化学は、自社の事業活動における排出量削減努力と並行して、その製品を通じて社会全体の温室効果ガス排出量削減に貢献することを重要な戦略と位置づけている 6。具体的には、デジタル化を支える半導体シリコンや光ファイバー用プリフォーム、低誘電樹脂、スマートインフラ整備に貢献する塩化ビニル樹脂やセルロース誘導体、シリコーン、産業用モーターなどの効率向上に寄与するレアアースマグネットなどが挙げられる 2。特に、環境貢献分野として、電気自動車(EV)向けのレアアースマグネット、リチウムイオン電池用負極材、シリコーン、省エネ家電や再生可能エネルギー発電設備向けのレアアースマグネット、半導体シリコン、シリコーン、LED用パッケージ材料などが強調されている 2。さらに、重希土類を全く使用せずに従来よりも耐熱性を高めた磁石を開発・上市する計画も示されており、これはグリーントランスフォーメーションへの貢献を目指す具体例と言える 1。
このように、信越化学は自社製品が利用されることで社会全体の環境負荷低減に繋がるという「貢献」を強く打ち出している。この戦略は、同社の技術力を活かす上で合理的であるが、一方で注意も必要である。これらの「環境貢献型」製品を製造する過程自体がエネルギー多消費型であるという側面 6 を看過してはならない。製品のライフサイクル全体、特に製造段階(スコープ1、2)およびサプライチェーン(スコープ3)における排出量削減努力と、製品使用段階での貢献とのバランスの取れた情報開示と取り組みが求められる。
信越化学は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に沿った情報開示を進めており、気候変動が事業に与える影響を評価するためにシナリオ分析を実施している 5。具体的には、産業革命前からの気温上昇を1.5℃および4℃に抑制するシナリオを用いて、事業活動に影響を及ぼす可能性のあるリスクと機会を特定した 10。
特定された主なリスクとしては、移行リスクとして炭素税導入による税負担の増加、原油由来の原材料価格の上昇、再生可能エネルギー導入に伴う電力価格の上昇が挙げられている 12。これらは、エネルギー多消費型である同社の製造コスト構造に直接的な影響を与える可能性がある。物理的リスクとしては、例えば4℃シナリオ下において、10年に一度規模の極端な高温(1850-1900年比+1.9℃)の発生頻度が2081-2100年に4.1倍になるといった分析結果が示されている 10。
一方、機会としては、脱炭素化や低炭素化社会の実現に向けた動きの中で、同社製品が利用される分野の拡大が期待されている 12。具体的には、EV等の環境対応自動車、電動化、自動運転といった自動車関連分野や、全産業分野でのAI活用などが挙げられている 12。これらの分野は、同社の主力製品であるシリコーン、レアアースマグネット、半導体材料などの需要を押し上げる可能性がある。
なお、一部の外部情報プラットフォームでは、同社の気候変動関連リスク・機会に関するデータが「データなし」と表示されているケースもあるが 13、同社自身はTCFDに基づき詳細な分析と開示を進めていることが確認できる 10。これは、第三者機関によるデータ収集・反映のタイムラグや網羅性の問題を示唆している可能性がある。
特定されたリスク、特に炭素価格やエネルギー価格の上昇 12 は、塩ビやシリコンウェハーといったエネルギー集約的な主力事業の収益性を直接的に脅かす要因となり得る。これに対し、同社の戦略は、EVやAI関連などの成長分野における製品イノベーション 2 によって、これらの操業コストリスクを相殺することに重点を置いているように見受けられる。この戦略的バランス、すなわち、伝統的なエネルギー集約型生産におけるコスト増と規制強化のリスクを、高付加価値な「グリーン貢献型」新製品からの収益増でどの程度上回れるかが、同社の長期的な成功を左右する重要な要素となるだろう。
信越化学は、TCFD提言に基づくシナリオ分析を通じて特定された重要なリスクと機会を経営に反映させていると述べている 10。気候変動対応を全社マターとして捉える必要性が高まる中 14、同社が気候変動を重要な経営課題と位置付けていることは評価できる 10。また、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)のような国際的な環境情報開示プラットフォームへの参加を通じて、取り組みの透明性を高めようとしている姿勢も窺える 9。
しかしながら、開示されている情報からは、特定されたリスク(例えば炭素価格導入)が、製品を通じた機会の追求と同程度に、自社オペレーションにおける具体的な脱炭素化行動(例えば、再生可能エネルギーの積極導入やプロセス転換への大規模投資)を強力に推進しているかどうかの判断は難しい。戦略がリスク対応よりも機会獲得に偏重している可能性も否定できない。TCFDが求めるガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの開示項目 15 について、今後さらに具体的な取り組み内容と進捗状況を開示していくことが、ステークホルダーからの信頼を得る上で重要となるだろう。
信越化学グループは、水資源の保全をサステナビリティにおける重要課題の一つとして認識している 5。具体的な成果として、取水量原単位において平均年率17.7%という大幅な削減を達成したことが報告されている 9。これは、生産プロセスにおける水利用効率の向上に向けた継続的な努力の結果と考えられる。個別の事業所レベルでは、群馬事業所が水資源の保全を重点的な活動テーマとして掲げている 11。これらの取り組みは、水ストレスが高まる地域での事業継続リスクを低減し、地域社会との良好な関係を維持する上でも重要である。
水質汚染防止に関しても、同社は汚染物質対策を重要課題として挙げている 5。群馬事業所では、水質汚染物質に関する規制値の遵守はもちろんのこと、さらなる削減を目指した取り組みが進められている 11。しかしながら、全社的なデータとして、BOD(生物化学的酸素要求量)排出量の生産量原単位が平均年率1.6%増加したと報告されている点は注目に値する 9。
このBOD原単位の増加は、水資源保全(取水量削減)の取り組み 9 や水質汚染物質削減の目標 11 とは逆行する傾向を示している。取水量原単位が大幅に削減されている一方でBOD原単位が増加しているという事実は、いくつかの可能性を示唆する。例えば、排水中の汚染物質濃度が上昇している可能性、あるいは、生産活動の拡大に対して排水処理能力や効率改善が追いついていない可能性などが考えられる。水環境への負荷を確実に低減するためには、取水量の削減だけでなく、排水処理技術の高度化や管理体制の強化が一層求められる状況にあると言えるだろう。
信越化学グループは、省資源と環境負荷低減を基本的な考え方として掲げている 5。廃棄物管理においては、国内連結ベースでの廃棄物最終埋立処分率が1.08%であると報告されている 9。この率は比較的低い水準にあると言えるが、化学産業、特に大規模な素材生産においては、発生する廃棄物の絶対量が大きい可能性があるため、引き続き削減努力が重要となる。群馬事業所においても、廃棄物への対応がサステナビリティ活動の一環として挙げられている 11。最終処分率だけでなく、廃棄物発生量そのものの削減に向けた取り組みの進捗状況についても、より詳細な情報開示が望まれる。
同社グループは、資源の有効活用を目指す活動として「グリーン運動」を展開しており、その第7次中期目標(2021~2023年度)においても資源有効活用対策が掲げられている 7。これは、3R(リデュース、リユース、リサイクル)の推進を意図したものと考えられる。また、サステナビリティ基本方針にある「製品の開発、製造時での効率を極める」という考え方 7 も、原材料使用量の削減(リデュース)に繋がるものである。しかし、提供された情報の中では、具体的な3R活動の事例(例えば、溶剤回収、触媒リサイクル、副生成物の有効利用など)に関する詳細な記述は限定的である。化学業界における一般的な取り組みを踏まえつつ、同社独自の具体的な3R活動の内容や成果について、さらなる情報開示が期待される。
信越化学グループは、サプライチェーンマネジメントの強化を重要な取り組みと認識しており 7、その一環としてグリーン調達を実施していることを明記している 7。これは、環境負荷の少ない原材料や部品を優先的に調達することにより、サプライチェーン全体での環境影響を低減しようとする試みである。CSR調達の推進も重要課題として挙げられており 5、環境側面を含む持続可能な調達体制の構築を目指していると考えられる。ただし、グリーン調達の具体的な基準、対象範囲、実績に関する詳細な情報は、提供された資料からは明らかではない。サプライヤーに対する環境要求事項や、その遵守状況の確認方法など、プログラムの透明性を高めることが今後の課題となる可能性がある。
グローバルに事業を展開する化学メーカーとして、製品に含まれる化学物質に関する各国の規制を遵守することは極めて重要である。信越化学は、化学物質などを適切に管理し、製品に含有する物質に関する規制を遵守することを企業行動規範の中で明示している 7。また、製品の品質向上と安全性管理も重要課題として認識されており 5、顧客や消費者が安全に製品を使用できる体制を構築していると考えられる。欧州のREACH規則やRoHS指令など、国際的に強化される化学物質規制への継続的な対応が求められる。
信越化学グループは、サステナビリティの重要課題の一つとして生物多様性の保全を掲げている 5。サステナビリティ基本方針においても、「生物多様性に配慮し地球環境との調和を図りながら事業活動に取り組む」ことが明記されている 7。これは、事業活動が自然資本や生態系サービスに依存し、また影響を与えうることを認識し、その保全に責任を持つという基本的な姿勢を示すものである。地球環境保全を最重要課題の一つとして認識し、持続可能な発展を目指した循環型経済社会の構築に積極的に参画する 7 という企業行動規範にも、この考え方が反映されている。
生物多様性保全の具体的な活動として、工場などの事業拠点周辺地域における環境保全活動が考えられる。信越化学は、各国・地域の歴史・文化・慣習等を尊重し、地域との共存を図ることを心がけている 7。この地域共生の考え方には、事業所周辺の自然環境保全活動も含まれる可能性がある。しかしながら、提供された情報の中では、例えば工場敷地内や周辺地域での植林活動、ビオトープの設置、生態系モニタリングといった、生物多様性保全に特化した具体的な取り組み事例に関する記述は見当たらない。方針レベルでの言及に留まっている印象は否めない。
化学メーカーの事業活動は、原材料調達を通じてサプライチェーンの上流においても生物多様性に影響を与える可能性がある。特に、セルロース誘導体のような植物由来の原料や、鉱物資源を利用する場合、その採取・生産地域の生態系への影響が懸念される。信越化学はCSR調達の推進を掲げているが 5、調達方針の中に生物多様性に関する具体的な基準(例えば、森林破壊や生態系劣化に関与しないサプライヤーからの調達など)がどの程度組み込まれているかは、開示情報からは不明瞭である。サプライチェーン全体を通じた生物多様性リスクの評価と管理体制の構築が、今後の課題となる可能性がある。
信越化学の製品ポートフォリオの中には、生物多様性保全に貢献しうるものも存在する。例えば、合成性フェロモンは、特定の害虫のみに作用するため、農薬散布量の削減や生態系への影響低減に繋がり、持続可能な農業や生態系保全に貢献する可能性がある 2。このような製品開発・供給を通じて、ポジティブな貢献を目指すことも重要である。
しかしながら、全体として、信越化学の生物多様性に関する開示は、気候変動や資源循環に関する情報と比較して、具体性に欠ける側面がある。方針や認識は示されているものの 5、具体的な活動計画、目標設定、実績測定、モニタリング体制に関する詳細な情報が不足しているように見受けられる。気候変動分野におけるTCFD 5 や資源循環分野における各種原単位データ 9 のような具体的な枠組みや指標が、生物多様性の分野では明確に示されていない。近年、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)などの枠組みが登場し、企業に対する自然資本・生物多様性に関する情報開示要求が高まっていることを踏まえると、今後はこの分野における戦略の具体化と情報開示の強化が求められるだろう。これは、同社にとって改善の余地が大きい領域であり、ステークホルダーとの対話を通じて取り組みを深化させるべき分野と考えられる。
信越化学がTCFDに基づくシナリオ分析を通じて特定した移行リスクは、同社の事業基盤に直接的な影響を及ぼす可能性がある 10。具体的には、炭素税などのカーボンプライシング導入によるコスト増、化石燃料由来の原材料価格の高騰、再生可能エネルギーへの移行に伴う電力価格の上昇などが挙げられる 12。これらは、特にエネルギー集約型である塩ビや半導体シリコンなどの主力製品の製造コストを押し上げる要因となる。加えて、市場がより低炭素な製品やソリューションへと移行する中で、既存製品の需要が変動するリスクや、脱炭素化に対応するための新しい技術開発・導入が遅れるリスクも存在する。また、環境関連技術に関する知的財産権の侵害や、他社の特許による事業制約といったリスクも認識されている 6。これらの移行リスクに対応するためには、継続的な省エネルギー努力に加え、低炭素な製造プロセスへの転換や、非化石由来原料へのシフトなど、より抜本的な対策が求められる可能性がある。
気候変動は、異常気象の頻発化や激甚化を通じて、物理的なリスクももたらす。信越化学は、シナリオ分析において極端な高温の頻度増加などを認識している 10。同社は、自然災害を想定した工場の設計やリスク対策により、操業継続、安全な操業停止と再稼働を図る方針を示している 9。日本国内に加え、米国や欧州など 1、世界各地に生産拠点を有する同社にとって、洪水、干ばつ、台風、熱波といった多様な気候関連の物理的イベントに対する各拠点の脆弱性を評価し、適応策を講じることが事業継続計画(BCP)の観点からも重要となる。
移行リスクの中でも、炭素税や排出量取引制度といったカーボンプライシングの導入は、財務的な影響が大きい要素である。信越化学自身も炭素税による税負担をリスクとして認識している 12。外部の分析では、将来的に炭素価格が1トンあたり1万円から2万円程度まで上昇する可能性も指摘されている 14。信越化学グループの年間GHG排出量が650万トンを超える規模であることを考慮すると 9、カーボンプライシングの本格導入は、同社のコスト構造に極めて大きな影響を与える可能性がある。同社が開示している情報だけでは、このようなシナリオに対する財務的な影響評価の詳細や、具体的な対応策の準備状況を判断することは難しいが、このリスクへの備えが今後の重要な経営課題であることは間違いない。
気候変動対策や環境保全への関心の高まりは、信越化学にとって新たな事業機会も創出する。同社は、自社の製品が脱炭素化や低炭素化に貢献できる分野での市場拡大を機会として捉えている 12。具体的には、EV、自動運転、AI関連市場の成長が挙げられる 12。これらに加え、デジタル化(5G、メタバース等)、スマートインフラ、産業の効率化(ロボット、モーター)、健康増進(医薬・医療材料)、そして環境貢献(EV、省エネ家電、再生可能エネルギー)といった幅広い分野で、同社の半導体材料、塩ビ、シリコーン、セルロース誘導体、レアアースマグネットなどが重要な役割を果たすことが期待されている 2。特に、重希土類フリーで高性能な耐熱磁石の開発 1 など、環境負荷低減に直接貢献する新製品開発は、競争優位性を確立する上で重要となる。同社が持つ珪素化学やセルロースなどのコア技術 1 を活用し、環境配慮型製品ポートフォリオを拡充していくことが、持続的な成長に繋がるだろう。
信越化学が捉える事業機会は、世界的な潮流であるグリーントランスフォーメーション(GX)と密接に関連している。EV、再生可能エネルギー、省エネルギーといった分野向けの素材供給は、まさにGXの中核を成す領域である 1。また、半導体材料の「オールラウンドの専門家」としての地位 1 は、多くのグリーンテクノロジーの基盤となるデジタル技術の進展を支えることを意味する。同社がこれらの分野で革新的な素材を提供し続けることは、社会全体のGXを加速させる上で重要な貢献となり、同時に大きなビジネスチャンスを掴むことにも繋がる。
環境パフォーマンスは、企業の評判やブランド価値にも大きな影響を与える。環境問題への対応が不十分であったり、地域社会の期待に応えられない活動を行ったりした場合、株主、投資家、顧客、地域社会といったステークホルダーからの信頼を失うリスクがある 6。近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が拡大しており、投資家は企業の環境リスク管理や機会創出の取り組みをより重視するようになっている 16。信越化学が適時・的確な情報開示やステークホルダーとの対話を重視する方針を示していること 5 は、この評判リスクを管理する上で重要である。
特に、同社が世界最大の生産能力を持つ塩ビ事業 1 は、注意が必要な側面を持つ。塩ビは耐久性や加工性に優れ、インフラや生活に不可欠な素材である一方 1、その製造プロセス(塩素利用、化石燃料由来原料)や廃棄・リサイクルに関する環境負荷について懸念が示されることもある 17。信越化学は塩ビ製品の環境負荷が低いと主張し、製造過程でのCO2削減努力も行っているが 1、ネガティブな認識が広がる可能性は否定できない 17。持続可能性への関心が高まる中で、塩ビのライフサイクル全体にわたる環境影響について透明性の高い情報を提供し、継続的な改善努力を示すことが、評判リスクを管理し、ステークホルダーの理解を得る上で不可欠となるだろう。
世界の化学業界では、気候変動対策に関する先進的な取り組みが進められている。多くのグローバル企業は、科学的根拠に基づく削減目標(SBTi: Science Based Targets initiative)を設定し、自社排出(スコープ1、2)だけでなく、サプライチェーン排出(スコープ3)を含むバリューチェーン全体での野心的なGHG削減目標を掲げている。具体的な対策としては、大規模なCCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)技術への投資、再生可能エネルギー電力の長期購入契約(PPA: Power Purchase Agreement)の締結、グリーン水素の製造・利用(原料や燃料として)、ナフサクラッカーなどの主要プロセスの電化などが挙げられる。これらの取り組みは、技術的な難易度や投資額が大きいものも多いが、業界のリーダー企業はカーボンニュートラル実現に向けて積極的に挑戦している。信越化学の現在の取り組みと比較すると、特にスコープ3排出量の目標設定や再生可能エネルギーの直接導入、革新的プロセス技術への投資といった面で、さらなる進展の余地があると考えられる。
資源循環に関しても、化学業界では多様な先進事例が見られる。廃プラスチック問題への対応として、マテリアルリサイクルに加え、熱分解やガス化によるケミカルリサイクル技術の開発・実用化が進んでいる。これにより、従来リサイクルが困難であった混合プラスチックや汚染されたプラスチックの再資源化が可能になりつつある。また、製品設計段階から解体・リサイクル容易性を考慮する「サーキュラーデザイン」の導入や、顧客との連携による使用済み製品の回収・再利用スキーム(クローズドループシステム)の構築も進んでいる。さらに、化石燃料由来の原料を代替するバイオマス原料や再生可能原料の開発・利用も活発化している。水資源管理においては、工場排水の高度な再利用技術や、排水を外部に一切排出しないゼロリキッドディスチャージ(ZLD)システムの導入なども見られる。信越化学においても、廃棄物最終処分率の低減 9 などは進んでいるが、ケミカルリサイクルやバイオ原料への転換といった、より革新的な資源循環モデルへの移行については、さらなる取り組みが期待される分野である。
生物多様性保全に関しても、先進的な化学企業は具体的な行動を開始している。例えば、事業所ごと、あるいはサプライチェーンにおける生物多様性への影響と依存度を評価するためのリスクアセスメント(IBAT: Integrated Biodiversity Assessment Toolなどのツールを活用)を実施している。その評価に基づき、影響が大きい地域での生息地復元や環境改善に関する定量的な目標を設定し、活動を進めている。特に、パーム油や木材パルプなど、生物由来の原料を調達する際には、持続可能性認証(FSC、RSPOなど)の取得や、サプライヤーに対する生物多様性配慮基準の導入を強化している。さらに、気候変動対策と連携した自然に基づく解決策(NbS: Nature-based Solutions)への投資や、TNFDの枠組みに沿った情報開示なども始まっている。信越化学が生物多様性保全を方針として掲げている 5 ことは第一歩であるが、これらの先進事例と比較すると、具体的なリスク評価、目標設定、サプライチェーン管理、情報開示といった面での取り組み強化が必要であると考えられる。
信越化学の事業ポートフォリオは多岐にわたるため、製品分野ごとに主要な競合企業が存在する。
総合化学・素材メーカーとしては、国内では三菱ケミカルグループ(ホールディングス)、住友化学、三井化学、旭化成、東レなどが挙げられる 19。これらの企業は、事業規模や製品構成は異なるものの、サステナビリティ経営において互いにベンチマークとなる存在である。海外のグローバル化学大手としては、BASF 22 やダウ 4 などが重要な競合相手となる。
主力製品である塩化ビニル樹脂(PVC)分野では、台湾のFormosa Plastics、英国のIneos、米国のOccidental Petroleum(子会社のShintech Inc.を含む)、Westlake(旧Axiall Corporation)、韓国のLG Chem、そして国内の三菱ケミカルなどが主要な競合企業としてリストアップされている 23。信越化学はこの分野で世界トップシェアを誇る 1。
半導体シリコンウェハー分野では、日本のSUMCOが最大の競合相手であり、信越化学とSUMCOの2社で世界市場の大部分を占める複占状態にある 3。他のプレイヤーも存在するが、この2強の地位は揺るぎない。
シリコーン分野では、米国のダウ(旧ダウコーニング)、ドイツのワッカーケミー、ノルウェーのエルケム、米国のモメンティブ(現在は韓国KCCグループ傘下)、中国のケムチャイナなどが主要なグローバルプレイヤーである 4。信越化学もこの分野で世界大手の一角を占めている 4。
これらの競合企業との比較分析は、信越化学の環境パフォーマンスと戦略の相対的な位置づけを理解する上で不可欠である。
競合他社の具体的な環境目標や取り組み状況に関する詳細な情報は、提供された資料だけでは限定的であるが、主要な国内競合企業やグローバル企業の一般的な動向を踏まえ、以下に分析の方向性を示す。
三菱ケミカルグループは、信越化学よりも売上高規模が大きい総合化学メーカーである 20。同社は「KAITEKI実現」を経営の基軸に据え、サステナビリティを重視した事業運営を行っている。気候変動対策としては、カーボンニュートラルに向けた目標設定や、ケミカルリサイクルなどのサーキュラーエコノミー関連技術への投資を積極的に行っていると考えられる。事業ポートフォリオのサステナビリティ評価に基づく経営管理なども特徴的である可能性がある。信越化学の特定分野での高い収益性と比較して、三菱ケミカルの多角的な事業構造が環境戦略にどのように影響しているかを分析することが有効である。
住友化学もまた、日本の大手総合化学メーカーであり、信越化学の競合である 20。同社は、気候変動対策や環境負荷低減に加え、食糧問題や健康、ICTといった社会課題の解決に貢献する製品・技術を「Sumika Sustainable Solutions」として認定し、その売上拡大を目指すなど、事業を通じたサステナビリティ貢献を明確に打ち出している。特に、祖業である農業関連事業を持つことから、生物多様性への配慮や取り組みについても、より具体的な活動を展開している可能性がある。信越化学と比較して、事業構成の違いが環境戦略の重点分野にどのように表れているかを比較検討することが重要である。
半導体シリコンウェハー市場で信越化学と双璧をなすSUMCO 3 は、最も直接的な競合相手である。シリコンウェハー製造は、極めて高い清浄度が要求されると同時に、大量の電力と純水を使用するエネルギー・水集約型のプロセスである。したがって、SUMCOの環境戦略においては、製造プロセスにおけるエネルギー効率の改善、GHG排出削減、水使用量の削減とリサイクル、廃棄物削減などが最重要課題となっているはずである。両社の技術力競争と並行して、環境パフォーマンスにおける競争も激化していると考えられる。特に、再生可能エネルギーの導入状況や、製造プロセスにおける環境負荷低減技術の開発・導入状況などを比較分析することが、信越化学の同事業における環境競争力を評価する上で有益である。
BASF 22 やダウ 4 といったグローバル化学大手は、多くの場合、サステナビリティに関する目標設定や情報開示において先進的な取り組みを行っている。これらの企業は、SBTiに整合した野心的なGHG削減目標(スコープ3を含む)を設定し、CCUS、バイオ原料、ケミカルリサイクルといった革新技術の研究開発に巨額の投資を行っていることが多い。また、ESG情報開示の包括性や、ステークホルダーとのエンゲージメント活動においても、日本の化学企業と比較して積極的な傾向が見られる。これらのグローバルリーダーの動向は、信越化学が目指すべき水準や、将来的に直面する可能性のある競争環境を示唆するものとして重要である。
CDPは、企業の環境情報開示における国際標準として広く認知されており 9、その評価スコアは投資家など多くのステークホルダーによって参照されている 16。CDP評価は、気候変動、水セキュリティ、フォレストの3分野で行われ、企業は移行リスク管理、物理リスク管理、移行機会、気候変動ガバナンス・戦略といった観点から評価される 15。信越化学もCDPに参加していると考えられるが 9、その具体的なスコアは提供資料からは確認できない(一部プラットフォームではデータ不足との情報もある 13)。競合他社である三菱ケミカル、住友化学、あるいはグローバル大手のBASF、ダウなどのCDPスコアと比較分析を行うことは、信越化学の気候変動や水管理に関するパフォーマンスと情報開示レベルを客観的に評価する上で極めて重要である。スコアの差異が生じている場合、その要因(目標設定の野心度、具体的な削減実績、情報開示の透明性など)を分析する必要がある。
CDP以外にも、SustainalyticsやMSCI ESG ResearchなどのESG評価機関が、企業の環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクやパフォーマンスを評価し、レーティングを付与している。信越化学についても、SustainalyticsによるESGリスクレーティングが存在する 28。これらの評価機関は、公開情報や企業への質問票などに基づき、多岐にわたる項目を分析している。信越化学のレーティングを、三菱ケミカル、住友化学、SUMCO、BASF、ダウといった主要競合企業のレーティングと比較することで、環境側面を含む総合的なESGパフォーマンスの相対的な位置づけを把握することができる。投資家はこれらのESG評価を投資判断に活用しており 16、低い評価は資金調達コストや企業評判に影響を与える可能性がある。
このようなベンチマーキング、特にサステナビリティで先行するグローバル企業との比較は、信越化学にとって極めて重要である。これらの企業は、情報開示の質と量、そして実際のパフォーマンスにおいて高い基準を設定していることが多い。もし信越化学のスコアやレーティングが競合、特にグローバルリーダーに対して見劣りする場合、それはパフォーマンス自体が遅れているか、あるいは情報開示が不十分である可能性を示唆する。これは、投資家からの厳しい視線 16 や、環境意識の高い顧客からの選好といったリスクに繋がる可能性があると同時に、戦略的に注力すべき改善領域を特定する機会ともなり得る。
信越化学が直面する最も根源的な環境課題は、事業の成長と環境負荷の絶対量削減をいかにして両立させるかという点にある。同社は塩ビの生産能力増強 1 など、積極的な事業拡大を進めているが、素材メーカーとして生産量の増加は必然的にエネルギー消費量や資源投入量の増加に繋がりやすい構造を持つ 6。生産効率の改善(原単位の低減)は進めているものの 9、それだけでは絶対量の削減、特にカーボンニュートラルのような野心的な目標達成は極めて困難である。資本集約的でエネルギー多消費型の基礎素材産業において、経済成長と環境負荷を完全に切り離す「デカップリング」を実現するには、既存プロセスの改善だけでは不十分であり、革新的な低炭素・省資源技術の開発と導入、あるいは事業ポートフォリオの転換といった、より踏み込んだ変革が必要となる。
信越化学の環境影響は、自社の製造拠点(スコープ1、2)に留まらず、原材料の調達から製品の使用、廃棄に至るまでのサプライチェーン全体(スコープ3)に及ぶ。CSR調達やグリーン調達の方針は示されているものの 5、サプライチェーン上流における環境基準の具体的な適用状況や、下流(製品使用・廃棄段階)での環境負荷に対する責任範囲については、開示情報からは十分に読み取れない。多様な製品をグローバルに供給する同社にとって、複雑なサプライチェーン全体にわたる環境影響(特にGHG排出量)を正確に把握し、管理・削減していくことは大きな挑戦である。スコープ3排出量の算定と削減目標の設定、サプライヤーとの連携強化などが今後の課題となる。
本報告書の分析で指摘した通り、信越化学の生物多様性保全に関する取り組みは、気候変動や資源循環と比較して、具体的な活動内容や目標、実績に関する情報開示が限定的である 5。方針レベルでの言及に留まっており、事業活動が生物多様性に与える影響や依存度の評価、それに基づく具体的な保全活動計画、定量的な目標設定、モニタリング体制などが明確に示されていない。TNFDの提言など、自然資本に関する情報開示への要求が国際的に高まる中、この分野での取り組みの具体化と透明性の向上が喫緊の課題となっている。ステークホルダーからの期待に応え、自然関連リスクと機会を適切に管理するためにも、戦略的なアプローチが必要である。
信越化学は、日本、米国、欧州など、環境規制のレベルや内容が異なる複数の国・地域で事業を展開している 1。これらの地域では、カーボンプライシングの導入・強化、化学物質管理規制(REACH、TSCA等)の厳格化、プラスチック廃棄物に関する規制(例:リサイクル材利用義務化、特定製品の使用禁止)、水使用に関する制限など、環境関連の法規制がますます強化される傾向にある。これらの多様かつ変化する規制動向を的確に把握し、遵守体制を維持・強化するとともに、規制強化を先取りするような技術開発や事業戦略を展開していくことが、リスク回避と競争力維持の両面から重要となる。
信越化学の気候変動戦略をさらに前進させるためには、サプライチェーン全体を視野に入れた取り組みが不可欠である。まず、バリューチェーン全体でのGHG排出量(スコープ3)を、主要なカテゴリ(購入した製品・サービス、資本財、販売した製品の使用、販売した製品の廃棄など)について網羅的に算定し、開示することを推奨する。その上で、算定結果に基づき、科学的根拠に基づいた削減目標(SBT)の設定を検討すべきである。これにより、自社オペレーションだけでなく、バリューチェーン全体での気候変動リスクと機会をより正確に把握し、実効性のある削減策を講じることが可能となる。
自社オペレーションにおける脱炭素化を加速するため、再生可能エネルギーの導入をより積極的に推進することを提言する。製品を通じた社会への貢献 2 に加えて、自社で使用する電力について、再生可能エネルギー由来の比率を高める具体的な目標を設定し、その達成に向けて直接投資、PPA(電力購入契約)、認証付きグリーン電力の調達などを積極的に活用すべきである。これは、スコープ2排出量を直接的に削減するだけでなく、将来的な炭素価格導入のリスク 12 や、化石燃料価格の変動リスクに対するヘッジとしても有効である。
資源循環をさらに推進するためには、製品のライフサイクル全体を通じた環境負荷低減の視点を強化することが重要である。原材料調達段階では、バイオマス由来原料やリサイクル原料の利用可能性を積極的に検討・拡大する。製品設計段階では、耐久性の向上、修理・解体の容易さ、リサイクル適性などを考慮した「サーキュラーデザイン」を導入する。製品使用後の段階では、主要製品(例えばPVCやシリコーン)について、使用済み製品の効果的な回収・リサイクルスキームの構築・支援に関与することも検討すべきである。これにより、線形経済(リニアエコノミー)から循環経済(サーキュラーエコノミー)への移行を促進する。
現在報告されている低い廃棄物最終処分率(国内連結1.08%) 9 をさらに前進させ、将来的には全てのグローバル拠点で「廃棄物ゼロエミッション(埋立廃棄物ゼロ)」を目指す長期的な目標を設定することを提言する。そのためには、発生抑制(リデュース)、再利用(リユース)、マテリアルリサイクル、ケミカルリサイクル、熱回収(サーマルリサイクル)といったあらゆる手段を組み合わせ、廃棄物の完全な有効活用を目指す必要がある。これは、資源効率を最大化し、環境負荷を最小化するための野心的な挑戦となる。
生物多様性保全に関する取り組みを具体化し、戦略的に推進する必要がある。まず、国際的な枠組み(例:昆明・モントリオール生物多様性枠組、TNFD)と整合した正式な生物多様性戦略を策定することを推奨する。この戦略には、事業活動が生物多様性に与える影響(インパクト)と依存関係(ディペンデンシー)の評価、特にリスクの高い地域やサプライチェーンにおける評価を含めるべきである。その評価に基づき、負の影響を回避・最小化し、可能であれば自然の回復に貢献する(「ネイチャーポジティブ」を目指す)ための、具体的かつ測定可能な目標(KPI)を設定し、その進捗状況を定期的にモニタリング・報告する体制を構築することが求められる。
ステークホルダーからの信頼を獲得し、建設的な対話を促進するためには、環境情報の開示の質を一層向上させることが重要である。特に、スコープ3排出量、生物多様性への影響と取り組み、地域別の環境データなどについて、より詳細で網羅的な情報を提供することを推奨する。また、異なる報告媒体間(例:統合報告書、サステナビリティレポート、ウェブサイト、外部評価機関への回答)での情報の一貫性を確保することも重要である(13と12/10の間の見かけ上の不整合のような問題を避けるため)。さらに、投資家、NGO、地域社会など、多様なステークホルダーとの対話 6 を、環境戦略、パフォーマンス、課題に関してより積極的に行い、フィードバックを経営に活かす体制を強化すべきである。
本報告書における分析の結果、信越化学工業は、気候変動、資源循環、生物多様性といった環境課題に対して、一定の認識を持ち、取り組みを進めていることが確認された。特に、TCFD提言に基づく情報開示への対応 10、GHG排出量原単位(長期的視点)および水使用量原単位における顕著な改善実績 9、そして社会全体の環境負荷低減に貢献しうる製品開発への注力 2 は、同社の強みとして評価できる。
一方で、克服すべき課題も明確になった。事業成長に伴う環境負荷の絶対量増加という構造的なジレンマへの対応 6、サプライチェーン全体(特にスコープ3)を対象とした環境管理と目標設定の必要性、生物多様性保全に関する具体的な行動計画と情報開示の相対的な遅れ、そして塩ビのような主力製品に関連する環境・評判リスクへの継続的な対応 17 などが挙げられる。全体として、信越化学は業界内で一定の環境パフォーマンスを示しているものの、特に気候変動と生物多様性の分野においては、グローバルな先進企業と比較した場合、目標設定の野心度や取り組みの具体性、情報開示の網羅性において、さらなる向上の余地があると言える。
信越化学工業は、塩ビや半導体シリコンウェハーにおける世界的なリーダー企業として 1、その事業活動を通じて持続可能な社会の実現に貢献する大きな潜在力と責任を有している。同社が掲げる「素材と技術による価値創造を通じて、暮らしや社会と産業に貢献する」という企業規範 29 を真に実現するためには、自社の事業活動における環境負荷を最小限に抑える努力と、社会全体の環境課題解決に貢献する製品・技術革新の両輪を、これまで以上に強力に推進していく必要がある。本報告書で指摘した課題に真摯に取り組み、提示された提言を実行に移すことで、同社は環境パフォーマンスを一層向上させ、事業のレジリエンスを強化し、変化する社会からの期待と信頼に応え続けることができるだろう。その挑戦こそが、同社の持続的な企業価値向上に繋がる道である。
統合報告書 2024 - 信越化学工業, https://www.shinetsu.co.jp/wp-content/uploads/2024/07/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B82024%EF%BC%88%E9%96%B2%E8%A6%A7%E6%8E%A8%E5%A5%A8%EF%BC%89.pdf
信越化学工業 レポート名:統合報告書 2024 についての考察, https://tsumuraya.hub.hit-u.ac.jp/special03/2024/4063.pdf
「半導体ウェハー2強」信越とSUMCOで株価に明暗 2023年上昇率は信越が70%超, https://toyokeizai.net/articles/-/727560
シリコーン業界の世界市場シェアの分析 | deallab - ディールラボ, https://deallab.info/silicone/
サステナビリティ | 信越化学工業株式会社, https://www.shinetsu.co.jp/jp/sustainability/
サステナビリティレポート2024 - 信越化学工業, https://www.shinetsu.co.jp/jp/sustainability/assets/pdf/sustainability/esg_bn/Sustainability2024J.pdf
サステナビリティレポート - 信越ポリマー, https://www.shinpoly.co.jp/ja/news/news-20220913.html
SUSTAINABILITY REPORT - 信越ポリマー, https://www.shinpoly.co.jp/ja/sustainability/report/main/03/teaserItems1/00/linkList/0/link/report_2024.pdf
サステナビリティマネジメント - 信越化学工業, https://www.shinetsu.co.jp/jp/sustainability/esg_management/
気候変動:TCFD開示 | 省エネルギー、省資源、環境負荷の低減 - 信越化学工業, https://www.shinetsu.co.jp/jp/sustainability/esg_environment/global_warming/
サステナビリティ - 信越シリコーン, https://www.silicone.jp/sustainability/
信越化学 業株式会社, https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/jp2020/B2020_002_shinetsu.pdf
信越化学工業【4063】GHG排出量推移・環境スコア - GXリサーチ, https://gx-research.com/companies/5010001008680
TCFDを活用した経営戦略立案のススメ - 環境省, https://www.env.go.jp/earth/TCFD_guidbook.pdf
【国際】CDP、化学世界大手22社の気候変動対応ランキング公表。日本トップは住友化学の6位, https://sustainablejapan.jp/2017/10/17/chemical-companies-climate-ranking-2017/28567
野村アセットマネジメントのサステナビリティへの取組み - Nomura, https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/presentation/data/2022_1006_02_prem.pdf
世界のポリ塩化ビニル(PVC)市場 : 世界の市場規模と需要、シェア、トップ傾向とメーカー ーレポートの洞察と将来予測調査 - SDKI, https://www.sdki.jp/reports/polyvinyl-chloride-pvc-market/112305
ポリ塩化ビニル[PVC]市場規模・シェア |成長、2030 年 - Fortune Business Insights, https://www.fortunebusinessinsights.com/jp/%E3%83%9D%E3%83%AA%E5%A1%A9%E5%8C%96%E3%83%93%E3%83%8B%E3%83%AB%EF%BC%88pvc%EF%BC%89%E5%B8%82%E5%A0%B4-109398
信越化学工業の企業研究 - Iroots, https://iroots.jp/research/9316/
化学メーカー大手4社(三菱ケミカル・住友化学・信越化学工業・三井化学)の違いを解説!各社の強み・社風・選考プロセスを比較 - Unistyle, https://unistyleinc.com/techniques/507
世界で戦う化学メーカーを事業規模の観点から紹介!, https://www.chem-industrial-news.com/summary-1/
化学|エコほっとライン | 統合報告書、アニュアルレポート、サステナビリティレポート、会社案内の無料請求サイト, https://www.ecohotline.com/products/list.php?category_id=8&pageno=2
世界のポリ塩化ビニル市場の概要、2031 年までのトップトレンド - Straits Research, https://straitsresearch.com/jp/report/polyvinyl-chloride-market
信越化学工業の企業研究 - Semi journal, https://semi-journal.jp/career/company/shinetsu.html
シリコーンの国内市場はここ数年伸び悩み傾向が続いているが、 多くの産業分野でシリ - CMCリサーチ, http://cmcre.com/wp-content/uploads/2013/12/silicone_all.pdf
シリコーン・応用製品の市場 - CMCリサーチ, https://cmcre.com/archives/16119/
シリコーン接着剤市場の規模、シェア、産業分析、成長、トレンド&2029年の予測, https://www.databridgemarketresearch.com/jp/reports/global-silicone-adhesives-market
Shin-Etsu Chemical Co., Ltd. ESG Risk Rating - Sustainalytics, https://www.sustainalytics.com/esg-rating/shin-etsu-chemical-co-ltd/1008752713
【CSR図書館.net】CSRレポート、環境報告書、統合報告書の検索・閲覧サイト, https://csr-toshokan.net/index.php?page=csr_view.pdf_viewer&csr_id=6316&
2023年 | 2,242,000t-CO2 |
2022年 | 2,246,000t-CO2 |
2021年 | 2,077,000t-CO2 |
2023年 | 4,266,000t-CO2 |
2022年 | 4,367,000t-CO2 |
2021年 | 4,003,000t-CO2 |
2023年 | 10,866,000t-CO2 |
2022年 | 11,139,000t-CO2 |
2021年 | 10,315,000t-CO2 |
スコープ1+2 CORの過去3年推移
2023年 | 2,695kg-CO2 |
2022年 | 2,354kg-CO2 |
2021年 | 2,931kg-CO2 |
スコープ3 CORの過去3年推移
2023年 | 4,499kg-CO2 |
2022年 | 3,966kg-CO2 |
2021年 | 4,972kg-CO2 |
スコープ1+2のCOA推移
2023年 | 1,264kg-CO2 |
2022年 | 1,398kg-CO2 |
2021年 | 1,500kg-CO2 |
スコープ3のCOA推移
2023年 | 2,111kg-CO2 |
2022年 | 2,355kg-CO2 |
2021年 | 2,545kg-CO2 |
2023年 | 2兆4149億円 |
2022年 | 2兆8088億円 |
2021年 | 2兆744億円 |
2023年 | 5,201億円 |
2022年 | 7,082億円 |
2021年 | 5,001億円 |
2023年 | 5兆1480億円 |
2022年 | 4兆7304億円 |
2021年 | 4兆534億円 |
すべての会社と比較したポジション
業界内ポジション
CORスコープ1+2
CORスコープ3
CORスコープ1+2
CORスコープ3
COAスコープ1+2
COAスコープ3
COAスコープ1+2
COAスコープ3